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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
28/83

自由の翼-7-

「起きろ! セシリアっ!」

 ふわふわと浮いていた意識が大声と力強く揺さぶられる感覚によって無理矢理引き抜かれ浮上する。薄く目を開けるとカイトが尋常ではない表情でセシリアに取りついていた。

 窓から差し込む陽射しは既にオレンジ色に変わっている。どのくらい寝たのだろうかと時計を探すが部屋には時間を知れるものがない。

「カイト……? 折角寝てたのに……」

 陽射しの色からして、眠っていた時間は6時間くらいか。短くない時間だが2日分の寝不足を解消するにはまだ足りなかった。

 無理矢理起こされた事にぶつぶつと文句を言うが次の瞬間には手で口を覆われる。何をするんだと目で抗議すると、ようやく何かあったのだと悟った。

「まずい事になった。今すぐにきてくれ」

 かつてない真剣さに眠たげだった瞳がぱっちりと開く。先ほどまでの寝惚けた姿は一瞬で吹き飛んでいた。

 ベッドから跳ね起きると周囲の様子をさっと確認してからカイトに向き直る。

「何があったのか、歩きながらでもいいから話して」

 だがカイトは真剣な表情を一転、ドアに手をかけているセシリアを残念そうに見ていて動こうとしない。

「カイト?」

「まずは服を着ろ。それで外に出るつもりか?」

 言われて身体を見下ろすとやけに肌色の率が高かった。寝る直前にカイトに妨害され服を脱いだ記憶が微かに蘇る。

 気まずそうな咳払いの後、インベントリから簡素なチュニックを出すと頭から被った。



 カイトを先頭に、廊下を出来る限りの速度で駆け抜ける。辿り着いた部屋のドアを開くなりむせ返りそうな血の臭いが漂ってきた。

 屋敷に待機していたプリーストとクレリックが使うヒールの淡い光が呻き声を上げる怪我人を順に包んでいく。

 人数は10人。最上位職を含む全員が例外なく服を赤く染め、所々が破れ、千切れて、中には焦げて黒ずんでいる人も居た。

 まだ治療されていない傷からは濁った赤色の液体がとめどなく流れ落ち床を侵食していく。

 前衛が装備している頑丈な鎧はそこかしこに凹みを作り、パーツが欠けている個所も少なくない。

 部屋の中央、床の上に直接転がる彼らの周囲にはケインを始めとした8人が不安げに治療の行方を見守っていた。

 セシリアは小さく息を呑んだ後、今なお治療を続けている2人に混ざって可能な限りの回復魔法を連発する。

 相当なダメージを受けたのか、1度のヒールで回復しきれない傷も数多い。

 中でも一番心配されたのは男性のプリーストだ。背中から容赦のない一撃を貰ったようで、肩から腰にかけて着ていた服が斜めに裂かれていた。


「何があったんだ……?」

 怪我人の中にはケインの片腕とも言うべき、グレンの姿もあった。いつも豪胆な雰囲気を振りまいている彼だったが、今回ばかりは目の前の惨事に酷く動揺している。

「【将軍】だよ。くそっ、ゲームじゃ雑魚の分類だってのに。あいつがポータルゲートを使ってくれなかったら全滅してたかもしれねぇ」

 目線の先にいたのは未だに目を覚まさないプリーストだ。

 傷は治っているし呼吸も正常だからMPの使い過ぎか精神的な物だろう。魔法で無理やり目覚めさせるのは気が引けてそのまま眠らせている。

