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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
45/83

リュミエール-14-

 セシリアが一人でオークの拠点に潜入しようとしている。

 そう聞かされた時は開いた口が塞がらなかった。

 

 商人に一番大事なのは情報だと言われている。

 常に変動する相場を追い掛け、予想し、時には作り出す。

 戦闘に期待できない製造メインのリディアにとって、情報は第二の武器ともいえた。

 人当たりの良い笑みと和やかな雰囲気、お茶とお菓子を楽しみながら雑談に興じると重要な情報の一つや二つくらいぽろりと零れる物だ。

 自分の身を護るべく始めた情報収集はいつの間にかお悩み相談室のような体をなし、女性陣を纏める立場にさえ獲得している。

 おかげで今朝早く、深夜アニメ的に言えば昨晩遅くと言うべき時間帯に、リュミエールへ向かっているオークの殲滅を領主から依頼されたという情報も、今朝方対策会議を開くと言う情報も、驚くべき速さで耳に入れていた。

 今も会議に参加した狩組の女性から、何が話し合われたのかを雑談まじりに聞きだしているところだった。


「どゆこと?」

 領主からの依頼は構築した防衛網でオークを殲滅するのに手を貸して欲しいという内容だと聞き及んでいる。

 それがどうして、少女一人が拠点に潜入する話になるのかさっぱり見えてこない。

 効果的な布陣や、進軍の妨害、或いは奇襲といった戦術について練るのが普通ではないのか。

「勿論そっちも煮詰めてるけどさ、リディアはそんなのより姫の方が興味あるんじゃないかと思ったの」

 姫。言わずともがなセシリアの事である。ネカマ姫 - ネカマ = 姫という安直なネーミングだが、使っている人は意外と多い。

 大人になりきれていない外見、大胆不敵な行動力、ギルドに対する献身的な振る舞い、何より嘘(男)が本当(女)に変わった混乱は見ていて微笑ましい。お転婆な姫の要件を満たしている。

 本来であればマイナスイメージの強い単語がここまで好意的に解釈されるのも珍しい。

「かいつまんで言うとね、敵は2手に分かれてるの。後方支援と制圧部隊。で、後方支援拠点には周辺区域に住んでいた一般人が捕まってるわけ。でも奴ら要塞を構築してるみたいでさ、人手がないと簡単には落とせそうもない。そこで姫は一計を案じたわけよ。わざと捕まって、要塞の中でポータルゲートの位置を記録すれば、内側から少人数で崩せるんじゃないかってね」


「馬ッッ鹿じゃないの!?」

 叫び声と同時にリディアの両腕がテーブルに叩きつけられ、紅茶の注がれていたティーカップやバケットが跳ね上がる。

 彼女とて中レベルを通り越したプレイヤーなのだ。製造型と言えど、一般人以上のStrから怒り任せに繰り出された拳は十分な破壊力を持っていた。

「ちょっと! 落ち着きなって!」

 着地に失敗したカップが派手な音と共に倒れ、中身をぶちまけた。

 純白のテーブルクロスにはみるみるうちに薄い紅色の染みが広がるが、リディアは拳を叩きつけた状態から動かないでいる。

 穏やかな雰囲気と笑顔は何処へやら、今にも犬歯を剥きださんばかりの剣幕で目の前の女性を睨む。

「それでどうなったの? まさか本当にやるつもりじゃないよね」

「顔が怖いから! あのね、一応言っておくけど、私は止めたよ? でも姫は聞く気がないみたいで、簡単な作戦の方針だけ決めると準備するって出て行っちゃったの」

 溜息まじりにそう説明すると、リディアは頭を抱えて悶えた。

「どうして止めなかったの!?」

「だから止めたんだって!」

「止め方が甘いよ! ぐるぐる巻きにして猿轡噛ませて廃墟に監禁するくらいしなきゃあの子は止められない! ううん、それでも甘いかも。24時間体制での密着監視もつけないと安心できない! 添い寝のオプション付で!」

 これには言い返していた女性も顔を引き攣らせるしかなかった。

 リディアの趣味は知っていたが、ここまで犯罪的思考の持ち主だとは思っていなかったのだろう。無意識の内に距離を取り、利き手が腰の愛剣へ伸びる。

「そうだ、今からでも遅くない!」

 慌ただしく立ち上がると棚やクローゼットをひっくり返し、丁度目隠しに使えそうな黒地の布や、素材を纏めて縛っておく為のロープの他、隠すようにしまわれていた猿轡を取り出した。

