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World's End Online  作者: yuki
第四章 それぞれの想い
67/83

気ちがい達のお茶会-9-

 城壁を抜けた時点での襲撃を警戒していたが杞憂に終わったようだ。

 ポータルゲートを潜り、リュミエールの屋敷に戻ったところで暗殺者(アサシン)がスニーキング状態を解除した。

 何もなかったはずの空間がぐにゃりと歪み、小さな女の子がぼんやりと浮かび上がってくる。

「私はこのまま皆様の監視下に入ります。必要とあらば、拘束も受け入れる所存です」

 物騒な一言にケインが眉をひそめながら少女の姿をじっと見た。

 背丈は小さく、大柄な親方と並ぶと胸の辺りに顔が来ている。

 肩までのおかっぱ頭は見慣れた黒色で、感情の乏しい無表情が日本人形のようでもあった。

 口元は長い朱色のスカーフで覆われており、そのせいで余計に表情が読めなくなっている。

「ともかく、話を聞こう。みんな、応接間に移動するよ」


 ケインは先頭を歩きつつ、何から話せば良いか頭を悩ませていた。

 ようやくギルドの運営が安定し始めていたのに、ここ数日の動きはあまりにもめまぐるしすぎる。

 やはり手間でも最初から状況を整理すべきだろう。

 思えば、最近はずっとセシリアに頼りっぱなしで自分が何かを決断しなければならない時なんて殆どなかった。

 帽子屋がセシリアを狙ったのも、このギルドを束ねているのが彼女だと知っていたからに違いない。

 自分がもっと矢面に立てていればこんな結果にはならなかったのではないか。

 半ば強引に勧誘しておきながら、守るどころか守られてばかりいた不甲斐なさと、せめて彼女だけは助けなければという使命感に思わず掌を強く握り締める。


「そういえばまだ名前も聞いてなかったね。僕はケイン、自由の翼のマスターをしている」

 隣を歩く暗殺者(アサシン)の少女に話しかけると、彼女はしまったという顔をしてから慌てて続けた。

「私はコノハ。『月下の夜想曲』に属しています」

 申し訳なさそうに頭を下げた彼女に、近くを歩くメンバーが次々に自己紹介をしていく。

「『月下の夜想曲』って言えば大規模な攻城戦専用ギルドだね。仲間はみんなアセリアに居るのかな?」

「いえ、私は臨時PTが終わったついでにアセリアで露店を見てました。ですから他には誰も……。拠点にしている街に行けば会えるかもしれないんですけど、徒歩ではどれだけ時間が掛かるか……」

 街の外に出るのはポータルゲートを持たないプレイヤーにとって相当にリスキーな行為だ。

 地図と方位磁石だけを頼りに徒歩で数日分の距離を歩くのは慣れている人間でも難しい。

 途中で食料が足りなくなったり、魔物や野盗に襲われる可能性を考慮すれば尚更だ。

 高レベルのプレイヤーだって多人数に取り囲まれれば無事に切り抜けられるか分からない。


「だからリュミエールからアセリアに沢山の人が来たのには驚きました。他の街からはまだ誰も来ていないんです。多分そのせいで、帽子屋の計画は少し狂ったんじゃないかと思います」

 セシリアの悪巧みは巡り巡って帽子屋に少なからぬ打撃を与えていたらしい。

 直前の暴露イベントで廃人が集まっていなければ。

 金貨をばら撒くように使って禁止されていなければ。

 様子見を優先してリュミエールからアセリアに向かうプレイヤーなんて居なかったのかもしれないのだ。




「お互いの認識に齟齬を失くす為にも、最初から話したいと思う」

 応接間に集まったプレイヤーを見渡しながらケインが告げると、誰ともなく頷き返す。

「まずは僕たちが転移した理由についてだ。城塞都市アセリアに落ちてきたっていうこの紙を信じて良いのかな?」

 ケインはそう言って隣のコノハを見やる。

「信じて良いと思います。理由は3つ。活版印刷のない世界で複雑な書体を沢山複製する方法があるとしたら、ゲームマスターのアイテム生成コマンドだけだから。この紙の内容を現地の人は判読できないから。転移した直後のアセリアで空から降ってきた物だから、ユーザーが用意するには時間が足りません」

