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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
39/83

リュミエール-8-

 朝食後、参加するプレイヤーは中庭に一度集まってから街を出て完全武装を行う。

 久しく着けていなかった鎧や武器の感触に懐かしい気持ちを覚えながら、ずしりとした重みを身体に馴染ませていく。

 見た目は10代後半から20代前半の、さして鍛えられているとは思えないプレイヤーが見るからに重そうな鎧や武器を何の抵抗も感じさせずに扱うのを見て、フィアは呆然自失と言った様子だった。

 過密スケジュールはそれこそ分単位で管理されており、前後左右を狩組に囲まれた一行はそのまま目的地に向けて2時間近くも走り続ける事になる。

 前衛なら軽装でも十数キロ、壁役の前衛なら数十キロにも及ぶ荷重を背負ってのマラソンは、リアルだったなら数分も持たずに潰れてしまう筈だ。

 だが、彼らの身に付けている装備はゲーム内で重量やステータス値のペナルティを受けないように組み合わされている。

 それを引き継いで形作られているアバターの身体は重いはずの荷重を物ともせず、ハイペースでの行進を続けていた。

 フィアは装備を殆ど持っていない軽装という事もあって息も絶え絶えにどうにか付いていけたが、まだ幼いリリーは十分と持たず、力を有り余らせている親方に背負われている。

 リュミエールの軍がこの光景を目の当たりにしたらよく訓練されていると感心するに違いない。

 が、こんなものはまだ序の口に過ぎなかった。


 目的地に着いた彼らはまず野営の準備に取り掛かる。

 事前に作っておいた班でテントを張り、食事を作る為のかまどを作り、近くの清流から水を汲んで遅めの昼食を取る。

 流石に慣れておらずテキパキとはいかなかったが、陽射しの一番辛い時間帯を超える頃には幾つものテントがズラリと並ぶ壮観な景色を作り出していた。

 いかにプレイヤーと言えども雨や夜風に晒され続けるのは危険を伴うし、変な虫に刺されないとも限らない。出来るだけ安全な環境で眠れるようにする配慮だ。


 野営の準備が整うと、今度はスキルの試射に移る。

 街の中に引きこもっていたプレイヤーはスキルを使う機会がなかった為、中には使ったことのない人さえ居る。

 ゲームと同じようにスキルを使える事、ゲームと違うスキルの感覚を知るのに一番手っ取り早いのは試してみる事だ。

 まずは魔法職だけが野営地から少しだけ移動し、何もない平原の只中へ一直線になって並ぶ。

 開始の合図と共に思い思いにスキルを連射する様子は筆舌に尽くしがたい。


 巨大な球状の炎が炸裂すると周辺に生えていた草を土ごと抉り取り撒き散らす。

 弾け飛んだ炎の残滓が、平原に生え揃っていた草を焦がし火の手が上がったかと思えば極低温のブリザードが吹き荒れ、辺り一面を永久凍土も真っ青な様相に塗り替えた。

 完全に氷塊と化した大地は、しかし次の瞬間に盛大な音を立てながら砕け、地中から幾つもの槍を空へ生やす。

 そんな高威力の魔法が次から次へと何もない空間に向かって遠慮の欠片もなく降り注いでいるのだ。

 地盤は砕け、草は塵と化し、巻き上がった土くれで視界は茶色がかっている。

 高レベルの魔法スキルと言うだけでも圧倒的な破壊力を持つと言うのに、そこへ幾重にも強化を施された自慢のレア装備が後押しと言うには強すぎる補助までしている。

 鳴り止まない爆音と轟音。大気どころか地面さえぐらぐらと揺らす彼らは歩く天変地異と称しても差し支えないだろう。

 リュミエールの軍がこの光景を目の当たりにしたら泡を食って倒れるに間違いない。

 見渡す限りの穏やかな平原だった場所はたった十数分で黒一色のクレーターに生まれ変わってしまった。そこに再び草木が生えるのか心配になる程の荒れ様だ。

 これが、たった7人の魔法職が自分の持つスキルを思い思いに試し打ちした結果である。念入りに絨毯爆撃を繰り返してもこうはなるまい。

 初めて大規模な魔法を使ったプレイヤーも、まさかこれほどとは思っていなかったのだろう。ゲーム内では地形は破壊不能オブジェクトだったから地形がこんな風に抉れる事はなかった。目の前の光景にただ目を丸くしている。

 後ろで様子を見ていたプレイヤーからも「やべぇ」「すげぇ」「ありえねぇ」と驚愕の声が幾つも漏れ聞こえてきた。



 こうなると自分も試してみたいと思うのが人の性だ。

 とはいえ、何もない平地に魔法を落とせば威力を確認できる魔法職と違って、物理職、特に前衛は的がなければ試しにくい。

 そこで役立つのがキャンプ地点から少し移動した先にある崖である。

 岩肌は相当固く、本来なら剣で斬りかかっても刃が欠けるか折れるのがオチだ。そもそも普通の感性を持ち合われていれば岩相手に剣を振るおうと思わないだろう。

 だが前衛のスキルを確認するのには岩壁であってもやや心許ない。

 十分な間隔をあけたプレイヤーが岩壁に沿って並び、それぞれの獲物を構える。

 魔法職の武器は杖ばかりだったのに対し、前衛のバリエーションは大分豊富だ。

 短剣、長剣、両手剣、斧、鎚、フレイルといった棘付きの鈍器から弓なんて物さえある。


 例えば短剣。一撃の威力は低くリーチも短いが攻撃速度はとにかく早く、相手に密着する事で長剣や大鎚といった間合いと必要とする武器に対して有利に働く。

 特にAgiが高く、短剣系の武器を使用したときに働く補助パッシブスキルの多いシーフ系列と相性がよく、その上位職である忍者の彼は数度身体の調子を確かめるべく跳ねるように足踏みした後、暴風の様な加速を得ると壁に向かって切りかかった。

