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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
18/83

森の中の村で-7-

 午後の空き時間に2人で再びスキルの練習をしていると、スキルを体感したおかげでイメージしやすくなったのか、成功には至らない物の剣の色合いが変わり始める所までは漕ぎつけていた。

 足りていないのは恐らく経験だろう。

 この分なら数日で使えるようになるかもしれない。

 といっても、それで終わりではなく、今度はスキルの射程距離を覚えてもらう必要があるし、その上で最大射程から目標に当てる技術力を鍛えなければ意味がない。

 止まっている目標に当てる事はそう難しくないだろうが、動き回る敵に当てるのは至難の業だ。

 このまま少しずつ調整していけば1月後くらいには中距離前衛としてオークくらいなら撃退できるようになるかもしれない。

 そんな事を考えながら夕飯の準備をしていると突然ドアが開いた。


 2人はまだ仕事中のはずで、こんな時間に珍しいなと思いながらセシリアが振り返ると、フィアが村人に背負われて顔を顰めている。

「ちょ、何があったんですか!」

 見たところ外傷はなく意識もあるが、どうにも歩けないようだった。

 心配そうに駆け寄ったセシリアに、フィアを運んできた村人は心配ないと苦笑する。

「こいつはやりすぎなんですよ」

 そう言って、事の顛末を話し始めた。


 なんでもフィアはここ最近、畑仕事の合間にあるちょっとした休憩時間にも休まず剣を振っていたらしい。

 畑仕事は重労働だし、剣を振るうのだってかなり体力を使う。回復の為の休憩時間も取らずに毎日ひたすら続けていればどうなるか。

 いつしか身体が限界を超えて倒れるに決まっている。スキルの発動に従い、MPを使っていたとしたら尚更だ。

 だからセシリアは身体を休ませる為にも夜の練習を禁じていたのだが、今の彼を見ていると抜け出して一人訓練していた可能性も否めない。

 あと少しでスキルの発動ができそうなところまで辿りついているのも原因の一つだろう。


「無理するなって言ったじゃないですか!」

 事情を聞きだしたセシリアが腰に手を添えて叱りつける姿はいまいち迫力に欠けていた。

 見守る村人の眼差しも微笑ましさを含んでいる。

「いや、別に無理したわけじゃなくてだな。結果的に無理になったというか、行けると思ったっていうか」

「同じことです!」

 しかしフィアが感じるバツの悪さは変わらないのかごにょごにょと言い淀ぶんだところに、間髪入れずに再び叱責が飛んだ。

「治してあげようかと思いましたが保留です。暫くは痛みで苦しんでください」

 突き放すような言葉にフィアががくりと肩を落とす。これでしばらくの間、訓練はお預けだろう。

「自業自得だな。少しは身を持って味わえばいいさ」

 村人はそんな2人の様子を見て豪快に笑った。

 大人たちの二日酔いを自業自得で放置するよう提言したフィアが文句を言えるはずもない。

 苦い顔を作った後、なすがままに部屋へと運ばれていった。


「ま、数日寝てりゃ良くなりますから」

 フィアを部屋に放り込んで戻ってきた村人が帰り際にそう告げる間、セシリアはずっと申し訳なさそうに頭を下げていた。

「明日には治しますから。今夜は苦しんでもらいますけど」

 傷や痛みがヒールによって簡単に回復するからと言って無理をしていい理由にはならない。

 どうしても他に方法がない時ならともかく、ヒールありきな日常生活をおくっていれば必ずどこかで踏み外す。

 頑張るのは構わないが、時に身体を休める事も重要だ。フィアは少しそれを知った方が良いと思っての事である。


 暫くして仕事を終えたリリーが戻ってくると、迷う事なくフィアの部屋へ足を運んだ。

 狭い村だけあって事の顛末はとっくに広まっているらしい。妹様はいたくお怒りだった。

 セシリアが夕飯を用意している小一時間ほどの間、フィアの部屋からは延々とお説教が漏れ聞こえ、完成した事を告げにセシリアが部屋に入った時、ベッドで横になっていたフィアは縋るような目線を彼女に投げかけた程だ。

 食事となればリリーも中断せざるを得ない。

 まだ言うべきことは山ほどあるとばかりの物足りなさげな様子だったが、セシリアを見上げてやや躊躇いを見せる物の、仕方ないかとばかりに立ち上がった。

 フィアがあからさまな安堵を示し、ベッドに沈み込む。

 そんな2人を見て、セシリアはこのまま終わらせていいものだろうかと、邪念、もとい悪戯心が沸きあがる。

 どうしたものかと可愛らしく小首を傾げてふと思いついた考えににんまりと笑って、リリーの肩に手を置くと椅子へ座らせた。

「まだ動けそうもないですし、食事はここまで運びますね。リリーさん、たくさん"お話しながら"食べさせてあげるといいですよ」

 救世主が悪魔に変わったことでフィアが顔を青くする。反面、リリーの方は花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 また無茶をするといけないし、持ち得る釘はこの際全部刺しておこうと言う寸法である。



