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World's End Online  作者: yuki
第二章 異世界
11/83

安息を求めて

 それから1日と半分ほどの時が過ぎるまで、セシリアは定期的に魔力を奪われ続け、夢と現の境目を漂わされていた。

「よう、元気かぁ?」

 リーダーの男が長い交渉を終え久々に部屋へ立ち入る。

 抵抗する意思や気力はとうに尽き果て、四肢を投げ出したセシリアが身体を弛緩させ横たわっていた。

 時々痙攣するようにぴくりと動く事から死んではいないと分かるものの、意識の半分は夢の中にあるらしい。

 男が目の前に立っても焦点は合っていなかった。


「出荷の時間だ。良かったな、毎日お楽しみだぜ?」

 彼がそう告げるなりドアから3人の屈強な男が肩に縄をかけ、どかどかと無遠慮に入り込んできた。

 彼らはセシリアの様子をチラリと伺ってから鍵を取り出し、四肢を拘束している輪を外しにかかる。

 全ての輪が外されても、セシリアは僅かに身動ぎするだけに留まっている。

 男達はそんな彼女の身体を縄で乱雑に縛り上げると大きな麻袋の中に入れ運び出した。

 表に用意された幌付きの馬車の荷台に袋を詰め込むと男達は馬を走らせ、昼の町並みを進む。


 事が起こったのは街のメインストリートでもある6本の大通りに差し掛かろうかという時だった。

 突然馬車の横から巨大な盾が飛来し、片面の馬車の車輪を前後2つ分、纏めて粉砕したのだ。

 支えを失った馬車が倒れ、引っ張られた事に驚いた馬が嘶き暴れる。

 同乗していた男達が何事かと外に出れば、一人の青年が暢気に放り投げた盾を拾い上げ、腰に差した剣を引き抜くところだった。

「てめぇどこのモンだ」

 男の一人が濁声で凄むが青年はどこ吹く風と言った様子で怯みすらしない。

 持っている盾の大きさは異常の一言に尽きるが、背の割に体格は細く薄青の髪といい悠然と構えた様と良い、ひ弱そうなイメージは拭えない。

 とても目の前の屈強な筋肉達磨と言っても良い男達とは張り合えそうもなかった。


「どこの誰だかし知らねぇが、手ぇ出しといてタダで済むと思うなよ」

 ボキボキと指を鳴らしながら男が3方向から青年を取り囲む。その時になってようやく青年が動いた。

 引き抜いていた剣を腰の鞘に収める。それ以上でも以下でもない。

「今更観念してもおせぇんだよ」

 それを降参と見て取ったのか、男の一人が侮蔑を篭めて青年を見ると、彼の口角が少しばかり釣りあがる。

「そりゃ、こっちの台詞だっての」

 青年は笑っていた。男達が我慢ならんとばかりに詰め寄り思い思いに拳を振るう。しかし、そのどれもが青年に届くことはなかった。


「【シールドインパクト】」

 剣を鞘にしまった事で空いた利き腕を盾に添え、地面目掛けて突き降ろす。

 尖った先端が堅い路地に突き刺さった瞬間、見えない衝撃波が吹き荒れ、挑みかかってきた男を路地に並ぶ家屋の壁に叩きつけた。

 鈍い音が3つ響くなり動かずにへたり込む。

 自分を中心にして発動するこのスキルは使用者との距離が近ければ近いほど威力を増し、ダメージ時に対象をノックバックさせた上で状態異常【気絶】を付与する。

「しっかし、あの外見でもこの程度の強さなのか。スキルレベル抑えなきゃ死ぬんじゃねーか?」

 伸びている3人を見て青年、カイトは盾を背負いなおしてから悠然とした足取りで馬車の荷台を探る。

 横たわって微かに動いている袋の口を開けて中身を確認すると満足したように背負いなおし、野次馬が集まるより前にその場からさっさと逃げ出した。




「ひぅっ」

 氷の様に冷たい感覚がセシリアのぼやけていた思考を綺麗さっぱり洗い流す。

「よう、大丈夫だったか?」

 何事かと周囲を確認したセシリアが見たのは湖らしきものに着の身着のまま浸かっている自分と、岸上から見下ろしてくる、ゲーム内でよく見ていた、けれどよりリアルになったカイトの姿だった。