 忍者は他職と比べてアクティブスキルの数が少なく、派手なスキルで敵を纏めてなぎ倒したり、強力な一撃で仕留めたりする事ができない。

 その代わり、攻撃力や攻撃速度を何もせずとも増加させるパッシブスキルが数多く用意されていた。

 目で追うのが困難なほど手元を翻し、数秒の内に数十の斬撃を見舞う。岩壁からは剣が岩肌を削る鈍い音が絶え間なく響き、砕かれた破片がそこら中に撒き散らされていった。

 だというのに、手にした短剣刃こぼれ一つなく、それどころか傷の一つさえ付いていなかった。


 例えば長剣。

 刃の届かない中距離から剣を大降りに振ったかと思えば直後に疾駆し岩壁へと迫る。

 ひときわ大きな轟音によって頑丈なはずの岩肌の一部分が吹き飛んだ。これがモンスター相手なら耐えたとしても体勢を立て直すのに暫し時間を要するだろう。

 このスキルの狙いはそれだ。

 剣の届かない中距離射程を持つ敵に対して有効な、衝撃波による隙を作った所で間合いに滑り込む補助スキルだが、レアドロップを幾重にも強化した愛用の獲物によって、雑魚相手なら一撃で消し飛ばせるほどの威力になっている。

 音もなく間合いに滑り込むと同時に足へ、手へ、腰へ、体内を流れる力を注ぎ込む。

 ゲームと同じだと彼は感じた。あの時はスキル名を宣言するだけでよかったのに対し、ここではスキル名を宣言した後に感じた動作をなぞる必要はあるが、思ったより違和感は少ない。

 体内の力、ゲームで言うMPを使い局所的に強化された肉体は本来のアバターが出せる速度の一つ上を突き進む。

 左からの水平斬り、やや降ろして左上への逆袈裟切り、そのまま首を狙う水平斬り、最後に相手を吹き飛ばす渾身の突き。

 剣を振る度に力を流し込む事で斬撃を強化、最後の1撃だけは剣を包み込むように力を展開し、刺すのではなく更なる追撃を行う為に敵を吹き飛ばす。

 騎士系列直剣スキル【ストライクフォース】。

 斬撃の度に火花を散らした壁は拳大の破片をぼろぼろと撒き散らし、強烈な突きによって放射線状にひび割れた。


 例えば、両手剣。

 足へと注ぎ込んだ力は地面を力強く蹴り上げ、愚直なまでの、しかし恐ろしい勢いを持つ刺突を岩壁へ叩きこむ。

 一際大きな轟音が鳴り響いたかと思えば、両手にしっかりと握られた両手剣はその大部分を岩壁に食い込ませていた。

 当然、プレイヤーの両手にもそれ相応の衝撃が跳ね戻ってくるが、彼の持つステータスは荒れ狂わんばかりの余波を力で以って無理矢理捻じ伏せていた。

 それだけでも圧倒的な威力を持つ一撃だったが、まだ彼の攻撃が終わったわけではない。

 今一度しっかりと柄を握りこむと体内を巡っている力を爆発的な勢いで流し込む。

 次の瞬間、肥大化したエネルギーは刀身に収まりきらず、岩壁の中で爆散。のめり込んでいた刀身は辺りの岩を纏めて吹き飛ばすと言う極めて乱暴な方法で傷一つなく抜き取られた。

