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World's End Online  作者: yuki
第四章 それぞれの想い
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それぞれの想い-2-

 巨大な鉱山はその一角にぽっかりと穴を開けられ、遠くから見るとまるで巨大な生き物が口を開けているかのようだ。

 2頭仕立ての馬車が苦もなく入れるほど大きな顎門を潜ってから壁の松明が照らす仄暗い洞穴を暫く歩くと巨大な跳ね橋が見えてくる。

 入口と作業場を分断するこの跳ね橋は奴隷達が掘り出した鉱石が搬出される時や見張りが奴隷達の様子を見に行くとき以外は常に上げられたままだ。

 橋の長さは凡そ30メートルで、眼下には雨や雪解け水が地下水脈へ流れ込みごうごうと音を立てていた。

 落ちれば激流に飲まれ二度と浮上できないだろう。


 入り口側の跳ね橋の裾には小さいながらもしっかりとした居住施設が作られており、中ではまだ年若い青年が2人、だらけた様子でぐんにゃりとしていた。

「あぁもう、いつまで洞窟ん中で過ごせばいいんだよ。俺らは冬眠中のクマじゃねぇんだぞ」

 先程からずっと、組んだ腕に頭を乗せて壊れた蛇口のように生産性の欠片もない愚痴を垂れ流し続けている。

「お前、この間も同じ事言ってたぞ」

 いい加減にうんざりしたもう一人の青年が不快な表情で窘めるが、その青年とて椅子にだらしなく座って何をするでもなく天井を仰いでいるばかりだ。


 帽子屋から奴隷達の監視を言いつけられると同時に、この殺風景な住居へ押し込められてから早2ヶ月。

 当初こそ言いつけ通りこまめに奴隷達を監視していた彼らだが、一ヶ月と経たずに形骸化してしまった。

 今では日に一度、看守に任命した奴隷から何か問題がなかったか二言三言尋ねるだけのチェックで済ましている。

 そもそも、隷属の首輪によってスキルを封じられた奴隷達が自力であの跳ね橋を超えられる訳がないのだ。監視の意味があるのかさえ疑問である。

 かといって帽子屋からの命令を無視し外に出かけるのはバレた時の事を考えると恐ろしい。

 何せ自分達と同じプレイヤーから容赦なく身包みを剥ぎ、こんな場所に監禁して働かせているのは帽子屋に他ならないのだから。


「首都組は良いよなぁ。飯も娯楽もあるんだろ。あぁ米が食いたい。秋刀魚か鮎の塩焼きとセットで。味噌汁ありならレア装備の一つくらい手放すわ」

「飯テロは止めろよ、無性に食いたくなってくるだろ。クソ、せめてまともな酒でもあればなぁ……」

 日々の食料は週に一度、掘り出した鉱石を契約している商人が取りに来る際に纏めて渡されている。

 頼んで酒を持ってきて貰った事もあったのだが、山だらけの地域ではヤギの乳を発酵させて造られた乳酒という馴染みのない物しか出回っておらず、飲むと同時に噴出してしまった。

