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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
30/83

自由の翼-9-

 支援を再展開した後、【将軍】に向かって駆けていくセシリアを見送ってからユウトもすぐに親方の背を追う。

「オラァっ! 死にてぇ奴は遠慮なく来やがれ!」

 威勢のいい挑発と共に親方が並み居るオーク相手に大鎚を振るった。頭についている錘がオークを捉える度、冗談みたいに巨体が宙を舞う。

 中にはそのまま頭を打ち砕かれ地面で痙攣を繰り返しているオークも居た。

 だが、調子がいいのは有利な間合いを保持できる余裕があった序盤だけだ。

 大鎚を振り回すにはスペースが必要な上に、強力なインパクトを持つのは先端の錘だけで、密集されると却って使い辛くなる。

 ある程度敵が増えた所で親方は持っていたさっさと武器を捨てた。同時にインベントリからトゲの付いたナックルを取り出し両手にしっかりと装着する。


 その隙を突いて2匹のオークが左右から見るからに重そうな斧を振り下ろすが、親方は余裕の笑みを崩さず、それぞれを片手で受け止めて見せた。

 強引に斧をもぎ取ると、人間風情に力比べで負けた事に驚き動けないでいるオークの頭を遠慮のカケラもなく殴り飛ばす。

 骨が砕ける嫌な音がして巨体がゆっくりと地面に崩れ落ちた。もう一匹のオークが大慌てで距離を取ろうとするが、既に懐へ潜り込まれ密着している。

「うるぁっ!」

 気合の篭もった叫び声と共に太い腕が土手っ腹を吹き飛ばし、巨体が数メートル先で転がるとぴくりとも動かなくなる。

 後から詰め掛けてきたオークもこれにはギョっとして動きを鈍らせた。

 一方、親方は獣じみた笑みを浮かべながら、嬉々として敵陣の只中へ突っ込んでいく。


「オラオラッ、次はどいつだ!?」

 胴を狙った水平斬りをしゃがんで避けると、空振って体勢を崩している足元に身体を滑り込ませ、立ち上がる際の屈伸を利用した鋭いアッパーカットを見舞う。

 それだけでオークの身体が身長の倍近くも跳ね上がった。ややの滑空を経て、吹き飛ばされた巨体が離れた場所にいるオークの一団の頭上に落下し、辺りを巻き込んで押し潰す。

 下敷きにされたオークに大事はなかったものの、もがいて抜け出そうとする僅かな時間さえ稼げれば十分だ。

 ユウトがまるで最初からそうなる事を予見していたかの如く巨大な火球を撃ち出し、轢かれていたオークを巻き込んで消炭へと変える。


「お父さん、敵をなるべく1箇所に集めて!」

「よぉぉし、任せろぃ! いっちょ派手に行ってやらぁっ!」

 後ろから魔法を使われていることに気付いたオークの一部が目標をユウトに変更し、親方を迂回して突き進んでくる。

 親方は目の前の敵に手一杯でとてもユウトの守りには回れない。だというのに親子共に焦る様子はなかった。

 迂回したオークが凶悪な笑みを浮かべて小柄なユウトに切りかかろうと近づいた瞬間、地面が爆ぜる。

 地中から吹き上げた溶岩がオークの体を溶かし、黒い何かへと変容させるのに2秒と掛からなかった。

 だがユウトに迫るオークは1匹ではない。仲間を殺された事に怒り狂った彼等が留まる筈もなく、溶け落ちたオークの傍を駆け抜けるべく足を踏み出す。

 刹那、再び地面が爆ぜた。結果は先のオークと何も変わらなかった。


 設置型範囲魔法【イラプション】。範囲内の地面を踏む事で魔法が発動する一種のトラップだ。

 魔導師(ウォーロック)の弱点は接近されると殆ど何も出来なくなる点だが、それを防ぐ手段は数多く用意されている。この魔法もその一つだった。

 10体近いオークが例外なく焼き殺された事で後続の動きは滞らざるを得ない。誰だって今しがたの光景を見たら足を踏み出すのを躊躇って当然だ。

 しかし、ここを越えなければユウトには辿り着けないのも事実。

 一体のオークが意を決して足を踏み出そうとする。しかし歩を進めるより早く、飛来してきた炎の矢によって頭部を貫かれ地面を転がった。

