森の中の村で-10-
セシリアが目を覚ましたのは陽も落ち、そろそろ夜になろうかと言う頃合いだった。
起き上がってみると身体全体に不快感がある物の、動けないほどではない。騎士達の回復に魔力を使いすぎだのに加えて、村についた安心感で精神的な疲れが湧き出したのだろうと当たりをつけると身だしなみを整えてから台所へ歩く。
「起きたのか! 身体は大丈夫なのか?」
「はい。元から外傷があったわけじゃないですから」
あれこれと心配するフィアをよそに、セシリアは片隅で2人の様子を窺っているリリーを見た。
目線が合うなりサっと逸らされてしまい、小さなため息を漏らす。
こうなってしまっては直接話をするしかあるまい。できればフィアのいない時に、と内心で覚悟を決める。
「そうだ、あの騎士達はどうなりましたか」
本当は1度村に戻ってからリュミエールへポータルゲートを開こうかと思っていたのだが、意識はその前に途切れていた。
しっかりと縛っておいたし武器も取り上げたとはいえ、インベントリの中にどんなアイテムを持っているかは分からない。
替えの武器や脱出に役立つアイテムを持っていないとは限らないのだ。
「あの後すぐに爺さん達が馬車を出してリュミエールに送ったよ。騎士達も出発の少し前に目を覚ましたけど、なんか偉く怯えてたな。牢獄でも何でも良いから助けてくれとか騒いでた」
痛みの無限ループは彼らに相当なトラウマを残していた。もう誰かを傷つけたりする事はないだろう。
それを聞いて安心するのと同時に不安も押し寄せてくる。
騎士をリュミエールに引き渡すときに、どうやって捕まえたのかを聞かれるに決まっている。
セシリアが関わっていると知られればこの村にプレイヤーが派遣されるかもしない。
場合によっては、今すぐ逃げる必要だってあるのだ。
安堵から一転、険しい表情に変わったセシリアだったが、フィアは安心しろとばかりに先を続けた。
「セシリアが関わっている事は絶対に言わないって事になってる。理由はわかんねーけど、爺さんが決めた事は絶対だから心配しなくても良いさ」
爺さんとは村長であるガリアの事だろう。
この間、討伐に来た一団にセシリアが正体を隠した事から正体を知られたくない事を察したのだ。
セシリアの頭の中で理由も聞かず信頼してくれた彼の言葉が再生され、すっと不安が遠のく。
彼ならきっと大丈夫だ。どんな突拍子もない理由であれ、隠してくれるに違いない。
そこへリリーがおどおどしつつも、野菜の沢山入ったスープをセシリアの前に置く。
「食べられますか……?」
「無理する必要はねーけど、食えるなら食っとけ。それから自分の傷も治せるなら治した方が良い」
言われてから自分の身体を眺めるとそこかしこに小さな傷ができて赤い跡が浮かんでいた。いつの間に、と思いつつもヒールを唱えると傷はすっと消えていく。
起きた時に感じた身体の不快感の原因はこれだったようだ。
2人にじっと見つめられる中、ゆっくりしたペースで食事を終えたセシリアは、すぐに部屋へと追い立てられる。
もう不調は感じないがあれだけの事があって心配なのだろうと、素直にベッドの中に沈み込む事にした。
しかし目を閉じてもさっきまで寝ていたせいか目が冴えるばかりで眠気は少しも訪れない。
丁度いいか、と心の中で呟きつつ、窓の外から聞こえる無視の音と家事の音に耳を傾けながら無為に時間を過ごす事に決めた。
あれから数時間後、虫の音が村を深く包み込む時間帯に起きだしたセシリアは自分の部屋ではないドアの前に立っていた。
一度深呼吸してから遠慮がちにドアを叩く。
「……はい」
微かな返事がした事に安堵をしつつゆっくりとドアを開く。軋むような音が家の中に木霊した。
簡素な部屋の中には寝巻き用の、より簡素な衣服を着たリリーがベッドの上からセシリアを見ていた。
「少し、お話をしても良いかな」
リリーは突然の来訪者に驚いていたようだが小さく頷く。後ろ手でドアを閉めると彼女のすぐ近くに腰掛けた。
「色々ごめんね」
セシリアが寝ているリリーの細く柔らかい髪を優しく撫でながら謝罪の言葉を口にすると、ますます混乱したように不安げな瞳を揺らす。
「お兄ちゃんを取られるかもしれないって思ったんでしょう?」
その一言でリリーが硬直した。顔にははっきりと、どうしてという疑問が浮いている。