 上質な白パン、新鮮な野菜、卵やハム、豚肉や牛肉、塩や胡椒といった調味料の類はあるのに一般的な酒は久しく口にしていない。

 毎日の食事だって自炊に頼らざるを得ず、加熱調理した野菜や肉をパンに挟んだだけのサンドイッチがずっと続いている。

 熟練の料理人でもない彼らお手製の食事は大味すぎて飽きが来るのも早かった。


「異世界に来ても警備員かよ。自宅だけで十分だっての」

「ハハッ、違いねぇ」

 少しはマシな冗談に暫くけらけらと笑った後、2人は揃って大袈裟な溜息を吐く。

 狭苦しい洞窟での生活はただでさえ息苦しいと言うのに、娯楽どころか食の楽しみさえ味わえないのでは愚痴の一つや二つくらいでようというものだ。

 住んでいる場所が違うだけで、作業場で働かされている奴隷達と彼らの間に大した違いはないのかもしれない。

「例の『作戦』が成功するまでの辛抱っても、いつ始まるんだ? その作戦とやらは」

「こっちには殆ど情報が降りてこないからな。終わって開放されたらどこかの美少女とフラグ立てに行きたいわ。やっぱ強引な展開より純愛だって」

「お前が言うと似合わないどころかただ純粋にキモいな」

「うるせぇ」


 そんなどうでもいい会話の押収がここでの唯一の娯楽兼暇潰しだ。

 今日も変わり映えのない無駄話を繰り広げていると、突然扉を叩く音が聞こえた。

 陽の光が届かないせいで時間を忘れがちだが、壁に置かれた時計は深夜を指している。

 元の世界で昼夜逆転生活を送っていた2人だからこそ起きているのであって、この世界の住人ならまず間違いなく眠っている時間だ。

 お茶会のメンバーにしても遅すぎるし、緊急の案件ならノックなどしないで入ってくるだろう。

 かといって、いつも鉱石を引き取りに来る商人がこんな時間にやってくるとは思えない。

 彼らの知る限り、そのどちらでもない人間がここへ訪れた事は一度もなかった。


 辺鄙な山奥の鉱山なんて用事でもなければ来たいとも思わないだろう。

 ではいったい誰が、と首を傾げた瞬間、慌てて身体を跳ね上げて武器を取り出す。

 時折忘れそうになるが、ここではプレイヤー達を奴隷にして強制的に働かせているのだ。

 誰かに嗅ぎ付けられれば弁明のしようがない。監視を命じられた自分達も良くて監禁、悪ければ打ち首だ。

 侵入者の可能性を考慮し、足音を立てないようにドアへ近づくと再びノックの音が響く。

 暗殺者(アサシン)の青年は背後の魔導師(ウォーロック)に視線を送ると先手を取るべく一気に扉を開け放った。


「どうもこんばんわ。商会の者です」

「あ……あぁ?」

 隠れもせず、武器も持たず、満面の笑みを浮かべて大きな荷物を背負っている商人の姿に暗殺者(アサシン)の青年は顔を歪める。

 つま先から頭の天辺まで無遠慮にジロリと眺める限り高級装備らしき物は一つもなく、この世界の住民が着ているような野暮ったい旅装をしていた。

「商人だ? 今何時だと思ってやがる」

「怪しいな。とりあえず中に入れろ」


 帽子屋からは怪しげな人物を発見次第始末しろと言われている。

 こんな時間にやってきた面識のない商人なんて不審人物以外の何者でもない。

 すぐに手を下しても良かったのだが、一応話くらいは聞いておかないと後で帽子屋に何か言われるかもしれないと思いなおす。

 腕を掴まれ中へ引きずり込まれた商人はそんな事と露知らず、未だに人当たりのいい笑顔を浮かべたままでいた。

「それで、一体どこのモンだ? なんの用で来た」

 武器を隠しもせず高圧的に尋ねた暗殺者(アサシン)の青年の前に商人の青年は背負っていた荷物を「どっこらしょ」と降ろしてから丁寧に頭を下げた。

「いつも鉱石を引き取らせて頂いている商会の一員です。以前にも面識はあるんですが、やはり覚えられていないようですね。いえ、それも当然だと思います。何せ荷物運びを手伝ったその他大勢の一人ですから」


 週に一度行われる掘り出した鉱石の運搬には多くの人手が必要になる。安全上の理由で奴隷に跳ね橋の先まで荷物を運ばせるわけには行かないからだ。

 プレイヤーが1週間で採掘する鉱石は見上げるばかりの量になるので、搬出の日は全ての奴隷を部屋に閉じ込めた上で商会の人間が総出で石を馬車に積み外へ運び出す。

 当然ながら2人は参加者の人数を把握していないし、まして居たか居ないかなど、どうだって良かった。

「だとしても、こんな時間に一人で来る理由にはなんねぇよな」

 彼らが知りたいのは何を目的にこんな場所へ、それも深夜遅くに1人で訪れたのかだけだ。

 すると商人は人当たりのいい笑みをほんの少しだけにやりと歪める。


「いいえ。この時間に一人でないといけないのです。商会にハチ合わせるのはまずいですからね」

 彼はそう言って荷物の中から幾つもの瓶や小樽、皮袋を取り出して机にずらりと並べる。

「実は以前、お二人の話し声が聞こえてしまいまして。こちらの特産品である乳酒が合わないそうですね。あれも慣れれば美味しいのですが、最初は癖が強いですから。そこで少々無茶をして市場から様々な酒類を手に入れて参りました。どうぞお試しください」

