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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
33/83

リュミエール-2-

 三つ又の燭台の上に取り付けられた蝋燭が溶けきる頃、ようやく昇り始めた朝日が窓から眩いばかりの陽の光を注ぎ込む。

 大の男が5、6人は座れそうな大きな机の上には様々な本や紙束が洪水のように溢れかえっている。

 その内の一角、背の高い椅子が備え付けられている辺りだけは奔流を逃れ、20半ばのまだ年若い青年が一人、紙束を1枚1枚丹念に捲りながら時折眉を顰めてはペンを走らせていた。

 伸びたライトブラウンの髪は背で一纏めにされ、男性にしては小さな顔には品のいいグラスがかけられている。

 あまり外に出ないのか色は白く線も細いが、淡々と紙束を捲る表情は不思議と威厳に満ちていた。

 慣れた手つきで紙束の最後の1ページを捲り終えると一度大きく伸びをする。

 まるでそのタイミングを計るかのように部屋に取り付けられたやたら豪華な扉の向こうから硬質な音がリズムよく3度聞こえてきた。

「開いてるから入ってくれ」

 青年が再び分厚い紙束を手に取りつつぞんざいに答えると軋んだ音を立てながら扉が開けられ、青年と変わらないか、もしくはなお年若い青年がワゴンを転がしながら入ってくる。

「グレゴリー様、またお休みにならなかったのですね」

「やる事が沢山あってね。気付いたら朝だっただけの事さ」

 呆れた様子を隠さずに嘆息する青年に、グレゴリーと呼ばれた青年はあっけらかんと答えた。


 彼はグレゴリー・ミラド・リュミエール。名前にあるように、この街を中心としたリュミエール地方を統治する領主だ。

 本来であればまだまだ領主を継ぐ年齢ではない。

 が、酒豪だった先代が思いの外早く先立ってしまい、残された息子である彼が4年前に領主の地位を継いだのだ。

 貴族の役職は基本的に親から子へと受け継がれる。しかし、当初はグレゴリーが領主を継ぐ事に反対する意見も多かった。

 リュミエールはこの国の中でもかなり大きな領地を任されている。

 この時代の地図はまだ測量の技術が未発達であり、正確とはとても言い難い物であった。

 領地の境に森林や泉、川や鉱山などの重要な資源があった場合、領有権を巡って争う事も少なくない。

 リュミエールも東には鉱山が、南には大きな湖があり、隣接する2つの領地と睨み合いになった事もあった。

 今まではリュミエールの力が大きかった事から直接的な戦闘行為は避けられていたが、様々な貴族と繋がりのある先代が急死してしまった事でバランスが崩れ、領有権を巡って戦争になる可能性も考えられる。

