表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

彼のこと

◯月×日 晴れのち曇り



今日は、みんな、お疲れ様。


ほんっっっとに、疲れたわねえ。


まさか、あんなにドッタンバッタン、大騒ぎになるとは思わなかった。


さっき、簡単に説明はしたけれどね、改めて詳細を日記に書くことにします。


口で言うと、上手くまとまらない気がするし、途中で質問挟まれたり、感情的になられたら嫌だし。


これもある意味で家族の思い出の一つかな? とも思って。



まずは、昼間、伊吹と話をしたところから書くわね。


今日は、みんながいなくて、お昼は私と伊吹の二人だけだったのよね。ちなみに、メニューは素麺。伊吹は、「まーた素麺?」 て文句言いながらも、後になって「お腹はちきれそう」ていうくらい、食べてた。


素麺をすすっていたら、なんとなく、お腹、下腹のあたりが熱くなったの。


初亥は、よくわからないけど嫌な予感がする、ていう時、「心がざわざわする」とか、「心臓の音がうるさい」っていうけどね、実は私も、そう感じる時があるの。


私の場合は、下腹が熱がそれ。熱を使って、「この後、何かがあるよ」ていう信号を出してくれてるのね。


その時の信号は、伊吹の発言だった。


「子どもの声がする」って。


伊吹は、素麺を口に入れたままもごもご喋ったから、汚いからやめなさいてそこで一度注意をしたんだけどね。


口についたつゆを手の甲でふいたから、それもまた注意して、それから、


「子どもの声って、なあに?」


「あんね……、ん、てかね、れんれんの近くに来ると、俺、耳の聞こえ悪くなるんだ」


ここでいう、「耳の聞こえ」ていうのは、伊吹特有の「この世の物ではない物の声」て意味ね。


「なんかねー、妨害電波みたいなのでてんのか、れんれんの前だと、雑音入っちゃって、ほんっとに聞こえづらいんだわ。逆にはっちゃんや、豹くんが近くにいると、すんごいクリアに聞こえんだけど」


「そう。それで?」


「うん、なんだけどね、雑音の中に、時々、すんごい小さな音だけど、子どもの声が聞こえんだわ」


内心、ヒヤリとした。けど、


「そう? 気のせいじゃない?」


伊吹は上から下まで私のことを舐めるように見て、


「違う。今も、うっすら聞こえる。なんか、男の子? の声。れんれんの身体から聞こえる……たぶん、このへん、」


そう言って、伊吹はおもむろに、身を乗り出して、私のお腹、熱くなってる私の下腹に手を伸ばして来た。


「やめて!」


びっくりして、思わず、大きな声が出ちゃった。


伊吹もびっくりして、そのままの態勢で、固まっちゃった。


「あのね、伊吹。いくら、兄弟と言えども、私も女の子なんだから、許可も取らず、突然、お腹を触るようなことはしないで。これが他人なら、間違いなく痴漢扱いされてるわよ」


