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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
43/83

リュミエール-12-

 1時間ほどかけて必要な情報を集め終わったセシリアは部屋へ戻るなり思わず眉を顰める。

 出ていく時には聞こえていた活発な議論な声はどこへやら、不自然なくらい静かな室内には重苦しい不穏な空気が流れていた。

 大元は確認するまでもなかった。部屋の左右、2つに分かれた集団が互いを因縁の敵とばかりに睨みつけている。

 硬直状態が続いているのは、双方の視線を阻む形で宥めているケインが居るからだろうか。苦い表情を浮かべながらも両者の意見を聞き入れる調停役を背負わされたらしい。

 この状況下でそんな真似ができるのは彼だけだ。興味半分、同情半分の視線を送るとそれに気づいたケインが頼りない苦笑を漏らして見せる。

「何かあったんですね……」

 扉の閉まる音に反応して2つの集団の視線がセシリアへと向けられた後、片方の集団は露骨に顔を顰めた。

 見知らぬ顔が目立つ集団と、見慣れた顔が目立つ集団。我関せずとばかりに離れている面子も幾人かはいるが、基本的には元狩組と元横領組の構図である。

 最初から何もないとは思っていなかった。

 ”戦う”と”戦わされる”では士気がまるで違う。それでなくとも、狩りへの参加に消極的なメンバーは多いのだから。


 まずは事情を知るべきだと判断したセシリアはケインに寄り添うように身を寄せ、何があったのかを伺う事にした。

「すまない、オークに連れ去られた人が居る事を知られてしまってね……」

 ケインの言葉にセシリアが小さく唸った。彼ががどういう人物かはよく分かっている。

 一言で言えば優しい。付け足すなら甘すぎる。それでいて、全てのプレイヤーを助けたいと心の底から思っている根っからの理想家だ。

 突然不可解な世界へ飛び込んだプレイヤーにとって彼の人柄と掲げられた理想は一つの灯台になった。

 けれど、大がかりな組織を理想だけで運用するのは無理がある。

 献身的に努力するプレイヤーがいるように、人目がなければ手を抜くプレイヤーだっている。

 強い力を持つプレイヤーの負担は大きいというのに、それに合う見返りはないといっていい。

 一部のプレイヤーにばかり負担をかけるやり方に少なからず反発は生まれていたし、遂にはそれを利用しようとするプレイヤーまで出てしまった。

 

 理想だけではどうにもならない。

 時には膿を出すべく、或いはメンバーの気を引き締めるべく、見せしめ的な処罰が必要な時もある。

 だがケインにはそれができなかった。

 勿論、重大な違反者が出れば彼は何の躊躇いもなく処罰するだろう。それくらいの覚悟は十分に持ち合わせている。

 が、問題はそこではない。

 彼の存在意義はプレイヤーを集める灯台だ。甘すぎる程優しく、全てのプレイヤーを助けると豪語した理想家。

 そんな彼が、例え非があろうとプレイヤーを切り捨てる選択をすれば、残ったギルドメンバーはどう思うだろうか。

 当然だと頷く物が大半だろう。しかし、中には漠然とした不安を抱える物も出てくる。

 "自分はレベルも低くギルドに貢献できていない。もしかしたら、追放された彼らはいつかの自分なのではないか?"