 まだ年若いグレゴリーにこの領地の政治は難しいのではないかと思われていた。


 リュミエールに居を構える商人や市民にとって安全の確保は最優先課題だ。

 大きな商会や貴族による連合が領地の運営の舵を握ろうとしたのも無理はない。

 いかにグレゴリーがこの街の領主の息子といえど、街の権力と正面切って敵対すれば勝ち目はない。

 そこで彼は1年の間に隣接する2つの領主から鉱山と湖の領有権がリュミエールにあると認めさせる事ができれば、自分を領主と認めるという条件を出す事にした。

 誰が見ても20そこらの若造が成し得るとは思えない条件に、連合はにべもなく頷く。

 それがまさか、約束の期限の半分で条約を結ぶなどと一体誰が予想できようか。

 その後もグレゴリーは一体誰から知識を教わったのか、前例のない様々な制度を作りながらこの街を先代以上に発展させて見せた。

 今では街の豪商や貴族からも一目置かれ、相談事を持ち込まれる程の信頼関係を築いている。


「いい加減休むことを知らないとお身体に障りますよ」

「分かってる。その内取るさ」

 グレゴリーがこれほどの高みに至れた原因は偏に弛まぬ努力故だ。

 それを知っている執事は心配そうに声をかけるものの、聞き入れる様子のない生返事に再び嘆息する。

 今が大変な時であるのは執事も知る所だったが、だからこそグレゴリーには体調管理に気をつけて欲しいとも思っていた。

 ここで彼が倒れては本当にどうしようもなくなるのだ。

 ひとまず最低限の栄養を摂取して貰う為に捲っていた紙束を強引に抑えつける。

 グレゴリーは不服そうな顔をしたものの、無理やり狭いスペースに朝食を並べ始めると諦めたようだ。

「ロウェルはもう少し融通が効くと良いんだけどね……」

「これでも効かせているつもりです。グレゴリー様がもっと融通を効かせてはいかがですか」

 眉一つ動かさず言い返した執事にグレゴリーは乾いた笑い声しか出てこない。

「雇い主に融通を効かせろとは、流石、有能な執事様は言う事からして違うね」

 捻た物言いだが彼の事を貶した訳ではない。まさに言葉通り、ロウェルはグレゴリーから言わせても有能の一言に尽きる使用人だった。

 足りない要素があるとすれば年齢くらいだ。使用人の間では何年屋敷に務めたかが時として重要なファクターになってしまう。


「街の様子はどうだい? 報告を見てはいるんだけど、中々細かい所まで目が通らなくてね」

 片手に持った報告書を眺めながらスープを掬って口に運ぶのをロウェルは呆れと諦めの表情で眺めていた。

「例の件についてはまだ公になっていないようですね。一部の商人は気付いているようですが、箝口令を引いています。それから、気になる噂が一つ流行していました」

 行儀は悪いが食べてはいるのだし、本日何度目かの嘆息と共にお茶を注ぎながら、彼の担当である報告書の中身をかいつまんで話す。

「気になる噂?」

「まだ事実確認が済んでいないのですが、例の一団が件の軍を一つ倒した、と」

 スプーンが音を立ててスープ皿に沈んだ。しかしそれには目もくれず疑わしげな表情でグレゴリーがロウェルを見上げた。

「ただの法螺話だろう。彼らの大部分はこの街から出ていない。十数人でどうにかなる相手ではないはずだ」

 口で否定しているというのにその顔はないだろうとロウェルは内心苦笑する。

「それが、戦利品が実際に売られたと言う報告もあり、確認を急いでいます」

「戦利品が……? ふむ、現在の作業は一度止めて構わない。回せるだけの人数で事実確認を急いで欲しい」

 戦利品が何なのかはまだ分かっていないが、人海戦術で調べれば見つけるのは難しくないだろう。

 そういった品物を買い取れる場所は限られている。

「分かりました。遅くとも明日には御報告できると思います」


□□□□□□□□□□


「おい、また寝坊するぞ?」