 【イラプション】の便利な所は、一度発動してしまえば後は放置しても敵が範囲内に踏み込めば自動的に発動してくれる点だ。

 だからユウトは自身の安全を確保しながら悠々と好きな魔法を使える。接近を躊躇っているオーク達の隙を見逃すはずもない。


 本当は【イラプション】の範囲はそれほど広くないし、設置できる火柱の数も15発までで、先ほど突っ込んだオークが10匹程度だった事を考えれば後2,3体が精々だった。

 だが、オークに魔法の仕様を知る術はない。

 彼等からすると一歩でも踏み出せば即死する地面がそこかしこに広がっているように見えるのだから尻込みして当然。その上、ユウトから即死級の魔法まで飛んで来る始末だ。

 元より知能の低いオークが冷静に行動できるはずもなく、ユウトの目論見どおり混乱をきたしていた。

 元々オークに協調性はない。群れてはいるが、戦闘では個々が思うまま武器を振り回すだけだ。

 ジェネラルオークに限り取り巻きのオークを自在に操れるが、流石にこの距離まで指示を飛ばす事など出来まい。

「【フレアストライク】」

 先ほど親方が弾き飛ばしたオークを纏めて焼き払った魔法が、今度は混乱の最中にいたオークの塊を容赦なく焼き尽くす。

 難を逃れたオークが怒りの雄叫びを上げるが足を踏み出す勇気は湧いてこないようだ。

 代わりに行き場のない怒りや恐怖が彼等を自暴自棄にさせたのか、手に持っていた斧をユウトに向かって投げつける。

 奇しくもこの行動は正解でもあった。イラプションの発動条件は仕掛けた地面を踏む事で、空を飛ぶモンスターや攻撃には効果がない。

 回転しながら飛来した刃毀れの目立つ大きな斧は【リメス】によって難なく弾かれるが、それを見たほかのオークも真似するように武器を投げだす。


 ユウトもまずいとは思ったがその場から動く訳にも行かなかった。もし動けば、その場所は安全だと教えてしまうことになる。

 【イラプション】はまだ再使用できない。【リメス】の回数が削られていく事に焦りを感じながらも削りきられるより先に相手を葬るべく再度魔法の詠唱に入る。

 だがオークの数が多すぎた。詠唱が完了するより先に【リメス】が防御回数を越え四散する。オークの武器はまだ尽きていない。

 振り上げられた斧が手から離れ真っ直ぐに飛来する。偶々逸れる可能性は期待できなかった。耐え抜く覚悟を決めて痛みに負けないように歯を食いしばる。

 ところが迫り来る斧はユウトを襲撃するよりも早く、隣から飛んできた大鎚によって彼方へ弾き飛ばされた。


「てめぇら誰に手ぇ出してると思ってんだ、あぁん!?」

 親方の蹴りが入り、オークが2体ほどイラプションのエリアへ踏み込んだ。吹き上げたマグマの渦が機械的にオークを溶かしていく。

 背後からの襲撃者にオークが振り向き武器を構えようとしたがその手には何もない。親方の繰り出す鉄拳になす術もなく、ばたばたと倒れるしかなかった。

「大丈夫か?」

 瞬く間に大半のオークをなぎ倒し、緑の巨体に隠されていた姿が露になるなりユウトが言葉を失う。

 オークが幾ら弱いといっても、あれだけの数に囲まれて無傷でいられるはずもない。着ていた服はそこかしこに切り込みが入り、少なくない血で汚れてしまっている。

 左手は力が上手く入らないのか重力に従うままに垂れ下がっている。

「お父さん、回復薬は!?」

 前衛に限らず、討伐に参加しているメンバーには錬金術師が作り出したポーションを持たされていた。

 どういう原理かは知らないが、ヒール程ではないにせよ傷口に振りかけることである程度癒す事が出来る。

「暇がなくてなぁ。まぁこんくらいなら死にはしねぇよ」

 ユウトはそういう問題じゃないと叫びたくなったが、詠唱していた魔法が完成した事で意識を切り替える。

「魔法使うからこっちに回りこんで!」

「おう、でかいの一発ぶちかましてやれ」

 自由に動く右手で戻ってきた大鎚を振り回し、残っていた敵を軽々と蹴散らすと、言われたとおりにイラプションの範囲を避けてユウトに近づく。

「【アースグレイブ】」

 スキル名を高々と叫んだ瞬間、目の前に広がっていた地面が一度揺らぐ。オーク達が何事かと足を強く踏み締めた瞬間、地面から巨大な槍が生成され体を貫いた。