 やや遅れて余波が岸壁を余すことなく伝わり、大小さまざまな亀裂が広範囲に渡ってひた走る。

 攻撃の感覚は遅いものの、攻撃対象とその周囲を纏めて薙ぎ払う事のできる騎士系列両手剣スキル【ブレイジングクラッシュ】。

 彼が岩壁から離れた瞬間、穿たれた大穴を中心に壁の一部が崩れ落ちた。


 特に異質なのは弓だろうか。

 後衛職は何も魔法使いだけではない。弓を使った物理攻撃を得意とする職業も居る。それがアーチャーの上位職でもあるホークだ。

 常識的に考えれば、人の引く弓矢が頑強な岩壁を崩せるとは思えない。だと言うのに、遠方から放たれた矢は鏃を完璧に岩肌へと埋め込んでいた。

 強化に強化を重ねた弓とプレイヤーの力が籠った矢は、極まれば岩どころか鋼鉄の板すら撃ち貫く。

 弓職の一番怖い所はその精密さ。通常では考えられない速度で立て続けに放たれる矢は狙いを違う事などなく、感知不可能な距離からピンポイントで敵の弱点や急所を抉り取る。

 そして、彼らは何もただの矢を射るだけの存在ではない。

 赤い鏃のついた矢を取り出すと何気なく放ち、壁に突き刺さる。

 矢に炎の属性を篭めて打ち出し、接触と共にその威力を周囲に撒き散らす【フレイムショット】。

 膨大な熱量が鏃から放たれ、辺り一面を真っ黒に焼き焦がした。



 五感を制限されたゲームの中とは比べ物にならない圧倒的な臨場感が彼らを包み込む。

 落ち着いた頃には誰もが目の前の惨状に口を開けるしかなかった。それを自分たちが引き起こしたと言う実感が沸いてこない。

「あれ、俺らってもしかしてそこそこ強いんじゃね?」

 誰かがぽつりと漏らした。ゲームで鍛えた高いステータスを引き継いでいる彼らがもし弱かったなら、この世界の人間はもっと慎ましやかに生きるしかなかっただろう。

 街の中で引きこもっている限り、そこにあるのはリアルと大して変わらない日常だ。

 スキルや、ステータスの恩恵は命がけの戦闘にこそ発揮されるものであって、日常で使う機会は滅多にない。


「その通り、君達は強い」


 誰かが力強い声色でそれを肯定した。

 体力や筋力、反射神経や瞬発力は誰しも鍛えればそれなりの境地に辿り付ける。

 フィアがゲーム内でそれなりの筋力を必要としたオーシャンズブレードを、日々の農耕作業で鍛えた筋力によって満たせていたように、兵士として厳しい訓練に励んでいる兵の中にはレベル7~80のプレイヤーに匹敵する身体能力を有している者も居る筈だ。

 だからプレイヤーの一番のアドバンテージはステータスではない。装備とスキルの方にある。


 ゲーム内でNPC産の武器や防具を使うのは最序盤の初心者の時だけだ。

 廃人がひっきりなしに上位の敵を倒しまくるので必然的にレア装備が日々産出され、サーバー内に行き渡る。

 実装されたばかりの現最強装備は流石に値が張るが、数世代前の元最強装備なら割と手頃な値段で手に入るものなのだ。

 その手頃な装備でさえ、この世界の基準からすれば滅多にお目にかかることのない業物だ。

 攻撃力だけで見ればフィアに渡したオーシャンズブレードをも凌ぐ強力な武器がごろごろしている。これを異常と言わず何というのか。

 勿論強力なのは武器だけではない。

 プレイヤーが身に着けている防具は防御力が高いだけでなく、特殊な効果を持っているものが多い。

 例えばステータスを補強してくれたり、属性に対する耐性が高かったり。

 鍛冶屋で量産される武具とは到底比べ物にならない、まさに特別品なのだ。


 次にスキルのレベルが違う。

 この世界ではレベルが上がって得たスキルポイントを振れば劇的に効果が上昇する、何て都合の良いシステムはない。

 同じスキルを何千、何万と繰り返し、無駄を省きながら研ぎ澄ます事で、ゆっくりと鍛え上げていく物なのだ。

 だがプレイヤーの使うスキルはゲーム内のレベルを引き継いでいる。本来なら数年の訓練を積んでも辿り着けるかわからない、そんな境地に始めから足を踏み入れている。


「スキルの強さは実感してもらえたかな。でも、君達の能力はそれだけじゃない。モンスターと対峙するのは怖いかもしれないけど、落ち着けば攻撃を避ける事だって難しくないんだ。次はそれを実感してもらうよ。一度キャンプへ戻ろうか」


