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World's End Online  作者: yuki
第四章 それぞれの想い
62/83

気ちがい達のお茶会-4-

「いつまでこんなところで野宿すりゃいいんだよ」

「ていうか本当に来るのぉ?」

 見渡す限りの青々とした草原にぽつんと生えている大きな木の根元で、3人の男が敷物を敷き横になって転がっている。

 細められた目が特徴的な青い髪の青年と、まだ少年の面影を残す溌剌とした赤い髪の少年は、先程から尽きない愚痴をまくし立てていた。

 茶色の髪をした一番年齢の高い知的そうな青年は、そんな2人から距離を置いて大きな本のページを捲る。

「まだ1週間でしょう。堪え性のない人達ですね」

 毎日毎日飽きもせずよくもまぁそんなに愚痴が出るものだと、本から目を逸らさずに呆れながら言った。

 途端に2人はむっとして茶色の髪の青年を恨みがましく睨みつける。


「だってここ何もないじゃん。あぁ、肉汁たっぷりの柔らかい肉が食いてぇ」

「材料があっても料理人が俺らじゃなぁ」

「そもそも火加減の調節ができない焚き火でどうやって調理すんだよ!」

 野宿を半ばキャンプ感覚だと捉えていた2人は、出発前にバーベキューを楽しむべく、上物の霜降り肉を買い込んでインベントリへ溜めこんだ。

 バーベキューセットはなかったが、焚き火の上に金網を渡すだけで肉くらいなら十分に焼ける。

 早速霜降りの肉に香辛料を塗した物を焼き上げたのだが、いざ食べようとした瞬間に茶髪の青年が信じられない物でも見るかのような顔でこう言ったのだ。

「ちゃんと中まで焼きましたか? それが何の肉かは分かりませんが、豚肉みたいに寄生虫が繁殖している可能性もありますよ。見た事ありません? コーラに浸した豚肉から、こう白いにょろにょろとした物が……」


