LOVE and REVENGE
「暑い、暑すぎる」
魔法使いである青野渚は顔を歪ませてジャングルを歩いていた。
最初は元気であったのだが、20分ほど歩いた時から不快感に襲われており、歩き始めてから2時間経過した今は地獄にいるような錯覚をしていた。
「こんなことなら、来るんじゃなかった」
そう、渚は来たくて来たわけではない。魔法使いであり軍に所属している彼は上官に
「永久凍土とジャングルだったら、どちらが良い?」
と言われたので仕方なくジャングルを選んだのだ、二人の仲間とともに。
仲間の二人は食料調達と拠点作りをしている。渚の役割はジャングルの生態系を破壊している害虫の駆除であった。ジャングルを破壊せず害虫だけを駆除するには一匹ずつ殺さなければならない。そのため2時間かけても成果はあまりでなかった。
「マズイ、頭の中が朦朧となってきた」
倒れそうになりながら獣道を歩いていると
「もしもし渚、生きてる?カキ氷できたけど食べる?あ、パフェの方が…」
最後の言葉を聞く前に渚は走った。全力で。
渚が拠点に着いたのは10分後のことである。
「パフェは? パフェは何処だ!!?」
「え?いや、無いけど」
渚の質問に青年が返答する。
「なん…だと? ふざけろ!!返せ!! 俺の期待と体力を!!!」
肩で息をしながら渚は発狂ぎみに仲間を怒鳴り散らす。
「まぁまぁ、落ち着いて。パフェは無いけどフルーツサラダにフルーツジュース、それからフル…」
「ごちそうさま、ふぅ~生き返った。死に掛けの魚の気分を理解したよ。」
食卓に並べていったフルーツのフルコースを女の子が説明し終わる前に渚は飲んだ。液体も固体も飲んだ。
「まったく、ニルスはなんでそんな嫌がらせをするんだ?」
「決まってるだろ、面白いからさ。なぁ千佳、君もそう思わないのかい?」
「…若干」
「ここには俺の味方は居ないのかよ!」
渚は二人の仲間といつものようにコミュニケーションを取る。
青年の方はニルス・グデーリアン、ドイツ人である。年齢は22歳
女の子の方は川上千佳、日系アメリカ人である。年齢は16歳。
ちなみに渚は日本人とイギリス人のハーフで性別は男。年齢は17歳。
「さて、これからどうする?」
話題を切り替えようとニルスが発言する。
「とりあえず、2・3時間休憩してから害虫駆除を再開しようと思うがどうだ?」
「「異議なし」」
カキ氷を食べながら提案する渚に同じくカキ氷を食べながらニルスと千佳が返事をした。すると
「ん?」
「どうした?ニルス」
「いや、ここから南南東2300mほど先で妙な気配が2つあって」
「妙?どういうこと?害虫の親玉?」
「虫じゃないな。動きから推測して人間。追ってる方も追われてる方も」
「追う!?そいつは大変だ!!今すぐ助けに行ってくる」
そう言うと、渚はカキ氷をテーブルの上に置いて、拠点を飛び出た。
「そこから十時の方向に約90mだよ渚」
ニルスの支持に従い、渚はジャングルの中を疾走する。
「あれか!」
そこにはボロボロのポンチョを身にまとった140cmほどの小柄な女の子が、180cmほどの黒髪の男に追われていた。
加速しきっていた渚はそのスピードにのって、男に飛び蹴りを入れる。
「大丈夫か!!」
女の子に向かって渚は声をかけた。
「え?え?なんで?どうして?」
女の子は混乱しているようで状況をまだ理解できてないようだった。
「おい、貴様こんな所で何をしている?返答しだいでは…」
黒髪の男の顔を見た渚は絶句した。なぜなら渚の顔と同じ顔であったからだ。
「テメェこそ何者だ、こんな所で何やってる。しかもなんでその顔をしている!?」
「見つけた。ついに見つけたぞ、クソヤロォォォ!!」
渚は男に接近して殴りかかる。しかし男はギリギリで避けた。
「トロン!!」
渚が魔法を唱える。渚の魔法は電気。空気中に電気の塊を作り出しそれで攻撃する。
「っ!!」
男は渚の魔法も避けた。しかし、避け切った無防備な状態を渚は見逃さずかかと落としを確実に決めた。
男は声を上げて地面を叩きつけられた。地面に転がる男の髪を掴み渚は質問する。
「答えろ、『ヴァン・ジャスティス』は何処に居る?」
「…テメェ、父様のクローンか…」
男の言葉に激昂した渚は男の頭部を容赦なく地面に叩き付ける。
「俺をあんなクズと一緒にするな。もう一度言う。『ヴァン・ジャスティス』は何処に居る?」
「誰が話すか…このゴミが」
男は渚の顔に唾をかける。
「…そうか」
男の挑発を無視して渚は止めを刺そうとし、魔法を唱えようとした。だが、その一瞬、男の髪を掴んでいた渚の腕が手首から切り落ちた。いや、切り落とされた。
「!?」
渚は動揺した。動揺してしまった。そのスキに男は逃げ出した。
「ちっ、逃げやがった。あのヤロー」
「あ、あの大丈夫ですか?その腕」
隠れていた女の子が渚に言う。
「大丈夫だ、問題ない」
「え?いやでも」
「心配する必要はない、俺には優秀な仲間がいるから。それより問題は君の方だ、どうする?よかったら我々拠点に来るか?」
渚は必死に取り繕うが、女の子は引いていた。
「…あの…その…それで構わないのですが、あなたは何者なのですか?なんであの人と同じ顔を?」
「…俺はあのクソヤローの兄弟だからな」
「え?」
「じいちゃん、僕の両親ってどうしていないの?」
青野渚が5歳の頃、自分の祖父にそう訊いた。渚は両親を知らない。顔はもちろん、名前すら知らない。
どういう人間であったのか興味があったわけではない。自分にはなぜ親が居ないのか単純に気になっただけだった。それは単なる知的好奇心でありそれ以上のことは考えていなかった。
「お前にそんなものは居ない」
「親の居ない人間なんて居ないよ。少なくとも遺伝子を提供してくれた人間がいるはずでしょ?僕が孤児だからじいちゃんが知らないだけなの?それとも実はじいちゃんが僕の親なの?」
子供の無邪気な質問に渚の祖父は答える
「お前の母は死んだよ、お前の父が殺したからな」
「………え?」
渚が祖父の言葉を理解するのに30秒はかかった。
「お前の父のことをワシは昔から気に入らなかった。だからワシは反対したのだ、あんな奴はやめろとな。だがあいつは…おまえの母はやめなかった。あげくの果てにはワシと親子の縁を切ってまであいつはあの男と添い遂げようとしたんだよ」
「………」
渚は祖父の言葉をただ聞いているしかなかった。渚は親が亡くなっているから自分には居ない、もしくは自分を捨てたから居ないのだと思っていた。
よもや、自分の父親がそんなクズであるとは夢にも思っていなかった。
「ワシは最初お前を引き取るつもりはなかった。縁を切った娘のガキだったからな。しかしお前に罪はない。だからワシはお前を育てようと思ったのだよ」
「…じゃあなんでじいちゃんは母さんが父さんに殺されたって知ってるの?」
自分と縁を切った人間の死んだ理由を知るすべがあるとは思わなかった渚は、一縷の望みにかけて祖父の言葉を否定したかった。
「あいつは二人のガキを身ごもっていたと担当医が言っていた。この意味が分かるか?」
「? どういうこと」
「お前の父親『ヴァン・ジャスティス』は女の腹からお前の双子の兄弟を奪って逃げたんだよ。自分の女を殺した後でな」
