Extra Episode:一人ぼっちじゃない
World's End Online Anotherの連載開始記念にペタリ。
キャラクターストーリー第二弾になります。
昔から特別ゲームが好きってわけじゃなかった。
ううん、寧ろ逆かもしれない。咄嗟の判断が必要なゲームは苦手で自分からやりたいとは思わなかった。
精々がクラスメートと一緒にプリクラを撮りに行ったついでに、テ〇リスとかぷ〇ぷよとか、誰もが知ってるゲームをきゃーきゃー言いながら一緒に遊ぶくらいだ。
そんなゲーマーでもなんでもないあたしが、今をときめくこのゲームに手を出してもいいんだろうか。
しかも、あたしの目標はゲームを遊ぶ為じゃない。
小さな頃からテレビに出てくるアイドルが着るような可愛らしい洋服が好きだった。
本当は自分で着たかったんだけど、そういう格好が許されるは小さな子か特別可愛い人だけで、残念ながらあたしじゃどう足掻いても似合わない。
だから早々に自分で着るのは諦めて、可愛らしい誰かに着てもらうべく作る方を極める事にした。
中学高校の文化祭で作った舞台衣装は満足のいく出来で、今でも後輩の演劇部が大事に使ってくれている。
神様はあたしに着こなせるような容姿をくれなかったけど、作る才能の方はくれたみたいだった。
高校を卒業したあたしが服飾デザインの専門学校に入ったのは当然の成り行きだったと思う。
色々な服の製法やデザインを基礎から学び、いつかは大手ブランドにファッションデザイナーとして入りたいと考えるようになっていた。
だけど、夢に挑めば挑むだけあたしは現実ってものを知ることになる。
幾らあたしの考えた最高に愛くるしいデザイン案を描き起しても、それを見た人達は決まって微妙な顔をするのだ。
『まぁ確かに可愛いけど、あくまで紙レベルだね。売り物にはならない』
似たような言葉を何度も何度も何度も並べられ、ついに頭にきたあたしは理想からかけ離れた『ザ・無難』っていうデザインを突きつけてやった。
こんなものの何が面白いんだ。どこが可愛いんだ。お前達は何も分かってない!
完全に当て付けのつもりだったんだったんだけど、それを見た人達は何故か目を丸くして、あれよあれよという間にコンテストにまで応募させられ、信じられないことに結構な賞まで受賞してしまった。
それからというもの、学生の身でありながら結構大きなブランドと専属契約を交わし、出来上がったデザインを買い取って貰っている。
あたしのファッションデザイナーになるという夢は早々に現実のモノとなり、クラスメイトの誰もが祝福と羨望の眼差しをくれた。
だけどあたしは全然満足できなかった。いや、憤ってさえいた。
世に求められるのは良くも悪くも無難なデザインばかりで、あたしの考えた最愛のデザインはちっとも受け入れて貰えなかったからだ。
『確かに可愛いとは思うけど、これはちょっとね。前に出してもらったデザインあったじゃない? あれは上からの評価も高いし売り上げも良いのよ。あんな感じの路線でお願いできないかしら』
担当さんはいつもそんな感じで、デザインを無難なものにすればするほど喜んだ。
世間も何が面白いのかサッパリ分からないあたしのデザインを馬鹿みたいに褒め囃して、頭が痛くなるくらい売れてしまった。
趣味と仕事は両立しないって言葉がある。あたしの場合は見事にそれだ。作りたくないものばかり作らされて、何が良くて何がダメなのかも見失い始めていた。
どうせならお貴族様が毎日綺麗なドレスを着込んで夜会を楽しんでいる、そんな時代に生まれたかったと思った事は一度や二度じゃない。
あたしのデザインが受け入れられるのは、きっとそういう時代なんだろう。
作りたい物が作れない、受け入れられないストレスのせいで仕事も嫌になり始めていた
『World's End Online』に出会ったのは丁度そんな時だ。
