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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
17/83

森の中の村で-6-

 セシリアはフィアの到達すべき第一目標を『スキルが使えるようになる事』と決めていた。

 フィアに渡したオーシャンズブレイドがプレイヤー間で水の魔剣と呼ばれるのは、この剣に特殊なスキルが付与(エンチャント)されているからだ。

 装備している時に限り【アクアスラスト】という、水属性の衝撃波を敵に飛ばす中距離スキルが使えるようになる。

 たかだか十数日の訓練で、まして本職でもないセシリアの教えで、フィアが前衛としてのノウハウをマスターできるとは少しも思っていない。

 なにしろ、セシリアが現段階で教えられることはもう殆どないのだ。


 何かを学ぶ上で一番大切なのは経験を積む事だろう。

 戦闘では敵の攻撃を見て避けるか受けるかを、どうすれば自分の攻撃を当てられるかを本能的に判断しなければならない。

 こればかりは何度も実戦形式の演習を続けるなりして少しずつ感覚を養っていくしかないのだが、セシリアは教えられるような剣の腕をしていない。

 となると弱いモンスター相手に支援で守りつつ、敵を補足して攻撃を叩き込む一連の動作を経験させられればいいのだが、この地域に実戦の経験を積めそうなアクティブモンスターは居なかった。

 森の中のノンアクティブモンスターは逃げ惑う的にしかならず、敵が反撃してくる感覚を知ってもらうには不向きだ。

 セシリアがアクティブモンスターの居る場所をポータルゲートの位置情報に記録して転送すれば訓練できなくもないが、この魔法を見せるのは危険が伴う。

 どうしたものかと考えた結果、武器の付与スキルを思い出し、覚えてもらうことにしたのだ。

 中距離からの攻撃であればモンスター相手に剣を交える必要はない。

 が、これは思いの外難しい作業だった。


 ゲーム内で言うところのMPを、この世界の住民はみな多かれ少なかれ持っているのではないかとセシリアは思っている。

 この非常識なくらい現実的な世界で『敵を倒して経験値を獲得、レベルが上がってMPも上昇する』なんて奇天烈な事象がある筈がない。

 魔法や剣技が一般的に普及していることから考えて、極々一部の人しか使えないなんて事もない。

 となれば身体の成長と共に、或いは特殊な訓練をすれば増加していくのではないか?

 だとすればフィアにも相応のMPは潜在的に備わっていて、剣に付与された習得の必要がないスキルなら使えるかもしれない。

 そう思ってあれこれ教えているのだが中々思うように行かなかった。


 【アクアスラスト】は両手剣使いのキリエがボスドロップついでに試した所を1度だけ見たことがある。

 溜めのモーションの後、剣が幻想的な青に淡く光り輝いて、振りぬくと同時に青みがかった衝撃波が飛んで行ったはずだ。

 セシリアが魔法を使う時には、使いたいものをイメージしつつ精神を集中する事で形が作られていき、最終的にMPらしき精神的な力が身体の一部から抜け出ることで完成している。