「!!!!?」
渚には祖父の言っている意味が理解できなかった。理解できてはいたが納得できなかった。
「だからな、渚よ、お前には父親を裁く権利がある。自分の親の仇だからな」
「しかし、渚の腕をぶった切るなんて敵ながら天晴れだな」
「あんなヤツを褒めるな、ヴァンの居場所さえ聞き出せたなら殺せていた」
「あ~ハイハイ…よし、これで良いかな。念のためそこのソファーで休んでてくれ」
ニルスが渚の腕の治療しながら、会話していた。すでに渚の腕は切断時の傷跡すら消えていた。
「は~い、ア~ン、美味しい?美味しいよね?」
「ア~ン、んぅ~美味しいです。こんなに美味しいものは初めて食べました」
「ホントに?もっと食べていい…」
「千佳、その辺で止めとけ」
千佳が女の子にフルーツサラダを口に運ぼうとしたのをニルスが止める。
「さて、ええと、…まず自己紹介してくれるかな」
ニルスが女の子に質問をした。
「あ、はい、私はアリスと言います。助けてくれてありがとうございました」
「「「………え?それだけ?」」」
「あの、他に何か?私お礼できるものなんて持ってませんよ?」
「そうじゃない、何であいつに追われていたのかを説明して欲しいのさ」
「そういうことでしたか、しかし、私はあいつらに追われる理由はないんですけどね。そもそも、私はあいつらから逃げてきたんですよ」
「『あいつら』か…ということは集団か何かなのか?」
ソファーで寝そべっている渚がアリスに質問する。
「ええ、組織名は知りませんが、100人ほどは居ると思います」
「100人か、あのヤロウと同じくらい強い奴がそんなに居るのか?」
「いえ、ジャスティスくらい強い人は居ないと思います」
「なるほど、なら問題ない」
「渚、勝手に話を進めないでくれないか?」
ニルスが渚を抑えようとする。
「何故だ? 問題はないだろ」
「僕たちはここに何をしに来たんだ?」
「…犯罪者の駆逐?」
「害虫駆除だ! ばか」
「ちっ」
渚が舌打ちする。
「というわけで、アリスくん。我々は仕事でこのジャングルに来ているわけで…」
「アリス、気にすることはない。我々は君を助けたいのだ。けっして私怨ではない」
我慢の限界だったニルスは渚の鳩尾にキツイ一撃を入れる。
「ゲボラッ」
渚は口から泡を吹きながら気を失った。
「ニルス、渚にキレるのは分かるけど、渚抜きで害虫駆除するの?私は嫌だよ」
「あっ…と、ところで君は『逃げてきた』と言ったね、アリスくん。ということは拉致されてたの?」
千佳の指摘を無視し、ニルスはアリスに質問を続けた。
「いえ…私は産まれたときからあそこにいました。」
「つまり、やつらの中に君の母親がいるということかい?」
「いえ、違います。」
「じゃあ、どういうことかな? 分かるように説明してくれないか」
「………私は化物なんです」
「ほぅ、吸血鬼かい? それとも別の何かかい?」
「!? あの、驚かないんですか?」
「残念ながら、我々はその程度で驚かない。というよりも僕と千佳は世間が定義するところの人間とは微妙に違うからね。僕の右腕は魔物のそれに近いし、千佳にいたっては化物そのものだし」
「なんでさらっと、私の秘密までバラすの!! ドン引きだよ、アリスちゃんが」
千佳がニルスにヘッドロックを決める。
「さて、ということで君はなんなのかな? こちらの秘密はバラしたんだ。話してくれてもいいだろ?そして千佳は放してくれないか? 本格的に痛いよ」
「…仕方ない、許してあげる」
千佳が不服そうにヘッドロックをやめる。
「…ごめんなさい、わからないんです。でも物心ついた頃から彼らに育てられ、実験動物として扱われました」
「…だから逃げ出したのか…クズ共め」
ニルスが右腕を擦りながらアリスに同情する。
「となると、アリスちゃんはこれからどうするの? よかったらこれからも私たちと一緒というのはどう? 私的にはそれが一番なんだけど…問題ないよね? ニルス」
「ああ構わないさ」
「良いんですか!? お世話になります!!」
アリスが満面の笑顔を浮かべて喜んだ。
「ぅん? なんだ?いつの間に俺は寝たんだ?」
渚がソファーから起き上がり、寝ぼけた顔で記憶の整理をした。
「あぁ、起きたか。顔を洗って来い。準備が出来たら害虫駆除に行くぞ」
「ふぁ~い、……ん? そういえば……!!」
渚は寝る前(正確には気を失う前)のことを思い出した。
「このヤロー!さっきはよくもやりやがったな!!」
「待ちたまえ、ちゃんと任務が終わったら、奴らをぶっ潰すことに決まったから」
渚がその言葉に驚きつつも納得した。
「…任務優先か…まぁ仕方ないな、軍人だもん」
「分かったら支度してくれ。僕も千佳も準備はできてる」
「…? なんで先に行かないんだ? 俺は時間かかったがお前なら楽勝だろ」
ニルスの得意分野は治療と索敵、基本的に支援が本業であり戦闘能力は中の下。戦闘には爆弾や重火器などを使って戦う。
「気配が妙なんだ。巨大な虫のような存在に大量の虫が群がっているように感じる。」
「おいおい、気持ち悪い話だな…よし、準備完了」
渚は二本の日本刀を腰に携えた。
「…ところで、アリスはどうする?」
「彼女はここで待機してもらう。わざわざ害虫のいるところに連れて行く必要はないだろ? …足手まといになりそうだし」
「ふむ、妥当な判断だ。問題ない」
「千佳ー、準備できたから行くよぉ」
「は~い、じゃあお姉ちゃん行ってくるね、アリスちゃん」
「いってらっしゃい、お姉ちゃん」
千佳がアリスとイチャイチャした後、渚とニルスと共に拠点を出た。
「ずいぶんアリスと仲良くなったんだな、千佳」
「え!? なに嫉妬!! それとも焼き餅!? それは私へ? それともアリスちゃん?」
「違う、俺が気絶している間にすいぶん仲良くなったんだと思ったからだ」
「あぁ、そういうこと…でも、かわいいじゃんあの娘。あぁ~、妹が居たらあんな感じなのかなぁ」
千佳は少々がっかりしながら渚の質問に答えた。
「はぁ、そういうことか、でもそうするんだあの娘? まさかこのまま俺たちが保護し続けるってわけには…」
「アリスくんは我々で保護する。異論は認めない」
「ハァ!!? おいちょっと待て!! いくらなんでも過保護すぎるだろ。まさかお前ってロリコ…」
「渚、アリスちゃんはニルスと同じなの」
「!? なるほど、理解した」
「雑談は終わりだよ、この辺りに奴らが潜んでる」
ニルスはミステリーサークルのような樹も草も岩すらない異様な場所で歩くのを止めた。
「「ここ?」」
渚と千佳は二人相同時に訊きかえした。潜める場所などなかったから。すると
グラグラグラ
「「!!!地震!!」」
「違う、奴が現れるんだ、地中からね」
ニルスが二人に説明すると、恐竜よりも巨大な虫のような怪物が現れた。
「うわ、キモッ! さっき潰した目標とまるで違うな」
渚は怪物に素直な感想を述べた。渚達の目標はカメムシのような体臭を放ちながらゴキブリのように素早い10cmほどの昆虫であった。
しかし、怪物は体長約13m、幅約5m、高さ約2.5mで頭部は7本の角と2本の触覚を持っていてアナコンダのような極太の触手のような足が無数にあった。
