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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
46/83

リュミエール-アブダクション-

 夕日が平原を紅く染め上げる頃合になると、セシリアは近くにある大きな樹の根元で野営をする事にした。

 当初の予定からすれば随分と早い判断である。

 陽が落ちようが、シルバーウルフは夜行性で夜目が効く。

 おまけにこれだけの距離を走破したにもかかわらず、足取りに乱れは見られない。

 この世界に転移したプレイヤーが使役していたモンスター達もまた、育成されたステータスを引き継いでいるらしい。

 幾千の死線を潜り抜けて鍛えられただけあって、小柄なセシリア一人を乗せて走ったくらいでは疲れる様子すらなかった。

 この分なら夜通し走り続けることさえできるかもしれない。

 にも拘らず早い段階で野営を決意したのは、セシリアの方がバテたからだ。

 情けないことに、実際に走ってくれている狼より先に、である。


「いや、無理。もう無理。腰が死ぬ……」

 止まってくれたのを確認すると、情けない声と共に背から転がるようにして降りる。

 足腰に入る力は微々たるもので、歩くことはおろか、立ち上がることさえ難しかった。両手を使って這うのがやっとだ。

 強靭な脚力が大地を蹴り進む衝撃は乗っているセシリアにも余すことなく伝わってくる。

 軽すぎる体重ではしがみ付くのも難しく、身体が浮かんだと思えば叩きつけられての繰り返しで息をつく暇すらない。

 一度も投げ出されなかったのは奇跡にも等しかった。

 職スレやWikiで、たかだが動物に乗る為だけに【騎乗修練】スキルを取らされるのは納得がいかないと騒がれていたが、これだけ激しい衝撃があるのなら頷かざるを得ない。


 揺れない地面の上でようやく一息つくと、頭上からシルバーウルフの呆れたような鳴き声が降り注ぐ。

 暫くじっとセシリアを見ていたかと思えば、突然前足の1つを持ち上げてセシリアの腰へ軽く添えた。

 ただそれだけでも、痺れるような感覚が一向に止まないセシリアにとっては十分な打撃だ。

 甲高い悲鳴が夕焼けの空に吸い込まれ、シルバーウルフが得意げに吠えた。

 この程度でへたれるとは情けない、ということか。尤もな一言だが、セシリアにも言い分はある。

 何せ、一生涯経験する予定のなかった女の子の月の事情とやらを強制的に享受する羽目になってまだ数日。

 プレイヤーの身体は頑丈だというリディアの言葉通り、普通に暮らしている分には違和感を感じる程度で済んでいたが、シルバーウルフに乗って遠征するとなれば話は別だ。

 いかに頑丈な身体と言えど、数時間もダイレクトに揺さぶられ続ければ体調だって悪化する。


 自然と溢れてきた涙で目を潤ませながらも精一杯の遺憾の意を表明すると、乗せられた足はすぐに退けられた。

 十分くらいぼぅっと空を見上げていると、ようやく身体に力が戻ってくる。

 本当ならヒールを使うべきなのだろうけれど、リディアに言われたように、あるべき体調の変化を魔法で治して問題を起こしたくはない。

 本当に、どうしようもなくなるまではヒールの使用を制限するつもりだった。


 ふらつきながらもどうにか立ち上がる。地面が揺れているような感覚は未だ続いていた。

 大きな木の幹を背に座り込むと、インベントリから水の入った瓶を取り出して一気に煽る。

 冷たい水の感触にようやく疲れが少しだけ和らいだ。

 けれど、ゆっくりできる時間はない。陽が落ちてから暗くのにそう時間はかからないだろう。

 まだ視界が開けているうちに野営の準備を終わらせる必要があった。


 範囲と威力を弱めた【セイクリッド・パージ】を木の近く、背丈の低い草が広がる場所に打ち込む。

 衝撃を受けた地面が弾け、生えていた草と土が勢い良く飛び散る。後には円形にくり貫かれた地肌が覗いていた。

 焚き火をする場所の確保はこれで完了だ。お手軽ではあるが、高い消費魔力のせいでただでさえ重い体が悲鳴を上げた。

 襲い来る倦怠感に僅かばかり残っていた気力が根こそぎ吸い尽くされる。

 本当はテントを張るべきなのだけれど、もはやその気力は残されていない。

 日中の陽射しは暑いくらいだったのだから、別になくとも大丈夫だろうと今夜は省略する事に決めた。

 インベントリから取り出した多数の薪を組み上げてから、カイトに教えてもらった手順で火をつける。

 十数分の格闘の末、ようやく種火が成長して安心できるくらいの焚き火に成長するころには、とっくに夜空には星が瞬いていた。


 軽めの夕食を終えると毛皮で出来た寝袋を取出す。大き目に作られているせいでセシリアからすればぶかぶかだが、別途取り出した毛布にくるまりながら潜るには丁度いい。