 アセリアではこの文書が本物かどうかずっと議論されてきただけあって、出てきた根拠はどれも納得できる物だった。

 特に2つ目の、現地の人間にはこの文章を解読出来ないというのは大きい。


 プレイヤーがこの世界をWorld's End Onlineだと判断した理由の一つに言語体系がある。

 看板や口語、文章はどれもこれも『日本語』として読めるのだ。

 にも拘らず、現地人は『日本語』で書かれている筈の文章を読めなかった。

「現地人が読めないのはこの紙だけです。私達が別の用紙に『日本語』で書き直すと読み取れました。多分、何らかのプロテクトがかけられているんだと思います」

 そんな真似ができるとすれば運営以外にありえない。


「分かった、この文章は真実だと判断しよう。人の想像を具現化する技術とか政府の暴走とかはこの際捨て置く事にする。僕らにとって必要なのは元の世界に帰る方法だけだ。この帰還用アイテムは実在するのかな」

「私は実物を見ていませんが、目撃者は多数居ます。私も話を聞きましたし、『眠りネズミ』、『お茶会』、『どちらでもない一般のプレイヤー』が見たと証言している以上、存在すると見て間違いありません。どの陣営も、三日月ウサギを中心としたメンバーが持ち去ったと証言しています」

 進行はケインが質問を投げ、コノハが答えるという形式で定着しつつあった。

 何か分からないことがあればその都度質問が飛び交い、互いの齟齬を少しずつなくしていく。


「三日月ウサギはそれだけでなく、居合わせた多数のプレイヤーに突如として攻撃を仕掛けました。突然の事態に対応できず、あわや全滅という憂き目を防いだのが帽子屋です。その功績を買われ、彼のギルドである『A-Mad-Tey-Party』が以後、アセリア内のギルドを取りまとめる立場になり、打倒三日月ウサギと帰還用アイテムの奪還を目標に掲げました」

 その後の帽子屋の動きは馬車の中でコノハが話した通りだ。

 居なくなっても分からない小規模ギルドを中心に、関係者をまるごと誘き寄せては奴隷に仕立て上げた。

「『奴隷』になったという確証はあるのかな?」

 ケインは逃げてきた青年から話を聞いているが、眠りネズミがどうして気付けたのかはまだ聞いていない。


「小規模ギルド失踪事件の調査で、奴隷商の後ろ盾をしている貴族と帽子屋の間に繋がりがあると判明しました。その後、スニークスキルを使ってその貴族を調べた結果、奴隷として働かせている事実が明るみになったんです」

 帽子屋は常に警戒の手を緩めず、近づける機会がなかったのに比べて、貴族には警戒心というものが希薄だった。

 酒の席で優秀な奴隷が帽子屋から次々に届けられて儲けが鰻登りだと自ら豪語している。

「ですが、貴族の警戒心の薄さはすぐ帽子屋に気付かれてしまい、今ではお茶会直属のメンバーが3人は護衛についています。スニークスキルを打ち消す魔法を常に展開されているので、情報を集めるのは困難になりました」

「せめてどこに連れて行かれたのかさえ分かれば手はありそうなんだけど……それも不明なのかな」

「……すみません。例の貴族は帽子屋に言い包められて屋敷に引きこもるようになってしまい、私達でも手を出せなくて。何処に連れて行かれたのかは依然として不明のままです」