 それも、前方数十メートルの円内に居た敵全てをだ。

 やがて槍が元の土くれに戻るが、オーク達の傷は元に戻る筈もなく地面に幾つもの黒い染みを広げる。


 幸運にもスキルの範囲外にいた僅かなオークは十分にも満たない時間でほぼ全軍を殲滅せしめた2人に敵わないと思ったのか、這う這うの体で逃げ出した。

 警戒領域内に敵が居ない事を確認するより先に、ユウトはインベントリから回復薬を取り出すと傷だらけの親方にかける。

「痛ぇって! もう少し優しく……」

 ヒールと違って回復剤での治療は消毒液で拭われた様なしみる痛みを伴う。だが効果は消毒液と比べ物にならない。

 高レベルの錬金術師(アルケミスト)が作っているだけあって、目に見える速度で傷が塞がり小さくなっていく。

「はいこれ、飲んで」

 数本の小瓶に詰められた回復薬を使って応急処置を終えると、同じ物をもう一つ取り出して親方に押し付けた。傷にかければ傷を癒すが、そのまま飲めば体内にできた内臓系の傷さえ癒す事が出来るのだ。

 だが親方は差し出された小瓶を受け取りはしたものの、渋い顔で持て余す。

「ほら、早く飲んで向こうに行かないと」

「で、でもよぅ、これは不味くてだな……」

「飲・ん・で」

 良薬口に苦しとでもいいたいのか、見た目は透き通る紅色なのにえぐい苦味と臭みを持っていた。

 もっとも、材料がハーブや木の根等の草木類がメインなのだから美味しいはずもないが。

 子どもに迫られては飲まないわけにも行かない。瓶を開けると覚悟を決めて一気に呷った。なんともいえない表情を晒していると水の入った皮袋が差し出される。

 半分近くを一息で飲み干すと青くなっていた顔色が多少は元に戻った。具合の悪かった左腕を確かめるように振り回すが違和感は見つからない。

「行こう。向こうは僕達と違って火力が高くないから心配だよ」



□□□□□□□□□□□



 二手に分かれると決めるなり、セシリアはすぐさま支援を再展開してジェネラルオークに向かって駆け出した。

 敵の数は背後と比べてそう多くない。盾型といえどカイトは前衛だし、セシリアにも攻撃魔法はある。

「セシリア、矢が来る!」

 カイトの声にハッとして上空を見上げると既にかなりの矢がこちら目掛けて降り注いでいる。背後のユウトや親方を狙っているものは一見してないようだ。

「こっちに入れ!」

 大型の盾を振りかざしセシリアの襟首を掴むと内部へ引っ張り込とほぼ同時に矢が盾を叩く。

 敵はこちらを動かさない事が目的なのか、射出のタイミングをずらして常に矢を射掛けることにしたようだ。

 よくよく目を凝らせばジェネラルオークの足元に魔法陣が展開されていて、何らかの魔法の詠唱中である事が窺える。

「まどろっこしい真似を……。カイト、範囲から離脱しないと痛いかも」

 隙間から空を見上げたセシリアが苦々しく漏らす。

 ジェネラルオークは詠唱の長い高威力の範囲魔法を扱う。攻撃を当てれば中断されるし、逃げるのもそう難しくないが、こうも矢を降らされては満足に動けない。


 いっそダメージ覚悟で駆け出してみようかと考えた所で、実行するより先にカイトの左腕がセシリアをいとも簡単に持ち上げた。

「掴まってろ、片腕じゃ落ちるかもしれないからな」

 どうやら面倒だと思ったのはカイトも同じだったようだ。セシリアを身体にしがみつかせると盾を掲げたまま走り出す。

 足を踏み出すたびにガクガクと身体が揺さぶられ、抱かれ心地は最悪としか表現できなかったが文句を言っていられる状況ではなかった。

 暫く走り続けたところで背後から爆発音と微かな余波が伝わってきた。ジェネラルオークの魔法は空振ったと見ていい。

 それを見てオーク達の行動も変化する。弓で押し留めるのは無理だと判断したのだろう。獲物を弓から斧や剣、鈍器に持ち替えると声を張り上げて襲い掛かってきた。


「カイト、降ろして」

 もう弓で攻撃されることはないと判断したセシリアが一度手足をばたつかせると投げ出されるように解放される。どうにかバランスを持ち直して地面に着地すると真っ直ぐに敵を見据えた。