「ま、僕たちの敵じゃないね。千佳がいつものように前衛、渚が中距離で攻撃、僕が支援射撃する。千佳よろしく」
千佳の能力は炎、近接格闘に優れており無敵といっても過言ではない。だが、そんな千佳はすでに渚達の後ろに居た。
「千佳? 何してるんだ?」
「ムリムリムリ!!!! あんな気持ち悪いムシはムリ!! 生理的にムリィィィィ!!!」
千佳は逃亡した。
「おぉい! 千佳…千佳抜きでこんな怪物を駆除すんのか…ハァ、骨が折れる」
「仕方ない、作戦を変えよう。とりあえずあのキモい触手をぶった切ってくれないかな渚」
ニルスがバズーカを撃った。だが、怪物の甲殻には傷をいれることも出来なかった。しかし、怪物がひるんでいるスキに渚は触手を切り落とす。
「!!!!」
怪物は驚きつつ、触手のような足を再生させ、渚達めがけて飛んだ。二人は当然のように避けるが顔には焦りが出てきた。
「あいつ再生能力も持ってんのかよ!?」
「一筋縄にはいかないか…しかたない、渚! 僕があいつの注意を引く。そのスキに0距離で特大の魔法を食らわしてやるんだ」
「仕方ないな…当てるんじゃねぇぞ! ニルス!!」
渚は加速するために距離をとった。その間にニルスはミサイルランチャーを装備して角を狙い撃ち、立派な角を一本へし折った。
「!!!!?」
怪物は激昂し、触手でニルスを刺し殺そうとした。だが単調である触手の動きをニルスはまた避ける。
「!? 触手しか再生できないのか? ならば!!」
ミサイルランチャーに弾を装填し、また角を狙い撃った。しかし怪物は触手でミサイルを防いだ。そのスキに渚が角にしがみつく。
「!!!!」
渚の存在に気付いた怪物は頭をブンブンと振り回して渚を落とそうとした。だが、渚は角にしがみついたままで角をへし折った。
「!!!!!!!!」
怒りのボルテージはさらに上がった怪物は触手で渚を掴もうとした。掴もうとしたが、その間にニルスがバズーカで触手を撃ち怪物は怯む。
「ナイスアシストだ!! ニルス」
怯んだスキに渚は巨大な雷雲を魔法で作り出した。
「とっておきだ!!くたばりやがれ!!!」
渚の作り出した雷雲が怪物の甲殻を破壊し、怪物は動かなくなった。
「ふぅ~、なんとかミッションクリアかぁ」
渚は胸元をパタパタして体を涼しい風で冷やそうとしていた。ニルスはというと怪物に近づき、黒い右腕で触れる。
「…解析完了、完全に死んでいるな。オマケに良い情報も手に入ったよ、渚」
「おぉ死んだか、んぅ~良かった良かった」
渚が疲れきった体を癒すために背伸びをして、何気なく怪物の触手に触れる。すると
ウネウネウネ
「!!!? うわぁぁぁぁ!! おい! こいつまだ生きてるじゃねぇか! 何が『死んでいるな』だよ!! このポンコツ!」
「落ち着きたまえ、こいつの触手はトカゲの尻尾のようなものさ。ある程度本体と独立して動くし、さっきの再生力も納得できるだろ?」
「…なるほどな、トカゲの尻尾か…」
渚が落ち着きながら触手から手を離す。だが渚は手に違和感を感じた。
「ん? なんだ?」
手を見てみるとヌチャヌチャした粘液が付いていた。
「ヌオォッ!! なんだよ!! この気持ち悪い液体!?」
「何度も素っ頓狂な声を上げるなよ、その粘液で滑るように移動していたんだろうな」
ニルスの指摘に渚は怪物の周りを確認する。ニルスの指摘のとおり怪物の周りは粘液だらけであった。
「しかし、妙だな…」
「妙? いったい何が?」
「気付かないかい? 地中に生息する生物に触手があるなんて常識的に考えておかしいだろ?」
「言われてみればその通りだな…てことはこいつは…」
「あぁキメラだな」
キメラ、それは魔法使いによって遺伝子を改造されたり、他の生物の特徴を付け加えたりした化物である。
現在、キメラを造ることは犯罪であり、それだけで死刑判決の事例すらある重犯罪とされている。
その理由は人間にとって危険な兵器となりえるからである。想像してほしい。もしお隣さんが凶暴なライオンやオオカミを飼っていても平然としていられる人間など居るだろうか? もし居たとしてもそいつの感覚は常人とは根本から違うのだろう。
「…クズ共め、アリスだけでなくこんな怪物まで作り出して…」
「? ちょっと待て、なんでそいつらがアリスを作り出したってことになるんだ?」
「あぁ言い忘れてたが、こいつは転移魔法でここにやって来たんだよ。体内に転移魔法の魔方陣があったからね。解析で転移座標も分かった」
「…? 説明になっていないぞ?」
「はぁ、少しは考えてくれよ…つまり、こいつがここにやって来たのと同時にアリスがやって来た。そこから推理するとアリスはこの怪物を送る転移魔法に巻き込まれてこのジャングルにやって来た。それに気付いたジャスティスはアリスを追ってここまで来た」
「…筋は通っている。だが…」
「心配しないでくれ、こいつとアリスには似た要素が存在した。製作者の癖のようなものが」
「……」
渚は自分の意見を言おうとしたが黙った。論破されたからではなくニルスの解析を信じたから。
「さて、拠点に戻ろう…千佳に折檻しないとな…」
ニルスはそのまま不機嫌に拠点に帰ろうとした。
(口調が変わってる…ずいぶんとムカついてるようだな…仕方ないか、あいつが医者にならずに軍人になったのはこういうクズを潰すためだし…アリスやあの怪物を自分に重ねているんだろうな…)
「この化物!! 近づくんじゃねぇ!!」
ニルスには家族がいなかった。物心ついた頃から刑務所に居た彼に愛を教えてくれる人間など皆無であった。
「先に殴ってきたのはテメェだろ…まるでオレがテメェを襲っているような言い方をするな…」
そう、青年はニルスを襲おうとしていた。俗に言う追い剥ぎである。
「黙れ!! そんな腕を持っている化物は生きていちゃいけないんだよ!!」
青年はニルスに向かって銃を撃つ。おもちゃの銃ではない、護身用の本物の銃を撃ったのだ。しかし、ニルスの右腕にとってそれは豆鉄砲と同じ意味しかもたない。
「どうした? 化物にそんなものが通じると思っているのか…クズが」
「ヒィィィィ」
青年は悲鳴を上げて無様に逃げ出した。
「ふん…クズらしい醜さだな」
ニルス・グデーリアンはキメラであった。その黒い右腕は簡単に鉄の塊を握りつぶすことができるほど強力なものであった。
ニルスの親、つまりニルスを産み出した魔法使いはキメラ作成という罪で死刑となりこの世を去った。
ニルスも処分される予定であったが、弁護士の活躍で刑務所で5歳まで育てられニルスが6歳の時に保護観察処分となり釈放となった。
その後魔法本国が運営している魔法学校に入学したが、彼と友達はもちろん、それ以上の関係になろうとした物好きはいなかった。
…青野渚以外は
「やぁ、君は随分と派手なことしているんだね。ミスター・グデーリアン」
「あっ、おかえり~」
渚とニルスの帰還に千佳が笑顔で迎える。
「無事任務完了だね。ご飯にしようか、今日は帰って麻婆豆腐を作ろうと…」
ニルスが無言で千佳に逆エビ固めをした。
「え? え? 何? なんなのこの展開は?」
「お前が逃げたから俺達二人は大変な目にあったんだ、千佳」
「え!? でも二人とも服に傷すらないけど……イタイイタイイタイよ! 本当にイタイよニルス」