 しばらく時間をおいてから食器を下げにフィアの部屋に入ると、お説教は終わっているようだった。

 ここ最近見た中で一番げんなりと潰れているフィアに思わず小さく、くすりと笑みをこぼす。

「少しは反省しました?」

「したした。だから出来れば今すぐ回復を……」

 足と腰、それから利き腕である右腕の筋肉を傷めたのか割合辛そうではある。

 回復してもいいかな、と一瞬思ったがすぐに首を振って考えを散らした。

「リリーさんから『すぐに治すと兄様は調子に乗ります』って釘を刺されてますから。少なくとも明日までは我慢してください」

 少し舌足らずな彼女の声を真似するとフィアの顔が嫌そうに歪む。


「あいつは兄を虐げる趣味でも芽生えたのか……。最近俺の扱いが酷い事になってる気がしてならないんだが」

 寝起きが悪いから冷や水を浴びせられる事にはじまり、身だしなみや家事の不手際など、セシリアも何度かフィアが注意されている所を見たことがあるが、全て自業自得の範囲だ。

 少しいい加減というか、適当な部分があるせいだろう。

「前は違ったのですか?」

「ああ。忘れたり中途半端だと何も言わずとも全部やってくれてたな。時々体調崩した時とか過剰なくらいあれこれ心配されたし。今日みたいにあんな長い時間文句を言われたのは始めてだよ」