その頃にはとっくに専門学校を卒業していたけれど、なまじ有名になったせいで生徒に生の業界の話をして欲しいなんて頼まれる事がよくある。
つまらないデザインを考えるよりは年若い後輩達の話を聞いた方が良いに決まってる。
簡単な講義が終わった後は授業で作成した展示物をぶらりと見て帰るのも楽しみの一つになっていた。
服を作るのには意外とお金が掛かる。
布代もそうだが、レースや小物に拘り始めると本当に際限がなくなってしまう。
特に学生時代は自由になるお金が少ないので、古着や安い生地を上手に活用するのがコツだ。
生徒達の展示物にはそうした創意工夫が盛り込まれていて時には思わず『おぉ……』と感心してしまう活用方法もあった。
やっぱり生徒は目の付け所が違う。固定観念に囚われない新しい手法を自分達でどんどん開拓していく。
あたしが最後に見た展示ブースには現物が何一つとしてなかった。
その代わり、設置された大型のディスプレイの中には3Dモデリングで作られた服のデータが表示されていたのだ。
最初は手抜きか何かかと思った。服を布から作るのと3Dデータで作るのには雲泥の差がある。
実際の作業には『戻る』ボタンも『進む』ボタンもないし、裁縫の技術も上がらない。
デザイナーはデザインだけを作れればいいと考えがちだが、そうした経験は必ずデザインに反映されるとあたしは思っていたから。
だけど、あたしの考えはすぐに間違いだと思い知らされた。
なんていったって、ここに飾られた服は全て『World's End Online』の中で実際の手順に則って作られた物だったから。
そしてこの時初めて、自由に服を作れる仮想世界があるという事を知ったのだ。
VRMMORPGというものが何なのか最初はよく分からなかったけど、要するに超リアルな体感ゲームらしい。
脳に直接感覚を送り込むことで作り出された幻覚を、あたかも本物のように感じられる世界。
飛ぶように家へ帰ったあたしは早速この世界の事を調べ、公式サイトのとあるイラストに自らの桃源郷を見出した。
第一回アバターコンテスト優勝者『セシリア』。あたしの理想を体現したような可愛らしい姿に心を奪われた瞬間だった。
御伽噺かファンタジー小説をそのまま切り取ったこの世界でなら、あたしの服は受け入れられるに違いない。
丁度応募されていた追加アカウントに見事当選を果たしたのは、神が味方してくれているとしか思えなかった。
あたしの目的はこのゲームで理想の服を作ること。
きっと、こんなふざけた理由でゲームを遊んでいる人なんてあたしくらいなものだ。
幸い、ファッションデザイナーなんて仕事は一度アタリさえすれば自分の時間が幾らでも取れる。
次の作品に使えそうなインスピレーションを求めて取材してくるとでも言えばいい。
後は適当に作り貯めた何の面白みもない無難なデザインを時々渡すだけで、担当からは『最近調子いいですね!』と喜ばれる。
空いた時間で情報をかき集め、どうすればこの世界で自由に服を作れるのかを調べ上げた。
けど、殆どゲームなんてしたことのないあたしにとって、この世界は鬼門そのものだった。
まず何をどうすればいいかがわからない。かといって、あたしの知り合いにこのゲームをしている人は誰もいなかった。
色々なサイトを巡って片っ端から情報を集めること数日。
ようやくこのゲームの概要と、製造系のマスタースミスになればアイテムを作れるようになる事を知った。
製造系のマスタースミスを目指すならLukとDexしか上げてはいけないらしい。でないと成功率が低すぎて使い物にならないそうだ。
ただこの2つのステータスは戦闘向きじゃないらしく、敵を倒すのは苦労の連続だった。
Dexさえあれば命中率だけは確保できるので、自分よりずっと弱いモンスターを狙いちまちまと狩り続ける日々。
そんなある時、同じ場所でモンスターと戦っていた人に声をかけられる。
『よかったらPTを組みませんか?』