 商人はそう言って持参した木製の杯にぶどう酒を一口分注いでから差し出した。

 暗殺者の青年は訝しげに中身を見ていたが、仄かに香る果実の匂いにごくりと唾を飲む。

 しかし、出された杯をいきなり煽るような真似はしない。


「……お前が飲んでみろ」

「……? あぁ、そういう事ですか。これは失礼致しました。ではお先に」

 水は毒を最も馴染ませやすい物質だ。何か混ざっていないか判別するには飲んでみるしかない。

 商人は毒見の申し入れに戸惑う事も躊躇う事もせず、実に美味しそうに注がれた葡萄酒を飲み干して見せた。

 例え毒を中和する物質を先に飲んでいたとしても顔色一つ変えず平然と振る舞うのは難しい。

 暗殺者(アサシン)の青年は飲み干した彼の様子をじっと観察していたが、どこにも不審な挙動は見当たらなかった。

 毒は入っていない。仮に入っていたとしても、即効の類ではない。であれば十分に解毒が可能だ。

 表向きはしかめっ面を維持しているが、目の前にあれ程まで恋焦がれた本物の酒を並べられて心が踊らないはずがない。


「では同じ小樽から。国王陛下にも胸を張って献上できる自慢の一品ですよ」

 再び注がれた葡萄酒を暗殺者(アサシン)の青年はほんの少しだけ口に含んだ瞬間、カッと目を見開く。

 味わわずとも舌に触れた瞬間に伝わってくる濃厚な甘み。しかし甘いだけでは終わらない。

 砂糖などの人工的な甘みでは成し得ない、葡萄が本来持つ酸味や渋みもしっかりと残っている。

 そしてなによりフルーティーな香りには覚えがあった。

「これはまさか、アイスワインか……!」

 葡萄酒の収穫は気温が氷点下になる前、秋の終盤に行われる。

 しかしそれを敢えて無視し、氷点下を下回る気温でわざと凍らせる事によって余分な水分を取り除き、果汁を濃縮して作るアイスワインという種類がある。

 通常の葡萄酒に比べて8~15%程度の果汁しか絞れず、非常に高価な事で有名だった。


「売ってくれ!」

 途端に暗殺者(アサシン)の青年の目の色が変わった。

 もやは彼が不審人物かなんて関係ない。そんな相方の姿にもう一人の青年が溜息を吐きながら咎める。

「待て待て。まだどうしてこんな時間にここに来たのか説明されてねぇだろ。なぁアンタ、一体どういうつもりだ?」

 現金な相方を咎めてはいるものの、彼とて目の前に並べられた数々の酒に興味がない訳ではない。

 殺して奪ってしまっても構わないのだが、話は最後まで聞いておきたかった。

「鉱石を売って欲しいのです。ただし、商会へは内密に」

 胡散臭そうに尋ねた青年に向かって、商人はほんの僅かに悪そうな笑みを浮かべた。

「この鉱山から取れる宝石は本当に質が良いんです。しかし、商会が全て押さえてしまっているせいで僕ら末端の商人にはまわって来ません。独占されている今なら市場の価格は殆ど言い値。もし手に入れば莫大な利益を得られます」

 硬い岩盤からなる山はそれだけ圧力がかかって地表に顔を覗かせたと思って良い。

 掘り進めるのは大変だが、時折出土する宝石類は小粒であっても色が良いと評判で、大粒の原石ともなればとてつもない高値がついた。


「僕らのような末端の商人はとてもじゃないですが自分の店なんて持てません。商会から与えられる荷運びに精を出すのが精一杯なんです。行商といえば聞こえは言いですが、売値も買値も全て商会の言いなり。だからこれはチャンスなんです。僕が自分の店を持つ、最初で最後のチャンスなんですよ」

