ハジマリ
◯月×日、晴れ
それが当たり前になってて、ふとした時に、何でこんなことをしてるんだっけって思うことがある。
昨日の夜、伊吹からノートを渡されて、訊かれたんだ。
「そういや何で俺ら交換日記なんてやってんだっけ」って。
そういえば何でだろう。
もう随分長いこと続けてるけど、何がはじまりだったか。
夜寝る前に考え事をすると眠れなくなるっていうけど、俺の場合は関係ない。
悩んでたって考え事をしたって、いつだってぐっすり眠れるし、眠りにつく前の疑問の答えは夢が教えてくれるんだ。
昨日見たのは夏休みの夢だった。小学校一年生だったかな。
夏休みも終わりに近づいた8月20日。
突然、部屋に飛び込んできて、
「絵日記つけるの忘れてた」
って、とんでもないことを言った。誰がって? もちろん伊吹が。
小学校一年生の夏休みの宿題の一つに、毎日絵日記をつけることってのがあったんだよな。
もともと毎日コツコツ取り組むことが苦手な伊吹は、気が向いたらまとめてやればいいやーなんて思って、すっかり忘れてたらしい。
どーしよー!? て泣きついてきて。
夢の中の俺たち、みんなあの頃の小学校一年生のままの俺たちなんだけど、ちょっと考えて、誰かが、
「みんなの日記を一冊にまとめて交換絵日記をつけたことにしよう」
と提案した。
どうせ夏休み中はほぼ毎日・二十四時間ほとんど一緒にいたんだから、絵や文章の書き方が違っても、日記の内容は変わらない。
同じような内容の日記をばらばらに提出するよりも、一冊にまとめて提出したほうが紙も無駄にならないし、夏休み明けに宿題をチェックする先生の手間も省けるし、いいことだらけ、とてもいい考えじゃないか。
早速みんなで絵日記を持ちより、交替で自分の書いた絵日記を伊吹のノートに書き写した。
残り10日も交替でその日の出来事を書いて。
8月31日。夏休み最後の日は俺の番だった。
最後のページに、
『みんなで交換日記をつけるのはとても楽しかったです。夏休みは終わっちゃうけど、交換日記は楽しいからこれから先、10年後、20年後も、ずっとずっと続けたいなと思いました』
そこまで書いたら、小学校一年生の俺と、今の俺の意識が離れた。
同じ人間なのに、別々に存在してる、夢ならよくあることだけど。
小学校一年生の俺が交換日記を今の俺に差し出して、笑った。
『続きは任せたから』
そう言ったところで目が覚めて、思わず「なるほど」と呟いた。
考えてみたら、今年の夏で丸10年になるのか。
よくそんな長いこと続いたもんだな。
さすがに20年後は無理だと思うけど、俺は、まだまだこの交換日記が続けばいいなと思ってる。
いつまで続くかはわからないけど、これからも、末長く宜しく。
☆
「俺が絵日記をつけるの忘れなかったら交換日記は始まらなかったんだかんね。みんな感謝するように」
「なに威張ってんだよ。つーかなにを感謝するようなことがあるんだよ」
「絵日記を交換日記にしようって提案したのはハツだよ」
「そうだったか?」
「夏休み明けに提出したら先生にすごーく怒られたのよね。懐かしい」
「思い返してみると、阿呆なことしたな」
「えー、でも、クラスの奴らからはすげぇ! て言われたよ?」
「すごくはないよ」
「すげぇアホ! てことじゃないの」
「いいアイディアだと思ったんだけどな」
「いいじゃない。アホなことした、それも大切な子どもの頃の想い出」
「大切……かなあ?」