 スキルの次はステータスの恩恵を実感してもらう必要がある。その為には実際に戦ってみるのが手っ取り早い。

 ゲーム時のステータスを申告して貰い、似た様な型やステータス同士で模擬戦を行う。

 武器はマスタースミス特製の、木で出来た殺傷能力の低い物。その上でセシリアが両者に【リメス】を展開し、攻撃が到達した瞬間に負けが決まるルールだ。

 当てられても痛みがないと知った彼らは軽いウォーミングアップの後、特に恐れる事もなく遊び感覚で獲物をぶつけ合った、のだが。

 やや大振りな斜め上段からの袈裟切りが視界の端に映った瞬間に素早く立ち位置を変え、外側へ弾く様に剣を合わせる事でさしたる抵抗もなく受け流す。

 だが生まれた隙はほんの僅かで剣を振るには足りていない。ならばと流れるように足を滑らせ右肩を押し出すようにぶつける。

 ところが剣を受け流された段階で足腰に力を溜めていたのを見抜かれていたらしい。驚異的な速度で身体を引かれショルダータックルは見事に回避された。

 どちらも無防備を晒しているが攻撃に転じれるほどの余裕はなく、示し合わせたかのように距離を取り、直後、直剣を構え裂帛の気合と共に切りかかる。

 しかし鋭い突きは呆気なく払われ、全力の薙ぎは的確に受け流された。

 かといってそう簡単に受ける事も防げぐ事もできない、体重を上乗せした上段からの一撃はモーションが長すぎ、するりとかわされてしまう。

 勝負はひたすらに平行線だった。Agi先行型の2人は互いの攻撃を完璧に避けられる反面、Dexが足りず今一歩の所で追いつけない。

 ギャラリーからは互いに譲らない見事な剣舞に感嘆の声が上がるが、遊びから本気に移行しつつある彼らには届いていなかった。

 同じAgi型として当てられるわけにはいかない。もはやVRMMOだろうと本物の世界だろうとどうでもいい。

 ゲーマーとしての意地がぶつかり合い、木で出来た直剣の奏でる鈍い音は次第に間隔を狭める。

 やがてただ斬り合っているだけでは勝ち目はないと判断し、2人の行動はトリッキーさを帯び始めた。

 わざと隙を晒す事で相手の攻撃を誘い、ギリギリのところをかわすと同時に反撃する。

 しかし、相手はわざと誘いに乗って軽い一撃を振るい、予め予見していた反撃を避けた上でカウンターを仕掛けて見せた。

 ところが振るわれた攻撃が本気ではないと見抜かれたことによって、完璧なタイミングで打ち出した筈のカウンターすら寸での所で回避が間に合ってしまう。

 再び始まる激しい応酬。再度強く打ち合って距離を取った後、2人はどこか楽しげに睨み合った。

 PvPで楽しいのも格ゲーで楽しいのも、いつだって同ステ、同キャラの対決だ。なぜなら、キャラ性能という言い訳が混ざりようのない、絶対的な勝者を明確に決める事が出来るから。

 こうなったら多少強引でも隙を作るしかない。合わせ鏡のように、2人が渾身の力を篭めて直剣を振るった。

 刹那、乾いた音が辺り一面に響き渡る。同時に【リメス】が青い燐光を放ち、決着を告げた。

 結果は勝者なし。同時に敗者もなし。2人の本気の一撃を受け止めるのに木製の直剣では耐久力が足りなかったようだ。

 真ん中から折れ飛んだ切っ先は互いのリメスをほぼ同時に叩き、今は地面に転がっている。


「どうだい? 確かに慣性や感触はゲームよりずっとリアルだから始めの内は戸惑うかもしれないけど、ちゃんと戦えるだろう? そのスピードに付いて来れる敵なんて、ダンジョンの深くに潜らない限りは居ないよ」


 引き分けという何とも中途半端な結論に歯噛みしていた2人へそう告げる。

 試合をしていた2人はその時になってようやく本来の目的を思い出したのだろう。何の苦もなくやってのけた熾烈な争いを今更反芻し、人知を超えた圧倒的な感覚に打ち震えた。

「あれ、俺らってもしかしてかなり強いんじゃね?」

 その通りだ。だから案ずる必要はないのだと狩組はもう一度強い口調で言い切った。


 プレイヤーの大部分は街に引きこもったせいで、外の世界は危険に満ち溢れていると必要以上に恐れている節がある。

 だからまずは自分の力を知ってもらう事で自信を持ってもらう。

 猿も煽てれば樹に登る……かはともかく、この訓練の一番の目的はそこにある。

 目的はほぼ果たせたといってよかった。当初見せていた不安と緊張の面持ちは薄れて、今は気ままにスキルを試してみたり、中にはチームを組んで多数との模擬戦をしているプレイヤーさえ居た。




 陽が暮れて暗くなると危険なので訓練終了の合図と共に夕食の準備が始まる。

 本来なら自分達で料理を作るべきなのかもしれないが、今回の訓練ではとにかく時間が限られている為、リュミエールで用意してもらった食事をインベントリに入れて運んできていた。

 スープを温め直したりはしたが、実質的な作業は殆どないと言っていい。

 好きな料理をトレーに移し、セシリア達はいつも通り4人で固まって食事を取っていた。

「合席してもいいかな」

 そこへ突然、ケインと見慣れない数人が一緒になってやってくる。

「いいですけど……」

 断る理由も見つからず頷いた所で見慣れない数人が誰なのかを思い出した。横領に加担していたメンバーだ。

 さぞセシリアには近づき辛いだろうに、恐らくケインの発案で断るわけにも行かなかったんだろう。バツが悪そうに視線をそむけている。

 フィアとリリーも空気が変わったのを敏感に感じ取ったらしい。楽しそうな会話が尻すぼみに消えて不安げに2人を見比べている。

「ではお言葉に甘えて」


 それがケインのお節介である事は分かっていた。が、和気藹々としていた食事の場は一転、通夜に似た静けさに包まれた。

 使っている食器が鳴らす僅かな音だけがカツカツと鳴り響き、逆に静けさを際立たせてさえいる。

 一体どうするつもりなのだろうかとケインを盗み見た。彼はどこか楽しそうな面持ちでじっとセシリアを見つめている。

 いい加減何か言わなければ身が持たない。何よりつき合わせている3人に申し訳ない。そう思ったセシリアが口を開きかけた瞬間、まるで見計らったかのようなタイミングでケインが言った。

