『シンデレラの継母』でした。
ガラスの靴で探し出されたシンデレラは、王子様と幸せになりました。とさ
めでたし めでたし
「じゃないわよ!!」
最近出回り始めた絵本を机に叩き付け、『シンデレラの陰湿な継母』は叫んだ。
今にも暴れだしそうな彼女にしがみ付き落ち着かせようと奮闘しているのは、『意地悪な義姉A』と『意地悪な義姉B』の二人。
そんな彼女たちがいるのは寂れて、薄汚れている屋敷の応接間。
つい先日まで屋敷の中の雑用をしていた『可哀想なシンデレラ』は今や王城で『素敵な王子様』優雅な暮らしの中にいる。
「あぁ、ほら。隊長!すぐそこまで王太子の近衛たちが来ているみたいですよ?
どうするんです?逃げるんですか?」
「隊長って呼ぶんじゃ・・・あぁもういいのよね。任務は終わったも同然なんだから。」
『意地悪な義姉A』の迂闊な言動を諌めようとするも、親子という設定もあってないようなものとなっていることに気づき言葉を止めた。
「にしても、あの馬鹿王子。
『可憐な王太子妃』を苛めていた諸悪の根源に自分の近衛をけしかけるなんて。
その素早さを普段の公務につぎ込めってんだ。
それに、ドアホ陛下や陰険宰相はどうしたのよ。
なんで、馬鹿王子とアンポンタン王太子妃を止めないのよ。
私達のこと、よぉぉぉく知っているはずでしょ!上司なんだから!」
ぜぇぜぇと息を荒らげながら『陰湿な継母』は窓から遠くに見える王城を睨みつけた。
そもそも、彼女たちは血の繋がった親子ではない。
国王直属の諜報機関に所属する、立派な公務員である。
彼女たちが、今や国民の人気者となったシンデレラの家に入り込んだのも任務の為だった。
子爵という下位の貴族であったシンデレラの父親。
その割には羽振りが良く、その行動に不審な点を見つけた国王と宰相は、『陰湿な継母』もとい、有能な諜報部隊潜入隊隊長エーリンに命じ、子爵を篭絡させ妻として潜り込ませ、その連れ子として『意地悪な義姉A』もといアマンダ『意地悪な義姉B』もといマリアも入り込ませたのだった。
結果、子爵は真っ黒も真っ黒。宇宙の彼方よりも黒かった。
暗殺、人身売買、危ない薬の取引、その財産の大半は裏家業で稼いだ真っ黒なものだったのです。
さらに、さらに。なんと子爵は裏の仕事で担った情報を用いて国家の機密までも手に入れ、それを隣国などに売りさばいていたのだった。
優しそうな面をして、結構な奴だったのだ。
報告を受けた国王と宰相は、子爵にその命を持って償わせることに決めた。
しかし、彼の罪を明るみにすることは大きなパニックを生むとして、妻として傍にいたエーリンにより徐々に毒を盛られるという苦しみ抜く方法で殺すことにした。
問題となるのは、子爵が溺愛していた一人娘シンデレラ。
何も知らない子供に罪はない。しかし、放っておくには危な過ぎる存在である。
何より、父親の仲間や部下、そして父親に弱みを握られていた者たちに利用される可能性があった。そこで、エーリンたち三人が継母、義姉として残り、彼女の保護者として面倒を見る傍ら、そいうった近づいてくる者たちへの囮となってもらうということになった。
その間に平民としても生きていけるように教育を受け、ほとぼりが冷めた頃にはどこかの小さな町で普通の少女となってもらおうという計画だった。というのに・・・・
「まぁ、あの馬鹿王子には、あの能天気っていうか頭空っぽ娘は
お似合いっちゃあお似合いですよねぇ~」
そう。
シンデレラは、かわいそうになるくらい頭が空っぽだったのだ。
しかも、自分大好き、私は悲劇のヒロインと公言するくらいの。
父親が処刑された後、その後ろ暗い財産のほとんどを没収となったのだが(まぁ、これだけで済んだのだからマシだろう。)シンデレラは父親に与えられていた幸せな時間が忘れられなかった。
すぐに、可愛いものを買おうとしたり、美味しいお菓子を食べようとしたり・・・
「財産は没収された。これからは平民のような生活をしなくてはいけない」と何度も説明して、メイドを解雇し、平民になる為の教育の一環として家事を教え、やらせていたというのに、ちょっと外にお使いにやれば、「継母たちが家のお金を全部使っちゃった」だの「自分達は贅沢して、私に家事をやらせる」だの!しかも、ちょっと顔がいいからって街の住人どもはそれを信じやがった。
そして、運命の日。
王城からの、近隣の未婚の女とその家族に送られる招待状が来たあの日。
忘れるものか。
持っていないはずの綺麗なドレスや宝石を見に纏って、主人公だって顔をして王太子と踊り狂って、わざとらしくガラスの靴を残して消えたシンデレラの顔を見た瞬間だけは。
見事なまでに王太子と自分しか見えていなかった、夢の中にいるって目。
元子爵令嬢が高位貴族たちを敵に回して、どうなるっていうのか。