「ねぇ、私は友人として貴女を斬るべきだと思う? このまま生かしておいたら何か起こるんじゃないかと心配なんだけど」

 半ば冗談とも思えない口ぶりだったがリディアは全く聞いていない。

「セシリアは今どこに居るの?」

「……あぁもう。カイト君が一緒に出て行ったから、彼が止めてくれるでしょ。昔からよく組んでるくらい仲良いみたいだし」

 遂に対応するのが面倒になったのか投げやりにそう告げる。お礼もそこそこにリディアは部屋を飛び出した。行先は勿論、セシリア達の使っている一室だ。

「どうして誰もあの子の危険性を理解してないわけ!?」

 リディアとしてはごく当たり前のことを言ったつもりだ。セシリアを本気で止めたいなら最低でも拘束と無力化と監視は必要不可欠。

 孤立させないと周囲の人間を意のままに操るし、沈黙や睡眠、麻痺といった状態異常を使って魔法を封じないとポータルゲートで逃げられるし、四肢を拘束しておかないと何をしでかすか分かったものではない。

 だからリディアの言い分は至極真っ当なのだ。

 添い寝だって、万が一ポータルゲートを使われた時であり、間違っても己の欲望を満たしたいからではない。多分、恐らく……きっと。




 カイトが一緒だと聞いてリディアがほんの少し安心した。

 でも、もしセシリアが本気だったなら止められないのでは? とも思っていた。

 そして予感は現実になる。


 セシリアの部屋に飛び込んだリディアは、ベッドの上で死んだように眠っているカイトを発見し、すぐにセシリアの仕業だと看破した。

 手持ちの状態異常回復薬を開けて口へ鼻へ流し込み、盛大にむせながら目を覚ましたカイトの襟首を掴み上げるまで、およそ30秒。

 流れる様な早業に、フィアもリリーも唖然とする他なかった。

 強制的に眠らせられた挙句、乱暴に覚醒させられたダメージは少なくないようで、咳き込みながら身体を起こすものの、動きが鈍い。まだ頭も働いていない様子だ。

「起きろ! セシリアはどうしたの!」

 しかし、リディアにはカイトの覚醒を悠長に待っている暇などない。

 カイトもセシリアの名前を聞いて何があったかを思い出したのだろう。跳ね上がるように起きるが、ぐらりと身体を傾けながらも悔しげに吐き捨てる。

「やられた。まさかアイテムまで持ち出すとはな」


 カイトとて、セシリアの抵抗は予想していた。とはいえ、彼女の職業は最大主教(アークビショップ)

 味方の回復と強化は出来ても、敵の足止めや攻撃に使えるスキルは殆ど持ち合わせていない。

 セシリアの勝利条件は敵地付近の位置情報を持っているクロにポータルゲートを開いてもらう事。

 カイトの勝利条件はセシリアを拘束するか、クロにポータルゲートを使わせない事。

 いたずらっ子を追いかけて懲らしめるか、先生に言いつけて怒ってもらうか。カイトは後者を選んだ。

 セシリアは自分のAgiを増加させ、かつ相手のAgiを低下させる支援魔法を持っている。

 壁向けのステータスであるカイトのAgiでは追いかけっこに興じても絶対に追いつけないと分かっていたからだ。

 クロがポータルゲートを使うにはケインの許可がいる。だからこそ背を向けてケインを説得するべく会議室に向かったのだ。

 それがまさか、【スリープパウダー】まで持ち出すとは。いや、そんな方法があるとは思いもしなかった。

 仕様の穴、とでもいうべきか。

 本来、【スリープパウダー】は錬金術師が覚えるスキルで使う触媒なのだ。アイテム単独で使えるように設計されていないのに、セシリアは栓を抜いて使って見せた。

 考えてみれば当たり前の事だ。ゲーム内では誰もが使えると強すぎるからシステム的な制限を加えられていたに過ぎない。

 医師免許がないのに医療行為をして逮捕された人がいるのと同じだ。

 制限の取り払われたこの世界では、強力な粉末状の睡眠薬が入っている瓶でしかない。


「フィア、セシリアがここに来ただろう? 何を言ったか覚えている限りで良い、話してくれ」

 これだけ騒がれれば何か良くない事があったと分かる。たった数時間前の出来事だ。そう簡単に忘れる筈もない。

「少し遠出するって。それから、もしカイトの様子がおかしかったり出かけようとしたら止めてくれって」

 窓の外に浮かぶ太陽は既に傾いて西日が射しこんでいる。眠らされてから4、5時間は経過していた。準備には十分すぎる時間だ。

 セシリアがリュミエールを発ったのは確実だろう。だが、まだ全てが終わったわけではない。今ならまだ間に合うかもしれない。

「フィア。もしも次にセシリアが一人で出かけようとしたら力づくで取り押さえろ。お前相手なら油断するだろうからな。何なら縛り上げても良い。とにかく一人で行動させるな」