 ケインが小さく「またか」と呟いた。かつて倒れたという、ただ一人戦闘に参加してくれているプリーストが眠っている彼なのだろう。

「すまねぇ。守りきれなかった」

「止めてくれ。グレンが悪い訳じゃないだろう。とにかく、何があったのか詳しく教えて欲しい」

 苦しそうに頭を下げたグレンをケインが慌てて止めた。男性にしては細い腕が大柄なリーダーの背に触れた瞬間、小さな呻き声が漏れる。

 深い傷を負うとヒールで癒したとしても、暫くの間は幻痛とでも言うべきあるはずのない痛みに苛まれる。

「少し休んでからにしようか」

「いや、話させてくれ。早めに知っといた方がいい」

 一様に苦しそうな表情を浮かべている彼等を見渡して休息が必要だと判断したケインだったが、グレンは大丈夫だと事の顛末を共有する事を優先した。



 元々この10人は5人ずつに分かれた2つのパーティーだった。

 依頼場所に街から向かうのではあまりにも時間がかかる。

 だからプリーストのポータルゲートで街から離れた中継地点に転送し、そこから別々の目的地に向かって依頼をこなした後、合流して再びポータルゲートを使い街に戻る事になっている。

 今回も難なく依頼のオーク討伐をこなし合流地点から街に帰る予定だった。

 しかし突然、ネームドモンスターが大量の取り巻きを引き連れて帰ろうとしていた彼等を襲った。

 敵の名前はジェネラルオーク。彼が呼んだように【将軍】という通称がある。

 オーク達を統率する立場にあり、100近い圧倒的な数の取り巻きを引き連れている事で有名な時間沸きモンスターだ。

 討伐に慣れを感じていた彼らは、ネームドモンスターの持つレアアイテムがあればギルドの資産も多少潤うのではないかと考え迎撃の態勢を取ったのだが、倒すどころか手酷い傷を負わされ命からがら逃げ出してきた。


「だけど【将軍】はそんなに強くない筈だろ?」

 誰かが疑問を口にすると何人かがその筈だと頷き合う。

 ネームドモンスターはボスモンスター程強く設定されておらず、本来なら最上位職を含むパーティーの敵ではない。

 特に取り巻きを大量に持つ【将軍】は他のネームドモンスターよりHPや防御力が低く設定されている。

 唯一の脅威は時々使ってくる範囲魔法だが、詠唱が30秒近くもある上に攻撃すれば中断できる。

 馬鹿正直に食らうプレイヤーはおらず、遠距離スキルで詠唱を止めるか範囲の外に逃げるのが定石だった。

「初めは俺達もそう思って挑みかかったんだ。だが奴ら、遠距離から弓を使ってこっちの詠唱を止めつつ突っ込んできやがった。ゲームじゃ【将軍】の取り巻きに弓を使うオークなんて居なかったはずだ」


 【将軍】を狩る場合、接近される前に取り巻きを根こそぎ倒すのが基本になる。

 取り巻きは普通のオークだからある程度のレベルと範囲魔法を使える魔法職が居れば一瞬だ。後は再召喚される前に近づいてタコ殴ればすぐに倒せる。

 彼らも定石通り突っ込んでくる一団を魔法で削ろうとしたのだが、居る筈のない弓を使うオークに遠距離から射撃され、プロテクションを展開していなかったところに矢が飛び交い、突き刺さった痛みによって詠唱を止められた。

 その隙をついて先鋒のオーク達が彼らの居る場所へ到達。前衛が押さえにかかるも数の差がありすぎて留めることができず、後衛にオークを流してしまった。

 ゲームなら例え取り巻きに囲まれたとしても、前衛と支援で魔法職を守りつつ範囲魔法をぶっ放して貰えば片が付くのだが、この世界ではそうもいかない。範囲魔法は味方を巻き込むのだ。