 2人が顔を青くしたのは言うまでもない。

 慌てて中まで火を通そうと金網の上に戻したものの、しっかり火を通すと言うのは思いのほか難しい。

 弱火でじっくりと焼ければ良いのだが、焚き火はコントと違って火力を固定できないからだ。

 弱火にしようとして薪を減らしすぎるとすぐに消えてしまうし、逆に数本でも付け足すだけで火力が跳ね上がる。

 1時間の悪戦苦闘の末にできたものが炭の塊ではやる気だってなくなるだろう。


「今思ったんだけどさぁ、出来合い品をインベントリに詰めりゃ良かったんじゃないかなぁ?」

「うは、お前マジ天才。てかもっと前に気付けよ俺ら……」

 何故料理ができないのに材料を買い込んだのか。

 急な出発で急いでいたとはいえ、思い至らないにもほどがある。

 おかげでこの一週間、口にしたのはパンに野菜を挟んだ肉なしサンドイッチだけだ。

 ヘルシーよりジューシーを尊ぶ彼らからすれば味気ないことこの上ない。

 無駄に健康的な食生活を続けること既に1週間。嫌になるのも無理なかった。

 いつ終わるかも分からない野宿生活に愚痴が零れるくらい許して欲しい。

 そう思って再び胸にわだかまる思いを吐露しようとした瞬間、唐突にその時は来た。


「……おい、来たぞ!」

 赤髪の少年が思わず立ち上がって目を閉じる。

「敵は8。この前の騎士と同じ鎧を着込んでる奴等が4人だな。とりあえず攻撃してみるか」

 その顔には残虐な薄ら寒い笑みが貼り付いていた。

 彼が見ているのは召還して野に放っておいたケルベロスの視界だ。

 サモナーの特殊能力の一つに召還したモンスターとの感覚共有がある。

 視覚、聴覚、嗅覚といった感覚を自由に自分へ繋げる事ができるのだ。

 普段よりかなり低い視界の中、草を掻き分けて混乱する騎士に向かってケルベロスが飛び掛った。しかし次の瞬間、一瞬でブラックアウトする。


「倒された。ありゃ一撃だな。間違いなくプレイヤーだよ、お前ら行くぞ!」

 待ちに待った瞬間に3人は頷き合うと、展開していた全てのケルベロスを足止めに向かわせる。

「んじゃ、一発大きいの行こうかね」

 赤髪の少年が両手を空へ掲げた瞬間、目の前に大型の魔法陣が展開され、淡い赤色の光を放った。

「コールスレイブ!」

 力強い一声に応じて魔法陣の明滅が激しさを増し、嵐のような風を生み出す。

 背にした大樹がばさばさと音を立てる中、突如として出現した一対の翼がばさりと羽ばたいた。



「周囲警戒! まだこの辺りに潜んでいる可能性がある!」

 突然襲い掛かってきたケルベロスを発見できたのは殆ど偶然と言ってよかった。

 この辺りは膝丈の草が多い茂っており敵の姿を視認できない。

 時折吹き抜ける風が草を揺らし音を鳴らすせいで、近づいてきている筈の足音も聞き取りづらかった。

 偶々無風状態になった一角が不自然に揺れていたのをケインが気付き警戒していなければ、一撃で切り伏せるなんて真似はできなかっただろう。

「皆さん集まってください! 広域魔法を展開して草を刈り取ります!」

 狩組の一人である魔法使いがすかさず詠唱に走り、不可視のかまいたちを地面すれすれに放つ。

 あっという間に周囲十数メートルの草が刈り取られ、風に乗って空を舞った。

 と、そこへ黒い影が2体分飛び出してくる。

 途中で身を隠す草がなくなったことに気付いていないのか、気にしていないのか、愚直なまでの直進だ。


 ケインはとっくに抜き放っていた剣を振り上げ、目を瞑って身体の中を流れる力を注ぐイメージを作る。

 ケルベロスはその隙に距離を詰め、無防備に晒された首に食らいつかんと大地を思い切り蹴り上げた。

 刹那、閉じていたケインの目が開かれ、神々しいまでの煌きを灯していた剣を裂帛の気合いと共に力の限り振り抜く。

「インペリアル・ストライクッ」

 刀身から放たれた爆発的な衝撃が大地を削り、大量の土砂を巻き上げながら、飛び込んできた2体のケルベロスを跡形もなく消し飛ばした。

 緑に染まっていた筈の大地が一直線上に耕されている光景を目の当たりにしたリュミエールの騎士達が一斉に目を剥く。

「これで終わり……か?」

「いいえ、まだ警戒を解かないでください!」

 引き抜いた剣をしまおうとする騎士達にケインが周囲を油断なく見渡しながら指示を飛ばした。

「クロ、準備は良いかな。セシリアの予想が正しければ、そろそろ真打が来るはずだ」

 セシリアがグレゴリーに依頼した早馬は、分隊に分かれようとしていた一団に追いついた。

 おかげで余計な時間を使わずに作戦を遂行できている。

 

