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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
12/83

森の中の村で-1-

 人の手の入っていない道なき道を地図とコンパスだけで歩く行為がどれ程心細いか、セシリアはこの世界に来て初めて知る事になる。

 見渡す限りの大草原、動物は膝ほどまである草に隠れているのか見当たらない。見える範囲にモンスターもいない。

 空は薄曇りで日光が弱いのはありがたかった。

 時折気持ちの良い風が吹きぬけると、一面に生える草はさざ波のように揺れ動き、さらさらと涼しげな音色を奏でる。

 これがピクニックならどんなに気持ちがいいことだろうかと溜息がもれた。

 実際には土地勘も無ければ助けも期待できない旅路である。

 ポータルゲートによる安全が保障されていなければ怖くなってとっくに引き返していたかもしれない。


(体力が元の自分よりあって助かったけど、それってどうなんだろう)

 ステータスの体力(Vit)を多少なりとも振っているおかげか、1時間以上も歩き詰めているというのに足が痛くなる気配はない。

 もし痛みを感じても回復魔法があるから、心が休憩を欲するまで歩き続けられるというのも大きな利点だ。

 インベントリ機能によって、本来なら必要なはずの寝具や食料を何一つ持たずに済んでいるのも大きい。完全に手ぶらである。

 初めこそ日本では早々見る機会の無い、某ブログの『死ぬまでに見ておきたい絶景』といったまとめ記事で紹介されても良い景色に感動すら覚えていたのだが、1時間どころか10分で飽きた。