「囲まれても面倒だし、このまま中央突破で。【セイクリッド・パージ】の詠唱も間に合いそうにないし」

 ユウトのような魔法攻撃に特化した職業と違って、セシリアが使える攻撃魔法は種類が少なく制限も多い。

 【セイクリッド・パージ】は威力こそ高いものの、詠唱が長く射程距離も短かった。

 今から詠唱したところで発動する頃には接近されてしまい、自分達さえ巻き込む結果になるだろう。あの威力を受けるのはゾッとしない。

 となれば、後は勢いで突き抜けるしかないだろう。覚悟を決めて2人揃って駆け出す。

「私は左をどうにかするから、カイトは右をお願い」

「おっけ、つーか倒せるのか?」

「ちょっと厳しいけど、なんとかするっ」

 セシリアが使える攻撃魔法は【スターライト】と【ホーリーランス】と【セイクリッド・パージ】の3種類だけ。

 スターライトは大人が本気で殴ったくらいの威力しかないし、ホーリーランスは最大で5体に攻撃できるのはいいが、クールタイムがあって連発は難しい。

 それでも躊躇いはなかった。距離が近づくにつれて走りながら魔法の詠唱をする。


 オークが目と鼻の先に迫った時、カイトは持っていた盾を振り下ろした。

「【シールドインパクト】」

 打ち付けられた盾が地面に突き刺さるなり、敵に向かって強力な衝撃波が加えられる。不可視の力を正面から受けた数匹のオークが面白いくらい簡単に宙に浮いた。

「【スターライト】」

 セシリアも負けじと迫ってきたオークの顔に魔法を叩きつける。本来ならそれ程の威力ではないが、互いに全力で走っている状態なら話は別だ。

 相乗効果で威力の強まった光の波動は頭蓋を砕くほどの衝撃に変わり、オークを地面に転がす。致死には足らないだろうが昏倒したようで起きだす気配はなかった。

 だが後にも敵は続いている。距離を詰めたことでオークは走るのを止めて列を成し始めた。ジェネラルオークの統率が効いているのだろう。


 個別にばらけて襲ってくる分にはいなしやすいが、互いがフォローしあえる隊列を組まれると厄介だ。

 完成するより先に陣の一部を崩すべく、セシリアが魔法を発動させる。空中に作り出された光の槍がターゲットに穂先を合わせると凄まじい勢いで放たれた。

 貫かれたオークが胸から、腹から、頭から鮮血を噴き出して転がる。数は全部で7。隣り合ったオークを上手い具合に1本で貫いたのだ。

 オークにとっても魔法攻撃は脅威のようで、隊列を形成していた一部が足並みを乱す。その隙を突くべく、カイトが手に持っていた盾を大きく振りかぶった。

「【ソーンシールド】」

 回転しながら投げられた盾が虚空で形状を変え、外周に鋭いトゲを展開する。弧を描くように飛翔する盾はその間にあったオーク達を無残にも引き裂いた。

 投げたカイトの目の前に突き立った盾を拾うと完全に崩れた一角を2人が駆け抜ける。隊列は完成する前に突破され、目の前にはもうジェネラルオークしかいない。

 後はあれを押さえれば取り巻きであるオークも大人しくなるだろう。そう思い武器を振り上げたところで、ふと目前のジェネラルオークが嘲笑を浮かべている事に気づいた。

 慌てて周囲を見回すとジェネラルオークの傍で焚き火を消しているオークが見える。普通ならこのタイミングでそんな事をする意味はない。なら、彼らの行為には何かしらの意図があるはず。