 見上げた視界一杯に広がる星は数え切れない程で、一つ一つの光量まで分かるくらいはっきりと見てとれる。

 まるで手を伸ばせば届きそうだと思った。それだけ空が澄んでいるという事なのだろう。

 けれど、晴天の夜空は良い事ばかりではない。

 夜が更けるにつれて日中の気温が嘘のように冷え込んでいく。

 放射熱による気温の低下を知らなかったわけではないが、これ程とは思っていなかった。

 特に厄介なのが夜風だ。

 寒いだけなら寝袋一つでどうにでもなるが、時折音を立てて吹き抜けていく風は寝袋の中に溜めこまれた温もりをいとも簡単に奪ってしまう。

 耐えられない程ではないにせよ、肌寒いと感じるには十分だった。

 頭からすっぽりと埋まってしまえば軽減できるにしても、野営で外からの音を遮断するのは危険極まりない。

 かといって、経験の浅いセシリアが手元の見えにくい夜半にテントを張るのは難しい。

 小さなくしゃみを漏らしながらどうした物かと考えていると、不意に風が止んだ。同時に柔らかな感触が身体を押し潰す。

 ふわふわした毛先が鼻先を掠めて、断続的に小さなくしゃみが響いた。

 焚火の光を受けて仄かなオレンジ色に染まった毛は確かめるまでもなく、シルバーウルフの物だ。

 伏せた状態から両方の前足に挟まれる格好で埋まったセシリアの身体は風に晒される事もなく、暖かな体温まで伝わってきて、先ほどとは比べ物にならない程快適になる。

 調整してくれているのか、身体にかかる負荷も動けなくはあるが、重いとは感じない程度だ。

「ありがとう」

 返事の代わりにセシリアの顔が毛並みに埋まる。これなら外敵に襲われる可能性も低い。

 思わぬ助け舟に溜まっていた疲労も手伝って、すぐに微かな寝息が聞こえてきた。




 春の陽だまりの様な温もりの中に鳥のさえずりが木霊する。

 それも一桁ではない、さながら合唱団と言っても差し支えない量だ。

 風情を通り越してけたたましいともいえる目覚ましに、セシリアは抗議の唸り声を上げた。

 勿論、そんな彼女の声が届くはずもなく、鳥達は朝の音楽会を続ける。

 仕方なく起き上がろうとすると何か柔らかい物に触れた。はて、これは何だったろうかとまだろくに働いていない頭で考えつつ、薄く目を開いた。

 飛び込んできたのは視界を埋め尽くす緑と、喜色を表現するかの如くせわしなく動き続ける耳。

 同時に、セシリアの身体を何かが撫でた。太ももから腰へ、腰から腹へ、腹から胸へ。

 焦らす様に、じっくりと、ねっとりと。2つの膨らみを包み込んだかと思えば緩やかな力が加わる。

「前から思ってたけど、結構着やせするタイプ?」

 覚醒は一瞬だった。薄く開いていただけのセシリアの瞳が限界まで開き、霞んでいた意識が焦点を結んだ、瞬間。

 絹を裂くような絶叫と共に、近くの木で心地よく鳴いていた鳥達が一斉に青空へと舞った。

「な、なにしてるんですかっ!」

 緑色の何かは断じて草ではない。生えている耳も、断じて耳ではない。

「夜這い、かな?」

 いつの間にか寝床に潜り込んでいたリディアは満面の笑みと共にそう答えた。


 いかにセシリアが小柄で寝袋が大きかろうとも、リディアが潜り込めば手狭になる。

 抜け出そうにもあちこちが引っかかる上に、密着したリディアが隣で妨害工作を謀るのだ。

 中では2人の手が激しくせめぎ合い、どうにかセシリアが這い出す頃には目が覚めてから十数分が経過していた。

 飛び退るセシリアの服装は乱れ、羞恥から赤く染まった顔は息を切らしながら険しい表情に変わっている。

 獲物に逃げられた寝袋からのんびりと起きあがったリディアは一度大きく身体を伸ばす。

「ごちそうさま」

 そう告げた彼女の楽しそうな笑顔はセシリアとは対照的に、生気に満ち溢れていた。


「何してくれるんですか! そもそも何で居るんですか!」

 ここは非戦闘員であるリディアにとって一番似つかわしくない場所だと言っていい。

 セシリアとて、最初は夢かと思ったくらいだ。いや、今でも夢であって欲しかったと本気で思っている。

 どうして同じ寝床で寝ていたのかはリディア以外に知る由もないが、どうしてここに居るのかは大体予想できる。

 油断なく周囲を見渡せば、セシリアの乗っていた個体よりやや小さめのシルバーウルフがもう一体、元からいたシルバーウルフと仲良くじゃれ合っていた。

 シルバーウルフの貸出も、最寄りの防衛ラインまでのポータルゲートも、ケインの許可なしには得られない。

 リディアがここに居るという事は、少なくとも彼の協力を得られたという事だ。


「話したい事はたくさんあるよ。だから一つずつ答えるね。ここに来たのはあたしの意志。ケインに頼んで最寄りのポータルゲートを使わせてもらった後、君と同じように借りたこの子で駆けつけてきたの。それから最後、なんで君の寝床に潜り込んだかっていうと、その服の保護魔法の効果が消えて脱がせるか確認する為だよ!」