 景色がころころと変わってくれれば楽しいのかもしれないが、見渡す限りの平原は進んだ実感を少しも与えてくれない。


 カイトに持たされた食料は都合7日分。地図の距離が正しければ支援スキルであるヘイスティを使っても次の町に着くまで4日。

 野宿しようと思えば出来なくはないが、モンスターが沸くかもしれない平野で寝転がるのは危険が伴う。

 ゲームの中ではリュミエール周辺にプレイヤーを発見次第襲ってくる【アクティブ】といわれるモンスターは沸かなかったが、この世界もそうだとは限らない。

 ましてセシリアは火の着け方も知らないのだ。サバイバルスキルなど期待できよう筈もない。

 そこでセシリアが思いついたのは中間地点を作る方法だった。


 地図上には今日1日歩けば辿り着けると思われる小さな村が描かれている。

 多少遠回りにはなるものの、ここを拠点にして1日かけて街へ向かって歩き、夜が更けて歩けなくなったら位置情報を記録して村へポータルゲートを使用して帰る。

 そこで夜明けを待って前日に記録した場所に飛んでからまた歩けば、安全な村に泊まりながら先へ進む事が出来るはずだ。

 うんざりしながらも歩みを止めないのは今日中に村へたどり着かなければ寝る場所が確保できないから。

 幻想桜の街、リュミエールの周辺で寝れば流石にアクティブモンスターはいないだろうが、もっと凶悪なアクティブプレイヤーがわんさと沸くかもしれない。

 それなら危険だとしてもこの平原で夜を明かした方がマシだと思えた。



 そう決めて日が落ちるまで散々歩いた結果、セシリアは溜息と共に近くの木へと背を預け座り込んだ。

「初心者に地図とコンパスだけで村まで行けって、難易度ヘルモード過ぎるから!」

 空に向かって叫んだところで誰かが答えてくれるはずもない。小動物が驚いて姿を隠す音さえしなかった。

 虚しくなってへたり込む。

 村は森の中に埋もれるように存在していると地図には書いてある。

 だからセシリアが今から2時間ほど前に森を発見した時、今とは真逆に地図とコンパスさえあれば人は何だって出来るとはしゃいでいた。

 しかしいざ森に入ってみると地図もコンパスも何の意味も持たなかった。

 木々が覆い茂る森の中は昼間でも薄暗く、陽が落ち始めると地図は読み取れなくなったからだ。かといってランプは持っていない。

 魔法なら明かりくらい灯してみせろと、居るかもわからないこの世界の神に毒づいたのは1度や2度ではない。

 本当は森に入る前に、森に沿って歩くことで人の手が入れられた林道を発見できたのだが、セシリアは嬉しさのあまり真っ直ぐに森へ突入していたのだ。

 経験のなさと、いつでも帰れるという安心感のなせる技だろう。


 放置された大自然の中は平原と違って歩きにくい。

 木の根に足を取られた回数は数えるのも億劫であり、崖のような切り立った斜面が広がっていて、真っ直ぐ進みたくとも迂回した事が数度ある。

 山や森といったフィールドは平原と違って立体的な移動を強いられるのだ。

 思ったように進めないのは経験者なら知っていて当然なのかもしれないが、ことサバイバルに関して言えばセシリアの経験値はゼロ。

 いや、引きこもっていた事を考えるとマイナスかもしれない。

 森の中にアクティブモンスターがいなかったのが唯一の幸運だろう。

 その代わり、プレイヤーを見つけても攻撃しない限りは反撃してこない【ノンアクティブ】モンスターは何体も確認できた。


 始めたばかりの初心者が良く狩る【フォレスト・ラビット】はゲーム内でもマスコットとして扱われるくらい、小動物ままの可愛らしい姿をしている。

 もこもこの毛は太陽の光を浴びて綿毛のようにふんわりと身体を覆い、長い耳は絶え間なくぴこぴこ動いて周囲を警戒していた。

 赤い瞳は餌である木の実をじっと見据え、小さな口がせっせとかきこんでいる。

 このモンスターが高確率でドロップする毛皮は様々なクエストや素材に使える為、初期の金策として人気も高い。

 初心者の頃はあれを乱獲していたのかと思うと胸が痛んだ。

 目を閉じて想像する。

 逃げ惑うラビットを薄ら笑いを浮かべて追い掛け回し、トゲのついたメイスでこう、何度も何度も殴りつけ、ピクリともしなくなったところで新鮮な肉から毛皮を……。

「りょ、猟奇的過ぎる……」


 他にも森の中には手の平サイズもある天道虫の形をした【レディー・バグ】は表から見ている分にはかわいいと言えなくもないが、ひっくり返ったものを見た瞬間全身が総毛だった。