 熱く語る商人に2人はふむと頷いた。若い人間が野心を抱くのは当然だろう。自分の城を持ちたいと言う気持ちは分かる。

 彼が手を出そうとしているのは密輸だ。それも、自分の胴元に当たる商会に食らいつこうとしている。

「なんだそういう事情か。まぁ良いんじゃね、石ころの一つや二つくらい。どうせバレないだろ」

「そうだな。これも管理者特権って事で納得して貰おうぜ。俺達は酒が、アンタは石ころが手に入ってハッピーってわけさ」

 一人の商人の生涯を賭けた取引に、2人はあっさりと快諾して見せた。

「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます!」

「良いって良いって。それより、また定期的に酒を仕入れて届けてくんね? その代わり俺らはまた石ころを融通するからさ」

「それいいな! 別に幾らでも取れるんだし少しくらいならバレやしないって」


 もしこの光景をこの世界の住民が見ていたとしたら、神をも恐れぬ所業だと顔を青くしただろう。

 商会が独占契約した鉱山の品物を横流しするなんて真似が露見すればどうなる事か。

 『殺される』などという生易しい単語では表現しようのない地獄を老若男女関係なく一族徒党全員で味わう事になる。

 だが彼らは幸運にもこの世界の常識に疎かった。

 大層な名前がついている商会に『小物の爺さんが取り仕切っている自治会』程度の認識しか持っておらず、さらには他を圧倒する個の力もその認識を後押ししていた。

 現代でもテレビの中では様々な横領や不正資金の報道が流れていたのに、のらりくらりと交わすだけで罰を受ける事もない政治家なんて星の数ほどいる。

 自分達が奴隷を管理していると言う立場も手伝って、横領や横流しに忌避感が薄かったのだ。

 いや、この程度の『融通』は犯罪とさえ思っていない。

 だからこそ2人は、彼がもし本物の『商人』なら絶対に口にしないような取引を持ちかけてきた事に最後まで気付けなかった。

 商人の情報網は広い。

 もし、商会に扱き使われているだけの商人が店を開けば噂はすぐに広がる。

 顧客、取引先、ライバル商店。それらすべてが情報の配信元なのだ。

 いずれ商会が噂を聞きつければ『どうやって店を持ったのか』を調べられる。

 結果がクロなら言うまでもない。商会の手はこの世界の何処に居ても伸びてくると言われるくらい執念深かった。

 ナメられれば次が出る。だから彼らは裏切り者に対して決して妥協しない。


「自分で選びたいだろ? 今跳ね橋下げるわ」

 既に時間は深夜。奴隷達は狭い檻の中で惰眠を貪っているだろう。

 仮に起きていたとしても何ができると言うのか。個の力で負ける気はないし、指にはめた主従の指輪を使うだけで一人残らず行動不能にできてしまう。

 念の為に跳ね橋の先に誰もいない事を確認してから、一人で降ろせるはずのない跳ね橋を暗殺者(アサシン)の青年は軽々と降ろして見せた。

 目当ての石を持ち帰る為に、商人は中身を吐き出して軽くなった背負い袋を持ち直す。

 ランタンを持った2人は商人の前後を挟むようにして跳ね橋を進んだ。

 搬出用の鉱石置き場は跳ね橋のすぐ傍に作られている。中に入って明かりを灯すと、一人は入口で誰か来ればすぐ分かるよう見張りに立つ。

「これは……! 素晴らしいっ!」

 既に選定の終えている鉱石だけあって、価値を知る者にとっては宝の山も同じなのだろう。

「出来るだけ急いでくれよ。跳ね橋を下げたのはなるべく知られない方が良いからな」

 すると商人は言われるがまま幾つかの鉱石を素早く手に取り、背負い袋の中へ放り込んでから2人へ向き直る。

「終わったのか?」

 見張りに立っていた暗殺者(アサシン)の青年がそれに気付くと商人は何度も頷いてから、何気ない調子で手の平を差し出した。

「ちょっとこれを見てください」

 2人は言われるがまま何も不審に思う事なく、反射的に商人の手のひらへ視線を向ける。

 その上に何か小さな塊が乗っていると視認した瞬間、激しい閃光が室内に弾けた。