 物騒な物言いにフィアは何を言ってるんだとばかりに怪訝な顔つきに変わる。

 幾らカイトの頼みでも恩人であるセシリアを縛り上げるなんて論外だとでも言いたげだ。

「どういう事だよ?」

 事態の説明を求められたが、今は詳しく話している暇がない。

「セシリアに死んでほしくないなら今言った事を守ってくれ。事情は後で話す。もしも見かけたら人を呼んで取り押さえろ、いいな?」

 有無を言わせぬ口調だった。曖昧に頷くのを確認してから、カイトは未だ動きの鈍い身体を引きずって会議室に向かう。

 ケインならもう少し細かい事情を知っている筈だ。




 カイトとリディアが会議室に足を踏み入れると、そこは異様な空気に包まれていた。

「だから、それじゃ東側が手薄になるでしょ! 少人数の遊撃部隊を幾つか組んで連絡を徹底、薄い方面に随時配置する方が効率はいいんだって!」

「効率以前に運用を考えろ! 広い戦線をあっちこっち移動してたら体力がもたねぇし時間的なロスも多い! 大まかに守備範囲と配置人数を決めた上で効率化すべきじゃないのか?」

「どっちにしろ人数足りないんだから、寧ろどこか捨てた方がよくね?」

「遊びじゃねぇんだぞ! 防衛ライン突破されたら無能の烙印押されるだろうが! 却下だ却下!」

 先ほどから罵倒が飛び交っているものの、祭りの高揚に似た熱気で険悪な雰囲気は見当たらない。

 壁に張り出された大きな紙にはリュミエールの防衛網が簡単に記されていた。その前方にはオークとだけ書かれた横に長い楕円が広がっている。どう見ても戦略図なのだがカイトは眉を顰めた。