「ギブか?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! あいつキモいけど、そんなに強いとは思わなかったの! だから二人なら瞬殺だと…だいたい女の子にこんなことするのは男としてどうかと…」
「ニルス続行だ」「了解した」
「ウギャァァァァァーーーーーー」
そのまま千佳への折檻は10分続いた。終わった後、千佳は二人に土下座して謝った。
「本当にごめんなさい。敵がどんなに気持ち悪くても闘うべきでした。にもかかわらず、敵前逃亡した私はクズです」
「あぁ俺達は心が広いからな。たった10分で許してやるよ」「その通り、たった10分でね」
「本当にありがとうございました…で、ご飯はどうする?さっき言ったとおり麻婆豆腐でいい?」
「いや、まだ任務は終わっていない。だから、食事はまだだ」
「? どういうこと?」
状況が理解出来ない千佳に渚が説明する。
「そういうことだったの…じゃあこれからどうするの? アリスちゃん起こす?」
「寝ているのか? …!! おい!どういうことだ!!」
何気なくアリスを見て頭を撫でると、ニルスは驚愕した。
「どうしたんだ!? ニルス! そんなに大声して!?」
「どうしたじゃない!! 死にかけてるんだよ!! アリスくんが!!」
「「!!!?」」
渚と千佳はニルスの言っていることが信じられなかった。アリスは誰が見ても普通に見ているようにしか見えなかった。
実際、彼女はかわいらしく寝息を立てていた。だが、ニルスの解析能力が間違ったことなど一度もないことを二人とも知っていた。
「笑えない冗談だな。一体なんで彼女は死にかけてるか説明してくれないか?」
「それはオレにも分からない。だけど、魔力が衰弱しているのは分かる。おそらく解決策は奴らが知っているはずだ」
魔力は生命エネルギーの一種であり、先天的な資質である程度決まる。そして体力などにも比例する。つまり魔力が少ないということは死に直結する。
「!! そうか、だからジャスティスはアリスを探して追っていたのか!! アリスが衰弱するのが分かっていたから!」
「ちょっと待ってよ! さすがの私も状況は理解したよ。でも相手は100人も居るんだよ? たった三人でそいつらをぶっ倒して、それから治療方法を見つけるの? 不可能だよ! 援軍を要請すべき…」
「ふざけるな!! そんなことをしている余裕があるか!! このまま見殺しにするつもりか!!」
「そんなわけないじゃない!! 勝率が低すぎるって私は言いたいの!!」
ニルスと千佳が口喧嘩しているなか、渚は思案していた。
「…方針は決まったな。ニルス…まず落ち着け、落ち着いたら教えてくれ…タイムリミットは何時間だ?」
「詳しい時間は分からないが、あと3時間は大丈夫だと思う」
「3時間か…問題ない。ニルスは弾の補充をとっとと済ませろ。転移魔法は俺がやる。千佳、お前はどうする? 援軍を待ってたら…」
「…行くよもちろん。例え死んでも守ってあげる…死んでも」
「縁起でもないことをいうな…帰ってきたら皆でご飯にしよう」
「…ここか」
そこは湖に囲まれた小島に立っている巨大な建物であった。しかし真っ白な壁しかなく窓も扉もなかった。
「何? あの建物? 出入り口が見当たらない…まぁ壁に穴をあければ関係ないけど」
「気をつけて、千佳そこら中に地雷が設置してある。オマケにセンサーも砲台も沢山」
「地雷に砲台か…なるほど、気付かない間抜けを殺すには手っ取り早いな。穴をあけて空中から進入するってのが簡単だが、狙い撃ちにされるな…」
「問題ないよ、二人とも。私がここから穴をあける。そして囮になるから、二人はダッシュで穴から入って」
「!! 正気か!? いくらお前でもホントに死ぬぞ」
「時間がないって私に説教しておいて? 私は大丈夫、汚名返上のいいチャンスでもあるし」
「「分かった。健闘を祈る」」
渚とニルスは千佳に敬礼して、加速の準備に取り掛かった。
「駆け抜けろ!! 火の鳥!!!!」
千佳の叫びとともに右手から巨大な鳥の形をした炎の塊が壁にぶつかった。しかし、壁に穴をあけるにはまだ足りなかった。
「硬いな。もう一発!!」
千佳が二羽目の火の鳥を飛ばす。すると穴はあいた。しかし人が入れるほどの大きさではなかった。すると、地中から砲台が現れて千佳をレーザーが襲う。
「千佳、もう十分だ。後は僕がやる。君は囮に徹してくれ」
「了解、頑張ってね。二人とも」
千佳はレーザーを避けながら二人を激励した。
ドカァァーン
「何だ!? 何が起きている!?」
居眠りをしていた司令官の中年男性が叫んだ。
「司令、どうやら敵襲のようです!!」
「数は?」
「魔法使いと思しき小娘一人です!」
「なんだと? なめられたものだ…36連レーザー砲用意…撃て!!」
地中から砲台が現れて少女をレーザーが襲う。最初はまったく当たらなかったが、だんだんとレーザーは少女を追い詰め、そして少女の身体を貫く。
「何発か当たりましたが、致命傷ではないようです!!」
「なに!? 死なないだと!? 仕方ない…3000mm砲用意」
「し、司令! 正気ですか!? ただの小娘にあれを使うなんて!?」
「当たり前だ、バカモノ!! レーザーで死なないような小娘に手加減する必要はない。レーザーで牽制しつつ確実に当てろよ」
「サーイエッサー!!」
(どういうつもりか知らないが、この3000mm砲で引導を渡してやる。人間はもちろん、どんな化物だろうと風穴あけてやるわ)
「準備完了しました!! 司令」
「よし! 射殺せ!」
「はぁはぁはぁ、さすがに相手も無能ってわけじゃないよね…ちっ!!」
千佳はレーザーの雨を避けながら歯がゆい思いに舌打ちをする。だが、千佳の身体を一本のレーザーが貫いた。
「ぐわぁぁ」
尋常じゃない激痛に千佳は叫ぶ。しかし、それでも千佳は動き続けた、レーザーの雨で致命傷を受けないために
「……死ねない…あの娘を救うまでは絶対に死ねない!!」
だが、その瞬間、千佳は5mほどはある巨大な砲台が現れていたことに気付いた。
「なに…あれ、あんなので不意をつかれたら確実にやられる」
巨大な砲台に気付いた時、直径3mの砲弾が放たれた。
「クソッタレがぁぁぁ!!」
右足に渾身の力を込めて蹴り砕いた。その結果、千佳の右足は骨も筋肉もズタボロになった。しかし、千佳の右足は10秒で完治した。
「この程度じゃ死なない…死ねてたら苦労しないよ!!」
「何なのよ!? あんたのその身体は!!」
千佳には母が居た。父も妹も居たが強盗に殺されていた。その時、千佳も心臓を刺されて瀕死の重傷を負っていた。しかし、わずか1日で完治した。そのことで母は千佳を異常な化物と認識した。
「なんでそんなことを言うの? ママ?」
割れた皿で手を怪我してしまい、千佳は血を出していた。しかし1秒未満で傷は消えており、傷跡すら消滅していた。
「いやぁぁ! 来ないで!! この化物!!」
母の悲鳴は幼かった千佳の心を簡単に傷をつけた。この出来事が千佳のトラウマになることは当然であった。
川上千佳は不死鳥の遺伝子を父親から受け継いでいた。その遺伝子は長子にしか受け継がれず、親が子を作った時に不死鳥は子に受け継がれ親は不死鳥の加護を失う。つまり、その異常な回復能力を失うのだ。