 人の居なくなった部屋からこっそりと寝具を拝借し、今は所狭しと4つのベッドが並べられている。

 その中の一つ、陽の光が降り注ぐ窓際に配置されたベッドの上で幾度となく揺すられたセシリアがのっそりと起き上がった。

 時間は8時を過ぎた頃。前回の9時過ぎに比べればマシだったが、のんびりしている時間はない。

「……なんか、眠い」

「疲れが溜まってるんじゃないのか?」

 ふらつきながらぐしぐしと目を擦って立ち上がるセシリアはいつもより幼く見えた。

 小さな欠伸を幾度か噛み殺しつつもインベントリから着替えを取り出すのを見届けたカイトがフィアと一緒に無言で外に出る。

「お姉様、気分が優れないのならお休みになっていた方が」

「大丈夫、眠いだけだから。朝御飯を食べればすぐに収まるよ」

 心配そうな目線を向けてくるリリーになんでもないと笑いかける。

 抑えようとしていたのに再び欠伸が漏れた。疲れているのだろうか、最近は事あるごとに眠気を感じていた。

 何度か首を振って睡魔を振り払うと取り出した着替えに袖を通す。朝食を食べれば少しは眠気も治まるはずだ。

 待っていてくれたリリーの手を引いて2人を待たせている廊下へと出る。

「お待たせ。……? 何かあった?」

 2人の視線が自分に注がれている事に首を傾げたセシリアへフィアの手が伸びた。

「似合ってるな、それ」

 壊れ物を扱うような手つきで頭を撫でられたセシリアはますます不思議そうに首を傾げる。

「サイズ、合ってないのに?」

 頭の上の手がピタリと止まる。

 袖は半袖というには長く、長袖というには丈が足りていない、なんとも中途半端な長さだ。

 本来は膝くらいで揺れている筈の裾もずっと下になっていて、全体的に着ているというより着られている印象が先立つ。

 年上のお姉さんの服を頑張ってきてみましたという表現が一番近い。

「タイミング悪いな……」

 固まっているフィアの背後でぽつりとカイトが漏らした。

 先に出た2人によって今日は服を褒めてみようという計画が進められていたのだが、フィアはその手の話題に詳しくない。

 予め決めておいた台詞を言うので手一杯だった。



 セシリアがギルドの再建をケインに話した翌日。

 ギルドの人員を使ってそこかしこで噂話を流した結果、街では与太話の類として定着したようだ。

 時折、酒の合間にこんな話を聞いたと件の与太話を肴に談笑する男達も見かけられる。

 尾ひれが付きすぎて原型はほとんど残っていないが、セシリアにとってはどうでもよかった。

 どんな形であれ噂話がこの街の上層部の耳に入れば目的は達成されると考えていたからだ。


 昨日より格段に多いプレイヤーに囲まれながら食事を取りつつ、今日の予定を話し合う。

 まだ暫くの間はギルド内の調整が必要で、依頼をこなす予定はなかった。

 毎日家事に勤しむ生活班と違って、こうなると狩組は途端に暇になる。

「今日はフィアの所の村長さんに会いに行こうと思ってますけど、皆さんはどうします? この街の観光でもしてますか?」

「爺さんに? 一体どんな用なんだ?」

「ちょっと聞きたい事があって」

 目的だけ告げて内容に関してはぼかした答えだったがフィアはさしたる興味もないのか頷くだけに留まる。

「それか雑魚でも狩に行くか? 多少は敵と戦う感覚を肌で覚えた方がいいだろ?」

 森まで出ればノンアクティブモンスターを狩るのは難しくない。フィアもいずれは通らなければならない道だ。

「それもいいな!」

「それはまた今度にしてください。私も一緒に行かないと危なさそうですし」

 カイトの提案に怖がる様子もなく明るい声を出したフィアだったが、セシリアによって即座に却下される。

「本当に過保護だな」

 苦い顔をしているフィアとすまし顔のセシリアを見比べたカイトがくつくつと笑う。

「じゃあ今日は訓練でもするか? 前衛の立ち回りも教えられるぞ」