 朝方の会議では一撃離脱作戦による奇襲で敵総兵力の5割近い打撃を与え、撤退を促す作戦だった筈だ。

 万が一撤退せずに突撃を敢行しても、背後から防衛網まで追い立てるようにして挟撃する。

 しかし壁に書かれた戦略図ではまるでプレイヤーが防衛網に見せつけるかの如く、オークと対峙しているではないか。

 想定されている敵総数も奇襲で3割しか削り取っていない計算だ。過小評価も甚だしい。

 前衛が奮闘すれば7割ないし、8割近い打撃も可能だとさえ言われていたのだ。


 一瞬、俺TUEEE厨という単語がカイトの頭を過ぎった。

 廃プレイヤーの中には自分の強さを他者に見せつける事を生きがいにしている者も居る。

 わざと狩場のランクを大幅に下げて強力な攻撃を乱打したり、パーティ向けの狩場に単身乗り込んで暴れまわったり、ソロでは勝てないような敵に挑んで注目を集めてみたり。

 壁に張り出された配置はまさにそう言った特徴を色濃く示していた。

 背後に展開されているリュミエール軍にプレイヤーの強さを見せつけようとしているのだ。

 派手ではあるが、あまりにもリスクが高い。大軍相手に正面切って戦うなど正気の沙汰とは思えない。

 まるでセシリアのようだ。まさかこの作戦を提案したのは本人ではないかと疑いたくなる。が、すぐにありえないと首を思い直した。

 元の世界に帰る為、権力者と交渉のカードとして使う為、自由の翼と言う組織を何よりも大切にしている。

 これまで幾度となく危ない橋を渡ったのは全てその為。こんな所で、一つ間違えれば自由の翼が瓦解してしまうような作戦を取る筈がない。

 何より異常なのは、この場の誰もが作戦に異議を唱えていない所だ。そこまで行き着けばこの作戦の発案者は一人しか思い浮かばない。

 テーブルの一角で何やら熱心に話し込んでいる、王子様然とした金髪の青年。

 ケイン以外の誰が、こんな無茶な作戦を納得させられると言うのか。


「どういうつもりか説明してくれ」

 会話の最中に突然割って入ったカイトにも、ケインは嫌な顔せずに応じる。

「良かった、僕も探してたんだ。急に姿が見えなくなったから心配だったよ。君までセシリアみたいな無茶をしないかってね」

 そう言うとほっと一息ついて見せる。とても嘘をついているようには思えなかった。

「場所を変えようか。すまない、少し席を外すよ。疲れたら気分転換も重要だからね、適度に休憩を取ってくれ」

 部屋中から活きの良い声が返ってくるが、休憩しようと言う気は見られない。

 それを苦笑交じりに見渡してから、ケインは会議室を後にし、その奥にある自分の部屋へカイトとリディアを案内した。


「すまない、僕にセシリアは止められなかった。まずはその理由から説明させて欲しい。ややこしい話になるんだけど、戦闘と戦術と戦略の違いは分かるかな」

 似た様な言葉を並べられてリディアが唸る一方、カイトは苦も無く即答する。

「規模の違いだな。ギルドで例えるなら戦闘は個人、戦術はパーティ、戦略はギルドだ」

 行動の方針とでも言えば良いのか。

 戦闘は1:1。何をやるのも自由という、極小さい範囲だ。

 それに対し、戦術はパーティー単位で行う。前衛はタゲを取って、後衛が火力をぶつけて、支援が援護をする。そのタイミングの指示をするのがパーティーリーダーで、戦術を決める責任者だ。

 そのパーティーを纏めた物がギルドで、戦略とはギルドのありかたと言っても良い。

 経営戦略という言葉もある通り、戦術よりもずっと長いスパンで物事を考える必要が出てくる。

 例えばメンバーが少ないから募集で増やし、育成を兼ねて狩に行こうとか。

 攻城戦で砦を取れるくらい強くなる為に、装備品の獲得や育成を全員で頑張ろうとか。

 中には会話メインで狩はおまけの交流場所としてギルドを提供する人も居る。

 戦闘よりも戦術の方が、戦術よりも戦略の方が規模は大きく、影響を受ける人も多くなる。

 交流目的のギルドがある日突然、攻城戦で上位を目指すから24時間接続して鍛えると言い出したらどうなるか。みんな抜けてしまうに決まっている。


 特に重要なのは規模が大きくなるにつれて追わなければならない責任も増える点だ。

 個人の戦闘なら失敗しても自業自得。自分に対する責任しか追わなくていい。

 これが戦術、パーティーリーダーになると、パーティーメンバー全員に対して責任を負う事になる。

 そして戦略、ギルドマスターはもっと重い。何せ、ギルド加入者全員の責任を負わなければならない。

 ある時、攻城戦に参加していた大手ギルドのマスターが不正ツールを使用していた事が発覚した。

 公式上では使用禁止を明言されている為、運営は大規模な調査を行い、件のギルドマスターは黒と判断されアカウントを剥奪された。


 一件落着と思いきや、事件はまだ終わらない。

 そのギルドに所属していたメンバーはマスターの不正行為を知っていた筈であり、加入者全員が共犯である。

 運営は調査済みで、マスター以外のアカウント剥奪はなかったにも関わらず、掲示板ではこの手の書き込みが殺到し、加入者の名簿が作られ晒された。

 彼らがどこか別のギルドに入る度に掲示板では○○も不正ギルドだと騒がれ、今まで育てたキャラクターを破棄、名前を新しくして作り直さなければどこのギルドにも入れなくなってしまった。

 名簿の中には事件の数日前に加入したばかりと言う人も居る。そんな人がマスターの不正ツールを知っていたとは思えない。

 しかし、流石は無法地帯の掲示板といったところか。或いはBv戦士の面目躍如といったところか、誰であろうと例外はなかった。

 レアケースではあるものの、マスターの失敗1つで加入者全員に多大な迷惑をかける事もあるのだ。

 それは異世界に来た自由の翼も同じである。


「僕は戦術的視点でしか……いや、戦闘に近い視点でしかギルドを見ていなかった」

 項垂れながら零れた台詞には深い後悔の色が滲んでいる。

「悪いんだけどさ、もうちょっと分かりやすく、出来るだけさくっとお願いできない?」

 遠慮のないリディアの言葉に申し訳ないと頭を下げる。

「多分、セシリアと話した時の事を説明するのが一番早い。僕も彼女の案には反対だったんだ」






「止めよう」

 お願いがあると訪れたセシリアに、ケインは開口一番、そう告げた。

「危険過ぎる。何かあったら取り返しがつかない。君が心から元の世界に帰りたいのも、その為に頑張ってるのも分かるよ。だからこそ、こんな無謀な作戦で命を危険に晒すなんて真似はすべきじゃない」

