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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
15/83

森の中の村で-4-

「頼みがあるんだ。俺に戦い方を教えて欲しい」

 やや遅めの朝食がつつがなく終了するとフィアは真剣な瞳をセシリアに向け、彼なりの誠心誠意を篭めて頭を下げた。

 力を求めた理由は分からなくもない。

 日常の一つ裏側にはどんな可能性も待ち受けていることに、彼も気付いたのだ。

 今回はセシリアが居たからどうにか切り抜ける事が出来た。でも、次また同じ事が起こった時に、セシリアが居てくれるとは限らない。

 大切な何かを守る為に力を欲する姿は清々しいほど真っ直ぐだった。

 リリーはそんなフィアを心配そうに眺めている。

 住居と食事を提供して貰っているのだ。拒否する理由は特に見つからなかった。

「そうですね。滞在させていただいてる恩もありますし。私に何が出来るかはわからないですけど、出来る事なら手伝います」

 セシリアがそう告げると、フィアは顔をきらきらさせて飛び跳ねるようにして喜ぶ。


 この村の住人は幼子であっても、一人で動ける年齢であれば何かしらの仕事を請け負っていた。

 リリーは家畜の世話を、フィアは陽のあたる場所に作られた畑で頭痛に苦しんでいる大人たちに混じって汗を流している。

 ディスペルで癒そうかと思ったのだが「村長はともかく、他の奴らは多少痛い思いをさせとけ」というフィアの要望は深い苦労が滲んでいて、気付けば頷いていた。

 何でも酔った彼らの相手をしたり運んだりするのは決まってあまりお酒を飲まないフィアらしい。

 酔っぱらいの相手が面倒なことこの上ないのは異世界でも共通なのだろう。


 セシリアは空いている時間を使ってフィアに戦い方を教えると約束した。

 畑仕事は太陽が照りつけるお昼前後の時間帯を休憩に割り当てているらしい。

 今日はいつもより遅く始まったのだが、二日酔いではまるで作業にならず早々に切り上げられたとフィアも呆れていた。

 この地方に四季があるのか分からないが、あるとすればそろそろ秋というところだろうか。

 陽が照っているとぽかぽか暖かいが汗をかくほどではない。

 森の中、という事もあってか朝晩に外を出歩くと風は驚くほど冷たかった。


「んじゃ、まずは何をすればいいんだ?」

 折角の空いた時間だ。無駄にする気は少しもないのか、フィアは早速セシリアの元へ訪れている。

 期待に瞳を輝かせる彼を見て若干のプレッシャーを感じつつも、予めインベントリから出しておいた一振りの片手直剣を渡した。

「持てますか?」

 こういうところにもStrが関係するのか、セシリアにとってはずっしりと重い。振ろうとしても振り回されるのがオチだろう。

 だが畑仕事で鍛えているだけあってか、フィアは片腕だけで水平に持ち上げてみせる。ひとまず最低限の基準はクリア。


「結構重いけど何とかなるな。……あれ、でもなんで紐で結んであるんだ?」

 フィアが鞘と柄が木のつるでぐるぐる巻きにされているのを見つけて不思議そうに首を傾げた。

「突然刃物を持つと危ないかと思って。まずは持って振る行為に慣れてみるのがいいかと」

 この剣は恐らく、リュミエールのどの店で売られている武器よりも圧倒的に威力が高いと予想された。

 セシリアのインベントリにあるアイテムは、その全てが廃人から貢がれたレアアイテムか、貢物のお礼や布教活動の一環として渡そうとしていた、これまたレアアイテムばかりである。