「偶には本音で語らうのもいいんじゃないかと思ってね」

 どういう事だろうかとセシリアが首を傾げる。カラン、と食器の上に誰かのスプーンが落ちる音が聞こえた。

「今更ではあるんだけどよ、すまなかったとは思ってたんだ。始めは軽い憂さ晴らしのつもりで、こんな事をするつもりはなかったんだ」


 そう、始めは軽い憂さ晴らしのつもりだった。

 炎天下の中で大量の食材を買い求めるのは強力な能力持たされた肉体でも疲れる作業だ。

 玉の様な汗を流しながら調理班の希望する食材をあの手この手で値切りに値切る。

 例えば、ある程度纏まった量を定期的に買い込むと言う条件を付ける代わりに単価を下げて貰ったり。

 例えば、同じ商品を売る2人の商人へ同時に取引を持ちかけ、より安い方から買うと敵愾心を煽って値下げさせたり。

 例えば、組合を作っている商人A、Bと取引を行った後、同じ組合の商人Cに値下げないと組合全体から手を引くと脅したり。

 例えば、ある程度代金を先払いにする代わりに単価を下げて貰ったり。

 元から商売人だった彼は一際粘り強く交渉を続け、時には交渉を纏める為に数時間話し込む事も少なくなかった。

 炎天下の中で喋り続ければ喉が渇く。インベントリの中には冷えた飲料を入れておくよう心掛けていたのだが、その日は偶々切らしてしまっていた。

 まだ交渉したい案件は残っており、離れた屋敷までわざわざ取りに行くのは面倒な事この上ない。

 そこで想定より安く仕入れられた食材のお金を少しばかり使わせて貰い、近くで売られていた飲み物を買ったのが始まりである。

 値切ったのは自分の交渉術であり、努力の結果食材は安く仕入れられた。だからこのくらいは正当な報酬といえるのではないか。

 それからという物、彼は浮かせたお金で時折冷たい飲み物を買うようになったのだが、ある日、同じ様に仕入れを担当している別のプレイヤーにその瞬間を見られてしまった。

 説明を求められた彼はこの言い訳染みた理論を狼狽しながら口にしたのだが、相手は「なるほど、その通りだ」と納得したのだ。

 彼自身は自分の考えを本心では信じていなかった。ただ自分の行為を心の中だけでも正当化したいが為に捏ねた屁理屈のつもりだった。それが肯定された事で、彼はこう思うようになる。

 

 もしかして、俺は間違っていないのでは?

 

 そこで彼は他の仕入れ仲間にも意見を伺う事にした。その結果、誰もが彼の意見に賛同する。当然だ。自分たちは苦労しているのに、その見返りは殆どない。

 街で情報収集を担当しているプレイヤーの中には昼寝に明け暮れたり、可愛らしい女性とお近づきになろうとしたり、サボっている者も少なくなかった。

 監視の目はないし、元の世界へ帰る方法が見つかる当てもない。

 当初は意欲的に情報収集に明け暮れていたが、数週間も経つ頃にはめぼしい場所は調べつくしてしまった。目標を見失なったり、やる気をなくすプレイヤーが続出していたのだ。

 それに比べ自分達はどうだろう。炎天下の中で汗を流し、こんなにも苦労している。何らかの見返りがあって然るべきではないか。

 元は情報交換を目的としていた仕入れ人同士での集まりは徐々に情報より愚痴が多くなり、フラストレーションを募らせた結果、こう思うようになっていった。


 自分達は努力の結果ギルドに利益をもたらしているのだから、ある程度の遊びも許されるべきである。


 始めはジュース1杯分。次は凍らせた果実で出来たお菓子1つ分。次は冷えたお酒1杯分。

 少しずつ、けれど着実に彼等の適用する"許される範囲"は拡大し、値切った差額を全て懐に仕舞うようになるまでに、そう時間はかからなかった。

 集団の中で芽生える仲間意識の魔性と表現してもいいかもしれない。端的に言えば調子に乗っていたのだ。

 同じ気持ちを持つ仲間が集まった事で次第に欲求を増長させ暴走した。

 一度暴走してしまうとそこから降りるのは難しくなる。集団に属している時点でそのつもりがなくとも共犯者になってしまうから。

 やがて"遊ぶこと"を覚えた彼らは差額で満足できないようになり、仲間内で口裏を合わせた食物価格の高騰を理由に食費の水増しを計画するに至り、後はもう下り坂。

 横領が発覚するまでの間に転がり続けた雪玉は見上げんばかりの大きさに育っていた。


 一体どこからがいけなかったのか。少なくとも飲み物を買うくらいなら咎められる事は無かっただろう。

 横領の額がここまで膨れ上がった原因の一つには彼らの少なくない努力がある。

 特に差額を懐にしまうようになってからは努力が利益に直結するようになり、交渉にもますます磨きがかかった。

 飲み物の値段とは比較にならない莫大な利益をギルドにもたらしたのもまた事実なのだ。



 そしてまた、彼らは初めから横暴だったわけではない。

 ケインに呼ばれ事実確認を取られた時は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 彼らが食料の仕入れを請け負ったのは自分達を助けてくれたケインを、もっと言えば自由の翼という組織を間接的にでも助けられないかと模索した結果だ。