 仕方なく単体魔法で殲滅を始めるも、数が多すぎて1体倒すまでに2、3回は攻撃が降ってくる。

 慌てて使われたプリーストのプロテクションで守られている間は良かったが、リメス程頑丈でない防御魔法は殲滅を終える前に貫かれてしまった。

 オークからのダメージは微々たるものだとしても受けた傷の痛みは現実と等しい。

 特に装甲の薄い魔法職の被害は甚大だった。痛みで意識をかき乱されると集中できなくなり魔法その物が使えなくなる。

 この時点で戦闘の継続は危険だと判断したプリーストがポータルゲートを展開、攻撃を受け倒れていたプレイヤーを前衛が開いたゲートに投げ入れて撤退した。

 あと少し判断が遅れていれば、弓を使って詠唱を妨害してきたオークも合流して取り返しのつかない事態になっていた可能性もある。


「味方が居ると範囲魔法が使えないのは厄介ですね……」

 ゲームでは例え味方に攻撃魔法を使ったとしてもPvP用の特殊フィールドでなければ効果はなかった。

 敵と味方が自動的に識別され、フレンドリーファイアーは存在しないのだ。

 こんな事、現実的に考えればありえない。だからこれはシステム的な保護だ。それが失われているこの世界では極当たり前のように、範囲内にある全てを巻き込んでしまう。

「近づかれたら1体ずつ倒すしかないのか。取り巻きは最低でも80はいるだろ? 全部相手にするのは現実的じゃないな」

 セシリアとカイトの言葉を受けて何人かが唸り声を上げた。考えても見れば敵がゲームと同じロジックで動いている筈がない。

 寧ろジェネラルの名を冠する立場にありながら、遠距離攻撃する手段を持っていなかったゲームの方が異様なのだ。この辺りはバランス調整的な意味合いがあったのかもしれない。