 この剣にしてもゲーム内の知り合いに布教の為プレゼントしようと持ち歩いていた一品だった。

 繋いでも顔を合わせる機会がなく、ついぞ渡す事がなかったのを流用した形になるが、フィアのような初心者が扱うランクの武器ではない。

 うっかり手を滑らせてぐっさり、なんて事になったら目も当てられない。

 ゲーム内では自傷行為が出来ないよう保護されていたがこの世界はその限りでないのだ。

 封印を取るのは剣の扱いに慣れた後でもいいだろう。


「剣で大切なのは体重移動です……多分。腕の力だけで振るっても威力は出ませんから、身体全部を使って振るんです。……多分」

 フィアは両足をしっかり地面に踏み降ろすと右足を1歩前に踏み出し、振り上げてから振り下ろす動作を言われたとおり身体全体を使って行う。

「何か鍬を振るのと似てるな」

 確かに畑を耕す時に使う桑も腰や足全体を使ってめいっぱい振り下ろすものだが、果たして似ているのかどうか。

 農耕などした事もないセシリアに分かるはずもない。

 長閑な昼下がりに空気を割く音が断続的に響く。

 初めこそ剣に振り回されている感じがしたが、コツを掴んだのか今は大分安定している。


「セシリアは剣の使い方にも詳しいのか?」

「まさか。ただの聞き齧りの知識ですから、間違っていたらごめんなさい」

 アニメでそんな事を言っていたような気がするとは口を裂けても言えない。例え意味が分からなくとも。

 正直に言えば有効かどうかは分からない。

 どうすれば支援を上手くこなせるか、と聞かれれば、セシリアは一から十まで分かりやすく解説する自信があるが、剣士系列は畑違いだ。

 おまけにゲーム内では職業によって装備できる武装が決まっていて、聖職者系列は短剣や長剣といった刃物が全面的に禁止されていた。

 ドロップを拾う事はできても鞘から抜く事、振る事はシステム的に制限されていたのだからコツを知れる筈もない。


「そうだ。私はあんまりこの辺りのことを知らないんです。もし良かったら教えてくれませんか?」

 無言で興じる方が集中できるのかもしれないが、これはただの慣らしだ。

 剣を振っている間、基本的にセシリアは見ているだけで何もする事がない。

 折角現地人と友好な関係を築く事が出来たのだ。彼等だけが持ちえるであろう知識を集めればいつか必ず役に立つ。

 そんな思惑に気付く事もなく、フィアは軽い調子で「いいぜ」と頷いた。


 セシリアは疑問に思っていることを頭の中で軽くまとめてから、まずはシステム的な部分を迂回しつつ尋ねる。

 インベントリついてそれとなく確認したところ、フィアの知る限りそのような魔法はないという。

 都市間を一瞬で転移できる方法がリュミエールにあるかについてもフィアは首を横に振った。

「セシリアが前いたところではそんな便利な魔法が発展してたのか?」

「いえ。風の噂に聞いた物で。本当にあるのかと疑問に思ったのです」

 むやみやたらと人前で使ったりすれば問題が起こりかねないと知れたのは大きなプラスと言っていい。

 他愛のない会話を混ぜながら根掘り葉掘り聞いていると時間はあっという間だった。

 そろそろ家に戻ろうか、という時になって見慣れた小さな人影がとてとてと駆けてくる。

「兄様、もうお昼ですよ」

 リリーは剣を振るフィアと座ってそれを眺めているセシリアを見比べてから遠慮がちに告げた。

「あぁ。今戻ろうと思ってたところだよ」

「兄様はずっとセシリアさんと……?」

「おう。中々楽しかったよ」

 そう言ってフィアはリリーの手を繋ぐと家に向かって歩き出す。リリーは繋がれた手を見ながら、一度だけセシリアを振り返った。



 翌日、フィアとリリーが割り振られた仕事に勤しんでいる間、家で何もせずにごろごろしているのを申し訳なく感じたセシリアは率先して家事を手伝う事にした。

 まずは井戸から汲んできた水を使い朝食で使った食器を洗う。

 それから溜まっていた洗濯物を、同じく井戸の水を張った盥の中に浸して汚れを擦り落とし始めた。

 慣れない作業ながら試行錯誤を繰り返し、どうにか絞った洗濯物を干した所で、村の入り口から狼を大きくした様な生き物に乗った見慣れない男達が入ってくる姿を見つける。

 その誰もが長閑な村の景色とは似合わない、物々しい装備を全身に纏っていた。

 鎧一つにしても酷く重そうだというのに、狼から降りた男達は重量を少しも感じさせない軽やかな足取りで、迷うことなく村の中央に向かう。

 セシリアの顔がにわかに強張った。

 彼等がみな歳若く、端整に過ぎる顔立ちをしていたからだ。

 年の瀬は揃って10後半から20半ばまで。髪の色はてんでばらばらで統一性がない。

 だというのに、遠目から見た装備はゲーム内で何度も見かけた事のある優秀な高額品ばかりだ。

 これらの共通点に当てはまる存在を、セシリアはよく知っている。

 家の中にあった布をフード代わりに巻くと彼等が向かったと思われる村長の家へと急いだ。


「それではオークを無事討伐されたのですね」

「ええ。わざわざ来ていただいたのに申し訳ない」

「いいえ。御無事で何よりです。……ですが、よくオークの集団相手を倒せましたね」