 タンクとして一線で活躍していたカイトの経験は膨大だ。この世界に来てからも幾度か前線に立っているのだから学べるものは多いだろう。

「もっとも、セシリア大先生の許しがでれば、だけどな」

「別に訓練までダメなんていいませんよ……」

 カイトが悪戯っぽく流し目を送ると苦い顔で呻く。

「でも気をつけてよ。フィアはまだ初心者なんだから無茶させない事」

 しかしやはり心配は心配なようで、何度も念を押す姿にカイトが苦笑を漏らした。

 結局この日はセシリアは森へ、フィアとカイトは訓練へ、リリーはその付き添いという形に落ち着く。

「私も夕方には戻るから。くれぐれも無茶は……」

「分かってるって」

 何度目かも分からない念押しに苦笑を通り過ぎて呆れた顔をすると、ようやくセシリアはポータルゲートで姿を消した。


□□□□□□□□□□


 セシリアが単身で森の村へ出かけた後、カイトは親方と一緒に居たユウトを半ば強引に連れ出して街の外に広がる平原へ移動した。

 辺りに人の気配はなく、頭上から降り注ぐ陽射しはうだるように暑い。夏が近づいているのかもしれない。

 適当な木陰を確保すると持ってきた荷物を置いて休憩所としての準備を整えていく。

 休むにはまだ早いのかもしれないが、背後でしょぼくれている親方と十数分間喋り続けているユウトを見ればそれも致し方ないだろう。

 どうやら親方は事の子細をユウトに話していなかったらしい。

 当初、何も言わずに引っ張り出したせいで説明を求められたカイトが経緯を口にするなり顔を引き攣らせ、以後ずっとこの調子だ。

「まぁ、結果的に俺達と一緒に居た方が安全なのは事実だし、ケインにも認めてもらったんだからその辺にしといてやれって」

 ユウトの矛先は親方だけだったが、引きずられる様に落ち込んでいるフィアを見てカイトが割って入った。

「なっちまったもんは仕方ないしな。元を正せば親方を村においてったのはセシリアなんだし?」

「……そう、ですね」

 何気なく言った言葉だったがユウトは神妙な顔つきに変わる。更にその元を辿ると全ての原因は彼自身にあるともいえたからだ。

 場が収まったと知るなり親方はさっさとフィアを連れて木陰から距離を取る。ユウトは苦笑しながら後姿を見送っていた。

「じゃ、俺も親方と一緒に相手してくるから。悪いんだけど、ユウトはリリーと一緒に居てくれるか?」

 カイトが親方を連れ出した理由は、フィアの訓練中にリリーを守れる護衛が欲しかったからだ。

 1人で2人をしっかり見ておくのは難しい。聞き分けのいいリリーが勝手な行動をするとは思っていなかったが、アクティブモンスターが突如襲ってこないとも言い切れない。

 後衛とは言えユウトのレベルも100を超えている。この辺りのモンスター相手なら魔法を使わずともリリーを守るくらいならわけもない。

「はい。ちゃんと護衛してます」

 ユウトのしっかりとした返事を聞いて、カイトは満足げに頷いてから2人の方へ走って行った。



「んじゃ、まずはフィアの今の力が知りたいから、一回模擬戦でもしてみるか」

 相手のプレイヤースキルを計る方法としてPvフィールドでの実戦が取られる事はよくある。

 スキルの選択、地形を利用した攻め方など、対人戦ではモンスターと戦うより圧倒的にプレイヤー自身のスキルが求められるからだ。

 スキルには必ず長所と短所が混在している。

 威力は高いけど当てにくい。威力がないけど連射できる。発動は遅いけれど威力もあるし範囲を攻撃できる。

 無数にある組み合わせの中で敵の行動パターンにあった選択ができるかは重要なポイントだ。

 花形スキルを連発して勝てるのはモンスターだけである。

 いや、行動パターンがより複雑化、野生化しているこの世界ではモンスター相手でも通じないかもしれない。

「【リメス】はないけど本気で撃って構わない。俺にダメージを与えられたらフィアの勝ちだ。それから、俺は近接攻撃しかしない」