 疑心暗鬼や不安は集団の中で特に危険な感情といわれる。同じ環境で過ごすと感化されやすく、爆発的に感染するからだ。

 ギルドを守る為にケインには甘すぎるくらい優しい人柄を貫いて貰う必要があった。

 もし何かあっても絶対に自分たちを見捨てるようなことはないだろうと思われなければならなかった。


 捕われの村人を助けたい。ケインの性格なら十分に考えられるし、理想家らしい意見ではある。

 しかし、この世界の住民は赤の他人なのだ。酷い物言いではあるが、プレイヤー以外の誰かは重要ではない。

 生きようが死のうが自分達には直接関係ないのに、どうして危険を承知で助けに行かなければならないのか。そう思うプレイヤーは少なくなかった。

 追い詰められているのは彼らもまた同じなのだ。

 ただでさえ少ない手を関係のない第三者に伸ばすのは愚策と罵られても一定の理はある。


 ケインはこのギルドのマスターで、恩義を感じているプレイヤーも多い。

 助け出したいと言えば流れが傾くだけの影響力を持っている。

 とはいえ、誰もが救出に前向きだとは考えにくい。表向きは取り繕っても水面下では不満を溜めこんでしまう可能性は十分にあった。

 切迫した今の状況ではその小さな不満でさえ命取りになりかねないのだ。

 だからセシリアはいち早くケインに他言無用と釘を刺し、必要であれば自分の口から話す算段だった。

 ケインへ矛先が向くことだけはあってはならない。


 もしケインを発端として対立構造が出来上がったのだとすれば非常にまずい状況とみて良い。

 すまなそうに身を竦めるケインに、目論見が外れたセシリアが咎めるような口調で尋ねる。

「どうして話したんですか」

「いや、僕からは何も話してないよ」

 ところがセシリアの予想に反し、ケインは何も話していなかった。

「へ?」

 思わず間抜けな声を漏らし目を丸くしていたセシリアだったが、次の瞬間には予想が外れたどころか、一方的にケインをを悪者にしてしまった恥ずかしさから顔を赤くして慌てふためく。

「ご、ごめんなさい、てっきり我慢できなくなったのかと思って……。でもそれならどうして」

「彼は前にこの拠点に近い集落を助けた事があるんだ」

 信用のなさに自嘲気味な苦笑を浮かべてから集団の中で特に熱心に救出を訴えている男性へと目配せして見せた。

 誰にも聞こえないくらい小さな声でセシリアが後悔の念を吐き捨てる。

(居なかった時の話だとしても、可能性くらいは考慮するべきだったのに)

 自由の翼がしていたのはただのオーク退治ではない。匿名化された領主の指示で救援要請のあった集落を救助していたのだ。

 もしオークが拠点の場所を下見がてら襲っていたのだとすれば、助けた集落が再び襲われる可能性は十分に考えられる。

 地図の中に書かれた拠点の場所と集落の場所が近ければ再び襲われたのでは、と考えるプレイヤーが居てもおかしくない。

 事実、集落は襲撃を受けたとグレゴリーの報告に書かれているのだから。


「こいつらが先遣隊だとすれば捕虜は必ず本拠地へ送られる。本拠地の方向はオークの目撃情報を時系列で整理して割り出した。この拠点に集められている可能性は高いと思う。頼む、力を貸してくれないか」

 何か思い入れでもあるのか、彼はそう言って周囲に理解を求めていた。

 拠点の攻略に人を回せば本陣の防衛が疎かになるだけでなく、危険度も増す。

 救出に行くべきだ、先に本陣を片づけてから行くべきだ、そもそも依頼されていないだから救助は不要なのではないか。

 様々な意見が入り乱れながら、最終的にはすぐに助けに行くべきという元狩組が多数の一派と、行くとしても本陣の防衛を終えてからという元横領組の一派に分かれ、今に至るというわけだ。