このゲームは一人で敵を倒すより、複数人でパーティを組んで倒した方が効率が良いらしい。
何より一人で延々と同じ行動を繰り返すのに飽きが来ていたので話し相手が出来るというのは大きかった。
その人とはフレンド登録をして、時間が合えば一緒に狩りにでかけるようになったのだけど、あたしみたいに暇人じゃないらしい。
今までは一人でも頑張れていたのに、何度か人と一緒に狩る楽しみを覚えてしまったあたしはもう一人に耐えられなかった。
調べてみると城塞都市アセリアでは頻繁にパーティーの募集があるらしい。
それからというもの、一人の時は足しげく城塞都市アセリアに通い、他人とパーティーを組むようになった。
でも、それが上手くいったのは最初だけだ。
あたしのステータスは製造型と呼ばれているように戦闘向きじゃない。
城塞都市アセリアで皆がパーティーを募集しているのは効率良く経験値を上げたいからだ。
低レベルの内は気にする人なんていなかったけれど、レベル40を超えた辺りから戦力差は歴然となり、パーティーへの参加を断られる事が多くなった。
それでも、今さら一人で黙々と狩り続ける毎日には戻れない。
足手纏いでしかないあたしが足繁くパーティー募集に通い続ける姿を他人がどう思うかなんて気にする余裕もなかった。
寄生厨。それがあたしに付いた呼称だ。パーティーで役に立たない人が入ってくることをそう呼ぶらしい。
気付けばパーティーを組んでくれる人は誰も居なくなり、時には暴言に値するようなWisチャットさえ飛んでくるようになった。
製造型の育成が難しいと言われている理由はここにある。
戦闘力がまるでないので、誰かに手伝って貰わないとまるで敵を倒せないのだ。
その頃のあたしのレベルは40だったけど、本来ならレベル30もあれば無傷で倒せる敵でさえ回復薬を使いながら本気で挑む必要があった。
これがいつまでもずっと、マスタースミスになった後も続くのだ。
惰性で繋ぎ、弱い敵を倒してはぴくりとも動かない経験値バーを見つめる日々。
自分は一体何をしているんだろうか? 何をしたかったんだろうか?
この世界で可愛い服を作りたいって言う想いはいつの間にか薄れていた。
こんなペースで続けたんじゃ2年経っても目標になんて辿りつけない。そうまでして自分はこの世界で服を作りたいのか。
どうせ、現実では誰にも受け入れられないのに。
そう考えた瞬間、急に何もかもがどうでも良くなり、モンスターとの戦闘さえ放り出して草原に転がる。
がつんがつんとHPバーが減り、真っ黒に染まった。
『セーブポイントに戻りますか?』の文字と共にデスペナルティ1%。1時間分の狩りの成果が失われる。
その瞬間、抗い様のない虚しさが込み上げた。
あぁ、やっぱり駄目だ。あたしはこの世界でしたい事がある。それだけはどうしたって譲れない。
諦めたくなかった。現実で受け入れられないなら、せめてこの世界でだけでも受け入れて欲しかった。
だってそれは、あたしの小さな頃からの夢だったから。
街に戻ろう。それでまた頑張ろう。そう思いウィンドウを操作しようとした瞬間だった。
「【リザレクション】」
突然身体の周りに青緑色の光が溢れ、死亡時に表示されるウィンドウが消えてなくなり、死んだ状態では動かせない筈の身体が起き上がる。
何事かと視線を上げた瞬間、あたしは目を見開いて言葉を失った。
「あの、ご迷惑でしたか……?」
「な、んで……」
「えっと、なんだかとても悲しそうな表情をしてらしたので、放っておけなくて。迷惑でしたらごめんなさい。お詫びに近くの街まで転送させてください」
目の前のとてつもなく可愛らしい少女は思わず飛び出たあたしの言葉を拒絶の意と受け取ったのか、恐縮した様子で頭を下げている。
だけどあたしの言いたい事はそういう事じゃない。
「あの、どうかしましたか?」
どうかしたに決まっている。
これは夢なのか? もしくは極限状態のあたしが作り出した妄想なのか?