「かといって放置するわけにもいかないみたいだね。今後もまた同じことが起こるかもしれないから、早めに対処する必要がある」

「だな。プリーストが居なけりゃ最悪詰むぞ。囲まれちまったらポータルゲートなしで抜け出すのは厳しい」

 何人かのプレイヤーが動揺に揺れていた。ケインやグレンが言うように放置はできない。

 今回は偶々プリーストが居るパーティが襲われたからポータルゲートという離脱手段が残されていたにすぎないのだ。

 もし同じ事が起こって、そこにプリーストが居なかったら? 最悪の可能性が誰しもの脳裏を掠める。

「倒すしかないね。この世界のモンスターが時間で湧き出るとは思えない。他の狩組が出払っている今、僕等だけで早急に何とかする必要がある」


 傷を負ったプレイヤーを部屋で休ませた後、手の空いている狩組はいつも使われる部屋に集められた。

 元々2班しか残していないから集まったのは11人と少ない。

「さて、問題はどうやって【将軍】を狩るかだね。この中で倒した経験のある人はいるかい?」

 ケインの呼びかけに数人が手を上げる。カイトとセシリアもその中に含まれていた。

「じゃあ最初にゲームでの狩り方について教えて貰えないかな」

「といってもな。遠距離から魔法ぶっ放して敵が孤立した所を殴るだけで弱かったからな……」

 カイトの言葉に手を上げた数人も頷く。

「どうやって接近される前に取り巻きを倒すかが鍵じゃね?」

「障害になるのは弓兵だろ。それさえ防げばどうにかなるよな」

「防御手段っていったらリメスかプロテクションか」

「多数相手にそれはないだろ。防御回数決まってるしクールタイムが長すぎる。支援一人じゃ再展開が間に合わねーよ」

 自主的に戦闘に参加しているだけあって切り替えは早かった。

 問題点と対処方法を各々が出し合って穴がないかを検討していく。


 討論の末に出された結論は2つだ。

 一つは敵が100に近い取り巻きを持つなら、こちらも100以上のプレイヤーを伴って数で押すローラー作戦。

 勝利はほぼ確定だが、戦闘に参加してくれるプレイヤーを90人近く集められるかが問題だ。

 もう一つは逆に高レベルのプレイヤー数人で相手をする、少数精鋭作戦。

 グレン達のレベルや実力を考えれば【将軍】に負けるはずがない。にも拘らず撤退せざるを得なかったのは、前衛が後衛を守りきれず、支援もフォローしきれなかったからだ。


 戦闘に参加している職業の比率は魔法職が群を抜いている。次いで前衛、最後に僅かな支援だ。

 ただしギルド全体で見た場合、魔法職と前衛職の比率は殆ど同じになる。

 理由は戦闘における前衛と後衛の役割の違いだ。

 前衛の仕事は後衛に敵が流れないよう抑える事。アタッカーでもタンクでもこれは同じ。

 どうしたって敵の正面に立つ必要がでてきてしまう。

 システム的なアシストが何もないこの世界で、自らを殺さんと迫るモンスターと立ち向かうのは誰だって怖い。

 敵の攻撃を永遠に避け続けるなんて不可能だ。回避型にしろ防御型にしろ、回を重ねればいずれ生身に攻撃を受ける。

 前衛系列のHPが高かろうとも痛みは変わらない。苦痛で動けなくなればモンスターは嬉々として凶刃を振りかざすだろう。

 まして支援不足が嘆かれている現状では回復手段がアルケミストの作るポーションだけなのだ。

 当初はもう少し前衛の参加者がいたのだが、リスクの大きさから戦線を離れる人が続出。今では全体で9名しか残っていない。

 前衛が少ないのは、後衛を守る手もまた少ない事を意味する。

 グレン達が高レベルに物を言わせても身体は一つしかないのだ。数匹程度ならまだしも、数十のオーク相手に全員を守りきるのは無理がある。

 だからこそ、今度は守るべき人数を限界まで減らす。


「では今日の夕食の場で有志を募り、集まらなければ少数精鋭で撃破を試みる。これでいいかな?」

 妥当な線だろうと誰もが頷く。

「一応、少数精鋭の時の参加者を決めておきませんか?」

 今後の方針が決まると、セシリアが開口一番にそう告げた。

 夕食の場を待った後でもいいのではないか、という意見もあったが時間が余っているという理由で押し通す。

 勿論そんなのは建前だ。この時点で、セシリアは90人どころか10人も集まらないだろうと確信していた。

 転移してから今まで、ここに居る狩組のおかげで安定した生活を送っている大部分のプレイヤーは戦う必要性を感じていない。

 そんな彼等に突然強敵と戦ってくれと頼んだ所で頷いてはくれないだろう。ここで頷けるならとっくの昔に参加している。

 そもそもリスクの高い戦闘に参加した所でメリットが何一つないのだ。これでは参加しようと言う気も起こらない。