「カイト……。遅い、助け出すのが遅すぎる!」

 目の前の青年の姿をしげしげと眺めた後、セシリアは目尻に涙を溜めて恨めしげに不満を漏らした。

「いやその理屈はおかしいだろ! お前を探すのにどんだけ苦労したと思ってる! つーか、幻想桜で起こった異変の時に声かけようと思ったら逃げ出すし、必死こいて追いかけたら自分だけヘイスト使うし、その上俺にはデバフだぜ? 寧ろよくやったと褒めろよ!」

 セシリアが捲き起こすであろう大センセーショナルを楽しみにしていたのはカイトも同じだ。

 あの場所でも遠巻きからセシリアを眺めていたし、異変の直後には声をかけようともしていたのだが、セシリアは逃げることを優先し、カイトを含む全員に移動速度低下のデバフ魔法をかけたのだ。

 追いすがっていたカイトはAgiの低い盾型の前衛で、移動速度は速くない。

 セシリアのデバフ魔法も手伝って、ついぞ追いつく事が出来ず見失ってしまったのだ。


「お前が見つかったって噂が流れたから性質の悪い奴等から順に探してたら1発目でビンゴだよ。あいつら目立たずに過ごすってことを知らなすぎるな」

 元から素行の悪い集団として目を付けられていた彼らは街の中でもその行いを遺憾なく発揮し、よく目立っていた。

 カイトはそんな彼らの行動を見張り、隠すつもりもなかったアジトを突き止め、そこにセシリアが居る事を確信したのだ。

「つっても、あいつ等一応廃人だからな。あんだけ群れてるの相手に真正面からは無理だろ。どーするか考えあぐねていた時に金貨が使えなくなって困ってたんだが、あいつ等は俺達には当てがあるとか余裕ぶってるし」

 廃人とはとかく、自分の有利な立場を吹聴したがるものである。


 金貨が使えなくなった事で町中のプレイヤーは戦慄した。けれど例の集団は余裕を見せている。

 何かあると判断したカイトは更に尾行や調査を続け、街の奴隷商にセシリアを売り飛ばそうと考えているところまで突き止めた。

 その上で一番手薄になる瞬間、つまり取引の直後を狙って動いたのである。

「ここまで努力した奴に文句言うとか、酷すぎんだろ!」

「まぁそれはいいや。助かったのはともかく、どうして湖に叩き落されてるわけ」

「よくねぇよ! 一番大事なところだろうがっ!」

 カイトが頭を抱えオーバーアクションで転げまわっているのを、セシリアはどこか安心したようにくすりと笑う。


「ありがとう、助かった」

 2人の会話はいつもこんな感じだ。ノリのいいカイトはセシリアの言動に良い様にあしらわれる事が多い。

「奴らの手口は調べがついてたからMP回復薬を飲ませたんだけど、なかなか覚醒しなかったんだ。で、冷たい水で顔でも洗えば目覚めるんじゃないかと思ったわけ」

「……やっぱさっきの感謝なかったことにして良い?」

 慢性的に魔力を吸収され続けた影響だろうか。それにしたって対処法が乱暴すぎやしないかと冷たい視線をむけたところ、自覚はあるのか分かりやすい態度で話題を変えてきた。

「でもちゃんと目覚めただろ? ほらこれ、今の装備に比べりゃ効果は劣るが濡れたままよりマシだろうし、置いとくから着替えとけ。俺はあっちで見張っとくからさ」

 あとはそそくさと着替えやタオルを近場にあった岩に乗せるとその場を離れていく。


 どうしたものかと数瞬考えはしたが、この世界に来てからろくに風呂にも入れていないのは事実。

 そこまで綺麗好きなつもりはないけれど、数日にわたる汚れを洗い流したい欲求には抗えず、着ている物を全て脱ぎさると身体を拭っていく。

「んっ……」

 肌を刺すほどの冷たい水だったが、今のセシリアにとっては丁度良くもあった。

 敏感になった肌を手で擦る度に襲ってくる、ぞわぞわとした感触をどうにかやりこめながら身体を洗っていく。

 その最中にふと視線を下げれば、大きすぎず、されど小さすぎず、形の良いサイズを必死に考案して作り出した双丘が存在を主張していた。

 今となっては本当に自分の身体の一部になってしまったが、なんとなく見てはいけない気がして目を逸らす。


 十数分ほどかけ、ついでに髪までしっかりと洗う頃には、都合3日近くも眠り続けていた意識がようやく醒めてきた。

 周囲を見渡して誰も居ないことを確認してから岸へ上がる。

 素早くタオルで身体を拭いてから用意してくれていた服に袖を通した。無駄な装飾が一切ないおかげで着やすく、流石というべきか。

 人心地付く頃には泉に放り投げられた怒りもすっかり流れていた。


 濡れてしまった服はそのままインベントリへ放り込む。

 この世界にゲーム内アイテムが持っていた効果が残っているかは分からなかったが、セシリアの着ていた【プリンセス・ドレス】といういかにもな装備は、支援職しか装備できない制約があるものの、追加効果が異常に強力だった。