そのすぐ後、千佳の母はノイローゼとなり千佳は孤児院に送られた。しかし、自分のことを化物と認識してしまった千佳は孤児院で友達を作ることなど出来なかった。
そして魔法学校に入学した後も友達を作れず、同級生からは「成績は良いが、引っ込み思案な不気味な女」というレッテルを貼られて孤立した。
青野渚がしゃべりかけるまでは
「なんで、君は一人ぼっちなの?」
渚の質問は千佳のトラウマに触れた。しかし、そんなことを渚が知るわけがなかった。
「…私は化物だから…」
「? だから? そんなことで僕は君を軽蔑しないよ」
本心で言った渚の言葉は千佳の癒すことは出来なかった、だが千佳の心を開くことは出来た。
そのから千佳は渚とよく遊ぶようになりトラウマは完全に消えた。
そんな千佳が渚に惚れるのは必然であるだろう。
「こちら渚、千佳応答してくれ」
「こちら千佳、どうしたの?」
「内部への侵入に成功した。君は戦線を離脱してくれ」
渚の支持に千佳は静寂で答えた。
「千佳? どうしたんだ?」
「…それは何の冗談かな? 私は闘うよ、司令室を制圧するまでは…」
「!!!? 千佳!? 何を言ってる!」
「あの娘を救うには一分一秒が惜しい」
しかし、すでに千佳は通信を切っていた。
「どうしたんだい? 渚」
「千佳の奴、俺達が司令室を制圧するまで離脱しないって言いやがった」
「何だって! 仕方ない…僕は索敵を開始するから、渚は一階を制圧してくれないか」
「問題ない…全員殲滅する」
「くっ! どうなっている!? なぜあの小娘は生きている!? 3000mm砲次弾装填急げ!!」
「司令! 残念ながら3000mm砲は連射することを前提に作られていません!! 装填には時間がかかります」
「だからあんなネタ武装反対したんです!!」「そうだ!」「そうだ!」
司令官の無能っぷりに部下が不満を爆発させる。
「やかましい! 貴様らもノリノリで賛成していただろ!! 36連レーザー砲で時間を稼げ! その間に休憩中の兵士をこの司令部に召集させろ!! すべての砲門をマニュアルに切り替える」
「サーイエッサー!!」
「いたぞぉぉ!!侵入者だぁぁ!!」
「こちらR-7、司令部! 応答してください!! しれ…グバッ」
「クソがぁぁ、何で死なないんだよ!? 一発くらい当たれよ! 」
渚が一階の兵士を次々に切り殺していく。
「何をしているんだ!? 司令部は…死ねよ!! クソガキィィ!!」
兵士達は渚に向かって機関銃を発砲した。だが、渚は右手で握った刀で銃弾を弾きながら左手で握った刀で兵士達を切っていった。
「ニルス! 一階の敵兵は片付いたぞ」
渚が返り血で服を汚し、顔に付いた血を袖でふき取りながらニルスに報告した。
「こっちも索敵は終わったよ。ジャスティスは下のほうに居るみたいだ…二人とも居るようだけど、一人は死に掛けてるようだ…」
「!! そうか…だがここには上の階への階段しか見当たらないな」
「心配しなくてもいい…僕は3階の司令室に向かうから上の敵はまかせてくれ。その途中でミサイルランチャーを放つ…それでも壊れなかったら」
「問題ない、それよりさっさと司令室へ向かってくれ」
「もちろんさ…死ぬなよ…渚」
「誰に言ってるんだ? この俺があんな奴らに負ける理由がない」
二階にあがったニルスは一回のホールに向かってミサイルを4発放ち、見事に大きな穴があいた。穴は深さ10mほどはあり、その先に第二ホールが存在した。
「ナイスだ!! ニルス」
渚は穴に向かって飛び込んだ。
「グッドラック…」
渚に向かってニルスは祈りの言葉をつぶやいた。
「こっちだぁぁ!! 侵入者はここにいるぞぉぉぉ!!」
「気付かれたか! …まぁ気付かないわけがないよね」
ニルスはミサイルランチャーを投げ捨てて、マシンガンで威嚇しつつ、手榴弾を投げた。
爆音と共に敵兵士の四肢と鮮血が壁に飛び散る。しかし、敵全員の四肢ではない。壁の奥に潜んでいた兵士がニルスに発砲するが、ニルスは弾丸を右腕で弾き返した。
「!!!?」
兵士は驚愕しながら銃弾の雨によって死んでいった。
「…ハァハァ、よし二階の敵は殲滅した…あとは司令室を制圧するだけだ…」
息を整えて、ニルスは状況を確認した。千佳が囮になっていたため休憩中の兵士が司令部に集まっていた。だから二階に敵兵が少ないことにニルスは気付いていた。
「…あとは三階にあがり、ミサイルで司令部を奇襲し、手榴弾とマシンガンで殲滅するだけだ…」
投げ捨てていたミサイルランチャーを拾い、三階へと駆け上がった。
「待っていろ…千佳、すぐにお前の役目を終わらせてやるから」
「やぁ、君は随分と派手なことしているんだね。ミスター・グデーリアン」
そう言ったのは10歳程度の少年だった。
「あぁ? 誰だ? テメェ?」
ガラの悪い声でニルスは少年に向かって威嚇する。
「初めまして、ミスター・グデーリアン。僕の名前は青野渚。気軽に渚と呼んでくれてかまわないよ」
「んなこと訊いてねぇんだよ!! なんで俺に話しかけてきたかってことを訊いてんだよ!!」
自分の質問に対してのん気に自己紹介してきた渚にニルスは罵声を放つ。
「それは、えっと…君は僕に似ている…そんな気がしたから声をかけたのさ」
あいかわらずのん気に答える渚の胸ぐらをニルスは掴んだ。
「テメェ、調子に乗んじゃねぇよ…こんな俺と似ていると本気で思ってんのか?」
「うん、そうだよ。むしろ僕はよりいっそう確信したよ。君と僕は似ている」
のん気な渚に遂にニルスはキレた。
「フザけんじゃねぇぇ!! テメェみたいなガキが知った風な口を叩いてんじゃねぇ!! そういう顔で同情されるのが嫌いなんだよ!! 俺はな、キメラなんだよ! つまり化物さ! にもかかわらず『似てる』だとクソガキが!! テメェみたいに親に甘やかされたガキが図に乗るんじゃ…」
「僕に親なんて居ない」
「!!!?」
渚の予想外の返しにニルスは声を失った。
「幼少期の僕を育ててくれたのは僕の祖父だ…だけど、その祖父にも勘当されて身内と呼べる人間なんて居ない。だから声をかけたんだ…」
「…なんでだよ? なんでそんな奴が俺に声をかけようと思ったんだよ?」
ニルスの質問の質問に渚は笑顔で答える。
「決まってる…君となら家族になれると思ったからさ」
三階にあがったニルスは司令室の扉にむかってミサイルを撃ち、司令室の内部へと走り出し司令室に手榴弾を投げ込んだ。
爆音と爆風が司令室に充満する。ニルスにとって火薬による不透明な煙は意味を成さないため司令室の生き残りをマシンガンで銃殺し制圧した。
「こちらニルス、千佳応答してくれ! 司令室は制圧完了した!! 至急離脱してくれ!」
「…こちら千佳…了解、離脱しま…す……」
千佳が虫の息でニルスに返答する。
「よし…後はオレがアリスを助ける手段を見つけるだけ…」
パチパチパチ
ニルスの独り言を妨害するように拍手が起きた。
「!!!?」
「ファンタスティックだ。ゲレートなキミのアクティブは評価に値する」
ニルスが声の方へ振り返るとそこには初老の男が居た。
(馬鹿な!! ありえん!! このオレが接近をゆるしただと!!?)