 わしゃわしゃと小さな無数の足を小刻みに動かす様は鳥肌が立つ。

 このゲームに序盤の森で出てくるお約束モンスター、キラービーの様な物がいなくて本当によかったと安堵する。

 ノンアクティブモンスターは人を見かけると勝手に姿を消す、というより怯えて逃げるようだ。

 これは現実世界の野生動物と同じだろう。むざむざ狩られたいとは思うまい。


 モンスターを確認できた事は大きな情報だったが、森の中で絶賛迷子中という状況を相殺するほど嬉しい情報ではなかった。

 今夜はここで夜を明かさねばならないと考えるとセシリアは憂鬱そうに一際大きな溜息をつく。

 現代人で虫が得意な人はどれくらいいるだろうか。台所のアレ然り、小型の蜘蛛然り。

 似たようなものが大量に出没し、あまつさえ身体を這いまわるかもしれない森の中で夜を過ごす事がいかにハードルが高いか。

 最悪口の中に……。

「やっぱ止め、絶対探し出す」

 月明かりが僅かばかり零れる森の中を歩こうと思えたのも、セシリアがサバイバルの知識を持ち得なかったからだろう。

 それが今回は少しだけプラスに働いた。


 前方に月明かりでないオレンジ色の灯火を見つけたのは、歩き始めてから30分くらい経った頃だった。

 自然の物とも思えない光につられて向かえば、一挙に視界が開けて沢山の木で組んだ住居が見つかる。

「なに、これ」

 けれど村に着いたという喜びは無かった。

 近づくにつれオレンジ色の光がちょっと強すぎないか、と思ったがそれもそのはずで、2つの家屋が猛る炎に包まれている。

 火の粉がそこかしこに舞い散り、頬を叩く風は熱い。

 燃え広がっていない事から火の手が上がってからそう時間は経っていないと予想できるものの、ここは森の中だ。

 放置すれば森全体を焼き尽くしかねない。


 森から出た先は村の裏手だった。

 中央に行けば何か分かるだろうと考えたセシリアがひた走ると沢山の村人が倒れている。

 みな例外なくその身体から赤い血を流し、苦しそうに呻いていた。

 中にはピクリとも動かず大きな水たまりを作っている人もいる。

 真っ先に救急車を呼ばなくては、と思いポケットをまさぐったところで、携帯など持っているはずがないことに気付く。

 人を呼ばなくては、と思ってもここは森の中だ。そもそも誰を呼べばいいのか。

 かといって応急処置の方法に詳しいわけでもなかった。

 しかし、思考が治療の2文字に至って、唐突にこの世界の自分が何であるかを思い出す。


「【これより彼の地を聖域と定める】」

 空回りしていた意識が急速に冷却され平静を取り戻した。回復はセシリアの本領だ。

 人の倒れている位置をさっと確認、聖域の範囲を考慮したうえでどう配置するのが一番合理的かを一瞬の内に判断する。

 クールタイムが残っている間にヒールを使って範囲外の人間の中でも特に重症と思しき人を見繕って治癒していく。

 身動ぎさえも苦しい怪我で呻き声をあげていた人が、唐突に引いた痛みに目を丸くして立ち上がっていた。

「火を消して! それから怪我人を出来る限り一箇所に集めて!」

 背後から突然聞こえた、まだ幼いセシリアの声に村人は驚いていたようだったが、助けてくれた事を察したのだろう。

 言われるがままに起き上がれる村人を探し出しては声をかけると、火災に程近い場所で倒れている人を2人一組で持ち上げて移動させる。

 聖域のクールタイムが途切れた瞬間に再展開。今度は別の場所の塊を断続的に治癒していく。


 セシリアの行動は迅速だった。ゲームの時と同じように、何が必要なのかを洗い出して実行していく。

 次に目を付けたのは火勢を強めている2つの家屋だ。このまま燃え続けると周囲に飛び火する事は想像に難くない。

「一旦離れて!」

 森の中に村を作ったのは森が蓄える豊富な水にあやかる為だろうか。

 村にはつるべ式の井戸らしきものが設置されていて、意識を取り戻した村人が容器を水で満たし運んでいる。

 けれど火は屋根にまで回っており、このままかけ続けたところで収まりそうもない。

 だとすれば方法は一つ。家屋ごと打ち倒すのみ。


 インベントリから杖を取り出したセシリアは意識を集中して最も強力な攻撃魔法の使用準備に入る。

 魔法陣が足元と対象である家屋を包み込み、長い髪が湧き上がる魔力によって踊る。

 蛍のような純白の灯火が次々と生まれ家屋を取り囲んだ。

 やがて家屋全体を包み込んでなお余りある灯火が臨界点に達した瞬間、全てを包み込んで吹き飛ばす。

 太陽よりなお明るい閃光が家屋を飲み込み、村を照らし出した。

 木が軋み、折れ砕ける轟音が響いたかと思えば、地面さえ揺らしながら建物が一瞬の内に倒壊する。

 猛っていた炎が衝撃によって吹き消される程の威力。

 最大主教(アークビショップ)が覚えられる中で最高の攻撃力を持つ【セイクリッド・パージ】。

 クールタイムが酷く長い事と消費MPが馬鹿みたいに必要な事を除けば魔法職と遜色ない威力を誇る。