 それが何なのか気付いた時にはもう遅かった。


「やばい、これも罠っぽい!」

 まさかオークがこれ程まで用意周到に準備しているとは思わなかった。セシリアが叫んだ瞬間に何もない空間から十数匹のオークが出現する。

 2箇所目のポータルゲートだ。恐らく万が一の可能性を考慮して自分の周辺を警護すべく駒を残していた。火、というより煙を消す行為がこの場所へ援軍を送る指令だったのだろう。

 進路どころか、振り返れば突破したオーク達によって退路も完全に塞がれている。

「ダメ、これを抜け出すのは無理っぽい。親方の傍までポータルゲートで離脱しよう」

 今ならまだ襲い掛かってくる前だ。飛び込める時間は十分ある。

 だがカイトはポータルゲートを出そうとしていたセシリアを押し留めた。

「待てって。こんだけ距離が近けりゃ【セイクリット・パージ】で一網打尽に出来るだろ」

 初め、セシリアはカイトが何を言っているのか理解できなかった。ぽかん、とポータルゲートを開くことさえ忘れて呆けてしまう。


「ば、馬鹿じゃないの!? 敵味方の識別機能があるわけじゃないんだから、こんな所で撃てばカイトも私も直撃することに……」

「分かってる。だからまず人の話しを聞け」

 台詞の途中でカイトの手が口を覆い、くぐもった叫びと恨みがましげな視線を投げかけるが素知らぬ顔だ。

「別に最高レベルを使えって訳じゃない。1でもオーク程度なら十分倒せるだろ。それくらいなら、俺のHPもそこまで削られない」

 確かにレベル1でもオーク程度なら十分に殲滅できるだろうし、2人のHPが全損する事もないだろう。

 この状態を切り崩すにはダメージ覚悟で範囲魔法を通すしかないというカイトの意見には同意するものの、セシリアは再び首を振った。

「無理だよ。この数相手に詠唱を通すのは厳しすぎる」

 ダメージを受けて集中が途切れれば1からやりなおしだ。カイトは少数の強敵を押さえるのに向いているが、沢山の弱い敵を押さえるには向いていない。

 まだ親方のような火力に傾倒したキャラの方が向いていると言えるだろう。

「おいおい、守護者(ガーディアン)のスキルを忘れるなよ。っても、セシリアはPvしてないからそんなに見たことないか」

 拗ねたように告げたカイトの台詞に、セシリアもとあるスキルの存在を思い出した。


「【プロヴィデンス】」

 カイトがスキル名を発した瞬間、純白の燐光がセシリアを包みこむ。

 通称【加護】と呼ばれる、一定の範囲内にいる味方が受けるダメージを使用者が肩代わり出来るスキルだ。このスキルの影響下にあるプレイヤーは状態異常を除く一切のダメージを受けなくなるので、詠唱中断も起こらなくなる。

 ただし、セシリアが受けたダメージも全てカイトに流れてしまう。

 全身鎧のカイトとドレス姿のセシリアの防御力は比べるまでもない。

「迷ってる暇はない。ちゃんと守ってやるからさっさと使え」

 一抹の不安はあるが元々2手に分かれて敵を倒そうと進言したのはセシリアだ。

「分かった」

 大きく頷くと役目を果たすべく詠唱を始める。カイトはそんなセシリアを盾と身体の隙間に押し込んで防御体制をとった。


 詠唱の半分も終わらないうちに雪崩の如くオークが殺到した。

 前後左右を問わずあらゆる箇所から攻撃が殺到するものの、頑強な鎧と盾によってダメージは殆ど通っていない。

 無防備な顔目掛けてオークの斧が振り下ろされるが、刃はカイトに届く直前で濃い青色の膜によって阻まれていた。

 守護者(ガーディアン)の持つパッシブスキル、全身保護(フルアーマー)