伊吹は元の位置に座り直して、しおらしく、「ごめんね」と謝った。こういう時は素直なのよね。


「いいよ。お腹触ってみたいなら、触ってごらん。でも、お腹の肉を摘んだりしたら、叩くからね」


伊吹はおそるおそる、手を伸ばして来て、服の上から、私の下腹を撫でた。


「なんか、熱い。ね」


「そうね」


「あのさ、」


眉を寄せて、神妙な顔して、何を言うのかと思ったら、


「もしかして、子ども、出来た?」


呆れて言葉も出なかった。でも、咄嗟に手は動いて、正面から思い切り伊吹の顔をひっぱたいていた。


伊吹は、いひゃい! て喚いてたけど、このくらいして当然よね。ちょっと手が痛かったけど。


「私がそんなふしだらな女の子に見えるの?」


「見えないから、心配してんじゃんかよー。いきなり叩くとか、ひどいよー」


伊吹は顔面を抑えて、涙ながらに訴えた。


「てーか、妊娠じゃないなら、なんで、れんれんの腹から、子どもの声がすんの? おかしいじゃん? それとも、れんれんは腹の中で、なんか飼ってんの?」


飼ってる、という、表現が伊吹らしくて、おもわず笑っちゃった。


「飼ってない。でも、私の中には、私以外にもう一人いるのよ」


お腹を撫でると、さっきまでの熱さは和らいで、触れていて、心地よいくらいの温かさになっていた。


わざわざ言うことじゃないから、黙っていようと思ったんだけどね、これは、きっと、みんなに教えてあげなって、『彼』が言ってるんだなって思って。


だから、私の秘密を伊吹に話したの。


これは、たぶん、みんなも知らないこと。




ずーっと前の話。どのくらい前かっていうと……私もよくわからないのだけど。


ひとまず、わかりやすいように、17年、18年前、まだ私たちが、私たちじゃなかった頃、お母さんの元にたどり着く前からにするわね。


その頃、私たちがいたのは、楽園を絵に描いたらこんな感じ、というような、水と緑と光に溢れたとても美しい場所だった。


そこにいるのは、子どもだけ。みんな揃いの、一枚の布を繋ぎ合わせて頭と手を入れる穴だけ作ったような、白いワンピースみたいな服を着て、思い思いに好きなことをしていた。


遊んだり、眠ったり、木の実を食べたり、川の流れを眺めたり。


あそこには時間て概念がなかったんだと思う。本当に四六時中好きなことをして過ごしていたから。


私たちは、いつからか、わからないけどね、もしかしたら始めからもしれないけど、いつも五人で一緒にいた。


五人で遊んだし、五人で食べたし、五人で眠ったし。


あの頃は今以上にもっと、ずーっと仲良しだったのよ。


でもね、ある時から、私たちは、六人になったの。


あれは、確か、伊吹だったと思う。あの頃はまだ、伊吹は伊吹じゃなかったけれどね、便宜上、伊吹ってことにしておいてね。で、伊吹が、一人ぼっちでいる子を見つけて、私たちのところに連れてきたの。