 最大MPの増加、ディレイとクールタイムの減少、支援魔法の効果上昇、前衛の高位装備に近い防御力。魔法と物理に関する耐性の増加と、考えられる限りの優秀な追加効果が付いている。

 最近のパッチで現れたボスがそこそこ良い確率でドロップすることも手伝って支援職にとっては必須装備とまで言われていた。

 他の職業の装備を見てもこれ程まで優遇措置を受けた物は何一つない。かといって、プレイヤーから不満がでることはなかった。

 ……このゲームの支援職は酷く不遇な扱いを受けていたからだ。



 着替え終わったセシリアがカイトを探すと、先ほどの位置からは見えない場所で火を起していた。

 カイトの職業である守護者(ガーディアン)は魔法が使えない。よって火の起し方も火種を大きくするという酷く原始的なものだった。

「上手いね。何かしてたの?」

 正面に腰を下ろしたセシリアは手際のよさに驚く。

「ガキの頃ボーイスカウトやっててな。そん時に火を起す方法を教えてもらった」

 そう言って手に持っていた石を何度か打ち合わせてみせる。硬質な音と共に、石が触れた場所から火花が散る。

 カイトが手の平を差し出してインベントリからアイテムを取り出した。

 赤色の果実は現代のリンゴに似ているけれどヘタの周りが窪んでおらず、形も完全な球状だ。


「何だ、インベントリ機能はもう知ってるのか。食ってみ。そこそこいけるぞ」

 虚空からアイテムを取り出した事に驚かれなかった事を残念そうにしつつ、2つある内の片方をセシリアに放り投げると、裾で磨いてから口に運ぶ。

 実は柔らかいのか、盛大に齧りついたカイトの口元から果汁があふれ飛び散った。

「うわっ! 気をつけてよ」

 悪い悪い、と笑う彼には気をつけようという意思は感じられない。

 よく言えば無遠慮、悪く言っても無遠慮。どっちにしてもマナーがなってない。

 それだからリアルで恋人の一人も作れないんだと、自分の事を棚に上げながら心中でなじる。

 けれど何の気兼ねなく接せるのも確かだ。


 セシリアは受け取った果実を両手で持つとリスの様に小さく齧った。

 実は水分を大量に含んでいるのか、溢れ出して垂れてくるのを小さな舌が舐め取る。

「……甘い。桃に似てるかもしれないけど、ちょっと違うね」

 貰った一つを食べきるのは一瞬だった。考えてみればセシリアはこの世界に来た時から殆ど何も食べていない。

 ようやく食事にありつけたお腹がもっと摂取しろとばかりに小さな音を鳴らすけれど、今はそれより確認したい事が沢山あった。


「ねぇ、ここってどこなんだと思う? HPとかMPとかステータスとかは見えないし、メニュー画面とかもない。というか、現実の視界と何も変わらない。でもインベントリ機能はある。かといって、ゲームとは思えないんだよね」

「一応プレイヤーの間ではここは異世界って事になってる。そうだな、こんな話を知ってるか?」

 カイトは一度言葉を区切ると悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「フルダイブに使ってる脳神経パルスの解析が完了したっていうのな、実は半分嘘なんだよ。確かに人の行動で発生するパルスの用途は分かったんだけど中には意味が無いとしか思えないパルスがあるんだってさ。で、これは眉唾なんだけど、それは第六感とか超能力に割り当てられてるんじゃないかって、一部のオカルトマニアの間じゃ有名だそうだ」

 このテのトンデモ科学の話題は数多い。掲示板には某組織の陰謀や某国の企みなど根も葉もない噂話が数え切れないほど大量にある。


「んで、wolrd's End Onlineにも闇の組織から手が回されて、その第六感のパルスとやらを増幅させてる人体実験をしているらしいぞ?」

「闇の組織って……。流石に酷すぎる。それで、その第六感パルスがどうなったらこんな風になるわけ?」

「あの時お前がネカマだとカミングアウトしたことで大勢のプレイヤーはこう願ったはずだ。セシリアは女性であって欲しい。出来れば可愛らしいアバターの姿で。すると増幅された第六感、もとい超能力パルスがもうひといきじゃ、パワーをゲームに……」