 ケルベロスと最初に遭遇したのは30分ほど前だろうか。

 僅かな時間しか経っていないと言うのに、もう6度も襲われていた。

 立て続けにやってくるケルベロス達はこちらの位置を看破しているとしか思えない。

 魔物を操っている誰かが意図的にけしかけているのは明白だった。

 いつ襲ってくるか分からない敵の警戒は、ただ待っているだけでも神経をすり減らす。

 警戒を交代制にして尚も待ち続けると、遂にそれは姿を現した。


 ばさりばさりと、大きな翼が空を叩く度に烈風が大地をなぶる。

 ごつごつとした鱗がびっしりと生えた身体は燃えるような真紅。

 長い首は丸めの胴体に続いて、小さな手と屈強な足、太く長い尻尾を生やしている。

 凶悪な牙をずらりと覗かせる顎は見るからに強靭で、爬虫類を思わせる無機質な瞳が大地に這う人の姿を捉えると、大気を震わせるほどの大声で鳴いた

 フレアドラゴン。全長10メートルを超える巨大生物にして、炎属性を身に宿したサモナー最強の召還獣だ。

 ゲームでは人を乗せて移動するなんて機能はなかったが、この世界では可能らしい。


「これは、中々迫力があるね……」

 何が出てくるか知っていたケインでさえゲームとは桁の違う迫力に顔がやや引き攣っている。

 騎士達に至っては目の前の光景が信じられず、呆然と立ち尽くすばかりだ。

 フレアドラゴンは見せつけるかのように幾度か翼を大きく羽ばたかせて地面へと降り立つ。

 ドスンという重低音と共に、確かな衝撃が地面を通して伝わってきた。

 とても翼だけで飛べる重量とは思えない。デタラメにも程がある。


 地面に降りたのは何もフレアドラゴンだけではなかった。

 背に乗っていた男が3人、地面から5メートル以上はある背から物ともせずに飛び降りる。

「やぁこんにちは。突然のことで驚かせちゃったかな? 実は僕達仲間を集めてるんだよね」

 警戒しているケイン達へ、青髪の男が両手を広げながら近寄ってきてフレンドリーに話しかけた。

 開いているのか分からないくらい細められた目に楽しげな微笑を浮かべている姿からはさしたる脅威を感じない。

「いやぁ、この世界は素晴らしいと思わないかい? 僕としては元の現実より断然良いと思うんだよねぇ。でも元の世界に帰りたいって輩も多くて困ってるんだ。一緒にそいつらをぶち殺して回ろうよ!」