 そういって荷物の中から殺傷能力のない木剣を取り出す。勿論、それを使うのはカイトだけだ。

 間合いは精々1メートルといった所か。遠距離攻撃ができるフィア相手には絶対的に不利な獲物といえる。

「いや、それは流石に……」

「簡単すぎると思うか? やって見りゃわかるが、そう簡単にはいかないさ」

 言葉を遮って自信ありげに言い返したものの、フィアは未だ渋い表情をしていた。なら、とカイトがもう一つ追加で条件を加える。

「もし俺に勝てたらこの辺のモンスターと戦ってもいいぞ?」

 セシリアから止められているが、興味があるのもまた事実。一瞬悩んだ後に好奇心が勝ったようで頷いて見せた。

「ダメージの判定は親方に任せた。始めの距離もフィアの好きにしていいぞ」



「えーと、始めまして。ユウトって言います」

 木陰に残されたユウトは隣に座るリリーにどこかぎこちない笑顔を向けた。

「始めまして……。リリー、です」

 それに対するリリーの態度もどこかよそよそしい。

 ユウトの外見は10歳ほど。サービス開始時からプレイしているから精神的には12歳だ。

 偶然にもリリーと同じ歳だったが、ゲーム内でそんな年齢の相手と会った事はない。

 リアルでもこのくらいの年齢は男女で分かれて遊ぶ事が多く、同じクラスの女の子と仲良く話した事は殆どなかった。

 対してリリーも自分と似たような年齢の男の子と話した事はほとんどなかった。

 村長の孫は彼女よりもっと小さな女の子だし、一番歳若い男の子でもフィアの1つ下。リリーから見れば既に大人の男性とあまり変わらない。

 どちらかといえば可愛らしいユウトの外見が功を奏して緊張している様子もなかったが、何を話していいのかも分からなかった。

 時々吹き抜ける風が草木を揺らす涼しげな音だけが無言の2人を包み込んだ。

 視線の先では何かを始めるのか、カイトとフィアが互いに距離を取るべく反対方向に歩いていく。

「あの、ユウトさんも戦っているんですか?」

 無言の空気に堪えられなくなったのか、それとも自分より小さな子が戦っているかもしれないと気になったのか、突然リリーが問いかける。

「うん。僕は魔法が使えるから」

 魔法という単語に、リリーがぴくりと反応した。



 距離を取ったフィアとカイトが親方に合図を送る。

 この辺りは森の近くほど草の背が高くない。足を取られて速度が鈍る事もなさそうだった。

 フィアの【アクアスラスト】は届く距離。カイトもスキルを使えば攻撃が届く距離ではあるものの、先の宣言通り使う気はない。

 いつも腰に差している剣はインベントリにしまい、変わりに木剣をベルトに挟んでいた。

「んじゃ、はじめてくれ!」

 セシリアのときと同じ。全く締まらない開始の合図と共にフィアは剣に意識を集中し、自分の中にある力を流し込む。

 幾度となく練習を続けてはいるが回路を開けるまでの時間が安定せず、開いた回路も狭い。

 たっぷり5秒程の充填時間が終わると握っていた剣が深い碧に煌いた。本当はもっと力を篭めて連発したい所だったが維持するのが難しくなる。

 今の限界は2発分だけ。それだけで親方からのヒントもなくカイトをどうにかしなければならない。

 視界の先では開始の合図と同時にこちらへ向かって駆けるカイトが見えた。

 一目で相当な重量があると窺える全身鎧に身の丈ほどもある大型の盾まで持っているというのに走る速度はフィアと変わらない。

 一体あの身体のどこにそんな力があるのか。フィアより身長は多少高かったが基本的な体格はそう変わらなかったはずだ。

 もし同じ鎧と盾を着込んだとして、フィアには走れる自信はない。

 けれど一直線に駆けてくる大きな姿は的にしかならなかった。セシリアはちょこまかと縦横無尽に動き回り避けようとする意志があったというのに、カイトにはそれがない。

 貰った、とフィアは全力で剣を振るった。