謎の男にニルスは本能的に危機感を感じた。魔力もなく、気配もなく、目の前に居るのに存在感のない男に。
「安心したまえ…敵対するつもりはない。ワタシはキミとトークがしてみたかったのだよ…ニルス・グデーリアン…だったかな?」
「!! テメェなんでオレの名前を!?」
「別にオカシクないだろ? キミのようなファンタスティックなアートのことに興味をもつのは魔法使いとして普通のことだ」
「…アート…だと!!」
ニルスはその一言に激昂し、黒い右手で男の首を握り締める。
「クックックッ…ハァッハァッハァッ、グレートだよキミは。その速さにも脱帽だ、なによりこのワタシをまだ殺していないその冷静さはエクセレント…キース、キミは素晴らしかった」
「…キース? 誰のことだ? 『ヴァン・ジャスティス』の息子のことか?…」
「オイオイ…キミは自分のプロデューサーの名前も知らないのかい? 意外と無知なんだな」
男の一言はニルスをより怒らせた。ニルスは爪を立てて男の首から軽く血を出した。
「テメェ…あいつらの同類か!! てことはテメェがアリスの作成者か!!?」
「アリス?…あぁ~あの小娘のことか…あれはワタシの最高傑作だよ」
男の言葉にニルスは顔にでないように安堵し、そして質問を続けた。
「答えろ…アリスはどうすれば治る?」
「治る? 何を言っている?」
「トボけるなぁぁ!! あの娘を救う方法は何だと訊いてるんだよ!!」
ニルスがいっそう強く男の首を絞めた。
「そぉか…キミ達は自惚れていたから、たった三人でやってきたのかと思っていたのが…アレを助けるつもりだったのか」
「何をいってるんだ!? 質問に答えろ!! そんなに死にたいのか!!」
「…救う方法なんてないさ…少なくともワタシは知らない…」
「!!!?」
ニルスは少し絞める力を抑え、男がしゃべりやすいようにした。
「アレは…幼虫さ…魔力がエンプティーになった瞬間、サナギとなり…変態を繰り返して成虫になる」
男は自慢げに説明し続けた
「ワタシがジャスティスに提供したのは『神器』さ」
「…なんだよ…その『ジンギ』ってのは?」
「言葉通り『神の器』さ…彼らは神を作ろうとしているんだよ…アリスを媒体として…アレはそのためのアイテムさ」
「アイテムだと…ふざけんな!! テメェは人間をなんだと思ってやがる!!」
「? 人間など、このワールドに生息している生物の一種だろ? そしてキミたち『キメラ』は最高にクールなアートだろ?」
ニルスは男の価値観に驚愕した。この男の感性は普通の人間のそれと大きく違っていた。
「テメェは…テメェみたいなクソヤローだけは絶対に許さねぇ!!」
「許さない?…キミは酷いな…所詮、『親の心子知らず』か…」
「…何を言ってやがる?」
「分からないのかい? キミのようなアートを造るのにどれだけの『愛』が必要なのか考えたことはあるかい?」
ニルスは男の言葉に何も言い返さなかった。
「…誰からも理解されず、誰からも興味をひかれず、他人から軽蔑されながらも『アート』を造り続ける…これを『愛』と言わずなんだと言うんだ?」
「ふざけんじゃねぇ!! このクズがぁ!! テメェ等のそのゴミのような『愛』のせいでどんだけオレが、オレたち『キメラ』が辛い思いをしてきたと思ってるんだ!!」
「辛い? …カッカッカッ、それは面白いジョークだ! 辛い思いをしない生物がこのワールドにいるのかい? 食物連鎖の最下層の生物なんかに比べればキミらは良い生活が送れてるんじゃないのか?」
「…黙れ」
「嫌だよ、この駄々っ子。キミは自分達を悲劇のヒーローとでも思っているのかい? キミよりも悲惨な人生を送っている人間なんて沢山いるだろうに…そう彼らのようにね」
男は部屋中を指差した。そう、ニルスが殺した死体の山を指差したのだ。
「彼らは僕の劣化コピーさ…だが、そこらの魔法使いよりかは強いはず…だが、キミらはそんな彼らを簡単にデストロイできるほどグレートじゃないか…」
「黙れと言ってるんだよ!! このクズがぁ、そんな屁理屈でオレを論破できると思ってんのか!!!!」
ニルスが感情のまま男の首を絞め続けた。
「…魔法使いのくせに…真理から逃げるか………所詮…キミは只の…『同属嫌悪』じゃない…か…」
そしてニルスは男を殺した。
「『同属嫌悪』だと…クソガァァ!!」
「渚…今日でお前ともお別れだ…達者でな」
渚の祖父は渚の門出を見送っていた。
「じいちゃん、本当にもう会えないの?」
「あぁ、ワシとお前は今日で赤の他人だ…餞別は渡したはずだ、それをワシだと思え」
自分と縁を切った娘が産んだ渚と勘当することを最初から決めていた祖父は渚に二本一組の日本刀のそっくりの魔剣「風刃・雷刃」を送った。
風刃は風を纏い亜光速で移動することができ、また風を纏っているためけっして刃こぼれする事もない。
雷刃は雷を纏い電熱を発している。さらに渚の十八番である電撃魔法を強化してくれる。
「じいちゃん…」
「泣くな、孫よ…これは門出なんだから…笑え…笑って…行け…」
愛する祖父との別れを悲しむ渚に祖父は背中で会話する。
だが、渚は気付いていた。
…祖父が背中を向けていたのは涙を見せないためだったと
餞別を、祖父の愛を抱きかかえ、渚は自分の道を進むことを決めた。
第二ホールに着地した渚は辺りを見渡した。渚はそこに自分と同じ顔のジャスティスが居たことに気付いた。
「よう、また会ったなクソヤロー! ケリつけようぜ!!」
「あぁ、テメェを殺してあれを…『神器』を回収させてもらう」
渚が抜刀する前に、ジャスティスは接近して小太刀で心臓を刺そうとした。
「ナメんじゃねぇよ!!」
渚は右に3m跳んだ。だが、ジャスティスは左手を渚に向けて魔法名を叫ぶ
「ダークネス・スプライト」
ジャスティスの左手は魔法陣を形成し、そこから黒い熱線を出し、熱線が渚を襲った。
渚はすぐに二本の刀を交差させ、魔力を込め熱線を防ぐための障壁を作り出した。
「ちっ! まだ生きてるのかよ!」
渚に向かって、ジャスティスは先ほどよりも大きな魔法陣を形成し、同様の魔法を撃つ。
「同じ技を食らうかよ!! この間抜けがぁ!!」
風刃に魔力を込め、渚は空中を目にも止まらぬ速さで駆け熱線を避けた。そして雷刃に魔力を込め魔法名を叫ぶ。
「トロン!!」
前回とは違い、電気の塊は一つではない。ホールを駆け巡っていた渚はホールを電気の塊で満たした。
「悪いが、先手必勝! チェックメイトだ!!」
無数の電気が一斉にジャスティスを襲う。全ての塊がジャスティスに命中したことを確認した渚は風刃に魔力を込め止めを刺すために加速した。そして二本の刀で貫こうとした。だが
キィィィィン
ジャスティスが造ったドーム状の障壁によってジャスティスは無傷であった。
「随分と小賢しい魔法を使うんだな…そんな実力でオレの前に立つんじゃねぇ!!」
「俺の目的は貴様じゃない、目障りだと思うなら死にぞこないのヴァンを出しやがれ!!」