 ハッとした表情でセシリアは自分の服を今一度見直す。飾り袖は既に取れかかっていて、幾つかのボタンは外れていた。

 戸惑いながら指を通すと、抵抗を感じる事もなく地肌が指の感覚を伝える。

「君なら防御重視の服もあるよね。まずはそれに着替えた方が良いよ。これから先、何があるか分からないんだし、防御力は高い方が良いから」

 疑問は数多く残っているが、また呪いの如く脱げなくなるのでは? という不安が真っ先に思い浮かび、言われるがままにインベントリから着替えを取り出す。

 この世界に来てからずっと脱いだままで、最後に着たのはプレイヤーを説得する時だった。

 後はずっと、なるべく目立たないように防御力を度外視した現地の地味な服を着ていたからだ。

 ゲームという遊びの場ならともかく、本当になってしまった世界でこれを着るのは中々にハードルが高い。

 だがそれも、リディアに無理やり着せられたこの服とは比べるまでもなかった。

 言われるがままに背で結ばれていたリボンに手を伸ばす。大した抵抗もなくするすると解けると、たなびく風に揺れた。

 ひとまずリボンをインベントリにしまおうとして、限界まで目を見開いているリディアと目が合う。

 彼女は一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐに気を取り直し、開き直って声を荒げる。

「ゆっくりでいいよ。服のパーツ1つ1つを丁寧に焦らす感じで! 野外で露出も味があるよね。誰に見られるか分からない緊張感で震える様を想像するだけであたしはもう……っ!」

「……あれ、朝ご飯にしていいよ」

 蔑んだ視線をリディアに向けながら、すぐ近くにいたシルバーウルフに指示を出す。

 「がぅ」と小さく吠えた後、巨大な体躯が彼女へと躍りかかって行った。




 足で転がされ、咥えられ、振り回されたリディアは全身あますとこなく砂にまみれていた。

「生着替えが……。あたしの眼福が……あぁもう、この狼共! あっち行っちゃえ!」

 セシリアが着替えている間、生きた遊び道具にされたらしい。

 少しは遊ばれる側の心境を理解して欲しいと願ってやまないが、口ぶりからは懲りた様子を微塵も感じる事ができない。

 暫くの間は未練たらしく、心の底から残念そうにぶつぶつと呟いていた。

「で、本気で何しに来たんですか。止めろと言っても聞きませんから。ポータルくらい出すのでさっさと帰ってください」


 グレゴリーが優秀なのは疑うまでもない。同時に、貴族の狡猾さと言うものをここ最近で嫌と言う程知る事ができた。

 法律のないこの世界では身分と権力があれば何をしても問われない。

 年若いグレゴリーが領主の立場に居られるのは権力者達から認めらるだけの優秀さを兼ね揃えているからだ。

 敵には害を。味方には利益を。仲間でいるなら保護してやる。刃向かうなら容赦なく叩き潰す。それこそ、表から、裏から、あらゆる手段を使って、だ。

 人質、脅迫、裏取引、強権による一方的な処罰。

 セシリアが古代から通用する"札束"と言う強力かつ後遺症のない自白剤を使って集めた情報には閉口するしかない物も多分に含まれていた。

 リュミエールは商業が比較的自由で経済活動が活発な領地だ。特に首都であるこの地には並々ならぬ心血を注いでいる。

 そんな所に不穏分子が居座っているのだ。内心気が気ではないだろう。


 今回の作戦は大きな意味がある。セシリアにとっても、ギルドにとっても。

 ケインに納得して貰う為に罵詈雑言を重ねた。

 貴方のせいで私はこうなったのだと、ある筈のない責任を押し付けて彼を追い込んだ。

 そうでもしない限り、絶対に単独行動を許可してくれないと思ったからだ。

 やはり彼は彼なのだろう。どんなに酷い言葉で罵ってもお人好しなのは変わらない。

 何処からか話を聞いたリディアが説得に行くと迫れば制止するのは難しいだろう。


「手伝いに来たの」

 セシリアは初めから、リディアが止めに来たものだとばかり考えていた。

 だからこそ、思いもよらないリディアの返答に声すら出せず唖然とする。

 セシリアの言い分も、立場も、全部分かった上で手を貸したい。

 まさかそんな事を言い出す酔狂な輩がいるとは思ってもいなかった。



「……馬鹿じゃないですか」

 大きな溜息が漏れる。項垂れているせいで表情は見えないが、心底呆れている口調だった。

「私だけなら位置情報を記録した後、ポータルを開いて飛び込むだけで済むんです。でも、二人だと一人が飛び込むのを待つ必要がありますよね。しかもリディアさんは製造型じゃないですか。戦闘の役に立たないのに何がしたいんですか。……邪魔なだけです。役に立ちません。足を引っ張るのが趣味なんですか? それとも……」