 前から疑問に思っていた事がある。セシリアはどうして危ない橋を渡るのだろうか。

 元の世界に帰りたいなら、なおさらその身を危険に晒すべきではない。

 治療を担当して屋敷に引き籠っていた方が安全なはずだ。

 ……そう思っていた。


「ケインさん、これから私はとても酷い事を言います」

 朗らかに笑いながらセシリアは唐突にそう言った。

「0点です」

 脈絡のない会話にケインの思考が滞る。酷い事を言う。それは良い。苦労をかけっぱなしなのだから、恨み言にも愚痴にも耳を傾けよう。

 しかし、続いた言葉の意図が掴めない。一体何が0点だというのか。

「何もかもです」

 まるで心を見透かしているかのようにセシリアは言った。

「ギルドの運営も、心構えも。一番酷いのは戦略です。その場凌ぎの自転車操業で上手くやれるのは一時だけですよ。ケインさんは未来を見ていません。ううん、それよりもっと酷いかな。見ようともしていないんです」

 自分が非難されているのだけは辛うじて理解できた。抽象的な物言いのせいで具体的な事は何一つわからないが、身に覚えはある。

 だから黙ってそれを聞き入れる。

「情報収集能力も、危機管理能力も、事態収拾能力も、何もかもが致命的に欠如しています。唯一評価できるのは人柄ですが、それは個人としての評価であり、ギルドマスターの適性としてはマイナス。あぁ、加点できる項目がなかったから0点なだけで、マイナス評価にすれば天文学的数字になりますよ。でも、そんなのはどうでもいいんです」