 ゲーム内でも鎧で保護されていない部位は防御力が弱くなる仕様になっていた。場合によっては弱い部分を集中的に狙われ、部位欠損状態になってしまう事もある。

 このスキルが発動している間は保護されていない部位を攻撃されても防御力が下がらなくなるのだ。

 今のカイトもその恩恵を受けているようで、生身の部位を攻撃されようとも鎧を殴られたような衝撃しか感じなかった。


守護者(ガーディアン)の本領発揮といこうか」

 圧倒的多数に囲まれ不利な状況にも拘らずカイトは不敵な笑みを浮かべる。

 同時に、カイトに向かって斧を振り下ろしていたオークが思わぬ反動に武器を取り落とした。手が痺れているのか苦しそうな呻き声を上げる。

 発生したダメージの一部を相手に返す【リフレクトダメージ】。

 他にも、移動できなくなる代わりに自身の防御力を大幅に上昇させる【フォートレスシフト】。

 幾ら斧を振りかざされようと、今のカイトが受ける物理ダメージは1か、あるいは0かもしれない。

 この状態に弱点があるとすれば、ダメージを肩代わりしているセシリアだけだ。

 盾と我が身で庇おうとも、全身を包むなんてできない。オークの持つ剣がセシリアの肩を抉った瞬間、カイトが初めて顔を顰めた。

 【プロヴィデンス】は味方のダメージを肩代わりする、言い換えればセシリアが受けるはずだった痛みを引き受けるスキルだ。

 全身保護(フルアーマー)や【フォートレスシフト】の効果は働かず、鎧の下に傷が作られる。

 しかし、オークは何故カイトが顔を顰めたのかまでは理解できなかったようで、セシリアが集中的に狙われる事態にはならなかった。


 やがてセシリアの魔法が完成する。

 躊躇うように見上げる視線に、カイトは大丈夫だと大きく頷き返した。それで覚悟も決まったのだろう。

 小さな唇からスキル名が紡がれた瞬間、真っ白な閃光が近くにいた全てのオークを巻き込んでこの世から消し去った。

 同時に、その中心で今まで声を上げる事のなかったカイトが痛みに呻く。

 魔法によるダメージは衝撃とも熱とも違う、身体の一部を直接消失されられるような独特な感覚だった。

 レベル1に抑えられていたとしても、セシリアは魔法攻撃力に大きく影響するIntを上限まで振っている上に、魔法攻撃力を安定させるMidも低くない。

 おまけに【プロヴィデンス】の効果によってセシリアが受けるはずだったダメージも重ねて受けている。

 閃光が収まった瞬間に削られた体力をセシリアが魔法で癒したが顔色は良くない。

「大丈夫!?」

 朦朧としていたカイトを揺さぶると焦点を結んでいなかった瞳がセシリアを見た。ゆるゆると右手が上げられ、大丈夫だとばかりに親指を突き立てるがとてもそうは見えない。


「今は俺より将軍を追え。多分逃げた先に拠点がある」

 言われて振り返れば取り巻きを全て倒された【将軍】が顔を青くして遁走している姿が目に入る。セシリアは素早くホーリーランスを詠唱し、片足を抉る。

 一度バランスを崩しながらも【将軍】はどうにか立ち上がると再び移動を始めたが、速度は先ほどよりずっと遅い上に血の跡まで残していた。

「行くぞ、拠点にはもうそんなにオークはいないはずだ」

 苦しそうに顔を歪めながらもカイトが立ち上がり【将軍】を追うべく走り始める。暫くすると背後から親方とユウトも合流した。

「わざと違う場所へ誘導される可能性はないでしょうか……」

 一定の距離を開けて追う傍ら、ユウトが心配そうに言ったがセシリアは無いと思っている。

 味方のオークを捨て駒のように囮に使ったりしていたが、【将軍】本体は常に保身を考えて動いていたように思えたからだ。

 もし自分の身を省みないのであればカイトが動けなかったあの瞬間に襲ってきただろう。



 【将軍】の後を追いかけた一行は林の中に作られた拠点を見つけた。

 そこいらに生えている木を使って作られた住居は本格的で、とても数日を過ごす為の物だとは思えない。

 恐らく周囲に出現していたオーク達の多くもここから派遣されたのだろう。だとすれば、同じ物が別の場所に作られている可能性もある。

 拠点の中にオークは殆ど残っていなかった。人質となっていた2人の女性を使って多少の抵抗があったものの、4人の敵ではない。

 脅された所でセシリアがプロテクションを発動させ、親方とカイトが無傷のままに奪還、そのまま制圧と殲滅がつつがなく完了した。