両親がいなくなってから2年。フィアは「もう2年」だと言っていたが、リリーにとっては「まだ2年」だったのだろう。
甘えたい盛りの年齢で寂しさを感じないはずがない。でも、リリーにはフィアがいて、2人だけの生活を営んでいた。
彼女の心はフィアと一緒にいることで寂しいながらも満たされていたのだろう。
そこに、セシリアという異分子が混入するまでは。
相手が言って欲しいことを的確に探し出して褒め、常に自分に好意が向くように調整する。
都合のいい方向へ会話を繋げるのはそれなりに神経をすり減らす。
ゲームの中でセシリアがしてきたのはそういう行為で、会話とはとても言えない。
だから何の気兼ねもなく、ロールプレイもせずに誰かと過ごすのは楽しかった。
あまりにも居心地がよすぎて周りのことも見れなくなってしまうほどに。
楽しそうに、無防備にフィアへ近づくセシリアの姿はリリーにとってどう映っただろうか。
たった一人の大切な家族という空間に割り入って、挙句に2人を分断するような存在に見えたはずだ。
けれど敬愛する兄の姿は楽しそうで、リリーの性格からしても表立って邪魔はできなかった。
「……ごめんなさい」
今度の謝罪はリリーの口から零れた。
「料理をちょっとずつ残してみたり、お兄ちゃんの駄目な所をこれでもかと見せ付けたりした事?」
若干の間を空けてから小さく頷く。その様があまりに可愛らしくて、セシリアは思わず笑ってしまった。
「少し残すくらい誰でもあることだって思って、その意味に全然気づけなかった。フィアに対する仕打ちだってそんなに気にしなかったけど、今思えば、あれはリリーさんができる精一杯の意思表示だったんですね」
リリーは兄の世話を焼く事が好きだったんだろう。日々の家事をそれとなくフォローしていたのだってそういう事だ。
でもセシリアが家に来てから全ての家事を持っていかれてしまった。
フィアはそんなセシリアを褒める始末だ。リリーにとって面白いはずがない。
「全然気づいてあげられなくてごめんね」
次の瞬間、セシリアの体が引っ張られてベッドの上に転がる。隣を見るとしがみつくように服を握り締めているリリーの姿があった。
「セシリアさんは悪くないです。全部、私の我侭なんです。セシリアさんは強くて優しくて、どこにも欠点なんてなくて、兄様と私を助けてくれました。兄様とセシリアさんが仲良くなった時、嬉しかったんです。でもどんどん仲良くなっているのを見てたら私だけ別の場所にいるみたいに寂しくなって、悲しくて、兄様はもう私なんて見えてないんじゃないかって思うと怖くて」
微かに震えているのは泣いているからか。止め処なく溢れてくる感情の波を聞く間、しがみついてくる身体を優しく抱きとめる。
「でも、セシリアさんを嫌う理由も見つかりませんでした……」
ネトゲで欠点のない女性を見つけたらネカマと思え。誰が言い出したかわからないが、見事な格言だと思う。
セシリアとして作り出していた人格は演じる事を止めても早々なくなるものではない。
リリーは自分の身さえ顧みず命を助けてもらった相手を理由もなく嫌える性格をしていなかった。
せめて欠点のひとつでも見つかれば理由に出来たのかもしれない。でもそれさえ見つからない。
相反する2つの感情の中で板ばさみになり、悩み続けてきたのだろう。
「兄様をまた助けてくれてありがとうございました。もう我侭は止めます。兄様はちゃんと私を見てくれてるって分かりましたから」
起き上がったフィアがセシリアの叱責を受けた上で選んだのはリリーだった。
それ以前に、フィアがセシリアとかかわっている理由だってリリーだ。彼はいつだって、妹を基準にして動いている。
ただちょっと、言葉にするのが苦手な上に空気を読まない節があるだけだ。
言葉や行動にしないと、誰かにはちゃんと伝わらない。フィアはそれが苦手だった。
「出かけるときに私を誘ったのはマイナスですよね」
「兄様は思ったより鈍感でした……」
リリーが2人きりで行こうと言い出せない性格なのはフィアも承知のはずだ。あの場面からの流れでセシリアを誘うのは鈍感を通り越して残酷に過ぎる。
「もう私は大丈夫ですから。だから、兄様とその、一緒になっても……」
一緒になる、の意味を考えたセシリアが思わず噴出した。
「あのね、違うの。そんなつもりは全然ないの」