 何もそこまで、と思わずにはいられない程の否定のオンパレード。

 セシリアが挙げたのは組織を運営する上で必要となる能力だ。

 その全てが致命的に欠如しているとまで断言されたにも関わらず、感情に任せて声を上げない人柄だけは評価通りなのだろう。

 が、当のセシリアは特に大切なはずの能力さえ、どうでもいいと切り捨てる。

「一体何が致命的に欠如しているか、ご自分で分かりますか?」

「……すまない」

「悪意、です」


 仮にも元の世界では経営者だった男が、年端もいかない見た目の少女に組織運用能力が欠如してると罵られて黙って聞いている。

 傍から見れば異常だが、それがケインなのだ。彼は人の悪意に疎かった。セシリアは善意からこのような事を言っていると思っていた。

 だからこそ憤る事もなく平然と聞き入れ、間違っていたり足りない部分があればこれから治していこうとさえ考える。

 素晴らしい人格者だ。是非とも友達になりたいと思う。けれど、彼の元で働きたくはない。


「ケインさんはこの世界を舐めきってます」

 人は生まれながらにして平等ではない。生まれた国で、親で、容姿で、様々な要因の元で優劣が決まってしまう。

 この世界は封建制だ。国を取り纏める王はいても、点在する領地の統治は諸侯によって一任されている。

 圧政こそ敷かれていないものの、支配階級と一般人が平等である筈もない。

 この領地内ではグレゴリーが王であり、法なのだ。

 その土地に所属不明の集団が暮らすと言う意味を、ケインは全く理解していない。


 過去に幾度か、リュミエールは隣接する領土と戦争を行った。

 一番新しいのは数年前に鉱山の領有権を一方的に主張し、不法占拠した領地だ。今は完全に滅ぼされ、リュミエールの統括地として地図上から消え去った。

 この時、指揮を執ったのが現領主であるグレゴリーだ。

 元から軍備増強に力を入れていたおかげで終始圧倒しての完勝。

 中には統括した土地に圧政をひいたり、重税や押収を行う領主も居るが、グレゴリーは実に平和的な政治を行った。

 税率は以前より軽くなり、土地や財産の応酬もなし。公共事業として道路の整備を行い行商人へ無料で開放。今ではそこそこ栄えた商業都市に発展している。

 統括された地方の平民はグレゴリーに感謝するばかりだった。

 と、これだけ聞くと彼が人道的かつ道徳的で理想的ともいえる領主に思えるのだが、まだ少しだけ続きがある。


 この国は法治国家ではない。リュミエールに対し侵略を行った領主、並びに領地内の関係貴族は全て殺された。

 裁判はなし。弁解の余地もなし。老若男女問わず、それこそ明日にでも逝ってしまいそうなお年寄りから、生まれたばかりの子どもまで誰一人例外なく、だ。

 これだけ聞くと彼が非人道的で残虐かつ横暴な領主と思うかもしれない。

 けれど、このどちらもが彼であり、そして当然の結果だった。

 中世に現代の様な警察機関はない。あるのは、自分の身は自分で守れという単純明快なルールだけ。

 後の世代に禍根を残すくらいなら全て殺してしまえ。それがかつて現代でも辿ったこの世界のルールであり、不文律であり、常識なのだ。


「ケインさんはこの時のグレゴリーの対応についてどう思いますか?」

「……合理的ではあるけれど、人道的ではないかな」

「そこからして認識が間違っているんです。この世界に人権があると思いますか? 平和で、文化的で、何もせずとも最低限の保証がされている現代と同じ道徳観が養われていると思いますか?」

 答えは明確だ。ある筈がない。あるのは、現代人からすれば到底理解の及ばない、野蛮かつ利己的なルールだ。

 ぬるま湯に浸かっていたのは街から出ようとしないプレイヤーだけではなかった。

 誰もが現代と言うぬるま湯に浸かっているのに、気付いてすらいないというのが正解だ。

 その中でただ一人、セシリアだけは危機感を募らせていた。

 自由の翼にいれば生活は保障されると思っているプレイヤーは多いが、そんな物はただのまやかしに過ぎない。

 今は幸運にも支配者であるグレゴリーからお目こぼしを貰っているにすぎないのだ。


「それを踏まえた上で、私達の立場について考えてください」

 グレゴリーが関係する貴族を処刑したのは何故か。反乱を起こされると面倒だからだ。邪魔者はさっさと殺すに限る。

 そんな思考が成立し肯定される世界において、戦力を持る出自不明の集団はどう見えるだろうか。

 考えるまでもない。これが排除対象にならない領地ならばとっくに潜伏した敵国に蹂躙されている。

「今はオークの大軍を相手にしているから協力的な素振りをしているだけで、解決すれば私達なんて厄介者です。さて、領主様は一体どうすると思いますか?」

「まさか……殺すつもりだとでもいうのかい?」

 ようやく理解が追い付いてくるに従い、ケインの顔は蒼白へと変わる。

「いいえ。流石にこの人数を殺すのは労力の無駄です。国外退去の通告を出して、ぐずるようなら見せしめに拘束するのが無難だと思いますよ」

 死体の処分も馬鹿にならない。大部分を戦闘力のない御付だと思っているなら殆どのプレイヤーは街から追い出されるだけだ。

「ですが、例外はあります。リュミエールにとって好ましくない情報を知ってしまったメンバーは身柄を拘束され、処分されるでしょう」

 中でもセシリアとケインは筆頭だ。交渉の顔役であり、門外不出の手紙まで名指しで受け取っている。


「でも、領主は僕達に手を出せないんじゃないのかい。その為に交渉をして、彼の弱みを握ったんじゃ……」

 金貨での取引を禁止しながら、領主が取引と行っていたとする証文。グレゴリーの苦い顔をケインも良く覚えていた。

「残念ながらあれは保険程度の気休めです。時間稼ぎが目的で、状況の打破には繋がりません」

 しかしそれすら、セシリアは何の役にも立たないと切り捨てる。

「リュミエールがオークを撃退して兵を引き戻したら保険の期限は切れます。偽造金貨が出回っているから禁止令を出した、私達はその容疑者であり、現場を抑える為に金貨の取引を止む無く行った。鑑定の結果偽造金貨と判明したので首謀者を拘束する、なんて言われたら弁明できます?」

 証拠は全て領主の手のひらに。そもそも弁明の機会すら与えられないだろう。

 真実は永遠に闇の中で、グレゴリーが非難されるとすれば何百年後の未来で考古学者が記録を漁った時だ。


「でも、僕達ならリュミエールの軍にだって対抗できるんじゃないかな」

「対抗どころか、その気になれば一方的な虐殺だってできます。私でも数人ならどうにかなりますし、ケインさんなら十数人でも余裕でしょうから。でも、それは戦争をするって事ですよ? 問題はその気になれるかです」