 だがその内容は見た目に反して物騒極まりなく、ケインの顔に険しさが増した。

「断る、と言ったらどうするのかな?」

「そっかぁ、君も元の世界に帰りたい派かぁ。じゃあ仕方ない、こいつの餌になってもらおうかなぁ!」

 その瞬間、周囲に8つの魔法陣が展開され、周囲を赤く彩った。

 幾度かの明滅を繰り返した後、翼の羽ばたく音が暴力的な衝撃を伴って空に木霊する。

 フレアドラゴンの同時使役可能数は3。目の前の男達は3人とも、それなりのレベルを持つサモナーだった。


「クロ!」

 ケインの合図でポータルゲートが展開され、立ち尽くしていた騎士の4人が次々に押まれる。

 全員が扉の中に吸い込まれたのを確認してから、最後にクロが扉へと飛び込んだ。

 消えていく扉を尻目に、残された3人は手にした武器を油断なく構える。

 彼らの役目は増援が到着するまで敵を逃がさないように引き付けること。

 ケインは再び剣を振り上げると惜しみなく力を注ぎ込み、一番近いフレアドラゴンに向かって力の限り振り抜いた。

 生み出された爆発的な衝撃はとても避けられる物ではない。

 圧倒的なまでの破壊の本流はフレアドラゴンの巨体を余す事なく飲み込むとばらばらに引き裂いた。

 サモナーはエンチャンターから派生する二次職でしかない。

 フレアドラゴンも中盤でお世話になる火山ダンジョンでほいほい湧き出てくる雑魚の一体だ。

 高威力の大技であるインペリアル・ストライクなら十分に確殺できた。

 ただしこの時点で既に2度のインペリアルストライクを放っており、次弾はない。


「はっ! 1匹倒したくらいで調子こいてんじゃねぇぞ!」

 ケルベロスを通して敵もケインの状態を察しているのだろう。

 気勢を上げて8匹のフレアドラゴンをけしかける。

 これがゲームならケイン一人でも回復ポーションを叩きつつどうにか狩れるだろうが、残念なことにクソゲーと言う名の現実なのだ。

 被弾すれば痛みで隙を晒す今、World's End Onlineの時みたく単純には行かない。

 雑魚とはいえ、これだけ集められると苦戦は必至だった。


「固まるな! 散開してとにかく攻撃を避けることに集中するんだ!」

 フレアドラゴンの巨体から繰り出される攻撃はどれも範囲が広い。

 しかし何も考えずに8匹も召還した挙句、同時にけしかけたせいでお互いの攻撃が当たってしまい、ケイン達を上手く狙えないでいた。

 味方の攻撃がすり抜けるゲーム時代の仕様から抜け出せていない。

 この世界の戦闘に未だ慣れていないのは明白だった。

 苛立たしげに指示を送っても空回りするばかりで功を奏しているとは言い難い。


「くっそ! ちょこまかと逃げ足早いなぁ!」

「馬鹿野郎! 俺に攻撃してんじゃねぇよ!」

 巨体から繰り出される攻撃に小回りが利くはずもなく、フレアドラゴンの攻撃は味方にばかり当たっている。

 幾度目かの同士討ちで喧嘩を始めそうな雰囲気になる中、唯一押し黙っていた茶色の髪の青年が不意に叫んだ。

「飛んでブレスを吐かせるんです!」

 何も不向きな地上戦に付き合う必要なんてない。

 飛び上ったフレアドラゴンはケイン達を上空からぐるりと囲み込み、大きく息を吸うと口から灼熱の火炎を吹き付ける。

 ファイアブレス。フレアドラゴンの中でも最も威力が高く、炎上の状態異常までついてくる厄介なスキル攻撃だ。


 包囲網の外側に立っていた3人が飛来した熱波の余波に思わず顔を覆う。

 巨龍のはばたきが新鮮な空気を送り込み、ケイン達が立っていた場所には十メートルを超える炎の柱が出来上がっていた。

 この中で生きていられるはずがない。