「何度も言うが、すぐに救出に行くべきだ! こうしている瞬間にも何をされているか……!」

 悲愴な表情で訴える男の意見に狩組は概ね賛同しているようだった。

 元から他人の為に危険な討伐を受け入れた面々だ。慌てる事もなく、どうすれば一番合理的かどうか意見を出し合う姿も見られる。

 そこへ強引に話を進めるなとばかりにもう一つの集団が声を張り上げた。

「オークの討伐が優先だろ、それをこなさなきゃ居場所がなくなるかもしれねぇんだ、そんな事をしてる暇なんてないっての」

 この場で一番大事なのは本陣を守る事であり、今は不確定要素を抱え込むべきではない。

 全てが終わった後でなおも余裕があるなら救出に向かえばいいのではないか。

 どちらの意見もあながち間違っていないだけあって、両者の溝が埋まる事はない。

「遠くから魔法で殲滅すれば人数はそれ程必要ないだろ、余剰の人員を回せば……」

「だからその余剰が皮算用なんだよ。戦力を割いて失敗したらお前は責任取れるわけ? 命かけるのに余裕なんてある訳ないだろ。無責任な事ばっか言ってんじぇねぇよ」

 プレイヤーを優先するなら全軍で事に当たるべきだという彼の意見に背後のプレイヤーも頷いた。

 望まぬ戦場に立たされるだけでも厄介事だと言うのに、リスクを上げるような真似はしたくない。

 保守的ではあったが正論でもある。誰だって自分の命は大切だろう。

 効果的な反論が見つからないのか、救出を訴えていた男は悔しそうに拳を握りしめていた。その瞳には憎悪にも似た感情が浮かんでさえいる。


「……語るのかよ」

 うわごとのような男の言葉は相手の耳に届かなかったが、セシリアの耳には届いていた。

 まずいと思った時にはもう遅い。聞き返すまでもなく、彼は再び同じ言葉を、先ほどよりもはっきりと口にした。

「横領してた奴らが責任を語るのかよ」

「今はそれ、関係ないだろ」

 場の空気が先ほどまでとは比べ物にならない程険悪な色に変わる。

 流石にこの話題はまずいと思ったのか近場に居た元狩組が止めに入るも、既にヒートアップした男には届かない。

「いいや、関係あるね。どうせお前らは自分達さえ良ければそれでいいんだろ」

「お前の自己満足の為に俺等を利用するなって言ってんだよ。大体何でそんなに必死なんだ?」

 ささくれ立った言葉に救出を主張する男の表情が固まる。

 先程見せた悲愴な表情といい、何か事情があるのは誰が見ても明らかだ。

 この世界とゲームの世界の変化を一番理解しているのは狩組に他ならない。

 モンスターの行動パターン、システムアシストのない戦闘や変わり果てたフィールド。

 仮に救出へ向かうとしても安全の為に幾度か偵察を行うのが定石だ。

 無理をしてまで急ぐ理由に一切触れていないのも違和感が残る。

「……世話になった人がいるんだ」

 以前に集落を助けたなら知り合いができても不思議ではない。

 見知った誰かが浚われたとなれば心中穏やかでないのも得心がいった。

 

「あぁ、なるほど。大方、そん時に女から感謝でもされて舞い上がったんだろ? 現実じゃ接点なんてないもんな。現実だったらオークだと思われて逃げ出されただろうしよ、作り物の身体でよかったな」

 知り合いがいるから助けたい。でもそれは個人のエゴで、ギルドという集団を巻き込むにはいささか軽い。

 言い様は他にもあったのだろうが、先に煽られたのをまだ根に持っているのかもしれない。

 もはや話し合いの空気はなかった。

 男の顔が激情に歪み、流れるような動作で剣を抜き放つ。切先は相手の首筋へと突きつけられていた。

 強硬的な態度に2人とも引けなくなったのだろう。危機的状況にありながらも軽口は止まない。

「図星かよ。自分達さえ良ければそれでいいのはどっちだ? 今頃オークの咥えこんで楽しんでるんじゃね? お前より豚の方がマシだろ」

 男の腕に力が籠る。けれど、刃が首筋を掻き切るより早く男の身体は猛烈な勢いで部屋の壁へと叩きつけられていた。


「いい加減にしてください、ギルド内の暴力は追放だって知ってますよね?」

 セシリアの呆れと軽蔑が混ざった冷ややかな声に静観していられなくなった数人の身体がぴたりと静止する。

 その中で剣を突きつけられていた男だけは楽しげにせせら笑っていた。

「キレて斬りかかってくるなんて頭おかしいんじゃねぇの。こりゃ追放処分が妥当だよな」

 プレイヤーに向けて剣を抜くのはいきすぎた行為だが、原因の一端は彼にもある。この場の誰もが追放処分が妥当だとは思っていないだろう。

「分かりました。そうしましょう」

 だからこそ、何の躊躇いもなく頷いて見せたセシリアにケインや狩組はおろか、要求した当人までもが目を剥いた。

「セシリアっ」

 焦燥を露わにケインがセシリアの腕を掴んだ。

 今ここで追放者を出せばギルド内に混乱が生じるのは誰の目から見ても明らかだ。

 剣を抜いた事に対する何らかの処分が必要だとしても追放は重すぎる。

「大丈夫ですよ」

 勿論、そんな事セシリアも十分に分かっている。

 耳元でケインにしか聞こえないように囁くと、挑発した本人へと向き直った。

「ですが、貴方も追放です。プレイヤーを傷つける行為は何も暴力だけとは限らないですよね。途中まではまぁ納得できる物もありましたけど、最後のあれは逸脱してます。貴方が彼の追放を要求するなら私は貴方の追放を要求しますが、どうしますか? それでも彼を追放したいですか?」