「ぐぁっ!?」

「なんだこれっ!?」

 閃光弾。ゲーム時代、接敵されたモンスターから逃走する時によく使われる目晦まし用のアイテムだ。

 まともに視界へ捉えてしまった二人は目を押さえ、あまりの刺激に痛みさえ覚える。

 洞窟の中に設置された篝火は大して明るくない。

 真夏日の日中に太陽を直接見たかのような閃光は彼らの視界を一時的とはいえ完全に奪い去っていた。

「作戦成功しました!」

 この好機を逃さず、一人だけ目をきつく瞑っていた商人が入口に向かって声を張り上げる。途端に跳ね橋の奥から大勢の足音が駆け込んで来た。


「指に主従の指輪がありません!」

 先頭を駆ける赤髪の騎士に向かって、商人に扮していた自由の翼の一員が叫ぶ。

「構わん! とりあえず腕ごと斬り落とせ!」

 彼は小さく1度頷いた後、背後を振り返る事もなく大声で指示を飛ばしながら手身近に居た暗殺者の両腕に向けて愛剣を振り抜く。

 視界の消失に留まらず、腕まで失った2人は痛みと混乱でまともな対応ができていない。

 幾ら高レベルの強靭な肉体を持とうが、中身はただの一般人に過ぎないのだ。付け入る隙は幾らでもある。

「死にたくなきゃこいつを受け入れろ。隷属の首輪だ。嫌なら今すぐその首を斬り落とす!」

 首に当てられた冷たい感覚が刃なのか首輪なのかも分からないまま、2人は本能のままに何度も頷いた。

 次の瞬間、首輪が吸い込まれるように通過し、しっかりと嵌る。

 とはいえ、隷属の首輪で封じられるのはスキルだけ。元のステータスまで無効化できるわけではない。


「エンチャンターはこいつらに眠りと麻痺を! 効果が掛かり次第、後方支援部隊は応急処置をしてやれ!」

 レベル差によって成功率が変わる状態異常魔法だが、十数人に連続してかけ続けられればいずれ当たりを引く。

 結局2人は抵抗らしい抵抗も出来ないまま麻痺と睡眠を強制され床に寝転がった。

 目覚めるまで少なくとも数時間は掛かる見込みだ。それだけあれば十分に目的を果たした上でここから抜け出せる。

「第一段階は成功だな。ナイス演技だった」

 一番の功労者である商人役の青年に赤髪の騎士が獰猛な笑みを浮かべながら親指を立てた。

「まだこれからです。気は抜いていられません」

 しかし彼は少しも奢ることなく、インベントリから取り出した杖を構える。

「基本的な支援しか出来ませんけど、背中は守ります。行きましょう!」

「その意気だ。野郎共! 作戦は第二段階へ移行する! 内部にいる看守達を一人残らず拘束しろ! 場合によっては抵抗が予想される、遠慮はするな!」




 二面作戦開始から30分。

 低レベルのプレイヤー達を取り纏めながらの救出作戦は今のところ大した問題もなく、寧ろ驚くほどスムーズに進んでいる。

 一番の問題とされていた帽子屋と繋がっている2人の監視役は10分もかからずに無抵抗のまま制圧。

 残りは一部で武装している看守の制圧だけだ。

 彼らも帽子屋から虐げられた末の存在である。大きな戦闘になるとは思っていなかった。

 もし仮に敵対したとしても、隷属の指輪でスキルが封印されている連中を相手に後れを取るとは思えない。

 ところが、看守達の抵抗は予想以上に激しいものだった。


 坑道はその性質上、通路が細く迂回路も少ない。

 押し寄せる看守達は隷属の首輪でスキルを封じられていたが、中堅層の前衛職は武器を持つだけで一定の戦力になる。

 とはいえ、自由の翼には数とスキルの利があるのだ。多少のレベル差くらいならひっくり返せるだけの規模はある。

 時間はかかるが十分に押し返せるだろうと誰もが思っていた、瞬間。

 その希望は突如吹き荒れた魔法によって儚くも散らされた。


「えげつねぇな、味方も無視かよ……」

 坑道に向けて魔法を使われると逃げ場がなく、広い空間で撃つより威力や射程が強化される。

 坑道は攻め込もうとするプレイヤーと押し返そうとするプレイヤーでひしめいている状態なのだ。

 そんな場所に魔法を放てば被害は間違いなく味方にも及ぶ。