 セシリアが家に飛び込めば男達とガリアがテーブルに座り、丁度話をしているところだった。

 会話をしているのは彼らのリーダーなのか、明るい金髪の王侯然とした優男で、他の男は付き従うように傍に立っている。

 多少聞こえた会話から察するに、彼等はリュミエールから派遣された討伐隊だろうか。

 何故プレイヤーがそんな真似をしているか気にはなったが、今はそれどころではない。

 突然駆け込んできた小柄な人影に誰しもが驚き視線を投げかけていたが、ガリアだけは素早くその正体を察したようだ。

「いえ。それもこれも全てこちらの――」

「えぇ! 村で力を合わせて罠に嵌めたのです。倒す事はできませんでしたが逃げ出していきました」


 ガリアに紹介されるよりも先に、彼の言葉が掻き消えるほどの大声で嘘の顛末を報告する。

 幸い、致命的となる会話はまだ行われていないようだが、このまま続けられればセシリアが関わっていた事を知られてしまう。

 彼女にとってそれは詰みだ。

 どう考えても高レベルプレイヤーとしか思えない、それも本職の前衛複数人に敵う筈もない。

 大きな布で髪を纏め口元まで覆っているから一見して正体を見破られる事はないだろう。

 問題は後はガリアが話を合わせてくれるかどうか。

 だがそれは杞憂だったようだ。

 取り乱しているセシリアを見て俊敏に何かあると悟った彼は真実を心の奥に留め、咄嗟についた彼女の嘘を補強する。

 プレイヤーの、それも前衛職の彼等からすればオークなど有象無象に等しい。

 それが逆に功を奏して、怪しまれる事もなく納得したようだ。

 どうにか誤魔化せた事に安堵したセシリアだったが、不意に優男の傍にいた赤髪の男が疑問を発する。

「それにしても嬢ちゃん、どうして顔を隠してるんだ?」

「か、髪を切りすぎて恥ずかしいので……」

 咄嗟に出てきた言い訳に、内心だらだらと冷や汗を流す。何だそれは、咄嗟にしてももっと他に何かあるだろうと思わずにはいられない。

 だが男には年頃の少女の考えなど分からないのか、そんな物かと納得したようだった。

 それきりセシリアから視線を外してガリアの方へ向き直る。


「そうだ。もし知っていれば教えて頂きたいのですが、この辺りで外見からは考えられないような強い力を持った人を見かけませんでしたか?」

 ガリアの顔が僅かに反応を示した。男達からは死角の位置に居るセシリアにも緊張が走る。

 そんな二人の感情を知らずか、騎士は懐から丸められた紙を取り出した。咄嗟に、セシリアは自分の手配書を思いだす。

 まずい、と思ったが広げられつつある紙を差し止める手立てはない。

 このまま急ぎ逃げ出すべきか、と身を引きかけた所で手元の紙が2枚に分裂する。どうやら上下に重なって丸まっていたようだ。

 何故2枚、と動きかけていたセシリアの身体が再び元に戻り背後からそっと紙を覗く。

 描かれていた絵はセシリアではなかった。18かそのくらいか、2人の青年だ。

 ガリアは2枚の絵をしげしげと見つめた後、それと分からないようにセシリアへ合図を送る。

 セシリアは大丈夫、という意味を篭めて1度頷き返した。


「いえ、見た事などありませんな。まだ歳若い青年のようですが、これは犯罪者の手配書ですね?」

 犯罪者、という言葉にセシリアが息を呑む。

「ええ。見た目に反してかなりの使い手でして、既に被害が出ています。足取りを追っているのですが、リュミエールを出た事しか分かっていないのです」

「短期間での強盗、婦女暴行、窃盗、上げればキリがねぇよ。まだ殺人だけは犯してねぇが時間の問題だろうよ」

 金髪の優男が目を伏せ、赤髪の男が苛立ちを隠しもせずに吐き捨てる。

 他の男達も心境は同じなのか、揃いも揃って苦々しい表情を浮かべていた。

 考えるまでもない。犯人は同じプレイヤーなのだろう。

 プレイヤーの全員が人格者なわけではない。

 セシリアを捕まえ売ろうとした彼らのように、この世界で犯罪に手を染める者がでたとしても不思議ではなかった。

 まして突然意味の分からない異世界に転移させられたのだ。行為自体を正当化している可能性もある。

「もう一度言いますが彼等は相当な使い手です。もし見かけたらすぐに逃げてください。その時はこちらに一報いただけると報奨金が出ますので、是非ともお願い致します。それでは私どもはリュミエールに戻りますので」


 仕事が残っているという彼等はそれっきり、本当にあっさりと引き上げていった。

 気配が完全に遠のいたのを確認してからセシリアは巻いていた布を解く。

 閉じ込められていた長い髪がしゅるんと解け、腰の高さで1度跳ねた。

「……あの」

「言ったでしょう。セシリア様が悪い人ではないことは承知の上です。何も言わずとも構いません」

 決定的な場面を見せてしまった以上、もう隠し通すのは不可能だろうと思ったセシリアが迷いながらもガリアを呼び止めたが、返ってきた言葉はとても優しいものだった。

「……ありがとうございます。いつか、話せる時が来たらちゃんと話しますから」

 俯いたままの彼女に、ガリアは暖かく微笑みかけるばかりだった。

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