 蔑みの入り混じる声色でつらつらと流れる辛辣な言葉の数々が突如として止まる。

 曖昧な表情を浮かべて聞いていたリディアも、躊躇いがちなセシリアを見て不思議そうに首を傾げた。

 言うべきか、言わざるべきか。数秒の空白を置いた後、深く項垂れてから先を続ける。

「それとも、私が凌辱される姿を見たいだけなんじゃないですか」

 無理やり絞り出された声は酷く淡々としていて、当初の流れるような勢いは見られない。

 考えうる限りの最低な言葉だというのに、リディアは思わず吹き出しそうだった。

「うん、確かにそんなイベントがあったら見過ごせないね」

 俯いていたセシリアが訝しげに顔を上げる。瞳には不安と戸惑いが半分ずつ入り混じっていた。真意を測りかねているのだろう。

「勘違いしないでね。見逃せないんじゃない、見過ごせないの」

 いつの間にか距離を詰めていたリディアが両腕を伸ばし、呆気にとられたままのセシリアを優しく抱きしめた。


「あたしは今からとっても酷い事を言うよ」

 身に覚えのあるフレーズ。

 耳元で囁かれる声はいつものような底抜けに明るい物ではなく、憂いに満ちている。

「君はあたし達よりずっと以前からギルドの問題にも、この世界の危険性にも気づいていたんだよね。でも誰にも言わず、自分だけで対処しようとして、勝手に交渉して、勝手に追い詰められた。もっと他に手段があったかもしれないのに。プレイヤーを追い詰めたのは君なんじゃないの?」

 否定はできなかった。

 人は神になれない。その時の選択が正しかったかどうかは結果が出なければ分からない。

 セシリアの方策が正しかったと証明するには時間も手段も足りていなかった。

 可能性は無限大だ。セシリアが何もせずとも、狩組と横領組が和解した可能性はある。グレゴリーが好意的に接してくれる可能性もある。

 好き放題情報を垂れ流し、便宜を図ってくれる可能性だってゼロとは言えない。

 リディアはセシリアが絶対に言い返せないように、ケインに使われたのと同じ方法を取った。


「……だから責任を取る為にも私が行きます。現状、これ以上の手段は思い当たりません。もしあるなら教えてください」

 けれど、セシリアは自分の行動がこの結果を招いたと言うのであれば責任を取るべきだと譲らない。

「信用できると思う? 君はポータルゲートっていう逃走手段を持ってる。自己回復も出来るし、この世界で一人生きて行くのに困らない。自由の翼を生贄に逃げ出す算段をしてるなら、監視が一人は必要だよね」

「ふざけないで」

 セシリアにしては珍しく、感情的な怒声だった。

 リディアには最初からセシリアを責めるつもりなんてない。

 ただ付いて行きたいが為に、それらしい理由を捏ね繰り回しているだけの茶番劇だ。

「馬鹿だ馬鹿だとは思ってましたけど、これ程とは思いませんでした! 一人の方が逃げ易いのに、わざわざ二人で行く理由がどこにあるんですか!」

 それに一人に拘る理由がセシリアにはあった。

 ポータルゲートは一人の方が乗りやすい。だというのに、リディアは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「嘘ばっかり。拠点にどのくらいのオークが居るかは分からないけど、捕まった君が囲まれるのは当然だよね。その状態で、どうやって"2度"も魔法を使うの?」

 ポータルゲートの位置記録は魔法の一種だ。完了までそう時間はかからないが、敵に囲まれた状態で悠長に使える程短くもない。

 リディアの言う通り、拠点から逃げ出すには最低でも2度の魔法を通す必要があった。

 1度目は位置記録を。2度目は逃走用のポータルゲートを。

 問題はオークがそれを見逃してくれるかだ。

 1度目の位置記録は攻撃用の魔法ではないし、傍から見ている分には何も起こっていないように思える。

 しかしどんな魔法であれ、発動した時点で警戒されると考えて然るべきだ。

 2度目の魔法を使う機会が与えられない可能性の方がずっと高い。

「凄い作戦があって、完璧な勝算があるなら邪魔だし帰るよ。その時は早とちりなあたしを笑って。でも賭けても良い。そんなのないって。そんな作戦があるなら、最初から話してるはずだから」