「でも、後ろから抱きついてたり、兄様が背中を拭いてたり、平原で、その……」
言い難そうに淀んだリリーを見てセシリアは嘆息せざるを得ない。
セシリアにとってそういう意思がまったくなくとも、傍から見たリリーからはそう見えたとしても仕方ないだろう。
何の気負いもせず自然体で接するとどうなるか。今の身体の不便さにセシリアが小さく唸った。
「私の秘密を1つ教えてあげる」
少なくとも誤解は解かねばならない。この誤解はセシリアの望むところではないし、リリーにはまだフィアが必要なのだ。
可愛らしく、なんだろうと首を傾げるリリーを優しく抱きしめてから耳元で囁くように告げる。
「私はね、女の子しか好きになれないの」
「えぇっ!?」
あまり声を荒げないリリーが大きな驚きの声を上げ、唖然とセシリアを見る。
「だから大丈夫。絶対にフィアを取ったりはしないから。それよりもリリーさんの方が危ないかもしれないですよ?」
腕の力をほんの少し強めると抱きしめられた身体が1度だけ大きく震えた。
大丈夫と口にはしたが、大切な兄を他の誰かに取られてしまうのは、今の彼女にとって負担が大きい。
その可能性がないと言い聞かせつつ、冗談めかしてこの場を収めるにはこうするのが一番だと思った。
それに言っている事に嘘はリリーに関する部分しか含まれていない。
リリーは顔を真っ赤にしながら口をパクパク開閉させ酸素を求めている。こういう姿は兄とそっくりだと思って思わず笑みが漏れた。
さすがにこれ以上はやりすぎか、と腕の力を弱める。
「長い間ごめんね。お休みなさい」
ベッドから起き上がり自分の部屋に戻ろうとした時、不意に小さな手が起きつつある身体を引っ張り再びベッドに沈みこませた。
「あの……私まだちょっと今日の事が怖くて眠れなかったんです。一緒に寝てくれませんか?」
「ごめんなさい、もう少し早く駆けつけられれば」
目の前で唯一の兄が斬られてしまう場面をリリーに見せてしまったのはセシリアの大きな悔恨のひとつだ。
もっと早くあの場所に駆けつけられる方法があったのではないかと思わずにはいられない。
唯一の救いはリリーに剣が振られるのには間に合った事だろう。それに間に合わなければセシリアはあの2人をさんざ苦しめた後、何をしていたか分からない。
「今は、ちゃんと傍にいますから」
先の告白の後で一緒に寝辛い雰囲気ではあったが、リリー云々に関しては本気で言った訳ではない。
ベッドの片隅に潜り込むと怯えさせない為にも身体には触れず上を向く。
そこへ暖かい物が触れた。隣を見ればしがみつく様に腕を取っている。
この分なら先ほどの告白は軽い冗談にしか取られていないかと判断して身体をリリーのほうに傾けると背に腕を回し頭を一定の間隔で優しく撫でる。
初めは腕に縋り付いていたリリーだったが、セシリアが横を向いた事で胸の中に潜り込んできた。
息があたってこそばゆい感覚が背筋を駆け抜けたが、安心しきって身を寄せている顔を見ると身じろぎするのも憚られる。
「お姉様って呼んでも良いですか?」
顔を上げたリリーが唐突に言う。
「どうしたんですか、突然」
「セシリアさんは他人行儀みたいで……。兄様と同じくらい大切な人だから、お姉様がぴったりです」
親猫に甘える子猫のように身を擦り付ける。
それを見て「ノー」と突き放すのはセシリアには難しい。気づけば、迫られるままに頷いていた。
「じゃあ、お姉様。今度一緒に水浴びに行きましょう。少し遠いですけど、綺麗な泉が沸いているんです。それから、お料理を教えてくれませんか。私はレシピも少なくて、兄様にはいつも同じようなものしか作ってあげられないから」
今まで関われなかった分を巻き返すかのように、リリーはしたい事を沢山並べた。
「喜んで。じゃあ、明日の朝は一緒に作りましょうか。それから、私もリリーさんのレシピを知りたいです」
「はいっ」
疲れていたのか、約束を交わすと糸が切れたように寝入ってしまった。元々今くらいの時間には寝ているのだから無理もない。
穏やかな寝息と直に伝わる暖かい体温はセシリアにとってもいい導眠剤だった。2人の寝息は合わさるように溶け合って夜はじっくりと更けていく。