 一人でも殺せば、グレゴリーは自由の翼を放置できなくなる。

 プレイヤーとリュミエール軍で、どちらかが潰れるまで殺し合いをする事になるのだ。

 仮に勝ったとしても、今度は国が放っておきはしないだろう。

 国籍不明の軍隊に領地が制圧されたとなれば幾ら封建制でも見過ごさない。そうなれば全面戦争になる。

「全ての領地と国家を相手に戦い、殺し抜く覚悟と自信がありますか? いずれ寝返る人も出てきます。私がそうならないとも限りません。かつての戦友に剣を向けられる未来を望みますか?」

 決まっている。断じて否だ。


 ケインには悪意が足りないと言ったが、あれは嘘でなくとも、正確ではない。

 悪意が足りないのは、プレイヤー全員だ。

 高度な文明と治安システムに護られた日本人は総じて悪意に耐性がない。学生の多いオンラインゲームユーザーともなれば尚更だ。

 外国で犯罪に巻き込まれやすいどころか、国によってはカモ扱いされるのもうなずける。

 毒には毒を。ハッカー対策にはハッカーが一番有効であるように、悪意の対策にもまた、悪意が有効なのだ。

 騙すと言う概念を知らない人を騙しても、その人は一生騙された事に気付けない。

 現代の価値観や常識に囚われている限り、差し迫っている危険を察するなんてできるはずなかった。


「勿論、私の想定が全て間違っている可能性もあります。私達を消すつもりだったから情報を渡したのではなく、信頼に足ると判断してくれたから渡してくれたのかもしれません」

 希望的観測なら幾らでも述べられる。

 だが、ケインはギルドマスターで、数百人の命運を握っているのだ。希望的観測に逃げるのがどれ程危険な事か察している。

「私達だけでオークを撃退すれば戦力に明確な差があると暗に示せます。手元の戦力で勝てるか怪しいとなれば矛を収めるでしょうけど、出て行けと脅される可能性は十分あります」

 出ていくと啖呵を切ったこともあるが、今更この人数を動かすのは難しい。何処に行こうとも集団は目立ちすぎる。

「そうなれば、私は何かと理由を付けて拘束されると思います。ちょくちょく領主の周辺を嗅ぎまわりましたし、色々と知りすぎましたから」

 自業自得だと自嘲気味に笑う姿を見て、ケインは愕然とした。

 自業自得なはずがない。それは全て、ギルドの為だ。


 前から疑問に思っていた事がある。セシリアはどうして危ない橋を渡るのだろうか。

 元の世界に帰りたいなら、なおさらその身を危険に晒すべきではない。

 治療を担当して屋敷に引き籠っていた方が安全なはずだ。

 でも違ったのだ。危険な橋を渡るたびに足場は崩れるようにして前進を強要した。

 止まればギルドが瓦解する。或いはグレゴリーに付け込まれる。


 交渉に失敗すれば、セシリアの言う通りギルドは厄介事の温床でしかない。

 リュミエールにとって好ましくない情報を知ってしまったメンバーは身柄を拘束されるだろう。

 当人が逃げるのは簡単だが、プレイヤー全員を逃がすのは不可能と言っていい。

 捕まったプレイヤーの死体を交渉材料にされればセシリアに逃げ場はない。

 むしろ最初からそれを見越して、さしたる抵抗もせずに拘束される可能性もある。

 そうなれば後はもう、リュミエールを攻略するしかセシリアを助ける手立てはない。

 