 例の貴族が関与している鉱山や農園は百を超える。

 何せあちらこちらに奴隷を手配している商会の親玉なのだ。取引先は海を越えた外国にも及んでいた。

 虱潰しに探すにはどうにも数が多すぎる。

「何処に監禁されているか知っているのは貴族と帽子屋だけ、か。中々厄介だね」


「帽子屋はそうやって得たお金と自前の資金を合わせて狂気薬の材料を仕入れています」

 城塞都市アセリアは首都だけあって多くの商人で賑わっている。

 高価なアイテムであっても、金に糸目さえ付けなければ纏まった数を仕入れるのは難しくなかった。

 元々、『狂気薬』は騎士団御用達のアイテムだ。

 魔物と戦う騎士が恐怖心を克服する為に。或いは訓練や遠征の疲労や倦怠感を払拭する為に。

 過去、日本でも覚醒剤が疲労回復に効果があると謳われて市販されていたのと同じ理由で、この世界にも幅広く普及している。

 とはいえ、市販の狂気薬は濃度が低く、幾ら飲んでも理性を失うまでには至らない、狂気薬というよりはただの集中薬といったほうが適切か。

 帽子屋はそれを自ギルドの錬金術師に濃縮させ、効果を高めた本来の『狂気薬』を作りあげた。


「アセリアでは生活が安定するにつれて、レベルを盾に粗暴な行いをするプレイヤーが出始めました」

 帽子屋に薄めた狂気薬を飲まされて少しずつ狂ったのか、異世界での地位を固める為に低レベルのプレイヤーを利用したのかは定かでないが、そういったプレイヤーを帽子屋が取り込んでいったのは事実だ。

「狂気薬には依存性があります。効果が切れると強い不快感や言い知れない不安に駆られ、頭痛や吐き気といった症状も出るようです」

 頭痛や吐き気は回復魔法で治癒できたとしても、一度味わった忘れがたい不快感や不安はそう簡単に払拭できない。

 帽子屋はそれを、異世界に来て精神的なストレスを感じているのだと諭し、自らカウンセリングを買って出た。

 話をしたプレイヤーはそれまで感じていた不快感や不安が吹き飛んだと言う。

 当たり前だ。会話の最中に差し出した飲み物の中には薄めた狂気薬が混ぜられていたのだから。

 しかし、正常な判断力を鈍らされたプレイヤーが気付く筈もなく、帽子屋のところに行けば症状が和らぐと刷り込まれた。


「その上で帽子屋は彼らの弱みを握ったんです。楽しい話ではありませんが、何があったか聞きますか?」

 ここまで淀みなく話していたコノハが、言い難そうにケインの顔を見る。

「……簡単な概要だけお願いできるかな」

 コノハはここに、眠りネズミの知り得た情報を伝える為に来たのだと告げた。

 そんな彼女をしてもなお、躊躇われる話というだけで聞くに堪えない内容であろう事は想像できたが、それでも知る事には意味がある。

 短く頷いた後、単純な話ですとコノハは続けた。


「普段より濃度の高い狂気薬を飲ませたプレイヤーを用意し、『三日月ウサギの手の者を見つけたから信用できる君に監視をお願いしたい。もし情報を聞き出せたら褒美を与える』と伝えた後、牢獄の様な個室で拘束されているプレイヤーと2人きりで、薬が切れるまで過ごさせたんです」