 いいわけあるか、とセシリアの手刀がカイトの脳天を叩いた。


「冗談はさておき、もう一度言うがユーザーはここが異世界だって言う認識で固まってる」

 冗談にしても酷すぎると抗議の声をあげるとカイトは軽い調子で頭を下げる。

 何かのバグでこうなっているだけで、未だゲームの中にいるならそれに越した事はないが、命の危険が伴う以上、楽観的な憶測ではなく考えられる最悪のパターンを想定するべきだ。

 この世界は今まで自分達がいた世界とは理からして違っている異世界で、目の前の全ては現実である、と。

「プレイヤーは今、一箇所に集まってるんだよ。ひとまず死なない事、生き延びる事を考えようって事になってるな。まだ混乱してる奴も多いけど皆を纏めようって頑張ってくれてる奴が居るんだ。違う町に仲間がいるかもしれないって出て行った奴も結構居たな」


 こんな状況下でもプレイヤーを纏め上げる人が出てくるなんて、とセシリアは驚かずにはいられない。

 何人いるかはわからないが、3桁に近いんじゃないだろうか。意見の反発や混乱から騒ぐ者もいるはずだ。

「信用できそうな奴だったよ。ちょっと理想に過ぎる所はあるが、こんな緊急事態だ。それくらいが丁度いいさ」

 セシリアは素直に羨ましいと思った。同郷の誰かと一緒にいるだけでも不安は安らぐだろう。

 今だって目の前にカイトがいることに少なくない安堵を抱いている。けれど、セシリアはそこに戻れない。

「自業自得とはいえ、ほんっとタイミング最悪」

 事がもう数日早ければ纏め上げていたのはセシリアだったかもしれない。

 中心で奉られる事が好きなわけではなかったが、一人だけ除け者にされるよりは余程良い。


「あー、それからな、ステータスは無理だったがHPとMPは何となく分かるぞ。インベントリのときと同じだよ。知りたいって思ってみろ」

 暗くなりかけた雰囲気をカイトはすぐに切り替えた。

 言われるがままセシリアが「HP、HP」と強く思い描くとカイトの言うとおり何となく、それらしきものが思い浮かんだ。

 この世界の平均値がどのくらいかは分からないが、値はゲームの中と同じものだ。

「これってステータスを思い描いてもダメなの?」

「やってみ。ステータス全種とか経験値、Strとかに限定してもさっぱりだった」

 今度は「Int、Int」と強く思い描くが、彼の言うとおり何のイメージも数値も沸いてこない。

「親切そうで不親切な設計ですこと……。ねぇ、他にもどんな機能があるか詳しく教えて」

 無邪気に教えを乞う姿にカイトは心の中でほっと安堵する。今のこの世界はセシリアにとって酷く手厳しい。

 プレイヤーの中には先の一件からセシリアを恨む者は多い。中にはこの異世界転移そのものがセシリアのせいだとのたまう輩さえ居て、とても街に行こうと誘える状況ではない。

 その上、セシリアは自分と同じプレイヤーに襲われたのだ。

 不幸中の幸いだったのは、取り返しのつかない事態になる前に救出できた事だろう。

 カイトは「応」と元気よく返すと、この3日間でプレイヤーがさんざ試した世界の仕様とも言うべき数々を口にした。



 HPに限っては相手が公開してもいいと思っているときに限り、同じような手段で垣間見る事が出来る。

 パーティー機能見たいな物だろ、とカイトが言うが、ゲーム程ハッキリ視認できるわけではなく、ただ何となく分かると言った程度だ。

 それからゲーム内で提供されていたプレイヤー間チャットは全てが使えなくなっていた。出来るのは面と向かって話す事だけ。

 当然、遠距離にいる相手とは連絡が取れない。

 次いでギルド機能も消滅。ホームとして購入していた場所は更地に変わっていたり違う建物が立っていたりでどこも使用することは出来なかった。

 街に備わっていた位置記録や倉庫サービスも全面的に消えている。

 もしかしたらあるのかもしれないが、今のところそういった施設やNPCは見つかっていなかった。

 都市間転送サービスも同じく見つからない。

 行商の馬車が街を出入りするくらいだ、あれがゲームの中だけの便利サービスであった可能性は高い。

 遠距離移動手段としてまだ残っているのは支援職が使えるポータルゲートだけだった。