 炎が鎮まる頃には丸焦げになった3人の死体が転がっているだろうと勝利にほくそ笑む。

 だが次の瞬間、羽ばたいていたフレアドラゴンが2匹分、火柱の中から飛来した何かによって無残にも切り裂かれ地に落ちた。

 内臓には火種となる材料でもあるのか、あっという間に引火して肉の焦げる嫌な臭いを辺りに撒き散らす。

 何が起こったか分からず目を剥いていると、今度は巨大な火柱が内側から強引に引き裂かれる。

 頭上から降り注ぐ炎の雨に思わずしゃがみこむと、その隙を突いてさらに2匹のフレアドラゴンが解体された。


「馬鹿な……! あの炎で無傷だと!?」

 火柱の中から姿を現したケイン達は3人とも怪我どころか焦げ目一つできていない。

 残ったフレアドラゴン達が一斉にファイアブレスを吐き出すが、まるで見えない壁でもあるかのように、ケインへ届くことはなかった。

 よくよく見ればその時、首にかけた幾かのアクセサリが、指に嵌めた赤い宝石のついた指輪が光り輝いていたことに気付けただろう。

 単一属性の耐性を100%まで引き上げるのはさして難しくない。

 なにせこのクソゲーたる現実には装備枠なんてシステム制限がないのだ。

 火耐性のあるアクセサリが大量にあればそれだけで簡単に達成できてしまう。

 最初からサモナーが最強のフレアドラゴンを召還するのは目に見えている。対策を立てるのは当然だろう。

 とはいえ、馬鹿正直に教える必要は微塵もない。


「再召喚だ! たかだか3人ぐらい数で押し潰せ!」

 男達の周囲に再び魔法陣が浮かび上がり、倒した数と同じだけのフレアドラゴンが再召喚される。

 サモナーの強みはMPが続く限り、様々なモンスターを召還し続けられるところだ。

 フレアドラゴンのコストは重いものの、レベルさえあればどうにかなる。サモナーのMPとの根競べが始まった。

「一人も残さず駆逐してやる! 避けたところを狙うんだっ」

 少しはこの世界の戦闘に慣れてきたのか、一斉にを突撃させる愚を避け、1匹ずつ飛び込ませて避けた瞬間を後続に狙わせる連続攻撃へ切り替えられる。

 何せ元がこの巨体だ。そう何匹も間髪いれず来られれば避けようのない事態に直面する。

 最初にその事態に陥ったのは回避力の低い魔術師だった。

 迫り来る巨体を避けられないと悟って、来るべき衝撃に備えるべく目を強く瞑る。

 だが、その瞬間が訪れるより早く、振るわれた大鎚がドラゴンの巨体をまるでボールのように弾き返した。


「悪ぃ、待たせたな!」

 騎士を逃がした場所がぐにゃりと歪み、続いて小柄な体躯が姿を見せる。

 刹那、空を飛んでいたフレアドラゴンが4体、纏めて爆散した。

「お待たせしました! 怪我はありませんかっ」

 ポータルゲートに入る前から上位魔法の詠唱をしていたユウトが転移と同時に開放したのだ。

 予期せぬ援軍に男達が動揺する。

「不味いですね、あの2人、凸凹コンビではないですか……」

 茶髪の青年は親方とユウトのコンビを知っていたらしい。

 青い顔で後ずさるのを赤髪の少年が憤慨して押し留める。

「この世界じゃ俺達は最強なんだよ。たかだか5人程度に負けてたまるかっ!」

 召還の魔法陣が再展開され、こうなってはやるしかないと後の2人も彼に続いた。


 休む暇もなく強引に行った3度目の再召喚は流石に堪えたらしい。

 ふらつく身体でどうにか立っている姿がケイン達にもはっきりと映る。

 大鎚を振り抜いた後の無防備な親方に向かって、1匹のフレアドラゴンが思い切り尻尾を振るった。

「食らいやがれっ」

 避けられるタイミングではない一撃に、赤髪の少年が牙をむき出して笑う。

 しかしその先では少年同様、親方も豪快な笑みを浮かべながら武器を放り投げていた。