そうでもない限り、第一回アバター選手権優勝者の『セシリア』がここに居る理由の説明が付かない。
「ほん、もの?」
咄嗟に手を伸ばすと、彼女はあたしの手を取って助け起こしてくれた。
暖かな実感を伴う感触にようやく理解が現実に追いつく。何度名前を確認してもやはりあの『セシリア』で間違いなかった。
否。これ程の完成度のアバターを持つプレイヤーが他に居るはずもない。
「セシリアさん、だよね?」
「はい、そうですけど。……どこかでお会いしましたっけ?」
突然名前を聞かれた彼女は完璧と言わざるを得ない流麗な動作で可愛らしく小首を傾げる。
「公式サイトのアバター選手権の優勝者の画像で見てから、ずっと凄いって思ってたの」
聞きたい事とか話したい事とか沢山あった筈なのに、まさか本物に会えるだなんて思っていなかったから、咄嗟に出てきたのはそんな無難な言葉だった。
だけど彼女はホントは妖精か何かで人間じゃないんじゃないかって疑うくらいふんわりした笑顔で心から嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。そう言っていただけると頑張った甲斐がありました!」
半端な謙遜は嫌味にしかならないと心得ているのだろう。
だけど無暗に威張るでもなく、ただ褒められた事が純粋に嬉しいと言った様子で、まさに純粋無垢そのものだ。
普通、人の笑顔には少なからずわざとらしさを感じるものなのに、彼女からはそれが微塵も感じられない。
まるで御伽話のヒロインのような存在だった。
「お名前を伺っても宜しいでしょうか」
見れば分かる事を聞くのは彼女なりの気遣いだろう。もちろん、拒否する理由なんて何もない。
「あたしはリディア。今さらだけど蘇生してくれてありがと」
そう言えば碌なお礼も言っていない事に気付き慌てて頭を下げる。
「いいえ、差出がましい真似でなければ良かったです」
それを聞いたセシリアが胸に手を当てて微笑んだ。
可愛らしい仕草に女のあたしでも思わずドキっとする。
「そんな筈ないよ! 街から戻ってこようと思ってたからすごく助かった」
咄嗟にまるで照れ隠しのように言葉を並べてしまう。
「今日はおひとりですか?」
「ん、そうだよ。あたしってば製造型だから、一緒に狩ってくれる人なんていないしね」
ちょっと僻みっぽい言い方だったろうか。それを聞いたセシリアは不思議そうな顔をする。
「レベルを尋ねても?」
「昨日50になったところかな」
「ご、ごじゅうですか!?」
あたしのレベルを聞いた彼女はまさに絶句って感じだった。
そりゃ驚くのも当然か。この辺りのフィールドに出現するモンスターの適正レベルは25だ。
倍のレベルのあたしが狩ってて、しかも死んでるとは思うまい。
だけど、ここがあたしの正真正銘の最前線なのだ。
「いつからここに?」
「えーと、43くらいからだったかな? 2ヶ月みっちり時間を掛けてどうにか7つ上がった感じ」
「ここで7つも上げたって……。えと、失礼ですがお友達とかギルドとかは」
「一緒に遊べるような友達はいないし、足手纏いの身だとギルドにも入り難くて」
我ながら情けなるような話に、セシリアも目を丸くしている。
けれどすぐに気を取り直したのか、或いはあたしを哀れに思ってくれたのか、突然腕を掴まれてこんな事を言われた。
「なら今日は私と一緒に遊んで下さい」
「え、でもあたしはレベルも低いし、それにステータスだって製造向けで何の役にも立たないから……」
きっと失望させてしまう。そう思って断ろうとしたのだけれど、彼女はじっと私の目を見つめて尋ねる。
「リディアさんは私と遊ぶのが嫌ですか?」
「そ、そんなことないよ!」
力の限り否定してみせるや否や、彼女はあたしの腕と自分の腕を絡めた。
女の子同士とはいえ、大胆なまでに密着した状態で見上げるように顔を覗き込まれると流石に照れる。
でも彼女は少しも視線をそらさずに満面の笑みを浮かべて言った。
「なら良いじゃないですか、大事なのはお互いの気持ちです。私にはリディアさんが誰に何を言われたのか分かりません。でも、リディアさんはもっとこの世界を楽しむべきです」
この世界を楽しむ。あたしは今までそんな風に考えたことがなかった。だからだと思う。
気付いた時には送られてきたパーティー要請の承諾ボタンをしっかりと押していた。
セシリアのポータルゲートで街へ戻ったあたしは文字通り引きずられながら足を進める。