 どうしてこんなに残念な性格をしているのに無駄なくらい鋭いのか。位置記録に多少の時間がかかるなんてプリースト系を実際にプレイした人しか知らない筈だ。

 攻略Wikiにも、ポータルゲートの詠唱時間やディレイは乗っているが、事前の位置記録に関する情報は殆ど書かれていない。

 極稀に、掲示板で独り言のように囁かれては消えていく程度のトリビア情報だ。

「……いいじゃないですか。何か方法があるって事で。失敗しても、私の考えが浅はかだっただけだって。追及して、何もないって分かったらどうするんですか? 自信満々に大丈夫だって言ってたから、何か考えがある物だと思ってた。最後にそう言ってくれれば誰も悪者にならなくてすみます」

「やっぱり最初から犠牲は織り込み済みだったんだね。なら絶対に一人で行かせる訳にはいかないよ。あたしは製造だし、君に言われた通り強くなんかいないけど、序盤のオークくらいならどうにかなる。ほら、あたしの方がスタイル良いし、君が位置記録をした瞬間にオークを悩殺すれば一緒に逃げる時間が稼げるかもしれないよ! それに、万が一の時にあたしなら置いていきやすいんじゃないかな。日頃の行い的に……」

 乾いた笑い声がセシリアから漏れる。

 確かにリディアの行動は破天荒で、何かに付けては触ってくるし、欲望に忠実だし、迷惑ばかりかけられている気がしなくもないけれど。

「置いていけるわけないじゃないですか……」

 おずおずと伸びたセシリアの手がリディアの服を縋りつくように掴む。

「本当は今でも怖いです。後悔がないと言えば嘘になります。だから来てくれて嬉しかった。ありがとうございます」

 弱々しい声と微かに震える手は今のセシリアの本心なのだろう。

「これならちゃんと頑張れそうですから、もう十分です。彼女を抑えてっ!」

 抱きしめられた腕を乱雑に振りほどき距離を取るなり、近くで待機しているであろうシルバーウルフへと指示を飛ばす。

 咥えるなりして抑え込んだところで有無を言わせずポータルゲートに叩き込めば、ここへ戻ろうとしても絶対に間に合わない。

 だが、セシリアの指示に応える鳴き声はどこからも聞こえてこなかった。

 それどころか、辺りを見回しても姿が見えない。

「残念だけど傍には居ないよ。乱暴な言い方だったけど、ちゃんと言ったじゃない。『あぁもう、この狼共! あっち行っちゃえ!』って」

 最初から何もかも仕込み済みだった。シルバーウルフを遠ざけ、その姿を見られないように抱き締めて視界を閉ざす。

「おやすみ、セシリア」

 見覚えのある瓶と粉。しまったと思った時にはもう遅かった。抱き締められた時には既に準備まで終わっている。後は離れるタイミングで振りかけるだけで良い。

 急激に薄れていく視界と力の抜けていく四肢に抗う術はなかった。






「あたしもセシリアと一緒に居く」

 リディアは本気で言っている。だからこそ、カイトは強い葛藤に苛まれた。

「……勝算はあるのか」

「微妙だけど、あの子が逃げる時間くらいは意地でも稼ぐよ」

 セシリアが自身の犠牲を前提に作戦を立てているのは分かっている。

 信じられない程の幸運が幾つも折り重なればその限りではないが、期待するだけ無駄だろう。

 

 もしセシリアの事を思うなら、リディアには行ってもらうべきだ。

 協力を仰げそうな女性は彼女しかいないし、位置記録を終える短い時間を稼ぐくらいならリディアにも出来る可能性は高い。

 ゲーム的に言えば、タゲを集めている間にセシリアがクールタイムをやり過ごし、ポータルゲートを展開し帰還する。

 2人とも帰還できれば良し、最悪セシリアだけでも帰還できればすぐさま救援を出せる。

 だが、リディアの救助にはどんなに急いでも数十秒から数分もの時間を必要とするだろう。

 セシリアがリディアを助けようと無理をすればさらに長引く可能性も、最悪2人とも抑えられる可能性だってある。

 どうしたって生贄が必要で、セシリアを生贄とするか、リディアを生贄とするか、選択肢は2つしかない。


「それにさ、もし捕まって酷い事されても一人よりは頑張れそうじゃない?」

「笑えない冗談だな。死に物狂いになったあいつが何かしでかしそうで余計怖いから止めてくれ。あぁくそ、何で女垢にしなかったんだ……」

 何度目かも分からない後悔を口にする。

 行ってくれとは言えなかった。行かないで良いとも言えなかった。

 自分でも最悪だと思う。それはつまり、どちらの責任も被りたくないという事ではないのか。

 だとしても、どちらかを口にする事なんて出来そうもない。

 もしも女性アカウントだったなら迷う事なく追いかけたのに。


「気にしないで。これはあたしが決めた事だから何を言われても覆す気はないし、強要された訳でもないよ」

 挙句に気を使われる始末だ。本当に情けないと思っても、出来る事は少ない。

「すまない……」

「気にしなくていいって。それより救出、頼りにしてるからね」






「本当に馬鹿です。今ならまだ引き返せます。考えなおしてください!」

「壊れたスピーカーじゃないんだから、そう何度も繰り返さないで。じゃないとこの秘密兵器、大人のおしゃぶりを着けちゃうよ?」

 セシリアが目覚めてから半刻。

 気付けば両手足を幾重にも拘束された上に目隠しまで付けられていた。

「お姉さんは抵抗できない美少女を前にただでさえ限界が近いの! これ以上卑猥な格好で誘われたら鋼の理性も吹き飛んじゃうから! 抗議の声じゃなくて行為の声をあげさせても良いんだからねっ?」