 思わぬ結果に愉悦の笑みを浮かべていた彼の表情が一転、頭から冷水を浴びせられたかのように硬直した。

「……冗談だよ。喧嘩するなら武器を持ち出すなって教育しとけ」

 吐き捨てるようにそう告げると近くの机に腰を下ろす。当事者同士の熱が引いた事で嫌な空気も多少は和らいだが、一度作られてしまった対立構造は後を引いている。

 今も2つの集団は相容れようとせず、小さな声で何事かを囁き合っていたが、有意義な内容とは思えない。


 動機が何であれ、狩組が見せた誰かを助けたいと言う気持ちは間違っていない。

 けれど横領組が言っていたように、正義感に突き動かされて他のプレイヤーを危険に晒してしまうのは本末転倒だ。

 2人の意見はどちらも正しいが故に決着はつかない。そこじぇ今までの確執や感情が連なって揉め事に発展してしまう。

「聞いてください」

 僅か数瞬の内に何をすれば彼らが纏まってくれるかを考える。攫われた人達の救出はセシリアにとって既定路線だ。

 誰が何と言おうと、どんな事情があろうとなさねばならない。

 この場の騒動の行方に誰もが関心を持っている今なら利用する事だって出来る筈。

「連れ去られた人を助けます」

 狩組の一人が言いだしてくれたおかげで彼らの協力は得やすい。幾人かがさも当然だと頷く。

 しかし横領組はセシリアの言葉にあからさまな不快感を示していた。苛立ちを隠しもせず剣呑な雰囲気を滲ませて言う。

「待てよ、そいつらの自己満足に付き合う気は……」

「良いから黙って聞いてください。人数の分散によるリスクについては私も同意見です。ですから、救出は5、6人の少人数で行います」

「なっ……」

「出来る筈がないだろう!」

 だが、彼の言葉はセシリアによって遮られるのみならず、絶句へと変えられた。

 同時に狩組から困惑の声が上がる。いかにオークが大掛かりな侵攻の準備をしているからと言っても、最低限の防衛人数は残しているだろう。

 僅か5、6人で地形に守られた防衛網を破るなど、高レベルのプレイヤーを集めても厳しいと言わざるを得ない。

 けれどセシリアの答えは明朗だった。

「できます。砦は外から攻めるから硬いんです。なら、攻め方を変えればいいと思いませんか?」

 その物言いに誰もがぽかんと口を開ける。まさか空から攻めるとでも言うのだろうか。

 しかしこの世界の魔法に飛行できる物はないし、空を飛べる幻獣も持ち合わせていない。

「聞こうじゃないか。どうやってそんな少人数で攻め込むんだ?」

「簡単です。私が拠点内部の位置情報を記録して戻ってきます。どんなに堅牢な要塞だろうと、内部から破壊されたらひとたまりもないですから」




 無理難題を解決する方法が見つけられたのは自由の翼が数々の幸運に恵まれていたからに他ならない。

 グレゴリーが情報を包み隠さず教えてくれた事。セシリアが居た事。オークに囚われていたプレイヤーを救助できた事。

 どれか一つが欠けてしまっていたなら、構想まで漕ぎつける事さえ難しかった筈だ。

 敵陣の中へ無傷のまま兵力を転送する手段として真っ先に思い浮かぶのはポータルゲートだろう。

 しかしこのスキルは転送先として記録したい場所に術者が赴き、位置情報を記録する特殊な魔法を発動させる必要がある。

 オークの拠点に兵力を送り込みたいなら、最低でも1度は拠点内部へと忍び込む必要があった。

 いくらセシリアが高レベルでも、万全の守りを固めている拠点へ単身忍び込むなんて真似が出来る筈もない。

 だからこそ古い坑道に警備のない抜け道がある可能性を検討していたのだが、グレゴリーから否定されたのでは望み薄だろう。

 それでも諦めきれず、何か別の方法がないか必死に頭を働かせ、鏡に映った自分を見てふと思い付いたのだ。

 押してダメなら引いてみればいい。視点を変えるのだ。


 "忍び込むのが無理なら、案内して貰えばいい"。


 一つ目の幸運はグレゴリーが情報を包み隠さず教えてくれた事だろう。

 の報告書には確認されているオークの生態系についても事細かに書かれていた。

 オークはほぼ全てが雄で構成されている特殊な生態系を築いている。話によると雌の比率は1%にも満たないのだそうだ。

 本来なら著しく偏った性比率では繁殖行為さえままならず、種としては絶滅の道を辿るしかない。

 けれどどういう訳か、オークには種族を問わず繁殖できる能力が備わっていた。

 母体を他種族から補充できる彼らは雌の個体を作る意味が薄く、進化の過程で最適化され、戦闘に向いている雄の個体ばかりが生まれるようになったのだろう。

 中でも人間はオークにとって好ましい種族の一つで、随分と昔から熾烈な争いを続けている。

 