不思議なことに、その子の顔は靄がかかって、はっきりと思い出せない。きっとあの頃はちゃんと見えていたはずなのよ。今は、何かが邪魔をしているんでしょうね。


その子を見た時、私は、この子が来るのをずっと待ってたって、思ったのね。


長い長い時間、ここで過ごしていたのは、彼を待っていたから。よくわからないけど、私にはそんな確信があった。


彼の方も、私と目があうと、笑った、と思うんだ、どんな表情をしてたか、よく思い出せないのだけれど。


でも、


「待たせてごめんね」


て、言っていたから、彼もずっと私に会いたがっていたんだと思う。


それから、私たちは六人で過ごすようになった。


私と彼はいつも二人並んでいたけれど、遊ぶのも、食べるのも、眠るのも、六人で一緒。


五人の時も楽しかったけど、六人の時は、もっともっと楽しかった。とても幸せだった。


その時の私は、その幸せに終わりが来るなんて、知らなかったの。


ある日、私たちと同じような白い服を着た、おじいさんがやってきた。


不思議とこのおじいさんの、長くて立派な白い髭は覚えてるのね。地面についてしまいそうなくらいに、長ーい髭だったわ。


おじいさんは、手に持った鐘のようなものを鳴らして、子どもたちを集めた。


その中から、おじいさんは、子どもを何人か指差していった。


おじいさんに選ばれたのは、初亥、豹雅、樹里、伊吹、そして彼。その時、私は選ばれなかったの。


おじいさんは、私を抜いた五人引き連れて、川へ向かった。


川には大きな蓮の花が浮かんでいてね、みんなに、そこに乗るように指示したの。


「これから君達五人は、この蓮の船に乗って、あっちの世界へと旅立つんだよ」って話をして。


君達五人。つまり、選ばれなかった私は、みんなと一緒に行くことができない。一人でまた順番が来るのを待っていなくちゃいけない。


真っ先にそれに気付いた樹里が、「六人じゃなきゃ行かない!」って言い出して、豹雅や伊吹も一緒になって反対し出した。


初亥が、「自分が代わりに残るよ」て言ってくれたんだけど、それは、みんなで反対した。


六人一緒じゃないなら、誰か一人が残らなくちゃいけないなら、行かない! て騒いだら、おじいさんも困ってしまったみたいで。


「それなら、三人ずつに分けるかい」なんて言い出して、みんなは、もっともっと騒いだ。


でも、このままじゃいけない、おじいさんのいうことに逆らってはいけない、おじいさんが怒ったら、もしかしたら、私たち六人は、みんなバラバラにされちゃうかもしれない。


そう思って、みんなを止めようとしたら、彼が先に口を開いたの。


「六人で行かせてください。あっちの世界についたら、ちゃんと五人になるから」


私たちは、おじいさんも含めて、彼の言いたいことがよくわからなくて、言葉を失った。


彼は私の手を取って、


「もう離れるのは嫌なんだ。だから、キミと一緒になるよ。僕ら二人で一つになろう。それでいいね」


おじいさん難しい顔をしてあごひげを撫でていたけど、


「向こうの世界で肉体を持ち、一人の人間として生きていくことはできないよ? 本当に君がそれでいいというなら、時間も迫っているし、今回は特別に認めてあげよう」


彼は、「構いません」と言った。


私は、おじいさんの言葉でようやく意味がわかったの。


その時の私たちは、なんというか、「魂」みたいな存在だったのね。


蓮の花に乗って、これから、「人間」として生を受けるために、地上、あっちの世界に旅立つ。


ただし、用意されている場所は、五人分。


そこに六人分の魂が行っても、一人あぶれてしまうでしょ?


あぶれた魂は、仕方ないから、誰かと肉体を共有するしかない。


たぶん、そういうことだったんだと思う。


私は、そんなの駄目だって言った。


ちゃんと、人間として生まれよう。


無理することはないから、あとで必ず行くから、生を受けたら必ず探しに行くから、今は私を置いて、みんなと行ってきてって。


でも彼は、それは嫌だって。


「初めて会った時から数えて、ボクらは一体何回同じことを繰り返してきたかな? 生を受けても、すれ違い。やっと地上で会えたと思っても、またすぐに離ればなれ。キミもボクも、長い時間をかけて、やっとここで会うことができたんじゃないか。もう離れたくないし、探すのも、待つのも疲れちゃったんだ。だから、一つになりたい。ボクらが二度と離れないためには、こうするのが一番なんだよ」