 【アクアスラスト】もそれと同じ方法で発動できるのではないか、と考えたセシリアはフィアに言葉で教えていたのだが、見たことのないスキルを想像するのは難しいのだろう。

「1回でも発動すればどんな物か分かるような気がするんですけど……」

 しかしフィアが幾ら剣を構えて唸っても刀身は青く煌かない。

 どうした物かと悩んでいると、不意にある可能性が脳裏に浮かぶ。

 この世界ではゲームと違い、セシリアでも剣や斧と言った、本来聖職者が禁止されている武器を扱う事が出来た。

 であれば、この剣に付与されたスキルを発動させられるのではないか。


「ちょっと剣を構えて立ってみてくれませんか?」

 セシリアの腕力では剣を振るおうとしても振り回されてしまう。

 言われた通りに構えたフィアの後ろから抱きつくような格好で手を回し、柄に添えられた彼の手に触れる。

「お、おい!?」

「集中集中。ちょっと待って」

 動揺したフィアを気にも留めず、セシリアは自分の中の力を剣に流し込むようなイメージを作り出した。

 それだけで刀身は以前見た時と変わらない青々とした輝きを伴い、フィアは突然発光した剣に驚き目を見開いていた。


「多分これで準備完了です。この状態で一度振ってみてください」

 手を離すと効果が切れてしまう可能性を考え、しがみ付いたままの状態でフィアが剣を勢い良く振るう。

 次の瞬間、力の一部が抜け出す感覚と共に風を伴いながら水色の波動が空を駆け、村の外れに転がっていた苔生す大岩に吸い込まれていく。

 ズドン、と重い音が響いたかと思えば離れている2人も振動が伝わった。

 同時に空から砕けた岩の欠片と思しき石片がぱらぱらと降り注ぐ。

「おいおい……マジかよ」

 フィアが見つめた先では見るからに頑丈そうな岩の半分近くがごっそりと抉り取られていた。


「結構凄い威力ですね……」

 セシリアもこのスキルが実際に敵へ使われた所を見たわけではない。

 魔剣というだけはあって、付与されたスキルの威力は高めに設定されている。

 消費するMPも他の同倍率スキルと比べると2割ほど少ない上にディレイやクールタイムすらない。

 もしモンスターと相対しても、遠距離からこの威力を連発出来るようになればそこそこ戦えるだろう。

「この剣って御伽噺に出てくるような伝説の武器とかなのか?」

 手元の剣をまじまじと見入っているフィアだったが、セシリアは言葉に詰まっていた。

 魔剣と大層な名前で呼ばれているが、この威力であっても数ある武器の中で精々が中の上か上の下だった。

 中級者にとっては便利な一品なのだが、廃人にとっては属性が固定される事、攻撃力の高いレア武器が他に幾つもある事から妥協用、ネタ武器と散々なレッテルを貼られている。

 そもそも、廃人が欲しがる超高額品をお礼に見繕うと収支的にマイナスになるのだから持っているはずがない。

「あー、まぁ、そんなところですか、ね」

 海の底で生息していたイカのお腹の中にある剣です、とは言ったらフィアはどんな反応を示すのだろうか。

 少し気になりはしたが、どうやって潜ったのか聞かれたら答えられないので黙っている事にした。


「とりあえずもう1回見本を見せます。自分の心の中にある力みたいなものを、こう、流し込む感じで」

 言ってから再び力を流し込むと剣は青く煌く。集中を解けばまた元の色合いに戻った。

「どうですか?」

「どうって言われても、その……」

 フィアは剣を構えて集中しているように見えて、どこか落ち着かないようにそわそわとしている。

「どうかしました?」

 セシリアが疑問に思って尋ねるのだが、フィアは「あー」だの「うー」だの、言葉を濁すばかりで会話にならない。

「難しいかもしれないですけど、コツさえ掴めばできますから」

 それを感覚が掴めないのだろうと判断したセシリアは、フィアの手に添えている自分の手をより強く握る。

 するとフィアが実に言い難そうな様子で小さく漏らした。

「いや、色々当ってまして……」


 咄嗟には何を言われたのか分からず、若干考え込んでからあぁ、と納得した。

 セシリアより一回り以上も大きなフィアの構える剣を背後から握るには、どうしても身体を押し付ける必要がある。

 握っていた手を離し集中できるように距離を取ると普段と変わらない様子で言う。

「それじゃ、1度やってみてください」

「そこはこう、きゃーとか何かある物じゃないのか……一人で滑ってる気がするんだが」

 フィアが言うように、ここがもしゲームの世界ならそういうお約束の展開を演じるのもセシリアにはやぶさかではない。

 寧ろ積極的に演じてきた部分はある。

 けれどそれはプロネカマの布教活動として必要だったからであって、今となっては必要のない演技だ。

 とはいえこのまま何も反応をしなければ本当にフィアが一人滑っていたことになるのだろうかと考えて、

「きゃー」

 酷く棒読みの音声を再生した。

「……」

 フィアが無言でセシリアに振り返る。

 ……互いに滑ったのなら何も問題あるまい。



 そんな事を続けていたらついうっかり時間を忘れて、いつものお昼の時間を過ぎてしまっていた。

 またリリーを待たせてしまったと急いで家に戻ると、一人でちょこんとテーブルに座っている。

「悪い、遅くなったな。待ってるなら声かけてくれても良かったんだぞ?」

「迎えに行こうと思ったけど……」

 セシリアとフィアは大抵同じ場所にいて、リリーもその場所を知っている。

 実際彼女は1度迎えに来ていたのだが。

「……抱き合ってたから、邪魔したら悪いかなって」

 途端にフィアが盛大にむせた。背後のセシリアも微妙に顔を引き攣らせている。

「いや、あれは練習で必要だったからってだけだ」

 慌てて否定しにかかった彼をリリーは疑わしそうに見ていたが、セシリアが同調するに至ってようやく納得したようだ。

「でも兄様とセシリアさんって、仲いいですよね?」

 いつもより遅くなった昼食の最中に、リリーが尋ねるというよりぽろりと本音が零れた様な物言いで言う。

「そりゃそうだろ、一緒に暮らしてるんだし」

 多分何も考えず"何を今更"と答えた兄に、妹は複雑な表情を見せてその日の昼食は少し残していた。

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