 だから自由の翼の魔術師は後方支援に徹するようにと厳命され、影響のない規模の小さな魔法だけが使用を許可されていた。

 だというのに、先程からスキルを封じられた筈の敵が遠慮容赦の欠片もなく味方ごと広範囲魔法を連発してくるのだ。

 おかげで折角作り上げたラインは脆くも崩れ去り、グレン達は後退を余儀なくされていた。


 どうして隷属の首輪でスキルを制限されている筈の看守達がスキルを使えたのか。

 味方の魔法に巻き込まれた哀れな看守から事情を聞き出しネタは割れていたが、考えるまでもなく結論は一つしかない。

 看守の中に隷属の首輪に偽装した、ただの首輪をつけた帽子屋の監視役が混ざっていたのだ。

「悪い予感が当たったってことか。クソ、こっちの想定が浅すぎたか」

「仕方ないですよ。こんなの想定できるわけありません」

 看守の中に帽子屋の手の物が混ざっている可能性は十分に想定していた。

 だから仲間に引き込むのは未だ捕まっているプレイヤーだけに絞ると当初から方針を固めている。

 想定外だったのは看守に混ざった敵の行動だ。

 奴隷達を盾に交渉を迫られる可能性は考慮していたが、その逆。


 『捕まっている奴隷達を殺して回る展開』は流石に想定外だった。


「そりゃ看守も躍起になる筈だ。俺達が塞いだ通路を抜けない限り背後から魔法を食らうんだからな」

 自由の翼としても、看守に突破され前後から挟み撃ちを受ける可能性だけは何としても排除しなければならない。

 全通路の封鎖と制圧を当初の目標にしたのは当然の判断だといえる。

 しかしそのせいで看守達は逃げ出す為に自由の翼と矛を交えざるを得ず、結果的に背後から魔法の洗礼を受ける羽目になったのだから笑えない。


「敵は2次職の魔術師(ウィザート)が2人と判明しています」

「スキルを封じられた看守が勝てる相手ではない、か」

 魔法職は基本的に多数の敵を相手にする事を念頭に設計されている。

 スキルを封じられた看守達では束になっても返り討ちにされるのがオチだろう。

「既に計画に遅れが出ています。このままでは説得に使える時間が殆ど残りません。どうしますか?」

 報告を受けたグレンは地面に寝かされた多くのプレイヤー達を一瞥した。

 その中をさらに多くのプレイヤーが駆けずり回り、ポーションや魔法を使って一心不乱に怪我を治療している。

 寝ているプレイヤーの中にも、治療に奔走しているプレイヤーの中にも襲ってきた看守の姿が見受けられた。


 突入時には『遠慮するな』と豪語したが、背後から魔法で焼かれた『敵』を放置するわけにはいかなかった。

 結果、攻勢よりも治療に人手を割かれ、未だ奴隷達が捕まっている部屋を制圧しきれていない。

 挙句、『本物の敵』は人数の少なさを活かして坑道内に潜み、ゲリラ的な攻撃を仕掛けてくる始末だ。厄介な事この上ない。

「少々強引にでも打って出るしかない、か。時間に遅れれば二面作戦に影響が出かねん」

 やや迷った後、グレンは同伴してくれているプリーストに怪我人の転送を依頼する。

 残存メンバーの大部分を引き連れている今、自由の翼の本拠地には殆ど人手がない。

 怪我人の中には重度の火傷を負い、命の危機に瀕している者も少なくなかった。

 この状態での転送は安全な場所へ送りつけるだけで治療が継続できないからこそ、坑道内でこうして奔走しているのだ。

 治療の手を緩めれば生命に係わる。それでもグレンは計画を優先した。

 人命は等しく尊い。けれどその価値までは等しくないのだ。

「残りは『諦める』」

 喉元まで謝罪の言葉がせり上がる。しかし彼はそれを寸での所で嚥下した。

「敵はたったの2人だ。支援職は全員に火属性のレジスト魔法を展開。完了次第奴隷達の捕まっている牢へ順次突入し解放する!」

 グレンの声に怪我人を転送させたプレイヤーがどこかやりきれない表情で小さく頷いた。

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