 どちらも10代後半の外見で4人を見て酷く怯えていたが、プロネカマモードのセシリアがどうにか宥めて落ち着かせる。

 拠点の中には他にプレイヤーらしき人影はなく、泣いている2人尋ねてもまともに答えが返ってくる状態ではなかった。

「もう大丈夫ですから。ひとまず安全な街に移動しましょう?」

 縋りついている2人を落ち着かせる為に優しく背を撫でながら口にすると小さくではあるが2人が頷く。

 恐らく、もう他にプレイヤーはいないのだろう。

 装備から判断するに、2人はプリーストとウィザードで、レベルは80から高くても90台。

 このレベル帯だと余程不味い狩場でない限りペア狩は成立しないから、最初から2人だけだった可能性は薄い。

 ポータルゲートでどうにか逃がしたか、運よく逃げおおせたか、或いは目の前で殺されたか。

 2人の怯え様を考えると嫌でも最後の可能性が浮かんで、深く尋ねることはできなかった。


 ポータルゲートを開いても2人は不安げにセシリアを見つめて掴んだ服を離してくれない。かといって3人で入れるほど大きくないのだ。

 カイトと親方、ユウトを先に行かせた後、何度も大丈夫だと言い聞かせて先に進ませる。最後の一人は抱きしめるようにして扉を潜らせた。

 着いた先はギルドの一室だ。4人を心配してか、頼んでもいないのに10名近い人が部屋に詰め掛けている。

 増えている人数に幾人かは訝しげな視線を向けていたが無事な姿に安堵の表情を浮かべている。

「良かった! 【将軍】は倒せたかい?」

「その2人はどうしたんだ?」

 祝福の言葉、無事を喜ぶ言葉、労を労う言葉が口々に飛び交う室内でセシリアが最初にした事はケイン以外の全員を追い出す作業だった。



「事情は分かりました。後はこっちで引き受けますね」

 ギルド内に待機してもらっていたプリーストの女性に助け出した2人を任せ、再びいつもの部屋に集まる。彼女達から情報を得られるのはもう少し後になるだろう。

 1日休んだ事で怪我もある程度回復したのか、傷を受けたメンバーもちらほらと確認できる。20人はいるだろうか。狭くはない部屋だったが、これだけ集まると流石に密度が高い。

 セシリア達4人からこれまでの経緯と同じような拠点が他にもあるかもしれない旨の報告を受けたケインが神妙に頷く。

「楽観視はできない事態だね。確かに最近はオークが撤退する事も多いんだ。人数が少なかったから深追いはしなかったんだけど、他にも同じものがあると考えた方が自然かな」

 オークのテリトリーは本来もっと離れた別の場所にある。にも拘らずこれ程頻繁に依頼が舞い込んで来ているとなれば、戦略的に攻め込まれていると見るべきだ。

 だとすれば補給基地的な場所を作って当然だろう。


「問題は何処にあるかだな。それにまだポータルゲートを使える人材が捕まっているとしたら面倒な事になるぞ」

 今までポータルゲートは移動に便利なだけのスキルとしか思っていなかったが、こうしてみると国が必死になって確保するのも頷ける。

 グレンの言うとおり、突然何もないところから多数に囲まれるのは悪夢以外の何物でもない。

「やっぱり、この人数ではもう限界みたいだね……。そろそろ他の人にも本格的に参加して貰うしかないのかもしれない。拠点を一つ潰したから今後は依頼の件数も少し落ち着くと思うんだ。一度、全員を集めて話し合いの場を設けようか。いきなり実戦に参加するのは敷居が高いだろうから、まずは演習という形で何十人か毎に外へ連れ出そうと思うんだけど、どうかな?」

 集まっていた狩組から反対の意見が出るはずもない。

 プリーストが居なければ緊急時にポータルゲートで避難することは出来ないけれど、8班全てにプリーストを宛がうのは人数的に不可能だ。どこかしらはプリーストの居ない班が出来てしまう。

 かといって出動回数を減らせば収支に問題がでる。

 ならば、出撃できる人数を増やして強敵が出ても数で対抗し、撃破出来るだけの戦力を揃えるしかない。


 今後の事を考えれば人員の増強が必要不可欠だ。もう四の五の言っていられる状況ではなかった。

 ケインが机から狩組の簡単な予定が書き込まれている紙を取り出すと、全員が戻ってくるのに必要な日数を計算する。

「何もなければ2日で揃うかな。話し合いの場は3日後にしようか」

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