あれは、王族の義務もなんも考えずに、「愛した人と結婚する」なんて夢見ているのを通り越して阿呆としかいいようがない王太子を結婚させようと、国王と宰相が企てた強制お見合い。
相手の妃候補はちゃんと決まっていた。
それもそうだろう。
皆分かっていたことだ。
相手は未来の国王。小さかろうが国の未来を担う存在の隣に立たなければいけない立場になるような女が、そんじょそこらの小娘に任せれるわけがない。
幼い頃から帝王学、周辺諸国の日常会話、淑女としての礼儀を学んできた、そして若き国王の後見となれる権力を持った家柄の令嬢でなければ国内の貴族達も近隣諸国の王侯貴族たちも納得しない。
普通の令嬢なら、例え男爵令嬢であろうとそういった事は心得ている。
あの夜会の場でも、王太子に選択肢を与えると納得させる為に近隣の未婚女性を招いてものの彼女たちは遠巻きに見るだけという立場を忘れず、候補となった令嬢たちは誰が選ばれようと納得するよう、しっかりと教育が施されていた。
だというのに、あのシンデレラは!
周囲の者達の、使用人たちまでの、呆れや怒りや嘲笑の視線を知ろうともせずに王太子を射止めた。
ガラスの靴をもって現れた王太子の言葉には笑うしかなかった。
運命?
王太子もシンデレラと同じ。自分に酔っているだけの、主人公様だ。
近隣諸国で何と言われているかご存知なのか。
国内貴族たちから見捨てられかけていることをご存知なのか。
知らないだろうな。
可愛い愛妻であるシンデレラとの一時を大切にしたいだの、僕達を引き裂く気かとか、公務のほとんどに手をつけていないらしいから。
元々、国王の一人息子で王太子位を争う相手がいない上に、あまり王族の義務を理解していないような人だもの。
本当に、今回の私達への近衛の挙兵くらい普段からテキパキ動けばいいのに。
「どうするんですか?先生?
今確認したら、もう屋敷の門までちょっとの所まで来てますよ?」
物陰に隠れ、窓から確認しているマリア。
アマンダはすでに私達のことを示す証拠となる全ての荷造りを終え、指示を待つ状態だ。
「そうね。もう、どうでもいいもの。
国外に行っちゃう?退職届は後で郵送ってことで」
「あ~いいですねぇ。
実は私、トリトニア王国の仕立て屋の跡取りに結婚申し込まれてるんですよ。
城に戻っても、今回の責任取らされて減棒されそうですし・・・」
トリトニアなら3国くらい離れているから、同僚たちと会うこともなさそうだからいいかも知れないわね。
「私、エクテ帝国にスカウトされているんで。
行くなら、そっちですね。」
ちょっと、そんな話聞いてないわよ、アマンダ。
新興国ながら強い軍事力で年々勢力を拡大している帝国なら、就職条件次第では行ってもいいかも。
紹介してくれない、そのスカウト。
「え~そんなんより、世界一周とかもいいんじゃない?」
そうねぇ・・・それも・・・
「なんで、あんたがいるのよ。この諸悪の根源!!」
何時の間に、人の横でくつろいでいるのよ。
黒いローブをダラダラと着ている魔法使い。
こいつこそシンデレラを夜会に送り込んだ諸悪の根源だ。
魔法の腕は近隣諸国一、この国には長く住んでいるものの王家に仕えるわけでもなく、私が幼い頃から姿が何一つ変わらないこの男を、悔しいことに殺す方法が何も浮かばないが、今すぐ縊り殺してやりたいくらいにムカついている。
「あんたが、あの子にドレスやら渡さなければ、ガラスの靴なんて男の気を引く方法教えなければ、こんなことにはなってないんだけど!!」
「そんなこと言われたって、僕は魔法使い。
依頼されて代価さえ頂ければ、どんな魔法も与えてあげるのがモットーだから。」
「代価?あの子、何にも持ってないはずよ。」
そう、何もないはずだ。
財産は没収。ちゃんと調べ上げて、国に提出したんだから。
「それが、あったんだよ。母親の墓の中に、母親が隠していた宝石とかが。」
「っち。そんな所調べてなかったわ。」
「残念~。
結構、良い宝石ゴロゴロだったから遠慮なく貰ったよ。」
魔法使いは指先から、いくつかの宝石の幻影を見せてくる。
その幻影どおりの宝石だったとしたら、平民なら十年は遊べる額にはなるはず。
「だとしても、私は邪魔するなって言ったわよね。
口うるさいほど、言ったわよね。」
昔っから、私がやること成すことに顔を出しては邪魔をしてくる、この男。
今回は、相手のやっていることが大物過ぎたから絶対に邪魔をするなって言いまくってから任務についていた。任務中も隙を見せる度に顔を出しにくるから、何度怒鳴りつけたことか。
「だって~最近エーリンったら忙しいって遊んでくれないんだもん。
あの子がさっさと片付いたら、エーリンも忙しくなくなるだろ?」
いっつもニヤニヤ笑っている魔法使いが、珍しい真顔になった。
だけど、近いから。顔が!