 どこに鋼の理性があるのかとか、上手い事言ったつもりかと叫びたいセシリアだったが、これには悔しげに黙るしかない。

 "こいつなら本気でやりかねない"と思わせるだけの前科が山のようにあるのだ。

 普段ならともかく今は拘束されている身の上。何かされても防ぎようがない。

 大人しくなったセシリアを見て満足そうに笑うと、既に幾度となく繰り返された説明を念押しとばかりに再び口にする。

「いーい? オークの拠点に上手い事連れて行かれたら、あたしの合図で位置記録をして。同じタイミングであたしが迫真の演技でタゲを集めるから、度肝を抜かれている間にポータルゲートで逃走する。最悪の場合は君一人で逃げる事になるけど用意は済んでるから。大丈夫、一分くらいなら逃げ切れる自信あるし、もしもの時は助けに来てよね」


 全く以って腹立たしい事に、リディアの提案した作戦はセシリア単独で事に当たるより成功率が高かった。

 しかしながら、高まるのは成功率だけではない。

 単独で注意を惹きつけるリディアのリスクもまた、当初の想定よりずっと高くなってしまう。

 危険過ぎると繰り返しても、リディアはとっくに覚悟を決めていた。

「この作戦にはメンバー全員の安全も関わってるんでしょ? なら危険でも成功率を高めるべきじゃないの?」

 そんな相手に何を言っても暖簾に腕押しで、聞いてくれるはずもない。挙句に拘束されていたのでは実力行使もままならない。

 状況はとっくに詰んでいた。この期に及んで隙を晒してくれるとは思えない。

 インベントリに仕舞われた最後のスリープパウダーも、後ろ手に縛られていては使えない。

 それに、睡眠状態の耐性を高めるポーションや装備を用意されていたら意味がない。

 カイトの前例を知っているのであれば、対策を講じているに決まっていた。



「どうしてここまでするんですか」

 死んでしまったら元も子もないのに。

 セシリアには事情がある。けれど、リディアには何もない筈だ。

「あ、喋った。なるほど、拘束されて身体が熱いの! 慰めて! って言う展開が希望なのかな!」

 リディアはそれに答えず、怪しげな笑い声をあげた。

 言いたくないのか、はたまた照れ隠しなのか分からず、セシリアはもう一度同じ事を尋ねる。

「いつも邪険に扱ってばかりだったのに、リディアさんがここまでする必要なんてあるんですか?」

 例えギルドが崩壊しても街からの追放だけで済むし、縫製スキルの高い彼女なら、他の街で仕事にありつくのも難しくないだろう。

 わざわざ自分から危険に飛び込む必要性があるとは思えない。

「いいよ、特殊な趣味性癖歓迎だよ! お姉さんが余すことなく満足させてあげるからっ!」

 しかし一足先に妄想の世界へ飛び込んでしまったリディアには全く届いていなかった。

「……会話をしてください」

 精一杯の軽蔑を混ぜ込んだ一言で垂れ流されていた妄想がようやく止まる。


「あー、うん。なんとなくかな」

「なんとなくで命まで懸けるなんてどうかしてます」

 曖昧な一言には呆れるしかなかった。わざとらしく大仰な溜め息までついて見せると、誤魔化すかのように頼りない笑い声を立てる。

「私のせいですよね」

「どういう事?」

 自嘲と、自責と、諦観の入り混じったセシリアの物言いに、リディアは首を傾げた。

「私がこんな事を言い出さなければ。勝手に進めたりしなければ。リディアさんがここに来ることもなかった。私は私の我が儘で他人を巻き込んだんです」

「それは違うよ。一人で頑張ってる君を見て、なんだか放っておけなかったの。それにあたしは、ゲーム時代からずっと君の事が気になってたから。もしかしたら、好き、なのかも」