「まずはこっちです! 裏に美味しいアイス屋さんがあるんですよ?」
あたしにとって街は死んだ時に戻って回復アイテムを補充するだけの場所だった。
Strの低いあたしが装備できる武器は限られているから早々に頭打ちになっちゃったし、なにより回復アイテムを大量に使うので無駄遣いしている余裕なんてなかったからだ。
街の中には画一的な商品を取り扱った大きなお店の他に、NPCが経営する小さな小売店も溢れている。
特に後者はアップデートの度に潰れたり新しく出店したりするうえ、販売数が限られている掘り出し物もあるらしく、一部のユーザーは街巡りに余念がないらしい。
セシリアが案内してくれたアイス屋さんも今週のアップデートで追加されたらしく、まだあまり知られていないのだそうだ。
「おじさん、レモンとイチゴ1個ずつお願いします」
「あいよ!」
プロレスラーか何かかと思うくらい筋骨隆々の店員は実に気さくな笑顔で頷くと奥へ消え、コーンの上に丸いシャーベットが乗ったお馴染みの形のアイスを2つ手に持って戻って来た。
「あ、幾ら払えば良い?」
とりあえず自分の分を出そうと取引要請を投げたが、すぐにキャンセルされてしまう。
「気にしないでください。強引なデートに付き合ってくれてるお礼ですから。どっちが良いですか?」
「で、デートって……」
女の子同士でもそういう言い方をする事はあったのに、笑顔のセシリアに言われるとなんともいえない甘い気持ちになる。
「いやでも、蘇生までしてもらったのに奢ってもらうのも」
リザレクションは死んだプレイヤーをその場で蘇生できる魔法だ。使用には触媒が必要で、値段も回復アイテムよりはずっと高かったはず。
「それなら一口分けてください。ここのアイスはとっても美味しいんですよ」
結局折れたのはあたしの方だった。
セシリアの外観は幼げで言葉遣いも丁寧かつ腰が低く、押しが弱そうにしか見えない。
なのに何故か抗いがたい魔力みたいなものがあって、気付けばあれよあれよと言う間に流され言うとおりになっていた。
レモンのアイスクリームを受け取ると刺さっていたスプーンで表面をなぞるように掬って口に運ぶ。
爽やかな酸味と甘みが冷たさと共に喉を滑り落ちていく感触に思わず感嘆の溜息が漏れた。
このゲームは味も完全に再現してくれるので、こうした食料品は結構な人気だ。
ただ、プレイヤーの料理スキルを優遇するあまり、NPCの販売している食料品はどれもこれも味がいまひとつだったりする。
その点、このNPCのアイスは今まで食べたことがないくらい美味しかった。裏路地の名店的な扱いなのだろう。数日後には行列が出来そうだ。
「ね、美味しいでしょ?」
小さな身体を駆使してするりと割って入ってくるセシリアはさながら子猫のようだ。
人懐っこくて、愛らしくて、纏わりつかれても微笑ましさばかりが積もり、いつまでも構っていたくなる。
「はい、イチゴもどうぞ」
不意に一口分のアイスが乗ったスプーンを差し出される。
既にセシリアのアイスは三口分ほど食べられていた。つまりこれは間接……って、あたしは一体何を考えているんだか。
今までだってこういう経験は沢山あったし、意識したことなんてなかったのに。
きっとずっと会いたがっていた相手だから緊張しているんだろうと無理に納得する。
「どうかしましたか?」
「う、ううん! なんでもないの! ありがと」
そんな胸の内を怪しまれる前に差し出されたアイスをぱくりと口に含む。
レモンより濃厚な甘さが広がり、くどくならない当たりで酸味に変わる絶妙な加減だった。
イチゴとレモンなら断然レモン派だったけど、これは甲乙付けがたい。
「私にも一口くれますか?」
「もちろん。一口といわず二口でも」
掬い取ったレモンアイスを差し出すとセシリアがぱくりと咥える。
その際、スプーンが短いせいか、彼女の唇があたしの指に触れた。
「やっぱりレモンも甘酸っぱくて美味しいです」
満足げな笑みを浮かべるセシリアはアイスの味に夢中で気付かなかったようだ。
あたしは指に付いた僅かなクリームをなんとなくそのまま唇に運びぺろりと舐め取る。
途端に自分がなにをしでかしたのかに気付いて変な声を漏らしてしまった。
「す、凄い美味しいね!」
何事かと見つめてくるセシリアになんでもない振りをして内心の動揺を悟られないよう必死に取り繕う。
なにやってるんだあたしは! 別に女の子同士なんだから気にすることでもないはず!