 ギルドに所属するプレイヤーは皆平等である。セシリアからすればこれ程不平等なルールはない。

 稼いだお金はよく言えばギルドの運営の為に、悪く言えば危険から距離を置く他人任せのプレイヤーが安寧とした日々を送る為に使われる。

 せめて給金と言った形で儲けの一部を戦闘に参加した人に配ればまた違うのだろうが、"みな平等である"というルールからそういった制度もなかった。

 こうなってしまった元凶はケインの優しさにある。

 金貨が使えなくなった時、糧を得る為に戦う必要があると真っ先に悟ったのは他でもない、ケインだ。

 彼は持前の献身的な性格から、何の見返りも求めず戦場へ身を投じた。

 そんな彼を慕って戦闘に参加した人もケインと同じように見返りを求めなかった。

 ただプレイヤーが安心して暮らせる環境を作りたい。純粋で優しかったが故に、歪なルールは今なお続いている。



「参加する」

 驚いた事に、真っ先に声を上げたのは中でも最年少であるユウトだった。

 憔悴と苛立ちが複雑に入り混じった表情をしているのは、1度ならず2度までも慕っていたプリーストが倒れたからだろう。

 殲滅に欠かせない魔法職の中で、彼ほどレベルの高いプレイヤーはこの場にいない。

 逃げ帰ってきたプレイヤーの惨状を見て、これまで戦闘に参加していた人達も尻込みしてしまうのではないかと危惧していたセシリアだったが、彼にその心配は不要だろう。

「私も参加します」

 続けてセシリアが参加を表明すると何人かが驚いたようにどよめいた。

 今の体制に不満がないわけではないが、目先の脅威を放置するわけには行かない。それに、少数精鋭で支援がこなせるのはセシリアだけだ。

 クレリックはレベルに不安があるし、覚えているスキルも状態異常や多少の体力の回復が限度で、旅には便利だが大規模な戦闘に向いていない。

 唯一のプリーストは倒れているし、仮に起きたとしてもユウトは参加を反対するだろう。セシリアも同じだ。

 これ以上負担をかけたくないというのもあるが、万全の状態でない時に参加されて何かあればフォローする手間が余計にかかることになる。


「俺も参加するよ。つーか、攻撃を防ぐことに関してなら俺以上の適任はいないだろ」

 続いてカイトも声を上げる。一番危険性の高い役割だというのに躊躇う様子はない。

「後は何人参加するかだな。セシリア、支援は何人までいける?」

 少数精鋭にした理由の一つに、支援が少なすぎて大人数だとフォローしきれなくなる点がある。

 "何人までなら不測の事態が起こっても的確に支援できるか"は重要なポイントだった。

「ゲーム内なら8人くらいだったけど……5人、ううん、敵が多いなら4人が限度かも」

 セシリアはリスクを勘案して普段の半分にまで許容人数を落とした。この人数ならが何があっても絶対に死なせはしないと断言できる。

「となると、後は火力を足すべきか。出来れば前衛だな。なるべく高レベルがいい」

 ざっと部屋を見回しても前衛は2人しか居なかった。視線を受けたケインが強く頷いてみせる。

「勿論参加させてもらうよ。任せっきりというわけには行かないからね」

「ケインさんは止めておいたほうが良いと思います」

 だが、ユウトはケインの参加に反対した。これまでの3人は全員が最上位職だったが、ケインは騎士で、まだ上位職だ。

 戦力的に不足はないが、少数精鋭というにはいささかレベルが足りない。

 それにもし万が一何かあった場合、ケインを失うのは余りにも大きすぎる。

「それより、僕にもっといい人材の心当たりがあります」

 ケインよりいい人材と聞いて、集まった数人が周囲に視線を向けるが、彼等を除いて上位職は誰一人としていない。

 誰のことだと首を傾げる中、ユウトはセシリアを見て小さく笑顔を作った。



 夕食が終わり、ケインはどこか寂しそうにいつもの部屋に戻ってきた。

 セシリア達は少しばかり早めに食事を終わらせてからここに集まり、明日行われる【将軍】狩りの調整をしている。

「6人」/ 「8人」 / 「11人」

 端からカイトの、セシリアの、ユウトの声がケインを迎え入れるが、何のことかわからずにケインは目を瞬かせていた。

「参加者の人数だよ。予想してみようってことになってな」

 カイトが意地悪く笑うと、ケインは疲れた顔にほんの少し苦笑を浮かべた。

「当たらずとも遠からず、かな。7人だったよ。すまない、明日は君達に任せる事になりそうだ」

「予想していた事ですから。気にしなくて構いません。それじゃ、そろそろ出発しましょうかね」

 セシリアの言葉にユウトとケインが頷いた。既に陽は落ち、出かけるような時間ではなかったがポータルゲートの移動なので気にする必要はない。