 セシリアにはほんの少し頬を染めて視線を彷徨わせるリディアが見えてはいない。

 しかし、普段と調子の違う、まるで恥ずかしがっているかのような声色だけは聞き取れた。


「と、突然何を言い出すんですかっ」

 想定外の不意打ちに心臓が跳ね上がり、悲鳴に似た叫び声が漏れる。

 良く考えればネカマ時代によく使っていた手だと言うのに、これほど破壊力がある物だとは思ってもいなかった。

「あ、焦った。これはもしかして脈あり!? いいよ、お姉さんはいつでも歓迎だよ!」

 からからと笑うリディアの声に弄ばれたのだと気付き、ムッとしながら言い返す。

 それを微笑ましそうに眺められていても、セシリアに気付く術はない。

「急に変な事を言い出すから驚いただけです! 大体私のリアルは男ですよ」

「別にいいんじゃない? 女の子は好きだけど、男の子がダメって訳じゃないし。君みたいな人なら付き合ってみたいって思うよ」

「だからさっきから何なんですか!」

 もうその手には乗らないと、拗ねた様子でセシリアが叫ぶ。


 リディアに嘘を言っているつもりはなかったけれど、反応を楽しんでいたのもまた事実。

 これ以上弄れば機嫌を悪くするだろうと、含みのある声で言った。

「ふっふっふ。こうして好感度を上げておけば、いずれ心を開くに違いないと言う策謀さ!」

 本当に、いつか心を開いてくれればいいのにとリディアは思う。

「なんとなくそうだと思ってました。おかげさまで遠慮なく使い潰せそうです。……本当に良いんですね」

 軽口と一緒に最後の確認をする。

「もちろん。君だけに任せるのはフェアじゃないってずっと思ってたから」

「私はフェアでなくとも構いません」

「あたしは構うよ。カイトも、ケインもそう。親方もユウト君も心配してた。連れてきた2人だって同じじゃないかな。君は思ってるよりずっと多くの人から慕われてるの。その人達の事も考えてあげて?」