 笑えない話だ。この世界はゲームではない。もしリュミエールと戦う事になれば、それは戦争、ただの殺し合いだ。

 セシリアの犠牲と、全総力を挙げての殺し合い。どちらがプレイヤーに支持されるかは考えるまでもなかった。


 酷い話だ。自由の翼の為に誰よりも奔走した結果、ただ安寧とした日々を過ごす連中よりも重い責任を背負わされる事になり、失敗すればスケープゴートに使い捨てられる。


「逃げ出そうとは、思わなかったのかい?」

「馬鹿言わないでください。また指名手配されろって言うんですか? あんな生活は二度と御免です。私は太陽の下を堂々と歩きたいので」

 もしグレゴリーにセシリアを逃がすつもりがないのなら、自由の翼を利用するだろう。

 例えば幾人かを拘束して、セシリアとの身柄引き渡しを要求されたらどうなるか。

 生憎と大勢から人望があるとは言い難い立場だ。

 一人と多人数。どちらを犠牲にすべきかは明白で、両者から追われる立場など悪夢以外の何物でもない。

 両者を敵に回した段階でセシリアが現実世界へ帰る術も断たれたと言っても良い。

 事実上の死刑宣告を受けるくらいなら危険と分かっていながらも、綱渡りを続ける道を選ぶしかなかった。


「正直な所を言えば、最初は戦死しようかと思ってたんです」

 勿論記録上の話だ。人目を気にする必要がある上にグレゴリーが簡単に信じるとは思えないが、ギルドに居ながら立場をクリアするには最適な手段だ。

 そうしなかった理由は、いや、できなかった理由は単純だろう。

 セシリアが表立って活動できなくなれば、グレゴリーに対抗できなくなる可能性が高い。

「痛いのは嫌いです。怖いのも好きではありません。正直に言えば、行きたくない。でも、私なりに大きな意味があるんです」

「それは、交渉材料が増えるからかい?」

「いいえ。成功すれば、私は"英雄"になれます。自分で言うのも難ですが、こんな美少女が捕まった大勢の村人を開放したとなれば話題性は十分だと思いませんか? いつの時代も人々は英雄譚に弱いものです。権力者に対抗する唯一の手段は今も昔も変わりません。権力者でもおいそれと手が出せないくらい、人々から支持を得る事ができれば、私の立場は誰にも縛られなくなります」






「僕には彼女を止められなかった」

 カイトもリディアも唖然とするしかなかった。英雄になる。荒唐無稽な話だというのに、可能性があるのがまた怖い所だ。

「僕達は彼女のもたらした恩恵に甘えていたんだろうね」

 何かを手に入れるには何かを失う必要がある。世界はそうした等価交換で成り立っていて、何かを無償で得る事はできない。

 セシリアが居なければ横領組との一件が納得できる形で決着する事はなく、グレゴリーとの交渉が今の形で結ばれる事もなかった。

 既にギルドは崩壊していたかもしれないし、グレゴリーに良い様に使われていたかもしれない。

 彼女一人がもたらした恩恵はあまりに大きすぎるが故、誰も意識していなかった。まるで今の状態が当たり前のようにさえ感じている。

 この世界が等価交換で成り立つなら、誰が何を失ったのだろうか。

 

「このギルドが不安定なのは僕の責任だ。設立当初から階級制度を作るべだった。人が人を管理し、管理する側には恩恵を与える。大昔から変わらない体制の基本だよ。でも、僕は個人的な感情でそれをしたくなかった。レベルの低い人達はただでさえ不安に怯えているのに、これ以上鞭を打つような真似はできないと。けど、それは人の上に立つ者の意見じゃない」

 理想ではどうにもならない事があると分かっていたからこそ、ゲームの中では理想を求めた。

 この世界はゲームではないのに、重ねていた自分がいた事を否定できない。

 そのせいで一人のプレイヤーが進退窮まる事態に陥っている。

 これで何もせずにいられるのなら、それはもう人ではない。


「なるほど、オークとの攻防を見せつける様な布陣はその為か」

 ここまで来たらケインにできる事は少ない。思いついた精々が、リュミエール軍の前で縦横無尽に暴れまわるプレイヤーを見せつける事だった。

 圧倒的な戦力差を彼らに理解させればグレゴリーにも情報が伝わる。

 その上で協力的な態度を示せば自由の翼の存在を認めざるを得なくなるかもしれない。少なくとも、傲慢な要求はできないはずだ。

 自由の翼だってリュミエールの腹に食いついている。暴れまわってこの街を破壊されるのはグレゴリーとしても避けたい事態だろう。

「今の僕等にできる事はこれくらいしかない。それで、君たちはどうする? 彼女を止めるかい?」

 ケインの問いに、カイトもリディアも言葉に詰まった。

 今から全力で追いかければどうにか追いつける。でも、何と言って引き止めればいいのか。

 危ないから止めろ? 今まで散々危険な橋を渡らせておいて、今さら言うべき事ではない。

 セシリアが無茶をしなければならなかった理由に気付けなかった時点で最初から負けている。

「カイト。セシリアの事でお願いがあるの。あたしに任せてくれないかな。その代わり、君には準備をして欲しいの」

「……話だけは聞くよ。頷くかは別だけどな」

次話、きっと戦闘のターン

細かい事は置いといて派手に暴れるようです


感想ありがとうございます!

ちょっと時間取って纏めて返信致しますので今しばらくお待ちくださいっ

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