 ログアウトも出来ず、異質な世界に放り出され、呆然自失としていた所を助けられた恩返しをしようと思っていたのに、見返りを求めるなんてどうかしていた。

 暴走していた集団は横領の発覚と共に理性を取り戻したのだ。

 ……ただ一人を除いては。


 彼は一番初めに横領を始め、独自の理論を展開し、仕入れ仲間に吹聴したプレイヤーだった。

 正確に言えば彼も理性を取り戻している。ただ思考が恐怖一色に染まっていただけだ。

 他のメンバーには彼にそそのかされて調子に乗っていたという言い訳が用意されている。もしそう主張されても覆す事はできない。

 今回の事件の首謀者として祭り上げられれば、見せしめを兼ねて自分だけが重い処罰を科されるかもしれない。

 狩に参加してくれれば今回の件は全て不問にすると言う、彼らに譲歩して見せた狩組の和解案も、疑心暗鬼に陥った彼からすれば疑わしいの一言に尽きた。

 あれほどの事をやってしまったのにこの処分は軽すぎるのでは。何か裏があるのでは。

 参加もやむなしかという考えに傾いていた集団に、気付けば彼は静止を呼びかけていた。


「狩組からすりゃ、命がけで稼いだ金を遊びに使われたんだぞ。こんな条件で許せると思うか? もし逆の立場ならどうだよ。俺達が必死に努力して浮かせた金を会計の奴らが遊びに使ったって知ったら許せるか? もっと安くできないのかって文句言われて流せるか? 俺達をこのギルドに入れてくれたケインさんなら疲れてたんだろうって許せるけどよ、俺達は入れて貰った立場だ。想像してみろよ、拾われた恩も忘れてこんな大事しでかしたのにこの条件は甘すぎんだろ! 何か裏があるに決まってる!」


 誰も何も言い返せなかった。言われてみれば確かに処分が甘い気もする。

「その裏ってのは何なんだよ」

「決まってんだろ。狩組は演習の名目で俺達を街の外に連れ出すのが目的なんだよ!」

 彼は言う。この世界は街から外にでると人目が届かなくなり、ある種の閉鎖空間になると。そこで何が起こっても助けはこないのだと。

 彼は語る。セシリアに騙された俺はこの世界に来て相手に干渉できると知った時、報復しようとした。それも、極めて原始的な暴力的行為によって。

 彼は告げる。

 これは何も自分だけの事ではない。他の騙された奴らも同じで、彼女を監禁した奴らもいる。

 それと同じ事が俺達に起こらないとどうして言い切れるのか。

 訓練と称して何の抵抗も出来ない状態で斬られ、魔法で焼かれるかもしれない。

 実戦と称して何の装備もないままモンスターの前に投げ出されるかもしれない。

 どんな傷を負ったとしてもヒールで癒されればなかった事になる。大事を起こした俺達の訴えはまず信じて貰えない。

 もしかしたら殺されても事故での死亡扱いにされるかもしれない。

 お前達も聞いた事くらいあるだろう。【生ける屍】の噂くらいは。


 誰もが無言のまま彼の演説に聞き入っていた。

 【生ける屍】というのはこのギルドに流されている噂話だ。

 この世界に転移した2人のプレイヤーは強盗や殺人などの犯罪行為を行っていた。

 自由の翼はそれを憂慮し指名手配した末にどうにか拘束する事に成功する。

 その後、彼らは罰と称して気絶も失神もさせぬよう魔法で回復されながら身体中を斬られ、抉られ、砕かれた結果、もう二度と犯罪を起こせない心神喪失状態へ追い込まれた。

 2人は今でもこの街の地下牢でぼんやりと天井を眺めるだけの廃人生活を送っている。そんな根も葉もない噂話だ。

 実際に【生ける屍】を見たと言う人はいないが、深夜に動かないプレイヤーが血塗れの状態で運び込まれたのを目にしたプレイヤーはいる……らしい。

「いいか、頷いてのこのこ外に出てったら殺される方がマシな目に会わされるかもしれねぇんだよ! お前等はそれでいいのか!?」

 彼の纏う、自分だけが追放されるのではと言う疑心暗鬼からなる恐怖心はある種の奇妙な説得力を生み出していた。

 青ざめた顔で嫌だと騒ぐ面々を内心満足げに眺めながら、彼は大丈夫だ、自分に考えがあると安心させるように言う。

「商人ならゴネろ、ゴネて条件を変えさせんだよ! ヤバイ雰囲気になったら謝りゃいい。まずはゴネて様子を見るぞ」


 長い告白の後、男がもう一度深く頭を下げた。

「怖かったんだよ。言い出しっぺの俺だけが追放されるんじゃないかって思うとな。ゴネて良い方向に転がるなんて最初から思っちゃいないさ。全員が言い逃れできないくらい"悪者"になれば追放されるのは俺一人じゃなくなる。そう思って皆を煽ったんだ」