「!!!! なんでテメェがそれを知ってやがる!」
またジャスティスは魔法陣を形成して黒い熱線を打ち出す。
「バカの一つ覚えだな!! ………!!?」
避けたと思った熱線は渚の方へと曲がった。さらにジャスティスは空中に魔法陣を形成して熱線の数を増やした。
「逃げ切れるかと思ったか、ヴァーーカ!!」
魔法を使うには魔力が必要である。ジャングルで怪物と戦い、そのうえ要塞の一階の兵士を殲滅した渚の魔力は限界に近かった。
だが、ジャスティスは違う。渚と戦うために準備をしていた。さらに渚を倒した後はアリスを攫うことしか目的がないため渚に全力で戦うことができた。
(クソッ! 切り札は取ってそうな危険なクズだ…だが、長期戦になればこちらが不利だ。さらにアリスだって3時間は絶対に死なないって保障はない…)
渚が状況を冷静に分析した。そして覚悟を決めた。
(フルパワーであの生意気な壁をぶっ壊す…それがもっとも単純でもっとも簡単でな方法なはずだ)
渚は壁を蹴ってジャスティスに突っ込んだ。
「ついに悪あがきか…」
ジャスティスが前方に障壁を造り出した。だが、渚は切り裂いた。
「!!!?」
ジャスティスは驚いたが、その瞬間に再び障壁を造り出した。それをまた渚は切り裂く。
「無駄なんだよ!! 無駄ぁぁ!!」
ジャスティスが障壁を造り、それを渚が切り裂く。二人はそれを延々と繰り返す。いたちごっこである。
「ふざけるな!! なんでそこまでする!? 初対面の小娘相手に!?」
「貴様こそなんであの娘に拘る!? 貴様はあの娘を『ジンギ』って呼んでたな? 何なんだよ、そいつは?」
「新世界の神さ…あれはこの世界を壊し、新しい世界を作り出す神になるんだよ!! 分かったらあれを渡せ! どうせテメェらに出来ることなんてなぇからな!!」
「あんな少女にそんな重荷を背負わせてんじゃねぇぇ!! 何のためにそんなことをするんだよ!?」
「…決まってる…世界を救うためだよ」
「なん…だと…?」
その一言にさすがの渚も手を止めた。ジャスティスも渚を攻撃しようとはしなかった。
「この世界は腐っている…全ての人が幸せな日常を送ることができないのがその証拠だ…」
「アリスがそのための人柱とでもいうのか!?」
「その通りだ、犠牲なしにこの世界は救えない」
「クソヤロー!! 矛盾してるじゃねぇか!!」
刀を握り締めた渚はジャスティスに斬りかかる。だが、先ほどと同様に障壁を張ってジャスティスはそれを防ぐ。
「なんのことだ!?」
「気付かねぇのか!! 貴様は『全ての人間』と言いながらその『全て』にアリスが含まれてねぇじゃねぇか!!」
「言ったはずだ!! 犠牲を出さずに世界は救えないと!!」
「違う!! そんなものは貴様らクズの理屈だって言ってるんだよ!! 犠牲を出した時点でそれは『全て』じゃねぇ!」
渚がフラフラしながらジャスティスの造り出した障壁を切り裂いた。またジャスティスも障壁を造るだけで精一杯のようであった。
「綺麗ごとで世界が救えるんだったら、とっくに世界なんて救われてるだろうが!!」
「じゃあ、世界なんて人間には救えねぇんだろうよ!!!」
「それでも救いたい世界がある!! 復讐鬼の分際でオレに説教するな! 同じ穴のムジナじゃねぇか!!」
「やかましい!! そんなに世界が救いたいんだったら」
渚が障壁を雷刃で切り裂き、そして風刃でジャスティスを貫き、ジャスティスは腹と口から大量の血を流して倒れた。
「…貴様が神にでもなってろ」
「…ハァハァ…死んだか?」
渚はジャスティスを見て呟いた。だが、自分の目的が「ヴァン・ジャスティス」を復讐することであることを忘れていなかった。ゆえにホールを出て、廊下を歩いた。
「ニルスはアリスを救う手段を見つけただろうか…? もしも見つけれなくても…あいつなら…『ヴァン・ジャスティス』なら知っているだろう…」
自分の復讐の元凶である「ヴァン・ジャスティス」が解決策を知っていることを願い、渚は廊下の先に存在した2mほどの巨大な扉を開いた。
「やぁ、初めまして…青野渚くん…」
そこには、ヨボヨボの老人が居た。見た目から推測すれば年齢80歳に見える。
「…貴様がヴァン・ジャスティスか?」
「あぁ、その通りだ」
渚は狂喜した…簡単に裁けることに渚は狂喜した。
だが、渚には訊かれければならないことが二つあった。
「答えろ、アリスを救う手段を」
「アリス…神器のことか? ないさ…そんなもの」
「聞こえなかったか…答えろと言ったんだよ、俺は」
ヴァンの首に刃を当てる、殺すためではない…脅迫するために。
「あれは…『闇の種』の成功適合体さ…種を取り除けば救うことも出来るだろうな」
「『闇の種』? おい、なんだ? それは」
「神殺しの道具さ…人が使いこなすことのできない道具さ」
ヴァンの言っている意味が渚には理解できなかった。
ヴァンの言っている「種」が比喩なのか、魔法の一種なのか、それとも本当に種なのか、それが分からなければ取り除くことなど出来るわけがない。
「説明しろ! それはなんだ? どうやれば取り除けるんだよ」
「…何を言っているのさ? 取り除く方法など無い」
渚は絶望した、アリスを救う方法がないことに。
(クソッ! 結局アリスを救う手段なんてないのかよ…)
「…ならば、別の質問だ。なぜ母を…自分の妻を殺した?」
「…愛していたからさ…」
「!! 貴様! この期に及んでふざけるんじゃねぇ!!」
「ふざけてなどいない、私は彼女を愛していたさ…だから殺した」
渚は失望した。所詮ヴァン・ジャスティスはクズであったことを改めて理解したから
そして、渚はヴァンの首を刎ねた。
「第一回! 特殊鎮圧部隊新人歓迎会を開催しま~すぅ! イェーイ!!」
パーティ用の三角帽をかぶって渚がはしゃぎ出した。
「何が『新人歓迎会』だ…新人しかいないじゃないか…」
「いいんだよ! 細かいことは気にするんじゃない!! は~い、千佳もいっしょにイェーイ!!」
「い、いえ~い…」
千佳は恥ずかしがりながら叫ぶ。それも仕方ない、たった三人しか居ないのからだ。
「なんだよ…こんなアホみたいな会をするために僕らを呼び出したのかい?」
「なんだよぉ~せっかく、喜んでもらえると思って企画したのに…」
口を尖らせて渚がむくれる。
「いや、私は楽しいですよ! えっと…ほ、ほらこのケーキとかお、美味しいなぁ…」
「千佳はホントにやさしいなぁ~…どこぞの元ヤンとは違うわ…」
「…お邪魔みたいだから…帰るわ…」
「ちょ、ちょっと! 待ってくれ! 今日はパーティするために呼んだんじゃない。大事な話があるんだ」
イチャイチャしだした渚と千佳に別れを告げ自宅に帰ろうとしたニルスを渚が腕を掴んで制止する。
「……なんだ? 付き合いだしたのか? ……あぁ、はいはい…おめでとさんおめでとさん」
「違う…いや、本質的には違わないか…」
「「!!!!!?」」