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夜、舗装もされていない道なき道を馬車は休む間もなく走り続けていた。その甲斐あってか、空が白み始めるよりも早く遠目に人工的な炎を見つける。
「みなのもの、そろそろ到着する。分かっているな?」
「勿論ですとも。あの人のことは何があっても話しません」
街を取り囲む大く高い塀はモンスターを寄せ付けないための砦でもあった。
等間隔に備え付けられた炎が例え夜の間であっても灯し続けられ、周囲に危険がないかを見張っている。
夜間に走る馬車はすぐに見つけられた。幾人かの兵士が慌てた様子で飛び出してきて速度を緩めた馬車を囲む。
「貴様ら、こんな時間に何用だ」
兵士は油断なく馬車を眺めた。荷台には2人の男が隠す事もなく縛られ転がされている。他に荷物はないことから商人ではないだろう。
「手配書の人間を捕まえました。つきましては、リュミエールへ引き渡したい所存です」
完全に停止した馬車から降りたのはガリアだった。右手を胸に当て深く腰を折って礼をする貴族風の挨拶に兵士が唸る。
「武装はしてませんね……? 確認する為に詰め所の方に来てもらいます。馬車はこちらで預かりますので、徒歩で移動してください」
村人は特に反抗する事もなく従い、馬車は兵士の一人が操って街へと近づける。
横暴な印象を受けるかもしれないが、これも兵士の大事な仕事なのだ。
しばらくの後、纏められた手配書の中に縛られている2人の騎士と思われる物を見つけると馬車は街の中へ案内された。
そのまま牢獄の役割も果たしている、街外れの裏寂しい場所へ行くと中につめていた兵士によって騎士は薄暗い地下牢の中へと運ばれていった。
「ご協力感謝致します。並びにこれまでの無礼をお許しください」
「そちらこそ、お勤めご苦労様です」
形式ばった挨拶を交わすと兵士がガタイの良い筋肉質な大男を伴って戻ってきた。
年の瀬は40くらいだろうか。色は黒く、頭は丸められ、身体中に岩の様な筋肉がこれでもかと盛り上っている。
ゴツゴツとした顎には無精ひげが伸び放題だったが不思議とよく似合っていた。
前を向く両の目は無言の威圧感をそこかしこに振り撒いており、つれてきた兵士でさえ対応はおっかなびっくりだ。
「おう、あんたらが例の馬鹿共を捕まえたって奴らか。ちっとも強そうじゃねぇが、プレイヤーか?」
威圧感あふれる目元が急ににっと笑う。恐ろしげな風貌に反して、まるで悪巧みを画策する純粋な少年の様でもあった。
声は怒鳴っているかのように大きかったが彼にそんなつもりはない。腹の底から響く声はまるで彼の人柄を表すかのように底抜けに明るく、室内を揺るがす。
しかし言っている言葉は理解できるのに意味がさっぱり分からず村人は混乱していた。
「ぷれいやー、とはなんでしょう?」
ガリアが尋ねれば「なんでぇ、ちげぇのか! じゃあ気にしなさんな」と豪快に笑い飛ばし、意味を説明する事はなかった。
さてどうしたものか、と村人が顔を示し合わせたところに、別の兵士が小さな少年を伴ってやってくる。
「お父さん早すぎ。僕も一緒にって決めたでしょ?」
眠っていたのか小さな欠伸を噛み殺しながら、簡素な寝巻きと思われる衣服姿のままで大男の隣に行く。それだけで大男は途端に破顔した。
「すまんすまん、つい待ちきれなくて先に話を聞いてたんだ。ほら、こいつらが今回の功労者だ」
功労者にその物言いはどうなんだろうと、傍に控えていた兵士が思いはしたが勿論口には出さない。
「お父さんは言い方が悪いんだって。根はいいんだからもう少し話し方とか礼儀とかさぁ」
が、隣の少年はそんな大男にずらずらと不満を並べた。激昂するかと思いきや、大男は叱られた子供のようにしゅんと背を丸める。
少年が"お父さん"と呼んでいることから家族なのだろうが、どちらが父親か良く分からなる光景だ。
「まぁいいや。それより、お父さんは何処まで聞いたの?」
「あぁ、プレイヤーかどうか聞いて違うと聞き出したぞ」
「……まさかと思うけど、直接聞いてないよね?」
「何を言うか。男なら回りくどい事なんてせずに直接行くべきだと父はいつも言って……」
「だーかーら! これはデリケートな問題なの! あぁもう、だからお父さんに先に行かせたくなかったって言うのにさぁ……」
少年がぐったりと、用意された椅子にへたり込む。父親は何をそんなに気にしているんだと首を捻っていた。