なのに気恥ずかしさで熱くなった顔や胸の鼓動は少しも収まってくれない。
落ち着け、落ち着くんだあたし。相手は女の子、相手は女の子なんだから。
思えば、こうして誰かと一緒に喋ったり遊んだりするのはどのくらいぶりだろうか。
何も知らずに野良PTを探していた時にかけられた言葉は、あの場所に行かなくなってからも胸の奥に刺さり続けていた。
この世界のあたしは誰かにとって邪魔にしかならないんじゃないか。
そう思うと、誰かに話しかける事も躊躇われた。
「ねぇ、どうしてここまでしてくれるの?」
途中から味がよく分からなくなったアイスを食べ終えると、あたしはセシリアに尋ねる。
「理由なんてありません。ただ、泣いてる子にはお菓子かなって思って」
まるで小さな子供をあやす様な物言いに流石のあたしも小さく唸ってしまった。
ただまぁ、あの時のあたしは確かにそんな感じだったかもしれない。
「リディアさんは今、楽しいですか?」
「うん。こんな感覚、もうずっと忘れてたよ」
「それなら良かった。何かに打ち込むのが悪い事だとは思いません。だけど、そればっかりだと疲れちゃいますから。たまには息抜きも必要だと思うんです」
本当にその通りだと思った。
レベル上げに必死になっていたあたしは、いつの間にか心の余裕を失っていたらしい。
確かにあたしはあたしらしい服を作りたくてこのゲームを始めたけど、右も左も分からないあの頃は何もかもが新鮮で、純粋にこのゲームを楽しんでいた筈なのに。
「本当はリディアさんがアセリアのパーティー募集エリアにいらしてるのをよく見かけたんです」
「……え?」
まさかそんな事まで知られているとは思わなかった。いや、製造型の癖に足繁く通ってたから覚えられていたのかもしれない。
一瞬、足手纏いが来て良い場所ではないのだと言われるのかと思って身構える。
「それがある日突然居なくなってしまって、少しだけ心配でした。何か言われたんじゃないかって」
でもそんなものは杞憂だった。セシリアは心底心配そうにあたしの顔を覗き込む。
それでようやく思い出した。あたしが足繁く通っていたのは、こんなあたしでも受け入れてくれる人が居たからだ。
「リディアさんは今の職業を続けたいですか? ……もしも。もしも別の職業を望むなら、今のリディアさんと同じくらいのレベルになるまで手伝わせてください」
初心者が1次職に転職するまでならまだしも、レベル50までの保護者なんて余程の理由がない限り言い出さない。
「どうしてそこまでしてくれるの」
不思議に思って尋ねると、悲しそうな、悔しそうな表情で答えてくれた。
「リディアさんに酷い事を言ったのが、多分私の知り合いだから、です」
高レベルのヒーラーともなれば知り合いなんて何もせずとも沢山出来る。
その中には当たりの強い人だっているだろう。知り合い全員の素行調査なんて出来るはずがない。
だというのに、セシリアは心の底から申し訳なさそうに頭を下げた。
「そんなの、セシリアさんが気にする事じゃないって」
「遠慮はいりません。私の出来る限りでサポートします。だから……」
セシリアに手伝って貰えるなら、新しい職業での再出発は凄く楽になるだろう。
この期に戦闘職へ転向なればこの世界をもっと自由に楽しめるのかもしれない。
だけど。
「ホントに大丈夫。あたしはこのままでいいんだって分かったから」
夢はやっぱり叶えたい。それに、この世界を楽しむ方法をやっと思い出せた。
セシリアは断言したあたしの事を長いこと見つめ、ようやく憑き物が取れたかのような笑顔を覗かせる。
「リディアさんにはあるんですね。この世界で絶対に作りたい『何か』が」
「うん。まだ出来るかどうか分からないけど、あたしなりに頑張ってみたいの」