 青い衝撃波が放たれたのを見てもカイトは速度を緩めない。それどころか避けようとすらしなかった。

 衝撃が触れる刹那、カイトはタイミングを合わせて盾を振るう。

 瞬間、衝撃波は不自然に軌道を変えると別の場所へ吹き飛び霧散した。続く2発目の衝撃波も全く同じ結末を辿る。

 パリィと呼ばれる盾スキルの一つだ。攻撃を受ける瞬間に受け流すことによって大部分の攻撃を無力化する。

 ただし無効化するにはかなりの集中力や経験が必要になり、人によっては全く成功しない。

 それを事も無げに、あろう事か走りつつやってのけたカイトに親方が思わず唸り声を上げた。

 当然、発生したダメージはゼロだ。つまりカイトには攻撃を避ける必要すらないことになる。

 目の前で起こった出来事にフィアは目を剥いていた。が、すぐに平常心を取り戻し、剣に力を流し込みながら後退する。

 あの時のカイトの自信が今更になって理解できた。回復やサポートが得意と言っていたセシリアでさえフィアから見れば圧倒的に強かったのだ。

 前衛としてモンスターと退治するカイトがセシリア以上に強いとしても不思議はない。

「つーか、兵士とかもみんなあれくらい強いのかよ!?」

 走りながら充填すると止まっている時よりずっと時間がかかる。それでもどうにか充填を終わらせ、咄嗟に叫びながらくるりと振り返った。

 勿論彼等が特別なのだが、外の世界に詳しくないフィアには知りようがない。

 直接カイトを狙っても駄目な事くらい、先の攻撃で判明している。ではどうすればいいか。相手の背後に回りこむなんて真似も余程接近しない限りできないだろう。

 フィアがこれまで練習してきたのは中距離からの遠距離攻撃だ。木剣が当たる距離に近づかれて勝てるとは思っていない。

 これしかないと覚悟を決めたフィアが剣を振り抜く。


 再び飛んでくる衝撃波を前にしても、カイトは歯牙にもかけなかった。

 あの程度の攻撃であれば全て流しきって見せる自信がある。が、1発目の軌道はカイトを狙うにしては低すぎる軌道を描いていた。

「なるほど、そう来たかっ!」

 衝撃波が着弾する瞬間にフィアの狙いが読めて思わず舌を巻く。本能的にやっているのだとしたらセンスは悪くない。

 フィアが狙ったのはカイトの手前、地面だ。柔らかい土は突然降って来た衝撃を受けて凹み、そこにあった土を周囲に撒き散らす。

 簡単な目くらましにカイトがたたらを踏んだ。が、身体を包む重量が急制動を許さない。数歩踏み込んだ先には先の攻撃で空いた浅い穴があった。

 バランスを崩し、思わず持っていた盾を地面に叩き付けて倒れそうになる身体を支える。

 そこへ2発目の衝撃派が飛んでくるのが見えた。その場しのぎで考えたにしては見事な作戦に賞賛を送りつつも、ここで負けるつもりはない。

「【ディフェンダー】」

 地面に突き刺さったままの盾に力を流し込む。薄い緑色に発光したと思った瞬間、青い衝撃波が盾を襲うものの僅かな衝撃さえ通すこともなく四散する。

 岩を半分吹き飛ばすほどの【アクアスラスト】だ。真正面から盾で受けたならダメージをゼロにするのはカイトといえども不可能に近い。

 このスキルは盾に使用者のMPを通す事で防御力を極端に強化させる魔法だ。ただし受けた攻撃力に見合ったMPを消費する。

 今の一撃で少なくない量の力が抉られたのを肌で感じていた。本気で撃って構わないという試合前の一言を一瞬だけ後悔する。

 だが盾の向こうでフィアはそれ以上に驚愕していた。自分の使う【アクアスラスト】の威力にだけは自信がある。

 まず相手の足場を崩し、前に見た攻撃を受け流す余裕を奪えば、いかに盾の上からとは言えど相手を転がせるくらいの事は出来る、そう思っていた。

 しかし、実際には盾を僅かに動かす事さえできていない。直前に盾が発光した事から何らかのスキルを使ったのだろうが、真正面からの攻撃は盾で防げてしまう事に変わりはない。