「ふんぬっ!」

 風を切って迫り来る巨大な尻尾を、親方は腰を落とし、気合の篭った一言と共に真正面から受け止める。

 遠心力の乗った一撃は想像以上に重く、数メートルも地滑りするが、身体には傷一つない。

「んな阿呆な!」

 青髪の青年が信じられないとばかりに声を上げるが、驚くのはまだこれからだ。

 不敵な笑みを浮かべた親方は、受け止めた尻尾を抱え込んだままぐるぐると回転を始め、踏ん張りきれず宙に浮いたフレアドラゴンを別の1匹に向かって放り投げる。

「たかがトカゲ風情に遅れなんざ取れるかってんだ!」

 絡まりもつれた2匹に向って、親方はインベントリから取り出した巨大な戦斧をトドメとばかりに投擲した。

 凄まじい重量と速度が加わった戦斧は寸分違わず2匹の首を両断し、その刀身を半分近くも地面にめり込ませている。

「おうおう、こんなみみっちい数じゃ相手になんねぇぞ! 10倍は連れてきやがれ!」

 ガハハと笑い声を響かせながら脇に置いていた大鎚を担ぎなおすと、近くに居たフレアドラゴンへ襲い掛かる。

 数倍の体格差を物ともせず、ただのフルスイング1発で地面に転がす様は痛快としか表現できない。

 Str特化(ばか)の親方にとって、図体がでかいだけの敵などただの的でしかなかった。


「飛びなさい! 地面にいたのではやられるだけです!」

 親方のクラスはマスタースミス。武器は接近戦で威力を発揮するハンマーやナックルや斧だ。

 空に逃げれば当たらない筈だと判断して、残っていたフレアドラゴンを一斉に羽ばたかせる。

 だがそんな単純な回避行動は百も承知。

「フレアランス、セット!」

 ユウトは親方が場を荒らしている間に用意していた魔法を空へ解き放つ。

 発動までのチャージ時間に比例して炎の槍を多数生成する中級魔法だ。

 レベルの高さに比例してチャージ時間が減衰するだけあって、浮かんだ槍の数は数十に上る。

「シュートっ!」

 離陸中の隙だらけなフレアドラゴンに向けて掲げていた腕を振り下ろす。

 殺到した槍は翼を、腹を貫いた瞬間ごうと燃え上がり、浮かんでいた全てのフレアドラゴンを地面へ叩き落した。

 飛べない龍はただのオオトカゲと変わらない。地面をのたうつ無防備な姿を親方が逃すはずもなかった。

 ざっくざっくと首を刎ね、あっという間に再召喚した全てのフレアドラゴンが狩り尽される。


「嘘じゃん……。フレアドラゴンの炎耐性を貫通って、あいつらレベル幾つだよ……。これガチでやばい、さっさと逃げよう! 2人とも出せるだけ出して時間を稼いで!」

 9匹を相手に引かないどころか圧倒する2人を信じられないといった様子で眺める。

 こんな相手に勝ち目があろう筈もない。青髪の青年は逃走用のフレアドラゴンを遠巻きに1匹、再召喚する。

 後の2人も慌てて言葉に従い、最後の力で2匹ずつ、計4体を召還し、逃走の時間を稼ぐべく親方達へ突撃させた。

「お父さん、こっちに来るの全部どうにかできる?」

「おう、任せろ」

 猛スピードで突撃してくる4匹を相手にするのは至難の業だろうに、親方は少しも動じない。

 力強く頷く父親の姿にユウトは何の躊躇いもなく無防備を晒し、魔法の詠唱に入った。

「トカゲの分際で俺の息子に手ぇだすたぁ良い度胸だ」

 インベントリから取り出したとっておきの戦斧を振りかぶると、背後を守るように密集しているフレアドラゴンの塊に狙いを定める。

「トォォォォルッハンマァァァァァッ」

 いつになく気合の篭った叫び声は空気をビリビリと震わせ、凄まじい速度で投擲された戦斧は親方の気迫に呼応するように光り輝き、フレアドラゴンに吸い込まれると共に"爆発"した。