 最初は帽子屋の言っていた"褒美"目当てに情報を聞き出そうと会話を始める。

 けれど、正常な判断力に加え、理性や倫理観を大きく欠落したプレイヤーは、徐々に会話だけで収まりがつかなくなった。

 相手は自分達が帰る為のアイテムを奪った悪い奴なのだ。もしかしたら、あの広間で他のプレイヤーを手にかけているかもしれない。

 だったら少しくらい乱暴な手段で口を割らせても構うまい。悪いのは何も喋らない相手なのだ。

「誰だって一度くらい癇癪を起こした経験がありますよね。あれを何倍も酷くした状態がずっと……。少なくとも薬が切れるまでは続くと思ってください」

 狂気薬が切れ、幾ばくかの理性が戻ったプレイヤーが目の当たりにした光景は、当の本人が一番信じられなかっただろう。

 それをどうにか正当化したくて、自分の責任ではないと何かに擦り付けたくて、最終的には揃いも揃って『三日月ウサギの仲間なのだから当然の報いだ』という結論に落ち着く。

 その瞬間を見計らって、戻ってきた帽子屋はにこやかに笑いながら『私の勘違いでした。その方は三日月ウサギと何の関係もありませんでした』と告げれば良い。

 帽子屋の命じた内容は監視だけだ。口を割らせる為に乱暴な手段を使えとは言っていない。

 無関係のプレイヤーに手を上げたとなれば、待っているのは身の破滅だ。

 内々に処理する変わりに手伝って欲しい事があると脅せば後はどうにでも操れる。


 誰もが言葉を失う中、しかしケインだけは真剣な眼差しを向けて尋ねる。

「どうして、そんなに詳しいのかな」

 コノハの話した内容はまるで体験した誰かから、ありのままを吐露されたかのような生々しさが入り混じっていた。

「罪悪感に耐え切れず、全てを話したプレイヤーが居るんです。今は眠りネズミで保護しています」

 犯人の一人が罪悪感に耐え切れず、警察に駆け込んだところから手が伸びるのは良くある事だ。

 そうならなさそうな相手を選んでいたのだろうが、極限状態における人間の心理をそう簡単に読み切れはしない。

「個人的な意見ですが、彼の供述に嘘は無いと思っています。ただ、気になる事があるんです。帽子屋は今までずっと辟易するくらい完璧に情報を隠蔽してきました。連れ去られた人達が何処にいるのかも未だ掴めていません。なのに今回の件は当事者の口の堅さに頼っているというか、今までの様に監視したり監禁したりって言う隠蔽工作をするつもりがないように思えるんです」


 眠りネズミのメンバーの元へ簡単に駆け込んでこれたのも、帽子屋が特に目を光らせていなかったからだ。

 馬車の中でコノハは帽子屋が以前からずっと何かを企んでいるのだと話していた。

「まさか、ばれても問題ないって事なのか?」

 カイトの疑問に、コノハが小さく頷く。

「私達はそう思っています。多分、引き金は『1週間後に三日月ウサギからアイテムを奪い返す』という宣告だったんです」

 アセリアで過ごすプレイヤーは帽子屋の宣告で元の世界に帰れるかも知れないと大いに沸き立っている。

 この一週間に限り、帽子屋は自分にとって都合の悪いありとあらゆる話を、三日月ウサギの手の者による撹乱だと言い張れるのだ。

 その効力は、拉致したプレイヤーを盾に自由の翼を巻き込んでも批判一つ沸いてこない状況が証明している。


 自由の翼でも、どうして破綻しかけている計画を帽子屋が推し進めているのか疑問に思っていた。

 セシリアやケインの予想が外れて、本当に元の世界へ帰るべく尽力しているなら良い。

 だが、もしそうでないとしたら。

「帽子屋はこの1週間で、破綻している未来をひっくり返す"何か"をしようとしているのか……」

「はい。それが眠りネズミの総論です」

 苦々しいケインの呟きを聞いて、コノハは相変わらずの無表情にほんの少しだけ危機感を浮かべて頷いた。


 コノハを交えての状況整理が済んだところで、今度は対応策の協議に入る。

「帽子屋は一体何をするつもりなんだ?」

「それについては眠りネズミでも把握できていません……」

 けれど、相手の目的が分からないのでは対応策の出しようがなかった。

 動きがあってから行動したのではどうしても後手に回り対応が遅くなる。

「俺達を襲ってきたサモナーから何か情報を聞き出せなかったのか?」

 捕縛した3人なら何か知っているのではないかと疑問の声が上がる。

「一応声はかけておいたからそろそろ来ると思うけど……あまり期待できそうにないよ」

 襲ってきた3人のレベルはそれ程高いと感じなかった。

 親方を見て驚いていたのだって、高レベルのプレイヤーがいると知らされていなかったからだろう。

 本当に重要な情報を知っているなら、こんな無茶な運用はしない筈だ。

「捨て駒ってことかよ」

 誰かの吐き捨てるような物言いに、ケインは小さく頷く。


 と、そこへ扉を叩くノックの音が2度響き、病室の部屋番をしている女医が気だるげな態度で入ってくる。

「頼まれてた調査が終わったわ。精神的なケアを受け持った覚えはあっても、尋問は対象外よ。少なくとも医者の領分じゃないと思うのだけど? まぁいいわ。後で質の良いお酒とつまみくらい用意してくれるのよね。この世界のエールはどうにも大味すぎて好きになれないのよ」