 異種族との交配が可能なオークは例え動物相手でも自分の血を引き継ぐ子を作る事ができる。

 とはいえ、身体の元となる卵子は母体の種族に左右されてしまい、動物と交配しても生まれてくるオークはまともな形にならないどころか異常な変異や狂暴化が進み、本能のままに暴れ散らす害獣になってしまう。

 同じ人型をしている上に腕力も弱い人間はオークにとって格好の標的だった。


 特に、人には知性と魔力がある。

 大昔のオークは人の言語を理解する事もなく、生活水準も動物のそれとよく似ていた。

 それがいつからか、少しずつ人の血を引き込むことによって、独自の言語やオーク文明とも呼ぶべき独自文化を発展させていった。

 洞穴に住んでいた彼らは住宅を作るようになり、人の襲い方も考えなしに突撃する獣のそれから奇襲や囮を使った戦略を生み出すに至り、被害は年々広がるばかりだった。

 何より、魔力を持つ個体が出現し始めたのが大きい。

 本来、オークは魔力を持たない種族だ。故に呪われた種族と呼ばれる事さえある。精霊による祝福を受けられない彼らは世界から疎まれているのだと。

 魔力は女性に強く発現しやすい。

 男性は肉体的な強さを、女性は精神的な強さを持つからだ。

 だがオークは進化の過程で肉体的に劣る女性を捨てた。これでは魔力が自然に宿ろう筈もない。

 だからオークは魔力の持つ個体を本能的に求めるのだ。

 長年の進化で魔力が宿りにくくなってはいるが、強い魔力を持つ母体とであれば、生まれてくる子に魔力が宿る可能性はある。

 そうして魔力を持って生まれてきた個体は他のオークよりも知能が高く、幾つかの魔法さえ習得して、最終的にはジェネラルオークと呼ばれる、群れを統率するリーダーへと成長するのだそうだ。

 魔力を持つセシリアなら十分に餌の役目を果たせる。



 二つ目の幸運はセシリアがこのギルドに居た事だろう。

 拠点内部の位置情報が欲しいなら、忍び込むよりわざと捕まった方がずっと楽だ。

 オークは魔力を持つ母体を本能的に求めるが故に、大人しくしていれば出会い頭に殺される可能性は低い。

 問題は一体誰が実行するのか、だ。

 位置情報の記録は当然スキルを持っているプレイヤーしか行えない。

 このギルドで該当するのはたった4人だけ。当然男性も除外されるので実際には3人だ。

 一人は前線へ出るのを怖がっているし、もう一人はオークから救出されたプレイヤーだ。

 そもそもオークが女性を連れ去る理由は繁殖に使うからであって、何が起こるか分からないのにたった一人で位置情報を取ってきて欲しいなどと頼めるはずもない。

 けれど、セシリアだけは唯一の例外だった。

 元の世界に帰る為なら手段を問わない。

 これまでリスクの一番低い安全策ばかりを取っていたのは他のプレイヤーが枷の役割を果たしているからだ。

 もしリスクの高い選択をして犠牲を出してしまえば自由の翼が大きく揺らぎ、長い目で見れば損になる。

 けれど自分一人なら枷があろうはずもない。例え失敗したとしても被害を被るのは自分だけなのだから。

 

 三つ目の幸運はオークに囚われていたプレイヤーを救助できた事だろう。

 セシリアが会議を抜けたのは彼女たちに話を聞きたいが為だった。

 捕まった後で何が起こったのか知っていれば対策を立てる事だってできる。




「ダメだ! 危険過ぎる!」

 セシリアが説明を終えるのも待たずにケインはいち早く異議を唱えた。

 単身オークに捕まり拠点へ連行されたところで位置情報を記録し帰還する。

 入手した情報を基に作戦を考え、捕らわれた人達を救出すれば万事解決というのがセシリアの考案した作戦だ。

 外ばかり警戒しているオークは内部から湧いて出た侵入者に後手を取らざるを得ない。面倒な人質の輸送もポータルゲートで一発だ。

 作戦自体は完璧と言うほかない。人数を集めて正面から拠点を落とすよりも少人数で実行可能な上、成功率も高い。……ただし、位置情報を記録する人物の安全は度外視されているが。