セシリアは本当に不思議な女の子だった。少し話しただけなのに数時間前のあたしとは比べ物にならないくらいやる気に満ち溢れている。
そしてそれは間違いなく彼女のおかげだった。
「それなら良い所を知ってます。きっと、リディアさんも気に入ると思いますよ」
そうしてあたしは『理解されない理想郷』と出会った。聞けば、このギルドの数割はセシリアに連れてこられた人達らしい。
固定PTを組まず、野良PTによく参加する彼女はあたしみたいな存在が虐げられる度にここを案内するのだと聞いた。
心の中にある『何か』を作りたいがためにゲームをしているのがあたしだけだなんてとんだ思い上がりだ。
世界は広い。あたしみたいな変わり者も探せば案外沢山見つかるものらしい。
誰もが不味いと噴き出すが効果は絶大な料理を作りたい。
ハリセンから金ダライまで古今東西の突っ込み専用武器を作りたい。
あらゆる動物の耳を模したヘアバンドを作りたい。
他人からすれば『くだらない』の一言で切り捨てられてしまうような夢に全力で取り組んでいる変人ばかりが集まって作ったこのギルドは同じ夢を持つあたしを歓迎してくれた。
仲間なんて出来るわけがないと、一人で頑張るしかないのだと、ありもしない妄執に駆られて視野を狭くしていたのは、結局のところあたし自身だったわけだ。
一人が嫌なら一人じゃなくなる方法を探せばよかったんだ。
きっとセシリアは最初からそれに気付いていて、だからあたしをここに連れてこようと話しかけてくれたんだと思う。
一人ぼっちじゃないって言うのは大きい。
あたしはギルドの人達と一緒に自分の拘りや馬鹿話を楽しみながらレベル上げをした。
ついでに敵を倒さなくとも経験値が入るクエストって言う存在も知って、僅か半年の歳月でマスタースミスへの転職が叶ったのだ。
唯一残念だったのは、それからセシリアに会う機会が一度もなかったことだ。
接続する度にお礼が言いたくてWisチャットを飛ばしたのだけれど、彼女はアバター選手権に優勝したことで多人数から悪質な粘着を受けたことがあるらしく、フレンド交換をした相手以外からのWisチャットを拒否する設定にしていおり、一度も繋がることはなかった。
かといって、彼女はギルドにも特定の固定PTにも属しておらず、この広い世界から足だけを頼りに見つけ出すのは困難を極める。
そうこうしている内に時間は流れ、きっと彼女はあたしのことなんて忘れているだろうと思うようになった。
あたしにとってのセシリアは救世主そのものだったけど、セシリアにとってのあたしは今まで数え切れないくらい手を差し伸べた中の一人だったから。
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「それからというもの、あたしは彼女に似合う最高の衣装を作るべく、似た雰囲気の女の子を捜しては……」
「取材と称してストーキングに走ったというわけね」
目の前に座る友人はあたしとセシリアの馴れ初めを聞いた後、盛大な溜息を吐いた。
「それにしても、貴女のその特殊性癖が姫のせいだとは思わなかったわ……。無自覚とはいえ、とんでもないものを覚醒させてくれちゃって」
長い間話していただけあって、手に取った紅茶はすっかり冷めてしまっている。
ゲームではコマンド一発で再加熱も出来たんだけど、生憎とそんな便利機能はなくなって久しい。
「ならもうさっさと告白でも何でもして結ばれてきなさいよ。被害が減るわ」
「あ、あたしだって出来るならそうしたいよ? でもセシリアはあたしの事なんて絶対に覚えてないし。だからセシリアが自然とこの部屋に来てくれるよう協力して欲しいの!」
そう、まさにそこなのだ。