 背後への攻撃を通さぬよう密集していたフレアドラゴンは真正面から巻き込まれ、粉々になって地面に降り注ぐ。


 後には飛び去ろうとする1匹だけか残った。

 慌てて翼をはためかせて離陸するが、既にユウトの詠唱は完了している。

「逃がさないっ」

 作り上げた2本の槍をフレアドラゴンの翼に向け射出。

 正確無比な狙いは寸分違わず翼を貫き地面へと撃ち落とす。

「てめぇら、逃げたらどうなるか分かるよな、あぁ?」

 地面に投げ出された3人に向けて、親方はドスを利かせた声で牽制した。

 青を通り越して白くなった顔をぶんぶんと縦に振りながら、座り込んで降参とばかりに手を上げる3人を満足げに見渡した後、縛り上げるべくずんずんと近寄る。

「バーカ! サモナーが召還魔法だけだと思うなよ!」

 その時を待ち、男達は揃って詠唱していた攻撃魔法を、無防備に近づいてきた親方へ至近距離から解き放った。


 サモナーは召還魔法を得意とするが、攻撃魔法を使えないわけではない。

 召還したモンスターを時に補助して、時に壁にして魔法を撃つのがスタンダートな戦法だ。

 魔力で生成した薄氷の鋭利な刃が、鎧さえ貫く巨大な氷柱が、岩をも砕く無数の散弾が、四方八方から飛来する。

 鎧を叩く鈍い音が響き、親方の巨体がぐらりと傾いた。後方で様子を見ていたケインが息を呑む。

「大丈夫です」

 その隣で、ユウトは心配するケインににこりと笑った。

 傾きかけていた親方の身体が3人の前でぴたりと止まる。

「ってぇなぁおい、舐めた真似しやがるじゃねぇか。オラァッ!」

「な、何でコイツ無傷なんだよっ!」

 怒りで歪んだ顔に3人が揃って声にならない悲鳴を上げた。


 彼らのレベルは80代。一番人口の多いレベル帯だ。

 2次職のスキルも揃い始め、一番強くなったと実感を得られる時期でもあり、冒険の幅がぐっと広がる。

 だから中には彼らのように、万能感を得たかのように感じて天狗になってしまうプレイヤーも居るのだろう。

「ユウトが用意してくれた防具だ、てめぇらなんぞのチンケな魔法で傷つくかってんだ」

 親方の弱点は脳筋……もとい、攻撃を避けようとしない所にある。

 親方の装備している防具は付与する特殊能力から種類まで、ユウトが必死になって頭を悩ませた末に選び抜かれた物だ。

 当然、ゲーム中で最も厄介だった必中効果のある魔法への対策も考えられている。

 レベル80程度の火力特化でもないサモナーが使える魔法では、殴られたくらいの衝撃しか生まれない。


 腰が抜けたのか立つことすらできず、地面に這いつくばって逃げようとする彼らに、親方は壮絶な表情で鎚を振り上げる。

「冥土で会おうぜ兄ちゃん達」

 ごきり、と何かが砕けるような鈍い音が響き、生意気な口を利いた赤髪がぐったりと弛緩する。

「ま、待ってくださいっ! ここは冷静に話し合いを……」

 次いで茶髪が今更ながら交渉を試みるが、最後まで話すより先に鎚が振り下ろされ、赤髪と同じくぴくりとも動かなくなった。

「あ、あはははは……」

 最後まで残った青髪は薄ら笑いを浮かべるが、勿論次の瞬間には意識を別の世界に旅立たせることになる。


 3人から聞きたい話が山ほどあるから殺してはいない。

 スタン能力のある大鎚で気絶するように祈りつつ、割と本気で殴り倒しただけだ。

 頭蓋骨陥没くらいはしたかもしれないが、ヒールで治れば問題ない。

 遅れてやってきたユウトが縄を取り出し手足をぐるぐる巻きにして拘束する。

「セシリアさんの予想、当たったみたいだね」

「何かよくわからんが大した嬢ちゃんだ」

 敵の狙いが分隊の各個撃破だと聞かされた一団はわざと分隊を派遣し、敵との接触を待った。

 その上で攻撃してくるようなら非戦闘員を後方に退避させ、敵の構成に合わせたメンバーで打って出る計画を立てたのだ。

「急いでリュミエールに戻りましょう。彼らには聞きたいことが山ほどありますからね」






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 城塞都市アセリア、窓から美麗な庭園が見下ろせる一室で一組の男女が紅茶を楽しんでいた。

 いや、楽しんでいるのは男の方だけか。

 対面に座る少女は芳醇な香りを漂わせる紅茶にも、小さなテーブル一杯に載せられた可愛らしいお茶菓子にも目をくれず、噛み殺さんばかりの剣幕で帽子屋を睨みつけている。

「そんなに睨まないで頂きたいところです」

 上機嫌に話す帽子屋の目は自慢のコレクションを眺めるのと変わらない。

 不意に彼の指が伸ばされ、少女の細く白い首にぴったりとはめられた銀の輪をそっと撫でた。

「気ままな子猫には首輪が必要だと思いませんか、セシリア嬢」

 不倶戴天の大敵と恐れていたセシリアも、こうなってしまえば彼の栄光を証明するトロフィーに等しい。

 その指が首から肩へ、肩から胸へ、胸から腹へ、腹から腿へ流れるのを、セシリアは拳を強く握りしめながらただひたすらに堪えている。

「私達の目的はあの憎き三日月ウサギを倒し元の世界に帰ること。憎み合う理由などありはしません。それとも何か言いたい事がおありで?」

「くたばれ」

 短い怨嗟の言葉に帽子屋はくすくすと、楽しくて仕方がないと言った様子で笑い続けている。

「生意気な子猫には躾も必要でしたか。良いでしょう、素直になれるよう教育して差し上げます。飼い主として、ね」

 隷属の首輪によって魔法を封じられたセシリアには帽子屋から逃れる方法など残されていなかった。

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