 ぶつくさと文句を良いながらも、手にしていた書類をケインへ手渡す。

 親方が捕まえたサモナーの尋問を、できるだけ肉体的な暴力を伴わないようにできないかと打診していた結果だ。

 まさかこんなに早く終わるとは思わず、ケインは目を丸くしながら受け取る。

 一体どうやったのかという訝しげな目線に、彼女はふんと鼻を鳴らしてあっけらかんと言った。

「ちょっと興奮剤飲ませて心拍数上げたところで早く解毒しないと死ぬわよって脅したら泣きながら土下座してゲロったわ。プライドの投げ売りね。少なくとも、覚悟があってあんな事をしでかしたわけじゃなさそうよ」

 ケインは乾いた笑いを上げながら、彼女からそっと目線を逸らして書類へ向ける。


 どうやら彼らと帽子屋の間に繋がりはないらしい。

 元の世界よりこの世界を選んだ3人は、同じくこの世界に留まろうとしている三日月ウサギ達の噂を聞いて仲間に加わった。

 ケイン達を襲ったのも三日月ウサギの命令だったからの一点張りで、ボスの言うことなら何でも聞く性質の悪いチンピラ以外の何者でもない。

 末端の構成員が重要な情報を掴んでいるはずもなく、今は心を入れ替えるから助けてくれと都合よく喚いているのだそうだ。

「まだ何か隠している可能性もあるわ。どうしても聞き出したいなら誰か一人の目の前で残る二人を出来る限り残虐に殺してみるって方法もあるけど、やるつもりなら他の人に頼んで。こんな世界でも矜持は持ってるつもりよ」