思わず仰け反ったせいで、首がグキッて言ったんだけど。
「そ、そんなくだらない理由で、私の仕事なくさないでくれる?
再就職ったって、めったに見つからないんだから。」
あの、何やってるんだっていう国王に宰相、私達の正体を知らないはずの高位貴族たちの怒りと憎しみの目。もう、この国内で仕事を見つけるのは難しいだろう。命も危ういかも・・・
「僕のところに永久就職しちゃえばいいんだよ。」
よし、殴ろう。
冗談でも言っていいことではない。
特に、私みたいな行き遅れと呼ばれる年齢の女相手に。
拳を振り上げ、奴の顔面に叩きつけようとするも両手をつかまれ、
次の手段と蹴り上げようとして足も、奴の足で押さえこまれてしまった。
「はなっせっ」
魔法使いなんて引きこもり職の癖に、私の抵抗にビクともしやしない。
「やだ。
このまま、僕の隠れ家に連れて行っちゃおうか。
何処の国のがいい?いろんな所に隠れ家作ってあるから、選んで?エーリン」
耳元で囁く奴の声が、いやに甘く感じて顔が暑くなる。
「冗談も大概にしろ。
いいから退け。」
「冗談?」
「ひぅ」
耳元で囁いたそのままの状態で、人の耳に噛み付きやがった。
「冗談じゃないよぉ、エーリン。
このまま、エーリンを鎖で繋いで、僕がいなくちゃ何も出来ないようにしてやりたい」
「なっ?はっ?」
重く、甘い声。
本気の音を感じる。
「エーリンが悪いんだよ?
勝手に結婚してるんだから。
僕以外に触れさせて。
でも、任務だってことは分かってたから。
エーリンは真面目で仕事邪魔されるのは嫌だって知っているからね。
任務が終わるまではって我慢してたのに・・・
あんな小娘にかまけて、さ。
我慢強い僕でも、我慢の限界っていうのはあるんだよ?」
お前が我慢強いなんて聞いたこともないわ。
そう叫ぼうとしたのに、口を塞がれて音一つ漏らせない。
しかも、自分の口で塞ぎやがった。
くそっ。私のファーストキス(プライベート)返せ!!
ちょっ・・・息が・・・
「ようやく、だね。エーリン」
僕の愛を込めた口付けで眠りについたエーリン。
やっぱり、長い間の任務で疲れていたんだろうね。
眠りについたエーリンをそのまま抱き上げ、転移の魔法で僕の隠れ家に運んであげた。
もちろん、エーリンの大切な部下二人も、二人が望む場所に運んでだよ。二人からはエーリンへの手紙も預かってあるから、後で渡してあげよう。
可愛い、可愛い、エーリン。
初めて会った時は、お転婆なお嬢さんだったね。
君が諜報部隊に就職するって聞いた時は心配だったけど、僕は理解のある男だからね。
見守ってあげたし、どんな任務だろうと我慢したよ。
君がいるから、あの国にも協力してあげたんだ。
だけど、流石に結婚するのは駄目だよ。
任務が終わるのを待ってあげただけでも、僕は神なんじゃないかってくらいに褒めてもらいたいね。
だから、ちょっとくらいお仕置きを受けようね、エーリン。
しばらくは、僕に君を独占させて。
傍を離れないで。
僕以外を見ないで。
気が済んだら、世界中を巡ろうね。
そうだ。
もう離れないでいいように、ちょっと魔法をかけておこう。
僕と同じように生きれるようにしておくね。
これで、何時までも一緒だね。
「おはよう、エーリン」
こんなシンデレラを受け入れて頂けるのか・・・