冗談で言ったことが当たったことに驚愕した様子のニルスと顔を真っ赤に染めた千佳が驚く。
「いや、良い機会だからここらで本当の家族になろうと思ったんだよ。ただのチームメイトじゃなくてさ」
「「??? 具体的に何をするんだよ?」」
「義兄弟の契りを交わすのさ。前に読んだ本に書いてあったんだ『自分と相手の血を盃に入れて、それを交互に口にして飲む』って」
「どんなアホな本を読んでいるんだ? 医者のタマゴとしては血液を口の中に入れることを認めるわけには…」
「いいね!! でも盃なんてないよ? 」
「心配はいらない、既に用意している。ハァーイ!!」
ニルスの忠告を無視して渚と千佳が手首から血を流す。
「「はい! ニルスの番!!」」
ニルスは頭を抱えて腕から血を盃に血を入れた。三人はそれを回し飲みした。
「よし! これで俺たちは家族だ!! 何があってもな!!」
ヴァンの首を刎ねた時の返り血をふき取り、納刀した。
「父様!!」
死に掛けのジャスティスが渚とヴァンの死体に向かって叫んだ。
「悪いな…もう殺したよ、このクズをな……それとも仇討ちの第二ラウンドを始めるか?」
「…テメェは誤解している。父様はクズではない。世界を愛し、世界のために生き続けた立派な人だ」
「ハッ! 笑えない冗談だな! こいつが? 愛した女を殺したのにか?」
「闇の種のせいだろ…お前は種のことを知らないのか? そういうことか…誤解の原因は」
「!! 答えろ!『闇の種』ってのは何だ?」
渚はジャスティスに詰め寄り、問いただした。
「闇の種…それは父様が偶然見つけてしまった禁断の実さ…そいつは使用者に莫大な魔力を与える…使用者に適正があった場合のみな」
「適正? あいつもそういっていたが何のことだ? 適性が無かったらどうなるんだよ」
「死ぬ…正確には自我を種に食い殺され、肉体は次の種を作る肥料になるんだよ…母様がそうだったらしい…」
「!! どういうことだ!?」
「オレ達の両親はな、種を研究していた…だが、種は次の種を作るのに最短でも5年もかかり確認された最長で18年」
「………」
渚は黙った。話の結末がなんとなくであるが分かってしまったから。
「我慢の限界であった父様は自分を使って人体実験をし、母様もつられて自分に使い…そして、オレ達を孕んでいる時に自我を失った…そう聞いている、お前の存在はオレもさっき知った…たぶん、お前を置いて行った理由は…」
「続けなくて良い…もう十分だ…仇討ちする気がないならどいてくれ…用事が出来た」
父親がなぜ自分を置いて行ったのか渚は分かっていた。
「神器を…アリスを救うのか? さっき答えなかったが、お前はなんで大した思い出もない小娘をそこまでして救おうとする?」
「決まってるだろ…家族だから…愛しているからさ」
「ただいま帰った」
拠点に帰ってきた渚は仲間に…家族に挨拶をした。
「おかえり…」
渚の帰還にニルスは事務的に返事をした。
「アリスの容態は…ってどうした? この世の終わりみたいな顔をして?」
「…なぁ、渚…俺たちはあいつらと同類なのか?」
『同じ穴のムジナじゃねぇか!!』
ジャスティスに言われた言葉が頭の中で再生される
「…さぁな…俺たちがあいつらの同類なんじゃなくて、あいつらも所詮は人間だったんだろ」
「…だが…あいつの…あいつらの価値観はイカレていた…」
「価値観なんてものは所詮個々人によって違う。価値観が違うから人は争うんだよ…宗教戦争や民族戦争がいい例だ…世界中の誰もがお手々繋いで笑えいあえる世界なんてありゃしないよ…だけど」
「『だけど、俺たちは家族だ』とでも言うのかい?」
「あぁ、その通りさ…それで? アリスの容態はどうだ? 」
「かなり危険が後数分で魔力が尽きる…アリスくんを救う手段は見つけてられたかのか?」
「大丈夫だ、問題ない…彼女は、妹2号は俺が助ける」
「そうか、分かった…それで一体どうするんだ?」
「彼女の中にある『闇の種』を除外する。お前なら分かるだろ? 異物の存在を」
「異物? …あの妙な癖のことか!? ダメだ渚!! あれは危険だ!! オレの本能があれに触れるなと言っている!」
「『ふざけるな!! そんなことをしている余裕があるか!! このまま見殺しにするつもりか!!』」
渚は出発前にニルスが千佳に言った叫びを叫んだ。
「…死ぬぞ?」
「『死ぬなよ?』の間違いだろ」
渚はアリスを魔法陣で囲んだ。そして、魔法で異物を取り除こうとした。その瞬間渚は尋常じゃない不快感に襲われアリスは悲鳴を叫んだ。叫び続けた。
「うわぁぁぁぁぁぁ、痛い、いたい、イタイ、痛い、」
アリスの悲鳴に反応したニルスが魔法でアリスを治癒した。だが、叫び声は収まらずアリスの顔色は悪化した。
「大丈夫だ…もうすぐ終わるよアリス…ニルス、千佳の具合はどうなんだ?」
「心配ない…数日後にはいつものように完治するはずさ…渚?」
「悪いな…俺はもうダメみたいだ…なるほど、こいつは危険すぎる…そりゃ死ぬわけだ…」
「!! 渚!? お前何言ってるんだ?」
「勘違いするな…この程度じゃ俺は死なないさ…たぶんな」
『神殺しの道具さ…人が使いこなすことのできない道具さ』『死ぬ…正確には自我を種に食い殺され、肉体は次の種を作る肥料になるんだよ…』
(あのヤロー共の言葉は本当みだいだな…神がなんなのか知らないが、物理法則を簡単に捻じ曲げるだけの力はありそうだ…)
渚は自分が肉親の顔を思い出す。彼らは彼らの方法でこの世界を良い世界に変えようとしていただけだと理解していた。
(…父さん…そして兄さん、これが俺の選択だ…これが俺の愛だ!!)
そして魔法陣は光り輝き、真っ白な光で部屋は満たされた…そこに青野渚は居なかった。
エピローグ
~2年後~
「せんせい! ありがとう!! バイバイ~」
手を振る少女にニルスは手を振り替えした。
「先生、今日の患者さんはあの娘で最後です。」
「あぁ、分かった。ありがとう助手くん…僕はこれから用事があるから事務は君に任せてもいいかな?」
「はい、問題ありません。どちらへ?」
「…愛する弟の墓参りさ」
渚が居なくなって今日でちょうど二年が経つ。あの事件で渚はMIA(戦闘中行方不明)となり処分され今では軍の所属リストからも消えている。
大抵の奴らは渚は殉職したとして墓まで作りやがった。俺にとっては不愉快の極みだ。あいつは言った「この程度じゃ俺は死なない」と
だから、俺たちは…俺たち家族だけは絶対にあいつが死んだなんて思わない。あいつは「よっ! 久しぶり」くらいの軽いノリで帰ってくると信じているから
「おぉ~来てるな」
「遅い!! 私たちは30分も前に来ているんだけど?」「そうだよ! 遅すぎるよ!!」
自分達より後に来たニルスを千佳とアリスは非難した。
「お前らなぁ…俺の仕事が終わったのは5分前なんだぞ? まぁいい…それじゃ」
「うん!」「はい!」
「「「皆でご飯にしよう!!」」」