「まさか。逃がすわけには行かないけど、これ以上何かするつもりはないよ」

 女医は自分で言っておきながら、鋭い視線で『絶対にするな』と語っている。

「ありがとう、これで十分だ。……見返りの件も後で市場から良さそうなのを選んでくるよ」

 ケインは精神的なケアが出来るならその逆、精神的な揺さぶりも出来るのではないかと思って、捕虜から話を聞きだして欲しいと彼女に頼んだだけだ。

 誰かを助ける為の技術を正反対の方向に使うのは彼女の言う矜持に引っかかる物だっただろうに、引き受けてくれた礼はしたい。

 止むに止まれぬ事情があったとはいえ根に持っているのも明らかだ。

 それがお酒とつまみくらいで流して貰えるのなら安いと思うしかなかった。

「当然ポケットマネーよね? ギルド資金から出されたんじゃ心の底から楽しめないもの」

 気だるげな態度を一変させ、にこりと微笑んだ女性に、ケインは諦観して勿論だと頷く。

「女性へのプレゼントに経費を使うのなんて失礼だからね」

「お上手ね」

 何気なく付け足した一言にくすりと笑うと踵を返し、来た時とは比べ物にならない程の上機嫌で部屋を後にした。



「これで振り出しか……」

 あの3人のサモナーは自由の翼が持つ唯一の手掛かりだった。

 それも空振りだったとなれば、帽子屋の目的を探るヒントは一つもない。

 どうしたものかと、停滞した雰囲気が漂い始める中、不意に今まで黙って聞いていた親方が唸り声を上げる。

「よくわかんねぇけどよ、もっと簡単に考えりゃ良いんじゃねぇか?」

「簡単にって言われてもなぁ……」

 帽子屋だって、こちらに手の内を悟られないよう動いているのだ。それを簡単に考えるだけで理解できる筈がない。

 親方はそれを当然だと言い切った。

「他人の頭ん中なんざ、ちぃっと頭使ったくらいで簡単に分かるわけねぇだろ?」

 したり顔で何度も頷く親方に冷たい視線が突き刺さる。

「それならどうしろって言うんだよ」

 一人のプレイヤーが呆れた様子で苦言を呈した。それでは思考停止と何も変わらないではないか。

 けれど親からはにやりと笑って言う。

「俺達がしたい事をすりゃいいんだよ。なぁケイン。俺達が今しなきゃならねぇことはその帽子屋って奴の頭ん中を想像する事か? 違うだろ。連れてかれた奴らと嬢ちゃんを助けるのが先だろ?」


 気付けばその場の誰もが親方を食い入るように見つめていた。

 難しく考える必要なんてなかったのだ。

 帽子屋が何か好からぬ事を考えているのなら、それが達せられる前に仲間を救出するしかない。

「親方の言う通りかもしれない。いつの間にか帽子屋をどうにかする方法ばかり考えてたよ。……うん、それなら何とかなるかもしれない。まずは連れ去られた人達がどこに居るのかを突き止めよう」

 停滞していた空気が少しずつ動き始める。

 何でも良い、何処に連れ去られたのか確かめる方法がないか意見を出し合う。


「まず誰なら拉致られた奴らの居場所を知ってるかだよな」

「帽子屋と純正のお茶会メンバーだろ? どっちも素直に話すとは思えないし」

「いっそ闇討ちでもするか? 帽子屋を捕まえれば解決だろ」

「馬ッ鹿、カンストプレイヤーが本気で戦ってみろ。市街地なんてすぐに瓦礫の山だぞ。被害がでかすぎるから却下だ」

「なら弱い奴に聞くとか?」

「弱くて知ってる奴を特定できねぇんだっつうの。アセリアに潜伏してる眠りネズミでも無理だったのにそう簡単に掴めるか!」

「じゃあ俺達は眠りネズミができないような切込みでいけば良いんじゃないかな!」

「その具体例を挙げろっつってんだよ!」

「……待てよ、そういや帽子屋と繋がってる貴族とやらが一枚噛んでるんだよな」

「現地人ならもしかしなくてもそいつが最弱なんじゃないかな!」

「でも帽子屋の精鋭が守ってるんだろ?」

「じゃあ戦わなければ良いんじゃないかな!」

「お前考える気ないだろ!」


 今までの停滞していた雰囲気はもう何処にも見られず、そこかしこから様々な意見が溢れ出てきて、ようやく会議らしくなってきた。

 一つ一つの意見に意味がなくとも、数が集まれば必要な情報が絞られていく。

 付け入る隙があるとすれば帽子屋と繋がっている貴族だけだ。

 しかしその貴族は帽子屋の精鋭に守られていて、正面から殴り込むわけには行かない。

 やたら溌剌とした声を持つ誰かが言ったように、戦わずして情報を引き出す必要がある。

 そこまで思い至った瞬間、ケインの脳裏にある可能性が思い浮かんだ。

 そもそも貴族と帽子屋は一体何で繋がっているのか。決まっている。奴隷の供給によって生まれる利益だ。

 つまり、顧客と取引先と言う利害関係に他ならない。


「あるかもしれない……。戦わずして情報を引き出す、眠りネズミの人達にはできなかった僕等だけの方法が」

 無意識の内に言葉を垂れ流しながら、頭の中で細かな検証を始める。

 いけるかも知れないと思った時には既に立ち上がっていた。

「すぐに集められるだけの金貨を集めて欲しい。僕は領主様と話してくる」

 この作戦には領主であるグレゴリーの協力が必要不可欠だ。

 会談を持ちかけるには遅い時間だが、いてもたってもいられずに部屋から飛び出そうとしたケインを、近場にいたプレイヤーが袖を掴んで咄嗟に引き止める。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。一体何をしようってんだ!?」

 この場に集まったプレイヤー達の疑問を代弁するかのような質問に、ケインは薄笑いを浮かべながら答えた。

「『商談』だよ」

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