 彼は自分がとんでもない事をしでかしたと理解している。その処罰に追放があり得る事も。

 だからこそ一人で追放されるのだけは何としてでも避けたかった。もし一人で追放されれば後ろから殺されても証拠は残らない。

 例え何もされなくとも、一人だけ何の援助もない世界に放り出されるのは死ねと言われている様なものだ。

 問題はゴネた後にある。彼は追放もやむなしと思っていたが、どうしてかギルドは追放処置を取らなかった。

 そのせいで再び横領組は増長。このままゴネれば全てがうやむやになるのではと考える輩も出始めた。

 ところがセシリアの提案によって態度を軟化せざるを得なくなる。

 娼館で男に抱かれるなど冗談ではない。それも拘束された上に死ななければ何をしても良いと言うオプション付だ。

 これでは本当に【生ける屍】にされてしまうかもしれない。

 残された道は狩へ参加し、なるべく横領組で身を寄せ合って狩組に隙を見せない様にする事だけだった。


「そこにケインさんは俺達の味方かもしれないって噂を聞いてさ。全部話して助けてくれるように頼んだんだよ」

 ケインは彼らの申し出を快諾すると同時に、狩組が危害を加える可能性を笑い飛ばした。

 狩や訓練で負傷者、まして心神喪失状態の廃人や死者を出せばますますプレイヤーの恐怖心が強まってしまう。

 ただでさえ慢性的な人手不足から人手を欲しているのだ。問題を起こされて困るのは狩組の方である。

「互いの計算と打算が上手い具合にかみ合って、上手い具合に外れて、こんなこんがらがった事態になったと?」

「そういう事らしい。誤解は解けて、彼等はこうして参加してくれることになったわけだし、この件は解決だ」

 セシリアの疑問にケインはいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべて答えてみせた。

 途端にセシリアは乾いた笑い声を漏らす。奇跡的な確率で運命の悪戯が起こればなるほど、ありえないわけではない。

 極限状態の人間が突拍子もない事を言い出したとしてもおかしくはない。

 一つ一つ分解していけばありえなくもない"可能性"。だが、それがこうも都合よく並ぶ事なんてあるのだろうか。

 もしありえないとすれば、彼はどうしてそんな事を言ったのか。

「なるほど……そう言う事ですか。大丈夫です、真面目に働いてくれるなら私は何もしません。失敗してもやる気をなくさない限りは娼館になんて送ったりしませんよ」

 横領したメンバーにもまともな人は居たらしい。

「ほら、言った通りだろう?」

 ケインの声に男は小さく微笑んだ後頷いた。



「そういえば果物も持ってきたんです。ちょっと取ってきますね」

 話がひと段落付く頃には食事もすっかり終わりデザートには丁度いい頃合いだった。

 セシリアは果物を冷やしている川へ向かおうと火の入ったランタンを持って立ち上がると、その手にこそばゆい感覚が走った。

 一瞬リリーが触れたのかと思いもしたがそれにしてはせわしない。怪訝に思って手元へ視線を落とした瞬間、甲高いセシリアの悲鳴が木霊し、手に持っていたランタンが地面を転がった。

 尻餅をついたままの格好で近くに居たフィアへ高速でにじり寄り、悪霊に怯える少女のようにその背へとしがみついた。

「何か這ってた!」

 未だに気味の悪い感覚が生々しく残っている手を何度も服に擦りつけるが感覚は中々消えず、悪寒が背筋を伝う。

 何事かと転がったランタンの方に視線を向けると、長い胴と無数の足を持つ細身の虫が1匹纏わり付いていた。光に寄せられる修正でもあるのかもしれない。

「そういやセシリアは虫が苦手なんだっけ。寝てると服の中に潜り込まれたりもするから気をつけ……ッ!」

 最後まで告げるより先に怯えた顔をしたセシリアの腕がフィアの首を締め付けた。

 それも背後から密着して片方の腕を首に巻きつけ、もう片方の腕で一緒になって締め上げるスリーパーホールドの形である。

 非力な少女の力でも十分すぎる力を発揮する絞め技にフィアが蛙の潰れたような鳴き声を漏らした。

「そういうのは、思いついても言わないものですよ?」

 締め上げられたのは一瞬の事だったが、それでも十分な効力を発揮したらしい。全く笑っていないセシリアにフィアが無言で何度も頷く。

「罰として果物を取りに行くのに付き合ってください。主にランタン持ちとして。ほら早く、さっさと手を洗いたいんです!」


 食事が終われば出来る事は少ない。

 初めて訓練に参加したプレイヤーには自分が覚えていたスキルとそのレベルを紙に書き連ねておくよう指示が出された。

 自分のスキルを把握する事で場面に合ったスキルを即座に選択出来る様にするのも立派なプレイヤースキルである。

 特にモンスターの狩りをメインにしていたプレイヤーは自分の職が持つ鉄板スキルでごり押しすることが多い。

 この世界で無暗に相手に近づくのは危険だ。多少威力が弱くても距離を稼げるスキルを覚えておくに越した事はない。

 それが終われば後はもう寝るしか残っていなかった。

 火の番として班員の誰かは常に起きている必要がある。朝から走り回ったりスキルを連発したり組み手をしていた彼等はそれ相応に疲れているのだろう。

 それぞれローテーションを決めてから早速寝床に潜る事にしたようだ。

 セシリアは一度自分達のテントに戻った後、天井にランタンを括りつけて光源を隠してから徹底的に内部を点検する。勿論虫が入って来ていないかだ。

 テントと言っても現代のように口がきっちり閉じれるような構造をしていない。最低限の風と雨を防ぐためのものであって、虫の入り込めそうなスペースは嫌と言うほど空いていた。