「もういいよ。お父さんはあっち行ってて……」
しっしと虫を払う仕草を向けられた大男は、先ほどよりなお沈んだ様子ですごすごと遠巻きに合った椅子に腰掛けていた。実に哀愁の漂う背である。
「……すみません、この際だからもう直接聞きます。みなさんはプレイヤーではないんですね?」
村人をまっすぐに見ていた少年の目の色が変わった。
少しの隙や間さえ見逃さないというぎらついた視線は10程度の外見には全く持って似合わなかったが異質さに村人が息を呑む。
「ええ。違うと思いますが」
その中で唯一ガリアだけが普段と何一つ変わらない様子で答えた。少年はじっとその目を見ると、やがて諦めた様に小さく息を吐く。
「疑ってすみません。報奨金をお支払いしたいのですが、その前に1つだけ質問をさせてくれませんか?」
「何なりと」
「どうやって彼らを捕まえたのですか?」
遂にこの時がきたと村人は思った。誰しもが気を引き締め、事前に話し合った内容を口にする。
「彼らは傷ついた身で我々の村に来ましてな。宿を貸して欲しいといいました。ですが、我々が以前オークの討伐を依頼した際に手配書を預かりまして。驚きましたとも。村に来た彼らはその手配書の人物だったのですから。そこで酒を大量に振る舞い酔った所を縄で縛り上げた次第です」
真剣に顔を頷きあう村人たちの前で、少年は一瞬ぽかん、としていたが、次の瞬間には何の琴線に触れたのか笑い出した。
まさか言い訳が一瞬で見破れたのかと、村人は気が気でなかったが実際はその逆。
「なるほど。確かにゲーム内ではアルコールで酔う事もありませんでした。彼らがここを本気でゲームだと思っているなら浴びるように飲んで倒れるのも無理はないですね」
ひとしきり笑い終えた少年は無性に納得していて、村人には何故か分からなかったが窮地を脱しのだと察する。
「今報奨金を用意しますからお待ちください。そうだ、他にも何人か手配中の人がいるのですが、準備が終わるまで時間もありますし、御確認願えませんか?」
少年の言葉に勿論、とガリアが頷く。ここで拒否する必要もないだろう。
次々と出された犯罪者の手配書に、辺鄙な村で暮らすガリアが知る顔があろう筈もない。
10分ほどかけて流されると、報奨金はまだ準備ができてないようだった。
「すみません、額が多いせいか時間がかかっているみたいです。よろしければこちらの手配書も見てみてくれません?」
勿論です、と頷いた村人たちに、今度は探し人の手配書を差し出す。
何となしに眺めていた彼等だったが、数枚目の手配書を見た瞬間、セシリアに関する事は何があっても黙秘するという事前の協定があったにもかかわらず、反応せずにはいられなかった。
言い訳をするなら、不運がいくつか重なったのだ。
一つはプレイヤーの手配書にかけられた報奨金の額がそこそこ高く用意するのに手間取っていた事。
一つはその間を潰すために、少年は近くにあった探し人の手配書の束を手に取った事。
一つはガリア達が窮地を脱したと思い油断していた事。
一つは、セシリアの報奨金が圧倒的過ぎた事。
見知った顔に金貨100枚分の褒章がかけられていたことを知って、どうにか反応を殺せたのはガリアだけだった。
「セシリア、さん……?」
少年の目が思わず声を上げ手配書に見入っていた村人を捕らえ、はてこの反応の意味は、と考えるに至り飛び上がる。
「彼女を知っているのですか!?」
少年の慌てように背後に座していた大男も寄ってきた。村人たちの表情が一斉に強張る。それは知っていると言っているのと何も変わらなかった。
「お父さん、すぐに狼を走らせて。彼らの村まで、できる限り早く着きたいから。逃げられたら次は探し出せない」
逃げられたら、という一言にガリアはすばやく反応し、今にも駆け出しそうな少年の裾を掴む。
「お待ちください。彼女に何をするつもりですか」
もはや隠しても意味がないだろう。この慌てようからして、今から誤魔化したとしても村には必ず立ち寄る。それを彼等より早くセシリアに伝える術はないのだ。
少年はガリアに向き直ると掴まれていた裾をとても子どもとは思えない力で引き剥がす。
「僕らには彼女が必要なんです」
その言葉にはガリアが硬直するほどの切実さと真剣さが混ざっていた。