 余計な心配をかけている事は分かっているし、心苦しくはある。

 でも、こんな自分を心配してくれる相手を守る為には他に方法がない。

「……考えました。だから、私はここに居るんです」

「うん、良く知ってる。でも一人で全部抱え込んでる君を見てると辛いよ。それでもし何かあったらもっと辛いと思うよ」

「何があっても私の責任です。それでいいじゃないですか」

「そっか。……そっか」

 寂しそうに繰り返したリディアの顔をセシリアは知る事ができない。






「いやぁホント、ここまで都合よく展開が進むなんてビックリだよ」

「馬鹿ですか、やっぱりただの馬鹿なんですか!? いきなり飛び出すとか頭おかしいですよね!? もう少し心の準備とか打ち合わせとかあるでしょう!」

 セシリアとリディアは当初の目的通りオークに捕まり、その身を後方拠点に護送されている最中だった。

 姦しく騒ぎ立てる2人に見張りのオークが辟易したかのような声を上げるが、2人には全く届いていない。

 武器で脅しても動じない人間なんて初めてだったのだろう。かといって魔力持ちと判明している人間を勝手に傷つける訳にはいかない。

 黙らせろと睨む仲間からの視線には気付かない振りをするしかなかった。

 彼らの社会では他種族の女性を一種の財産とみなしている。

 基本的には手にした者に権利が与えられるが、魔力を持つ個体だけは部隊の隊長に差し出さなくてはならない。

 純粋な力がルールになっているオーク社会にとって、自分より力のある者の命は絶対だ。

 捕まえたのがこのオークだとしても、所有権を持つのは拠点に座している隊長である。勝手に傷つければ殺されても文句は言えない。

 その代わり無事に届けさえすれば隊長の財産を山ほど与えられる。

 彼らは食料調達員という下っ端で、本来なら成果を上げられる機会さえ与えられていない立場だ。

 それが偶然にもこんな場所で魔力持ちを見つけ、あまつさえさしたる抵抗もなく捕えている。

 降って湧いた幸運からすれば、多少の騒がしさなど些細な事だ。



 オークに遭遇するのはそう難しくない。シルバーウルフに臭いを探して貰えばよかったからだ。

 おかげでさして広くない森の中で食料の調達をしている一団を見つけるのにそう時間はかからなかった。

 本当に役に立つ従者である。

 ポータルゲートでシルバーウルフを帰してからそっと近づき、オークの様子を伺う。

 一心不乱に木の実を集めているようで、背後の茂みに潜んでいる2人に気付く素振りはなかった。

 セシリアはここからどうすれば安全に、確実に捕まえて貰えるだろうかと思案する。

 飛び出す、わざと音を出す、いっそ攻撃してみる。

 どれもこれも腰にぶら下げた斧で襲いかかって来られそうで怖い。


 目標が捕まる事である以上、【リメス】や【プロテクション】といった防御魔法は使えない。

 いざ捕まろうとした時に不可視の障壁が邪魔をするからだ。

 割ろうとしたオークがその硬さに全力で斧を振り降ろし、防御回数を超えて消失した事に気付かないで胴体めがけて一直線という事態になりかねない。

 着ているドレスの防御力を考えれば、オークの粗雑な刃で斬れるとも思えないが、衝撃だけは余すことなく伝わってくる。

 弾き返せるほどに鍛え上げられた鋼の腹筋は残念ながら持ち合わせていない。

 だから慎重に、とにかく慎重に行動しなければと思っていたのに。

「チーム子連れ狼、華麗に参上!」

 隣にいたリディアがキメ台詞と共に両手を上げて飛び上がった。満面の笑みである。

 あまりにも突拍子のない登場にセシリアはおろか、オークでさえ手に持っていた木の実をぽろりと取りこぼし、呆然と立ち尽くしていた。

 誰もがどうしていいか分からず、時間だけが刻々と過ぎていく。

 するとリディアは思い出したかのように手を打って、未だ茂みの中に隠れたままのセシリアの首根っこを掴み上げるとこう言った。

「ほら何してるの! ここはポーズを決めなきゃ!」

 呆然と固まったままのセシリアが引っ張り出され、オークの方が身体をのけぞらせて驚く始末だ。

「な、な、なにしてくれるわけっ!?」

 あまりの馬鹿らしさに斧を構えられさえしなかったのは不幸中の幸いだろう。

 セシリアの叫び声によって我に返ったオーク達は戸惑いながらも2人を拘束し、森の外に停めてあった牛車らしきものに監視役と共に押し込まれたのである。


 ひとしきりの不満を吐き終える頃にはすっかり息が上がっていた。

 呼吸を整えるのと並行して気分を落ち着かせる。まずは状況の整理だ。

 突拍子もない作戦ではあったが、こうして五体満足で捕らわれたのは幸運と言っていい。

 オークが襲いかかってくる様子もないし、進行方向から考えて後方拠点に運ばれているのは間違いないだろう。

 敵は中に1、外に4、御者が1の6。

 両手足は植物の蔓らしき物でしっかりと拘束されている。

 集落へ人攫いに行くならともかく、食料調達を目的とした一団がまともな拘束具を持ち合わせていないのでは? という予想は当たったようだ。

 インベントリへのアクセスが可能なセシリアやリディアにはナイフ1本引き出すだけですぐにでも断ち切れるお粗末な代物である。。

 茂みから飛び上がったリディアに即応できなかった時点で戦い慣れていない事も窺い知れた。

 ついでに言うならば頭も大変よろしくない。

 グレゴリーの報告書によれば、オークは魔力を匂いとして感じ取る事ができるらしい。豚だけに、トリュフを探す感覚で魔力を嗅ぎ分けるのだろう。

 もしそれが本当なら高レベルの支援職であるセシリアが魔力を持っている事に気付いている筈だ。

 にも拘らず、ぞんざいに手足を縛るだけで後は放置にも等しい。

 魔法を知らないのか、知ってはいても目にした事が無いから侮っているのか、余程腕に自信があるのか。

 或いは、逆に何か裏があるのでは? と疑いたくもなる。

 後は隣のオークが変な気を起こさない事を祈りつつ、ご招待に預かるだけだ。

 怪しまれないように少しくらいは怖がった方が良いのだろうかと怯えた表情でリディアに身を寄せてみもしたが、興奮させるだけで逆効果にしかならなかった。

 当然、興奮したのはオークではない。


 寧ろ、問題があったのは拠点までの道中の方だ。

 牛車の内部は天井に設けた木製の枠を布で覆う作りになっていて直射日光は入ってこない。

 その代わりに窓もなく、経年劣化で破れた無数の小さな穴では外の様子を伺う事はできても空気の入れ替えは望めなかった。

 頭上から降り注ぐ昼の陽光は天井を熱し、閉塞した空間を容赦なく蒸しあげる。

「大丈夫?」

「少し、暑いだけです」

 セシリアの着ているドレスは殆ど肌の露出がなく、通気性に優れているとは言えない造りだ。

 吐く息は荒く、頬も赤みがさしている。既に座っている事さえ辛いのか、リディアに身体を預ける格好になっていた。

 自作の装備だけあって、戦闘用の防具とは思えない程に露出度の高い服を着ているリディアでさえ汗ばむくらいなのだ。

 冬でも通用しそうなセシリアの装いでは熱中症になりかねない。

 こんな事ならリディアに着せられた服のままでいた方が良かっただろうかという思いがセシリアの頭を過ぎる。

 彼女の作る服が高いのは素材を妥協しないからだ。

 ボスレアには劣っても、中レベルくらいまでなら十分に通用するスペックを持っていた。

 が、すぐにその考えを振り払う。

 あの服で街へ出た時に時折感じた、身体中を舐めまわすような視線の気持ち悪さは未だ記憶に新しい。

 あれと同じ類の視線を目の前のオークに向けられたらついうっかり魔法を使いかねない。

「あと1時間もすれば陽も傾くと思いますから。それまで少しだけ休ませてください」

 熱暴走気味の頭では何かを考えるのも億劫だった。

 身体を冷やそうと荒い呼吸を繰り返しても入ってくるのは生暖かい空気だけで息苦しさは一向になくならない。

 少しでも体力を温存するには眠ってしまうのが一番だと、リディアの膝を勝手に拝借した。

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