「もう諦めろって……。どう荷物を配置しても隙間を埋めるのは無理だろ」

「うぐぐ……」

 4人が寝るにはやや手狭と言わざるを得ないが、虫の進入を完璧に阻むにはあまりにも広すぎる。

 結局最終的にはテントのなるべく中央で寝るという妥協案に落ち着いたようだ。

 不安に思いながらもランプを消し寝袋の中へと潜り込む。入り口を狭める為に余った部分を引き込むと、考えたくもないが口の中にだけは入らないように手で覆い隠し目を瞑った。


 寝起きは最悪の一言だった。寝る前に虫の事ばかり考えていたせいか大量の虫に襲われる夢をにうなされたのだ。

 夢の中とは言えあちこち逃げ回ったせいか身体中がだるい。のそのそと寝床から這い出して大きな欠伸を一つ漏らす。

「お、足元に虫」

 まさに俊足。情けない悲鳴だけはどうにか飲み込んで足元に影がないかを一瞬で確認する。しかしそれらしき影は何処にも見当たらなかった。

「一発で目が覚めたろ?」

 楽しそうにほくそ笑むカイトからは悪意しか感じ取れなかった。間髪居れずセシリアの右拳が伸びる。

 しかし細い腕が繰り出した速度も威力もない一撃はカイトの右手によってあっさりと手首を掴み取られてしまった。

 今度は左拳を同じように打ち出すものの、やはりいとも簡単に受け止められてしまう。

 が、それはセシリアにとっても想定済みだ。先の2発はカイトは両手を塞ぐためのもの。本命は非力な拳ではなく、女子供でもある程度の威力を出せる足だ。

 これで終わりだとばかりに右足を力の限り振り抜く。その瞬間、セシリアの世界が反転した。

「そんな大振りの蹴りじゃ見てから軸足攫うだけで潰されるって」

 寝転がされたセシリアが抗議の声を上げる。そもそもセシリアとカイトではリーチも身体能力も段違いだ。この程度の小手先では通用するはずもない。

「いいよ、分かった。私を怒らせたら何が起こるか身をもって知るがいい……」

 むくれながらぽつりと漏らした一言にカイトが頬を引き攣らせる。力技に頼ってもカイトに勝てないなら、得意分野を持ち出すだけだ。

「いや、悪かったって。そう怒るな、ほら、飯行こうぜ……って、セシリア、足に何か付いてるぞ」

「まだ言うか! 2度も引っかかるわけな……あれ」

 軽い調子で謝ったカイトだったが不意にセシリアの足を眺めて怪訝な顔で告げる。

 どうせまた嘘だろうと思ったセシリアだったがついつい視線は足に向かっていた。そしてそこに、カイトの言う何かを見つける。具体的に言えば赤黒い跡だ。

 丁度傷口から流れ出た血が乾燥すればこんな風になるかもしれない。

「昨日転んだ時怪我してたのかも」

 垂れた血の大元を探るべくスカートをたくし上げる。けれど跡はもっとずっと上から続いていた。ぱさり、とたくし上げられていたスカートが下ろされる。同時にセシリアがこの世の終わりを見たかの様な顔をしてその場にぺたりと座り込んだ。

「……おめでとうって言うべき、なの?」

 カイトも大元を見たのだろう。その口調はいつものロールプレイから外れリアルのものに代わっていた。混乱しているのは何もセシリアだけではないらしい。

「思い出した。生理の前に胸が張ったり眠くなったりする人もいるんだって。PMSだっけ。私はそういうの全然ないから気にしたことなかったんだけど……って、セシリア、聞いてる? 聞けてる?」

 手を目線の先でひらひらと振っても目を見開いたままで少しも反応を示さなかった。ただただ呆然と焦点の合わない瞳でテントの一角を眺めている。

「ほら、元気出して。何も特別な事じゃないんだし、女の子になったら仕方ないって。それに生理を体験したネカマなんて世界中探してもセシリアだけだよ? 自信持って良いって! 寧ろ誇れば良い! どう? 今どんな感じ?」

 カクンとセシリアの首が下を向く。小さく震えているのは好き勝手に煽ってくれたカイトへの羞恥からか、怒りからか。

「なら……」

 小さな声でセシリアが何事かを呟く。それを尋ねようとカイトが一歩近づいた瞬間。

「なら、男の苦しみも知るがいいっ!」

 急に立ち上がったセシリアの膝がカイトの、ひいては男性の急所に寸分の狂いもなく打ち込まれた。

「良かったねカイト、世界中探しても男の痛みを知ったのはカイトだけだよ?」

 顔は笑顔なのに目は全く笑っておらず、言葉は淡々としていて抑揚が乏しい。

 寝起きのカイトは防具を何一つつけていなかった。予想だにしていなかった一撃に避ける事も叶わず、床の上でぷるぷると小刻みに肩を震わせている。

「ねぇねぇ、今どんな気持ち?」

「ひーる、みー、ぷりーず……」

 息も絶え絶えに、どこかで聞き覚えのあるフレーズがカイトの口から零れた。

遅くなりましたorz

難しい……。色々と難しい……。

所々強引な部分がちらりと


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