「年下の妹さんに全部やらせて納得しないでください……。愛想だって尽かされます」

 事も無げに言うフィアに向けて、セシリアは呆れた様子で大きなため息を吐き出す。


 セシリアから見てもしっかりしている彼女の事だ、言うよりも自分でやった方が早いと判断したのかもしれない。

「でも明らかに変わったのはここ1週間くらいだぜ? 前はなんか楽しそうだったし」

「また言い訳を」

 どの口が言うか、と痛むであろう足や腰をぐりぐりと押すと奇怪な声を上げて悶える。

 1週間と言う言葉がセシリアの顔へ僅かな陰りを作ったことにフィアは気付かなかった。


「そうだ、お湯を沸かしてくれないか?」

 制裁を加え終わったセシリアが食器を持って戻ろうとした時、背後からフィアの声がかかる。「少し待って」と告げてから部屋を出た。

 この時代の風習に温めた湯につかる行為、いわゆるお風呂はないらしく、セシリアがリュミエールで泊まった宿にもこの村にも設備がない。

 だから汗や砂といった汚れを落としたい時は近場の水場で水浴びをするか、お湯とタオルを使って拭うのが基本だ。

 予め火をかけておいた大鍋の中から大きめの桶にお湯を入れ、井戸水を加えつつ温度を調節する。

 自然に冷めてしまうのを考慮して少し熱めのお湯を作った後、苦労しながらフィアの部屋に運ぶとタオルを落とし込んで準備完了。

「終わったら呼んでください。運びますから」

 セシリアは部屋を出てから、リリーもお湯を使うか確認しに隣の部屋に向かったが、寝ているのか留守にしているのか、ノックをしても返事はなかった。


 まだ少し残っていた作業を終わらせようと台所に戻る途中、フィアの部屋からくぐもった声が聞こえてきて様子を伺えば、変な体勢で床に突っ伏している彼を見つける。

「何してるんです?」

「背中を拭こうとしたら腕が悲鳴を……」

 そういえば利き腕も痛めていたのかと思い出し、仕方なく傍に行って半裸の身体を持ち上げた。

 まだ痛みの少ない反対側の手でどうにか拭こうとしていたが身体が硬いのか不器用なのか上手く行っているとはいいがたい。

「やりますよ。背中を拭けばいいんですね」

 空を切るばかりの手からタオルを奪うと、1度湯につけ濯いでから絞って広げる。

「ほら、前を向いて。背中をこっちに」

 怪訝な顔をしていたフィアの背へタオルを当てると慌てて前に向き直った。


 思ったより大きな背を上下に数度擦ってから再び湯にくぐらせ絞る。

 初めこそ緊張から力の入っていたフィアだったが、何度か繰り返すうちに心地よさから身体を楽にする。

「別に治してくれてもいいんだぞ?」

「はいはい。今日はもう夜遅いので閉店です。明日の朝までお待ちください」

 遂には軽口まで始まりセシリアは苦笑を浮かべつつあしらう。

 確かに反省はしているようだから治してしまってもいいのだがリリーの許しを得ていない。

「さ、後ろは大体終わりましたけど、前も拭きますか?」

「いいって! そっちは自分で出来る!」

 そうこうしている内にあらかた拭い終えたセシリアが尋ねるとフィアは慌てたように何度も首を横に振る。

「別に恥ずかしがらなくてもいいと思いますけど。その腕で大丈夫ですか?」

 フィアはセシリアの物言いに不服そうな顔をしていたが、突然悪戯を思いついた子どものように振り返って言った。

「そんなに言うならお礼に背中拭いてやろうか? 腕が大丈夫だって証明にもなるだろ」


 フィアにとってはどこか超然としていて掴みどころのないセシリアだったが、年頃の少女である事には違いない。

 彼からすればただの軽口の延長上で、セシリアに少しでも恥ずかしがってもらえればそれでよかった。

 顔を赤くするなりして断られたら、先ほど言われた「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃないか」という一言をそっくりそのまま返してからかうつもりだったのだ。

「あ、それいいですね。お願いしましょう」

 ところが彼の予想と反して立ち上がったセシリアは目の前にぺたんと座り込み、身に纏っていたチュニックを止める間もなく解く。

 白い衣装がするりと身体を滑る艶かしい音が部屋の中に満ちた。

 長い髪を2つに分けて前に垂らすと夜の闇の中に白い陶器のような肌が浮かび上がる。

「は、はぁ!?」

 フィアが自分から言い出したことだというのに、目の前に広がる光景が何一つ理解できず叫び声を上げた。

「夜はちょっと寒いんです。早くしてください」

 極度の混乱に陥っているフィアに追い討ちをかけるかのごとく、セシリアは妖艶な笑みを浮かべて早くしろと急かしにかかる。

 一方で彼は何かを言いたいのに言うべき内容が頭の中で整理できず、魚のようにただ口をパクパクと開閉しているばかりだ。

 セシリアはそんな様子を見てもお構いなしとばかりに満面の笑みで振り返るともう一言付け加える。

「実は背中が上手に拭けなくて困ってたんです」


 逃げ場を完全に失ったフィアがロボットの様な硬い動きでタオルを絞ってセシリアの背に当てた。

 壊れ物を扱うようなぎこちない動作で拭うと、肌に残った小さな水滴が僅かな明かりを受け取って煌く。

 拭いやすい様に少し丸められた背はありのままを晒しているのも手伝って、フィアの想像よりもずっと小さく華奢だった。

 脂肪は言わずともがな、筋肉すら殆どついていない滑らかな肌に時折指が触れると柔らかい感触が返ってくる。

 始めこそ力加減が分からずくすぐったそうにしていたが、何度か繰り返す内に当初の混乱も薄れたようで、手つきがしっかりしたものに変わった

「……普通頷かないだろ。ていうか俺は何をしてるんだ」

 話す余裕も戻ってきたのか、両手を使えば覆えそうなくらい細い腰にタオルを滑らせつつ、なんとも情けない声がする。

「私を手玉に取ろうなんて十年くらいは早いです」

 そんなフィアに、セシリアは得意げに笑って見せた。


 こんななりでもセシリアは有無を言わせずこの身体を与えられただけで自意識は男性だ。

 プロネカマとして女性を演じている時であればこんな真似は絶対にしなかっただろうが、今のセシリアは精々が口調に気を配る程度で演じるつもりはなくなっている。

 あの時の暴露でプロネカマとしての全てを終わらせる予定だったのだ。まして、ゲームでなくなってしまったこの世界で演技を続ける意味はない。

 それが転じて、プロネカマ時代よりも遥かに危険な無自覚の兵器と化している事に気付いていないのだろう。

 フィアの心中を少しも考えず、背を擦り上げる感覚に鼻歌まで歌いながら身を委ねていた。


「ほら、終わったぞ」

 ぽしゃん、と小さな水音が響いてタオルが桶へと投げ込まれる。

 さっぱりした感覚にセシリアが腕を伸ばすと照れているのか、見てはいけないと自制しているのか、フィアがそっぽを向く。

 それに気づいたセシリアはくすり、と悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「前も拭きます?」

 唖然としていたフィアが若干の間を開けてから顔を赤く染め慌てふためく。

「悪かったって! もう勘弁してくれ!」

 降参だ、とばかりに両手を挙げたフィアは無意識のうちに痛めている利き腕まで動かしてしまい、激痛にのたうっっていた。

 が、不意に真剣な顔をして背後を振り返ると急に押し黙る。

「どうかしましたか?」

「いや、ドアが開いててさ。閉め忘れたのか?」

 言われてみると、確かにドアは細い隙間を残して開いている。

 閉めただろうかと記憶を漁ったセシリアだったが、フィアの変な姿勢ばかりが頭に残っていて閉めたかどうかは曖昧だった。

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