 本来なら人数で分散されるべきリスクをセシリア一人が抱え込む。

 平常時ならともかく、守りを固めている時に捕虜を連れ込むのか疑問が残る。最悪、見つかった時点で殺される可能性もあった。

 仮に目論見通り本拠地へ連行されたとしても、行きつく先はオークの群れの只中なのだ。

 何かあっても助けは求められないし、救援を出せるのは早くとも数日後、オークの本体を叩き終わってからになる。

 孤立無援の状態で支援職であるセシリアに出来る事は少ない。

 万が一の際にはポータルゲートで離脱すればいいとセシリアは言ったが、ケインには疑わしく思えて仕方なかった。

 ポータルゲートを開くには障害物のない空間が必要になる。自分や誰かの足元には開けないのだ。勿論、誰かにはオークも該当する。

 隙間なく囲まれてしまえば脱出は絶望的。敵陣の只中に捕らわれに行くのだから十分にあり得る展開だ。

 まともな神経をしていれば、こんな危険な橋を渡るなんてどうかしているとしか思えない。

 だと言うのに当のセシリアは酷く淡々とこの作戦の有効性を説き続けていた。


 "私は元の世界に帰りたい。いいえ、帰らないといけない"


 不意に、いつか見たセシリアの横顔がケインの脳裏へと浮かび上がる。

 月の光によって浮かび上がったセシリアは酷く真剣でありながら、泣き出す寸前の子どもの様にも見えた。

 ケインには到底及ばない覚悟がセシリアにはある。目的の為なら命だって惜しくないのかもしれない。

 けれどケインはそんなセシリアの行動に違和感を感じ続けていた。

 帰りたいと願う彼女。帰る為にはどんな手段も厭わない彼女。彼女の行動は一貫して矛盾している。

 そんな彼女がケインの意見を聞くはずもなかった。


「流石にそれは危険過ぎるだろ。今高レベルプレイヤーから犠牲が出りゃ少なくない混乱が生まれるぞ」

「助けたい気持ちは分かるけどさ、無理なこともあるんだって」

 幾人かのプレイヤーはセシリアの身を案じてか、困惑した様子で止めにかかる。

 けれど一度決めた事をセシリアが翻すとは思えない。案の定、彼女はどこか嘲るような口調で彼らを煽ってみせた。

「結局貴方達も自分達さえ良ければそれでいいんですね。本当は私が位置情報を記録して帰ってくるのが怖いだけでしょう。見知らぬ誰かを助ける為に拠点へ攻め入る事になるんですから。見知らぬケインさんに助けて貰いながら自分達は傍観なんて随分といい御身分ですね」

 ケインにはそれが彼女の本音でないとすぐに分かったが、大多数の人間には今まで散々プレイヤーを騙しておきながら正義感ぶるなとしか思えない筈だ。

 案の定、心配した相手に辛辣な言葉を返され、勝手にしろとばかりに悪態をつく。

 いつかの手口と同じだ。他人を煽って自分の立場を追い込み、自分の目的を叶える。

 セシリアの危険というリスクさえ省みなければ、この作戦は狩組にとっても横領組にとっても最良の策だ。

 もし失敗しても犠牲はセシリア一人だけで済み、他のプレイヤーには不利益が全くない。

 それどころか、救出に向かうという狩組の意見を取り入れながらも、心配して声を掛けた彼らを辛辣な言葉であしらうことによって横領組の自尊心さえ満たしている。

 渦巻いていた不満はゆっくりと矛先を変えつつあった。


 高レベルの支援だからって調子に乗ってる、養殖で育ったから身の程を知らない、ケインが優しいからって付け込んでる。

 囁かれる言葉の大部分はセシリアに対する非難だったが、当の本人は聞こえているにも拘らず涼しい顔をしている。そのせいで囁きはより過激な物へと変わったが、気にする素振りはない。

 それを見てケインはようやくセシリアの目論見に気付いたのだろう。

 険しい顔で何事かを口にしようとするが、見越していたセシリアが発動させたサイレンスによって声を封じられる。

「邪魔はしないでくださいね」

 インベントリから状態異常用の回復薬を取り出そうとした手がセシリアによって掴まれた。

 ―君はどうして、いつもそうやって―

 声にならずとも、唇の動きだけで何を言おうとしているのか伝わったのだろう。

 一瞬だけ申し訳なさそうに顔を伏せる。

「大丈夫です」

 けれど、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていた。

「私の目標は元の世界に帰ることなんですから、ちゃんと作戦は練ってあります。それとも、この私が信じられませんか?」

 こうなった彼女には何を言っても無駄だ。ケインはそれをもう十分すぎる程思い知らされている。

 結局深い溜息と共に彼が折れるしかなかった。

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