彼は私をぎゅーっと抱きしめて、


「キミが嫌なら、この生が終わったら、また二つに別れよう。でも、お願いだから、今回だけは、ボクのわがままを聞いてほしい」


と、囁いた。


彼の頭越しに、みんなが、不安そうな、泣きそうな表情で、私たちを待ってるのが見えた。


どっちにしろ、五人じゃなきゃ駄目なんだ。一人あぶれてしまうのは、ここにいても、あっちの世界に行っても、変わらないんだ。


決めるのは私。全ては私にかかってる。だから、私も覚悟を決めて、彼を抱きしめ返した。


「ありがとう。ごめんね」


彼は、身体を離して、たぶん、笑ったと思う。


「いつも一緒にいる。いつも君を想ってる。言葉には出来ないけど、たまには、ボクの事を思い出して、話しかけてね」


彼は私のお腹のあたりに手をやると、光の粒のようになって、消えて行った。お腹のあたりがほんわりと温かくなったのは、彼が私の中に入っていった証拠だと思う。


「さようなら、気をつけて。道中、決して、振り向いては行けないよ」


おじいさんに見送られ、私たちは蓮の花の船に乗って、川を下って行った。


そこから、どこへ行ったのかは、覚えてない。


気づいたら、私たちは、この世界に存在していたから。


もちろん、彼も一緒にね。


残念ながら、私には、彼の声は聞こえない。


けれど、話しかければ、熱で答えてくれるの。


穏やかな時は優しい温かさで、危険な時や何かを知らせる時は熱くなったり、時々彼の機嫌が悪い時は、冷たくなったり、痛くなったりね。


彼は、私の大切な人。いつかこの身体を失って、またあの世界に戻れる日が来たら、今度こそ、二人別々の人間として生まれたい。そしてまた地上で巡り会いたいと思ってる。



伊吹は、「切ないね、いい話だね」てボロボロ泣いてね。


ひとしきり泣いて、落ち着いた後、


「お腹の彼と話がしたい!」


て言い出して。


私には聞こえないけれど、兄弟一耳がいい伊吹には、彼の声がかろうじて聞きとれるみたいだから、お腹に直接耳を当てれば、もっとよく聞こえるんじゃないかって。


それこそ妊娠した奥さんのお腹に耳を当てる旦那さんみたいで、さすがに抵抗があったけど、伊吹が、どーしてもっていうし、


「もしかしたら、れんれんへのメッセージとか聞こえてくるかもしれないよ?」


て言われたら。そりゃあ、気になっちゃうじゃない?


だから、畳の上に仰向けに寝て、伊吹がお腹に耳を当てて、ってしてたの。


そこに、豹雅が帰って来たのよ。


私たちを見て、豹雅は、引きつった笑みを浮かべてた。


「え、何、やってんの?」


そこでまた、伊吹が、


「んー? んーと、れんれんのお腹の子の音聞いてんの」


て、なんの説明もなく、しかも誤解を招くような表現で、そんなこと言ったもんだから、豹雅の顔から一気に血の気が引いて。


「お腹の子って、妊娠? レン、妊娠したの⁉︎ なんで、そんな、だって……まさか、誰かに乱暴された⁉︎」


ちがう! なんてこと言うの! て否定するよりも早く、またタイミング悪く、初亥と樹里が連れ立って帰って来て。


豹雅は泣くし、初亥は倒れるし、樹里は「初兄とお姉の弔い合戦だ!」とか怒り狂って「どこの誰にやられた⁉︎」て私に詰め寄ってくるし、伊吹は「超ウケるー」てケラケラ笑ってて、助けてくれないし。


終いにはお父さん、お母さんまでも、「蓮花が妊娠したって本当⁉︎」とか言い出して……誰かさんのおかげで、ほんっっっとに大変な一日になりました。誤解が解けてよかったわよ。


たぶん、この日のこと、私、ずーっと覚えてると思うわ。


これで、説明は全て、終わり。


おわかり頂けましたか?






「これ、本当の話? レンの妄想じゃなくて?」


「信じ難いわよね。でも、私には記憶があるし、お腹が熱くなるのも本当。伊吹だって、声が聞こえるって言うしね」


「全然覚えてないんだけど」


「あたしも」


「初亥は、覚えてるでしょう?」


「覚えてるよ」


「初兄がそう言うってことは、本当なんだ」


「なんでー? なんで、はっちゃんと、れんれんだけ、覚えてるの?」


「さあな。それは、俺たちにもわからない」


「レンとその彼は恋人だったんだ? ずーっと昔からの」


「そういうことになるわね」


「てことは、れんれん、一生独身貫くんだね。お腹の中に彼氏がいるんだもんねー」


「でもさ、例えば、誰か他の人と結婚して、子ども生まれてってなったら、その彼が生まれてくる可能性あるの?」


「それはないだろうな。肉体を持たないって約束でこっちに来たわけだから」


「ふーん。そっかー」


「あのさ、その彼に、あたしらの言葉は届くわけ?」


「ええ、もちろん。今も話を聞いてるはず」


「じゃあ……ありがとう。お姉を、あたしのお姉にしてくれて。もし、お姉が一緒に来られなかったら、あたし、悲しかった。と思う。絶対悲しかったから。ありがとう」


「樹里……」


「いい話だねー」


「いい話だよ」


「いい話だけど、ほのかに百合のかほりがするな」


「ねえ、なんでこのタイミングで、そーゆーこと言うの? 本当やめろ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