 そして何よりセシリアを驚かせたのは、この世界にモンスターがいるという事実だろう。


「前言撤回、不親切120%だよ」

 プレイヤーは誰しもが倉庫の中に沢山のアイテムを詰め込んでいた。それが全て使えなくなったショックは大きい。

 必死になって探しただろうから、今になっても見つかっていないのは仕組み自体が無い事を覚悟したほうが良さそうだ。

 そもそもどの街からでも同じ倉庫の中身が引き出せるゲームの設計が現実的ではないのだ。

 この世界に反映されていなくても無理は無い。

「インベントリが使えるだけでも僥倖って思っとけ。後な、遠距離の相手と連絡する方法はあるぞ」

 まさかチャット機能が限定的に使えるのか、と期待したセシリアに、カイトは空を指差す。

 なんだと見上げてみれば青く澄み渡った背景に小さな鳥と思しき影が突き進んでいた。


「どういうこと?」

「鳥だよ。伝書鳩って言えばいいのか。届くかは保障できないらしいけどな」

「ダメじゃん……」

「一応郵便はあるみたいだが届くまでに短くとも1ヶ月、返事が来るのにはもっとかかるらしい」

 何と原始的な、とセシリアが項垂れる。この世界にはそれより早い通信手段が確立していないという事なのだろう。

「こうして考えると、日本って凄かったのかもね。ガス台捻れば火はつくし、蛇口捻れば水も出るし、遠い場所に居る相手ともすぐに会話できた」

 発達した科学は魔法に等しいと言った人がいる。この状況と比べれば現代の生活はまさに魔法そのものだ。

「お前がそれを言うか。魔法系職業はまだいいじゃねぇか。俺なんて魔法すら使えないぞ」

「スキル攻撃はどう考えても魔法みたいな物だと思うけど。使ってるのはMPだし」

 前衛系のスキルも己の技術だけで説明しきれるものではない。叩くと炎が出たりするからだ。

「マジックポイントじゃなくてメンタルポイントだけどな。要するにどっちも精神力を使うって言いたいんだろう」

 それって別の名詞を使っているだけで本質的には魔法と違わないのでは、とは言わなかった。


「でだ、お前はどうするんだ?」

 セシリアがむぅ、と悩ましげに溜息を漏らす。結局はそれだ。いつまでも回答を先延ばしには出来ない。

「他の街に行く。あんまりプレイヤーがいないところでほとぼりが冷めるまで待つしかないし」

 そんなところか、とカイトも頷く。

「ついて来てくれると嬉しいけど、カイトもしたいことあるんでしょ」

「悪いな。青臭い理想って言われりゃそれまでだけど、手伝ってやりたいと思ってる。その方がお前が帰ってこれる環境も作りやすそうだ」

 やっぱり、と小さく漏らす。カイトがそういう性格をしているのはセシリアもよく知るところだ。

 街にはまだ3桁か、それを越えるプレイヤーがいる。それを守ろうとするのは悪い事ではない。


 HPがゲームと同じだった事を考えればステータスが同じである可能性は高いだろう。

 レベルの高いカイトが居れば出来る事は沢山あるはずだ。

「そんじゃこれ、ここいらの地図と食料と諸々。ここの位置をポータルゲート用に記録しとけ。危ない時はすぐ帰れるようにな」

 言われたとおりスキルを発動して位置情報を記録する。本当に登録できるのか心配だったが無事に成功したようだ。

 スキルを使うと頭の中にこの場所のゲートを開くイメージが作られている。


「出発前に飯くらい食べるだろ? インベントリはいいぞ。どういう理論か知らないが入れたときの状態が保持されるらしい」

 取り出したパンに肉やら野菜やらを挟んだサンドイッチは受け取るとまだ仄かな熱を持ったままだった。

「つっても実際はどうだか分からんから、食事はあんまり長い間置かない方が良さそうだけどな」

 恐る恐る匂いをかいで不快な物が混じっていないのを確かめてから小さな口で頬張るとパンに塗られたバターと野菜にかけられた塩、胡椒の振りかけられた肉が一杯に広がる。

「……良い食べっぷりだな」

 久々の食事は瞬く間に胃の中へ吸い込まれて行った。

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