「直接当てろってか!?」

 大きな盾はカイトの身体をすっぽりと覆える。隙間を狙うなんて真似さえ許されない完全防御だ。そしてそれが守護者(ガーディアン)の本領でもある。


 最充填、4度に渡る【アクアスラスト】の使用で距離を詰められ、当初の距離の半分も残っていない。

 恐らくチャンスは後1度だけ。これでどうにかできなければ直接剣を交えての接近戦に変わる。

 後退を続けながら力を流し込んだ後、再びフィアが振り向いた。同時にカイトの速度が鈍る。足場を狙われる事を警戒しているのだ。

 今足場を狙っても避けられるか止まられるか。どちらにせよ、先ほどのように成功するとは思えない。

 なら、もうフィアに残された手段はこれしかなかった。

「うるぁぁぁぁッ!」

 気合一閃。篭められた力の全解放。本来2度に分けて使う力を1度に放出するのだ。

 ちょこまかと動き回るセシリアには使わなかったが、どっしりと構えるカイトにはおあつらえ向きだ。

 空中に降りぬかれた剣の軌跡が色を持ち、莫大な力を持って放たれる。

 が、カイトは少しも怯まないどころか、寧ろ口角を吊り上げていた。

「【フォートレスシフト】」

 これだけの威力を持つ攻撃をパリィするのは難しい。何より勝負に勝つ為、カイトはこの攻撃を防ぎきる道を選んだ。

 動きを止め盾を構えた上から再び【ディフェンダ-】を発動させる。ゲームではなかった【アクアスラスト】の威力強化。

 それがどれ程の威力を持っているかはカイトにも分からない。

 突き抜ける青の衝撃波は触れていない筈の草さえ切り裂きながら一直線にカイトへと向かう。

 次の瞬間に盾が纏う緑の燐光とせめぎ合った。今度ばかりは盾に伝わる衝撃がゼロにはならない。

 ぐっと地面を踏み締め全身で留めている盾に全力を注ぐ。永遠にも思える時間の後、盾に伝わる衝撃がふっと軽くなった。

 結局、フィアの放った【アクアスラスト】は盾に傷一つさえ付けられていない。カイトのMPが再び削られるが戦闘不能になるほどではない。

「冗談だろ!?」

 青と緑の光がせめぎあった時、ダメージにならなくともカイトを転がす位の事は出来るだろうと思っていた。

 剣に篭めた2回分の力を一挙に解放する【アクアスラスト】の威力がどれ程か、何度も試したフィアは身に染みて理解している。

 それを傷一つなく防ぎきったカイトに、どうしていいか分からない。何より考える時間もなかった。

 攻撃を防いだと知るなりカイトが全力で駆けてくる。もう両者は目と鼻の先で後退しても力を篭めている暇なんてないだろう。

 覚悟を決め、両手で剣を握り締めながらフィアもカイトへ向かう。こうなれば後は分が悪かろうとも接近戦で一太刀浴びせるしかない。

 だが、盾を持つカイトに対してフィアは剣のみ。突き入れるような一撃は呆気なく盾で弾かれ、想像以上の反動に尻餅をついた瞬間、木剣が首に添えられていた。



「そう気を落とすなって。最近剣を振り始めたフィアに呆気なく倒されたら俺の沽券に関わるわけだし。中距離の戦闘は悪くなかったどころか想像以上だよ。後は近接もこなせるようになれば言う事なし、火力向きのオールラウンダーだな」

 草原で寝転がるフィアの頭上からカイトが慰めるように言う。

 重装甲であれだけ走り回っていたというのにカイトが息切れしている様子は少しもない。

 歳の差は精々が2歳ほどの違いだろうに、一体どういう訓練を続ければこうなるのか。それこそ幼少の頃から血の滲むような努力をして来たに違いない。

 たった数週間前に剣を握った自分とはそれこそ格の違う存在で、到底勝ち目なんてなかったのだと改めて実感するフィアだった。

 だからこそセシリアも隣でぐっすり眠れたのだろう。ふとそんな思いが過ぎって僅かに唸り声を上げる。

「そういや、フィアは盾とか使わないのか? それ、片手剣だろ?」

「片手だと力を篭めるのが上手く行かなくてさ。両手で持った方が安定するんだ」

 片手剣を両手で扱う事もゲーム内のシステムとして認められている。例えば装備制限のStrに届かない時、片手ではなく両手で持つ事により制限をクリアできたりするからだ。

 とはいえ、片手剣を両手で扱った場合、最大の利点である盾の装備が当然出来なくなる。

 中には装備制限を満たしているのに盾を持たない事で攻撃速度や一撃の重さを求める酔狂な輩もいるが、それなら両手剣というもっと良い選択肢があった。

「そっか。でも少しずつでいいから片手で扱えるようになった方がいい。盾の有無は生死に関わる事も多いからさ」


 審判を頼んでいた親方と合流してから一度休憩すべくユウトとリリーの元へ向かう。

 木陰に入ると先ほどまでの焦れるような暑さが嘘のように和らいだ。日本の気候と違って湿度が高くないのだろう。

 戻ってきた事を伝えようと口を開きかけたカイトだったが、目の前の光景に思わず絶句した。

 目を瞑って小難しい顔をしているリリーの手の平の上には赤く揺れる小さな炎が灯っている。

「そうそう、そんな感じ。それをもっと大きくするイメージで」

 3人が帰ってきたことに気付いていないのか、ユウトが嬉しそうな声で指示を送るとリリーが僅かに頷き、言われた事を実行する。

 その瞬間、手のひらの中の炎が弾ける様な音を立てて膨れ上がった。

 襲い来る熱波に思わずリリーが叫び声を上げると灯っていた炎が何事も無かったかのように潰える。

「何をしてたんだ……?」

「魔法を教えてたんだ」

 ようやく我に返ったカイトが尋ねるとユウトは事も無げにそう答えた。

 この世界で魔法を使える人はそんなに多くない。ゲームで職業を選択するのとはわけが違うのだ。

 魔力は素質であり、親が魔力を持っていない場合はとてつもない低確率でしか発現しない。

 それが偶然発現したのか。いや、そう言えばセシリアが気になることを言っていたのを思い出す。

「フィアの母さんは旅人だったんだよな」

「ああ。色んな世界を歩いてきたって」

 この世界の旅は危険に満ち溢れている。モンスターは出るし、交通網は発達していない。足で歩くか馬で行くか。

 そんな旅を女性一人で続けられたからには何かしらの理由があるはずだ。例えば、凄腕の魔法使いだったり。

 【アクアスラスト】は魔剣のスキルで条件が軽く設定されていたとは言え、なりたての剣士が使いこなせるものではない。

 フィアには予め、その血筋に高い精神力(MP)が備わっていたのだろう。

 だからこそ2発分の精神力(MP)を剣に篭めるなどという無茶をやってのけた。

 同じ血が流れているリリーに高い魔法の素質があったとしても何ら不思議はないのかもしれなかった。

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