あたし的にはセシリアがネカマだろうとなんだろうと一向に構わない。
目の前の友人には何故か勘違いされているけれど、あたしは可愛い子が大好きなだけで性別は関係ない。ただ今までは女の子に可愛い子が多かったってだけなのだ。
本当の性別が何であれ、この世界のセシリアはとてつもなく可愛らしい。間違いなく世界で一番可愛いに決まってる。出来る事ならお近づきになりたい。
それはともかくとして。
この世界がまだゲームだった頃、セシリアがネカマだと暴露した時に会いたい人がいれば来て下さいと接続場所の指定がなされた。
だからあたしは持ちうる全てを費やして作った装備を着て貰う為に準備万端の体勢で意気揚々とリュミエールに飛んだのだ。
ところが、どうしてもセシリアが欲しいって言うあたしの煩悩を神様がついうっかり聞き届けちゃったのか、ゲームだったはずの世界は現実に変わってしまった。
最初は何が起こったのか全然わからなくて、どうしようと泣いていたところに友人が優しくしてくれたのだ。惚れるに決まってる。
残念ながら同衾は断られたものの、ここ『自由の翼』というギルドに加入させてもらい、とりあえず生活していくくらいは出来るようになっていた。
でも足りない。具体的に言えばセシリア成分が足りない。
会いに行けばいいのかもしれないけど、セシリアは何かと急がしそうで中々会いに行く口実も思い浮かばないのだ。
だから出来る事なら彼女の方から尋ねてきて欲しいなぁ、なんて。
「なにそれ、恋する乙女のつもり?」
「だからそう言ってるじゃん」
もう、と頬を膨らませてみせると友人が『なに言ってるんだこいつ』みたいな白い目線を向けてきた。全然デレてくれる気配がない。
「……はぁ。しょうがないわね。ケインとは同じ狩組だし話をつけておいてあげるわ。何かあったら頼みなさいってことであなたを窓口にしとくからそれでいいでしょ?」
「ありがとう! 持つべきものは友達だね!」
喜び勇んで抱きつこうとしたら一足早く腰に差した剣に手をかけられてしまった。
「勘違いしないで。私への被害が減りそうだから頼まれるだけよ。だから朝起きたらいつの間にか裸で抱き合ってるみたいな展開はもう、二度と、しないで。ついうっかり枕元の剣で斬りつけそうだから」
「あれは寝ながら泣いてたから慰めただけなの! 事実、あたしが添い寝したらすぐに泣き止んだんだよ!? で、ちょっと甘えてきたからこれは良いだろうと思って……」
「その何処に良いと思える要素があるってのよ!」
遂には話の途中なのに怒ってそのまま部屋を出て行ってしまう。最近は狩組も忙しいのかカリカリしっぱなしだ。もしかしたら生理でも来たんだろうか?
そういえば、セシリアにも生理は来るんだろうかなんて疑問が頭をよぎる。
ネカマといえど、元男の子ならその手の知識は欠けているはず。もしそうなら手取り足取り教えてあげるのになぁなんて妄想してみた。
不安で押し潰されそうな彼女を優しく手ほどきするあたし。なにそれイイ。凄くイイ。
そして3日後。まさかそれが現実になるなんて思いも寄らなかった。
おかげでちょっとばかりやり過ぎちゃったかもしれない。
ねぇ神様。
まさかとは思うけど、異世界に飛ばされたのってあたしの煩悩のせいじゃ……ないよねぇ?
さくっと読める感じにした、ありし日のリディアさんと布教活動に勤しむセシリアさんの過去話。
出会ったのは1次職の時で、性格も今みたいにはっちゃけてない、自信喪失期だったのでセシリアの記憶には残っていません。
元からセシリアの面倒を見るお姉さんポジのキャラは用意していたのですが、感想でもらった設定が個人的にツボったので全面的に取り入れたら劇的びふぉーあふたーなされた。