表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

とある図書館での出来事

作者: 黒坂凪朔

「君はどうしたいの?」

 外をぼんやり眺め考えていると、誰かがささやきかける。振り返るが、そこには誰もいない。図書館で、この声を聞いたのは、大学が長期休暇に入った8月のことである。


 小高い山の上にある木造の図書館は、1920年頃に建てられたものである。何がそう感じさせるのかわからない。館の入口をくぐると、普段でも空気がピンと張りつめ、どこからともなく気配を感じた。

 私は、毎日のように図書館で勉強をしたり本を読んだりしていたが、そういうときには、人でない何かの気配を感じることがなかった。だが、大学が夏休みに入り、学生の出入りが少なくなると、“このなにか”の気配を感じるようになった。

 図書館の一番奥には、見晴らしのよい窓際の席がある。そこに座って木々の隙間から見える町を、私は暇をみつけては、眺めていた。

この日、いつものように窓際の席に座り、片肘をつきながら、一枚の抽象画を描き始めた。下書きを終え、「赤色にしようか青色にしようか」と、悩んでいるときだった。

「眼の色は、赤だよ……」

「この形は、濃い色がいいかも……」何処からともなく透きとおった可愛らしい声がした。

 後ろを振り返ってみたが、そこには誰もいない。「どうして幼い女の子の声が、聞こえたんだろう?」と疑問は残った。でも気持ち悪いわけではなく、怖い感じもしない。

「やっぱりあれは、自分自身の心の声だっだのかな」と納得し、再び作業を続ける。

 色が決まり、迷いがなくなると、私は一心不乱に塗ることだけに集中した。今度は、先ほどの声が、はっきりと聞こえはじめた。その声で私は、雲の上に浮いているような不思議な状態になった。気分が落ち着くためか、作業もスムーズに進んだ。

しかし私が、絵の形に迷い作業が止まると、

「ここの形は、こう変えたら~」と少女がイメージした映像を私の頭の中に流すこともあった。

アドバイスに納得すれば、それに従うこともある。だが、意見が合わず、「いや、この形はこのままでいいんだ」と私が言っても、この少女が、反論することはない。彼女は、一方的に声をかけてくるだけで、私と会話をすることはない。

 こんなやりとりを繰り返して、私と彼女は、一枚の絵を仕上げていった。絵の完成が近づくにつれ、周りの景色や図書館の独特な匂い、暑さなどの感覚が戻ってくる。それに比例するように、彼女の存在や声はしだいに消えていった。

絵が完成して我に返ると、そこには誰もいない。窓の外を眺めると、真っ暗な空が広がっている。

館内は、またいつもの静寂につつまれていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