session8 注目の的
城塞都市サントアンジェロに戻った俺とエトワールだが、北の森で『馬』に乗っていたと言う話が広まってしまったのか、話しかけてくる人も、逆に怯えるような素振りを見せる人も、挙句の果てに金を譲ってもらおうと思ってか土下座する人まで現れたのだった。
「土下座は流石に驚いたぜ……。人間あそこまでプライドを捨てられるものなんだな」
「……驚き」
珍しく相槌を打つエトワール。でも、一度金を渡してしまえば、それに縋る形で人々は群がってくるので拒否せざるを得なかった。大衆の目の前で土下座して断られるとか断られる方も、また断る方も恥ずかしい事この上無いのだ。
街は昼過ぎにも関わらず、街中には沢山のプレイヤーがいて、市場を賑やかにしていた。狩りは朝早くから出て、昼に帰るのが基本となりつつある。テスト時代から早朝の方が弱く夜の方が強いと言う情報があって、それを確認したテストプレイヤーたちが一日で宣伝した結果、皆早朝に狩りをするようになっていたのだ。
そういうわけで昼間は人で溢れかえった街中でプレイヤー同士で売買をする商人や、漫才のような事をやり始める人や挙句の果てには楽器を作り出してストリートライブをする人まで現れた。
≪どうやって楽器とか作り出したんだよ……≫
正直呆れるばかりだが、音感もしっかりと取れており中々上手だった。
ぐぅ~。
そんな中、俺の腹から音が鳴った。そう言えば朝から何も食べていなかった。戦闘から一時間近く経過したし、彼女ももう大丈夫だろうと思って食事に誘った。
「エトワール、取り敢えず飲食店に入ろう。そうすれば野次馬の数も減るはずだ」
「……(コクン)」
人目から逃れる事もあって、俺たちは午後二時頃になってからようやく昼食を取るためにNPCが経営する飲食店に入った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「エトワールは何がいいかい?」
「………………」
また、彼女は黙ったままだった。何か欲しいものを言ってくれないと俺の方が困る。まぁ、適当にパスタとサラダでも頼んでおくか。ちゃんと箸も扱えるフランス人のハーフだが、問題はないだろう。
「君がランク121のクロウかい?」
「……そうですが、そちらは?」
「僕は吊るされた男ギルドの副長リードと言う」
そう名乗ってきたのは腰に剣を持った優男だった。無駄に痩せたその体にどのような力があるのかは知らないが、その名前には聞き覚えがあった。
「確かランク11位の御方でしたか」
「ええ。クロウさんを勧誘したく思い、ここに来ました」
「……御断わりします」
リードと言う男が勧誘した途端に一緒に座っていたエトワールが拒否を示した。俺も断るつもりでは居たが、それよりも速く彼女が断った。
「え、えっと、貴女は彼のパーティーメンバーでしょうか?良かったら貴女も一緒に……」
「……帰れ。|店員(NPC)、コイツの追放を頼む」
「かしこまりました」
「えっ、ちょっ、おい!?」
リードと言う男はこの飲食店を経営するNPCによって力ずくで排除されていった。
「……あの男は立ち話をする事で通路を狭くすると言う店の営業妨害をしていた。だから|店員(NPC)に頼んで出してもらった」
「そ、そう……」
強引なこじつけだが、NPCが排除してしまった以上、実際にやれる手段なのだろう。周囲の席に座った俺の噂を聞き付けて勧誘しようとしていた人たちは悔しそうな顔をしながらも追い出されるリードを目で追っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。今度は宿泊している宿屋の先でそのリードさんに出会った。
「やぁ、クロウさん」
「……消えろ」
エトワールは宿屋の主人を呼び出して、再びそのリードさんを追い出した。追い出された罪状は入口塞ぎによる営業妨害らしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
またその翌日。
「クロウさ……」
「邪魔です」
エトワールは馬小屋のNPCを呼び出して、三度リードさんを追い出した。追い出した罪状は通行妨害らしい。
「……クロウ。しばらく、街の外に出ない方が良い。Player V.S. Playerを挑まれる可能性がある」
「わ、分かった……」