 行先は長い間お世話になっていた森の村。ユウトのいう人材の心当たりとは、村に警護としておいてきた親方の事だった。



「まだ起きてますか?」

 既に慣れてしまったドアをノックしてから開くと、見慣れた二人の顔がセシリアを見て暫し固まった後、歓喜に染まる。

「お姉様っ」

 台所で明日の仕込をしていたリリーが弾けんばかりの笑顔と共に駆け寄って飛びつく。若干よろめきつつも受け止めると、押し付けてくる頭を優しく撫でつけた。

「もう仕事は済んだのか?」

「いえ、まだ暫く掛かりそうです。その関係でこれからは街で暮らす事になると思います」

 フィアとリリーには要らぬ心配をかけぬよう、仕事で街に行かねばならないと告げていた。

 もうプレイヤーから逃げる必要がないのであれば、情報の集まりやすい街に留まった方が良い。今後狩組として活動するなら尚更だ。

「これまで泊めてくれてありがとうございました。お礼をしたいと思ってますが、何がいいですか?」

 せめてものお礼をさせてくださいと笑みを浮かべるセシリアだったが、フィアとリリーは表情を曇らせる。

「嫌です!」

 甲高い叫び声が真下から聞こえると共に、腰に回された手が痛いほどに締め上げられた。顔をうずめていたリリーが今にも泣き出しそうな顔をしてセシリアを見上げる。

「ここで一緒に暮らしちゃダメなんですか」

 魅力的な提案ではあったが、居心地のいい場所に留まっているだけでは何も変わらない。元々この村に滞在するのはほとぼりが冷めるまでと決めていた。

 けれど、そんな決心もリリーの切実な様子を見ていると揺らぎそうになる。

 毎日街と村をポータルゲートで往復してもいいのではないか。そうすれば毎日ここで暮らす事はできる。


「……ごめんなさい、村と街は、距離がありますから」

 でもそれは出来なかった。村との距離は徒歩で半日ほど。そう遠くないが、往復には1日かかる。

 ポータルゲートを使って普通ではありえない時間で行き来してしまえば、少なからず矛盾を残す事になる。

 毎日続けていればいつかボロが出るかもしれないし、夜間に今回のような緊急の要件が起こるとも限らない。

「でも……」

「あんまり無理言うなって。セシリアにも事情があるんだろうからさ」

 諦め切れずにいるリリーをフィアがやんわりと諭した。無茶を言っている事は自分でも分かっていたのだろう。セシリアに回していた手を離して兄の傍による。

「ずっと街から出られないわけじゃないから、時間が取れる日は遊びに来ます。まだ料理も中途半端ですし」

 後ろめたさからぎこちなく笑いかけると、俯いていたリリーが辛うじて頷く。


「セシリアはそれを言う為にわざわざこんな時間に戻ってきたのか?」

 リリーと比べてフィアは落ち着いていた。突然戻ってきた事に驚いてはいるが、いずれセシリアが居なくなる事もわかっていたのだろう。

「それもありますが、一番の要件は親方さんの回収です。剣の修練も少しは捗りましたか?」

 ユウトを人質にする時に、親方はこの村の警護を任せるためにおいてきた。そのついでにフィアの剣の指南も頼んでいた。

 マスタースミスは純粋な戦闘職ではないが、レベル上限達成者ともなれば戦いの経験は多い。

「ああ。凄かったぜ。岩を素手で砕くわ、太い木を腕でへし折るわ、鍛えれば何でもできるもんなんだな!」

 感心したようにはしゃいでいるフィアだったが、セシリアは顔を引きつらせている。勿論、幾ら鍛えたところでそんな真似が一般人に出来るわけがない。

 不可能を可能にしている原因は親方がStrを上限(カンスト)まで振っていたからだろう。

 それにしたって岩を素手で砕くのはやりすぎだ。どう考えても不信感しか生まれない。

「でも、親方を連れに来たってことは、やっぱりこの村みたいにどこかが襲われてて、それを助けに行くんだよな」

 教えたのはきっと親方だろう。ユウトとのやり取りを見ても、隠し事が出来ないタイプだ。尋ねれば何でもほいほい答えたのかもしれない。

 もしや抑え役であるユウトを連れて行ってしまったのは大変危険だったのではと内心冷や汗を垂らす。

「セシリアも戦うのか?」

「ええ。私は回復やサポートが専門ですから直接ではないですけど。明日には向かう事になります」

 フィアはそれを聞いて何かを考え込んでいるようだった。

「なぁ、さっきのお礼の話なんだけど、頼みたい事が一つあるんだ。今の用事が終わってからでいいから、もう一度来て欲しい」

 今でなくていいのかとも思ったが、フィアがそういうならとセシリアも頷く。

 もしかしたら、無事に戻って来て欲しいという願いが篭められていたのかもしれない。

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