 目の前でもたらされた圧倒的な破壊に、村人達は誰もが何が起こったのか分からず目を瞬かせていた。

「火が育たない内に消してください!」

 叱咤の声が放たれると放心していた村人は我を取り戻し、せっせと水を運んで消化に移る。

 聖域の回復が効いてきたのか、動き回れるようになった村人が増えていた。とはいえ、まだ火の手のある家屋は残っている。

 【セイクリッド・パージ】のクールタイムを待っている暇はなさそうだった。

 覚悟を決めて自身に【リメス】と属性を防御できる【レジスト】を展開する。

 魔法でない自然の炎に効果があるかは分からなかったが、準備が終わると火の手の激しい家屋の中に飛び込んだ。


 熱さは感じるが生身ほどではない。魔法はしっかりと効果を現していた。

 家はロッジのような作りで、なにからなにまで木材を組み合わせる事で作られている。これはよく燃えるのも頷ける。

 その中から家を支えている柱を見繕うと再び魔法の準備に移った。

「【ホーリーランス】」

 生み出された計5本の光の槍が柱ではなく壁に突き立ち、穴を穿つ。燃えて脆くなった家屋が軋み嫌な悲鳴をあげる。

 暫しのクールタイムを待って再び同じ魔法を、今度は大黒柱に向けて突き立てた。

 脆くなって荷重に耐え切れなくなった大黒柱が半ばから折れると、炎に包まれた天井がセシリア目掛けて勢い良く落ちてきた。

 当たれば【リメス】の防御があったとしても危険であり、瓦礫に埋もれてしまえば余勢の炎で焼け死ぬだろう。

 しかし天井がセシリアを押し潰す刹那、出現したポータルゲートに身を滑らせる。

 予め村の中央広場を記録しておく事で、間一髪崩れ落ちる廃屋から転移した。

 唐突に切り替わった景色の向こうでは家屋が音を立てて崩壊している。

 それをみた村人達はそちらにも列を作り始め消火活動に勤しみ始めた。



 火が完全に消し止められたのはそれから1時間近く経ってからだ。

 被害は出たものの、森にまで火の手が回ることはなく、最悪の事態は免れたというのに村人の表情は暗い。

「助かりました。何とお礼を申し上げてよいのやら」

 他に怪我人がいないか見て回っていたセシリアの元に、かなり高齢と思われる、髪が白く染まった小柄な老人が訪れる。

 しかしその顔も晴れ晴れしいとは言えない。

 何かあったことは一目見れば分かる。夜盗かもしれないし、モンスターの襲撃かもしれない。

 けれど、何があったかを聞くのは躊躇われた。

 セシリアが聞けば彼らは事情を話すだろう。事によっては助力を請われるかもしれない。この異世界で必要以上のリスクを犯すのは得策ではない。

 どう話すべきか考えあぐねていると、突如背後から怒鳴り声が聞こえた。


「放せ、俺一人でも行く!」

 何事かと振り返れば、セシリアとそう変わらない、16前後と思われる少年が斧を片手に憤慨しているのを、一回りも二回りも大きな大人が懸命に諌めていた。

「失礼、お礼を致したいので暫しお待ちくだされ」

 老人は丁寧に腰を折ると少年の下に駆け寄り、頬を殴り飛ばした。随分とアグレッシブな御人である。

 だが張り倒された少年は怯むことなく老人に食って掛かろうとしていた。その隙に少年を押さえる大人が増えて、遂に雁字搦めに拘束される。


「……何があったんですか」

 聞く前から大体のことは予想できていた。周囲を見渡して見つかるのは男性ばかりで女性が一人も見えない。

 ここがそういう趣味の人が集う集落でない限り襲われた時に何かあったと考えるのが妥当だろう。

 村の惨状は酷いものだった。何人もが血を流し、この少年も足と手と脇腹から血を流し呻いていたはずだ。

 斧を持ち出したところで一人でどうこうできる相手だとは思えない。

 それでも何とかしたいと思うくらい、少年にとって諦めきれない何かがあった。


(カイトの癖がうつったか……)

 ゲームで困っている人が居るのと、目の前で困っている人が居るのでは受ける印象が全然違う。

 生身の相手だけが持ち得る雰囲気とでも言えばいいのか、やり取りを見ていたセシリアはいつの間にか無視するような真似が出来なくなった。

 望んだわけではないとはいえ、自分に力があるなら尚更だろう。

 だが老人は声をかけたセシリアを見てゆるゆると首を振る。

「無関係の貴女を巻き込むわけにも行きませんので。リュミエールに救助の要請を出しますから」

「それじゃ間に合わねぇって言ってんだろうが!」

 少年は抑えられた大人を跳ね除けようと渾身の力で抗っている。それがいつかの自分に重なって、気付けばその前に立っていた。

「じゃあ、お礼はいいのでこの少年を貸してください」

 少年と老人が目を見開く。暫しの間を空けて老人は諦めたのか、それとも恥や外聞をかなぐり捨てでもセシリアに希望を託そうと思ったのか、とつとつと起こった事を話し出した。

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