俺はエトワールの警告を受けて、その日の行動を全てキャンセルして色々なNPCの店へと行った。話し掛けてきた人は全員、リードさんと同じ運命をたどった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
またその翌日
「ク……」
「NPCさーん」
「ひっ!?」
遂にリードさんは(エトワールの呼ぶ)NPCにトラウマを持つようになってしまったようで、話し掛けようにも話し掛けられなくなってしまったようだ。
散々リードさんの有様を見た、他ギルドの人などは皆引け腰になり、NPCによる介入を恐れるようになっていた。
「そういえば、NPCを呼ぶの、あれどういう事なんだ?」
「NPCはルールに従って動く。だから道を塞げば排除する。治安維持のために力を与えられているから少しでも邪魔などをしていれば排除に動いてくれる」
「そ、そうなのかー」
俺はエトワールの解説を聞くが、イマイチ理解出来ずに相槌を打った。ようするに、街中ではNPCが力を持っていると言うようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
この世界に来て、一週間が経過した。
あれほど多かったギルドやパーティー勧誘はエトワールのNPCによる強制排除によって誰もが交渉出来なくなっていた。そんな中、俺たちはいつものように飲食店へと入った。
運ばれてきたパスタをエトワールは黙々と口に運んでいた。上品にくるくると麺を巻いて丁寧に食べる。無駄が無いその動きにはどこか優雅さが見える。
そんな彼女を見つめながら俺も料理を食べていた所に一人珍客がやってきた。
「ちょっといいかな?」
「N……っ!」
またか、と思ってその話しかけてきた人物を見て俺は驚いてしまう。エトワールも脊髄反射でNPCを呼ぼうとした声を無理やり殺した。
赤がかった髪を七三分けにした坊ちゃん刈りの少年。それに加えて黒淵眼鏡を掛けた彼は如何にもインテリっぽいがその髪の色の御陰で明るい印象を受ける。だが、この世界においてはその微妙にずれた感じの外見は異質に思えてしまうほど浮いていた。
「僕は『エイプリル』、『草原の微風』と言うギルドのギルドマスターを暫定ながらも務めている。君は?」
「……俺は『クロウ』だ」
これまで話しかけてきた人には一切名乗らなかった俺だが、例外的に答える事にした。俺もこの登録名には聞き覚えがあった。その上でアバターがその名前と一致していたのだ。
「どうやら君のようだね、センドー」
「無事そうで何よりだ、リーダー!」
「……本当に、四月一日?」
訪ねてきた少年と俺はお互いの手を取り合った。エトワールも表情は変わっていないが、少し嬉しそうな様子であるのは声を聞いただけで分かった。俺の名前を言った事からも間違いなく俺たち『仲間』のリーダーだ。本名は四月一日と言う彼は苗字からエイプリルと名乗っていた。エイプリルフールで無いのは彼の名が足一で、彼の誕生日が『四月二日』だからだ。
「だが、ギルドマスターってどうしたんだい、エイプリル?」
「状況把握のために適当な中堅ギルドに入ったんだが、ギルドマスターが五日でダウンしちゃってね。それで僕が後釜にさせられたのさ」
求められてすぐにギルドマスターになるとか流石は委員長肌のエイプリルだ。このエイプリルはやり手な人物だから、絶対後で大成するぞ、このギルド。
「臨時ながらもギルドマスターになったこの身。昼からの自由時間で噂の騎乗兵さんがどんな人かと見に来たんだが、非常に目立つ外見をした女性を見つけてね。それと一緒に居るのが噂の騎乗兵だと聞いてすぐに分かったよ。君たちが噂の騎乗兵でクロウとエトワールだって」
銀髪白人で背が高く外見も良いエトワールが居たから、彼も確信を持って俺に近づいたのだろう。
「……俺だって驚いているさ。こんな状況になるなんて夢にも思っていなかったから。ちょっと待って。今、席移動するから」
俺はエイプリルを向かい側の席に座らせるために俺自らがエトワールの隣へと移動して着席を奨めた。これはエトワールが対人恐怖症である事が主な原因で、仲間内ならば基本的には大丈夫なのだが、彼女にも慣れがあるらしく、リーダーのエイプリルよりは俺の方が慣れているため、隣に座ったと言う訳だ。
≪あの騎乗兵が同席を認めただと!≫
≪アイツ、何者なんだ!≫
≪草原の微風のギルドマスターのエイプリル?誰それ?≫
≪だが、やり手である事には間違いないだろう!≫
周囲の席では俺たちの動向をよく見る輩がいたが、取り敢えず無視する事にした。気にする理由も無い。
「クロウ、君は今……何をしているんだい?」
「アイツ――セイの命令で力を蓄えながら、皆を探している」
「なるほどね。『セイ』と名乗っているのかい、僕たちの出資者は」
俺は首を縦に振った。
≪セイだと?≫
≪セイって言うとトップランカーか?≫
≪他にいる筈ねーよ!名前被りは制限食らってるんだし≫
≪テストプレイヤーの中でも唯一の生産系上級職にして未だ無所属の存在!≫
≪それが馬持ち騎乗兵と繋がっていただと?≫
周囲が再び騒めく。あの馬鹿、本当に一体何をしていたんだ、|グリモワールオンライン(テストプレイ)で。
「セイとの連絡は今取れるかい?」
「今は留守だと言っていたから無理だな。でもアイツも皆の事心配していたし、すぐに会えると思うよ」
「そうか」
エイプリルは残念そうな顔をして黙った。ギルドマスターになった以上、セイの情報も知っていたのだろう。俺たちの中では間違いなく、この異世界召喚に置ける解決のための一番の情報源に違いないからだ。
「それでクロウ、出来れば君も僕に協力してくれないかい?」
「それは無理だ。幾らエイプリルのギルドでも私たちはギルドに参加しない」
黙々とパスタを食べていたエトワールが突然口を挟んできた。これまでと同じ拒絶の言葉は無駄に響いた。
「どうしても……かい?」
「どうしても、だ」
寡黙な彼女が珍しく強気で返答した。それだけは用意された回答のように。セイからもギルドには入るなときつく念を押されたため、俺も無理だと首を横に振った。
「なら、時々僕たちとパーティーを組んではくれないか?その時に僕がこれから集める情報を交換に僕たちに力を与えてくれないかい、クロウ?」
「………………」
今度の質問にはエトワールは黙ったままだった。これは多分拒否はしないと言う意思なのだろう。
「分かった。エイプリル。時々君とパーティーを組もう」
「クロウ!」
「ただし、今はエイプリルだけだ」
「………………」
今度はエイプリルが黙ってしまった。エイプリルにとって利益があるのは俺がもたらす経験値だ。現状でギルドとして売りに出来るモノと言えば『実力者』が一番の看板だろう。上手に俺と利用して看板となるエースが出来れば自ずと評判が上がっていくだろう。だが、俺は心が知れている仲間ならばまだしも見ず知らずの人に経験値を分け与えるほど人が出来ているわけではないし、セイもそれを思ってか仲間以外はパーティーに入れるなと念押ししていた。
「分かった。今は、だな?」
「ああ……」
『今は』と言う言葉にエトワールは黙って俺を睨みつけていた。本当に信頼出来る人物なら俺の独断でパーティーに入れるのも悪くはないと思う。一応は制約と言われてはいるが、現場の責任者はこの俺だ。多少の情は交えても良いだろう。
「ありがとう、いい交渉だったよ。将来、君の信用を買ってより力を磨きたいものだね」
「そう……だな、ってそうだった!」
そして席を立とうとしたエイプリルの手を俺は掴んだ。
「ど、どうしたんだい、クロウ?」
「ああ、最後に……本当にどうでもいい事なんだけど、一つお願いがあるんだ。……エトワールの服選びに付き合って欲しいんだ」
余りにも恥ずかしいお願いにエイプリルも笑わざるを得なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
Player name:クロウ
Job:騎乗兵
Level:18⇒29
skill:『騎乗』、『突進』、『調馬』、『索敵』、『魔物使い』、『調教』、『槍術』new
Rank:121⇒209
Player name:エトワール
Job:僧侶
Level:1⇒24
skill:『杖術』、『浄化』
magic:『回復』、『付与』、『鈍化』、『風刃』、『異常回復』
Rank:528⇒856
Player name:エイプリル
Job:魔術師
Level:5
magic:『火球』、『水線』、『風刃』、『土動』
Rank:ランキング外
7/30 修正
日数経過を1日⇒1週間に変更。
エイプリルがギルドマスターになるまでに1日掛からないのは不自然だと思って修正しました。