session6 二人の夜
俺はとんだ勘違いをしていた。買い物をして、二人でNPCが経営する飲食店で夕食を取った後、エトワールは義兄の下に帰るとばかり思っていた。
「エトワールは何時になったらセイの下に帰るんだ?」
「……帰る?」
首を傾げられたため、俺は慌てた。
「はぁ?」
「……?」
予想外の回答にお互いがお互いを理解していない状態に陥ってしまった。
「え、えぇーと、エトワール。お前はセイの所には戻らないのか?」
「……私はクロウについて行けと言われた」
「だったら宿はどうするんだ!」
何か非常に深刻な問題が起きた気がした。
「………………」
彼女は黙ったまま、俺の服の袖を掴んだ。オイマテ。この様子だと、何もしてやらないと野宿しそうな勢いだ。と言うかやりそうだ。あのセイの妹だ、サバイバル技術ぐらいは普通に持っているのだろう。セイの部屋はあくまでセイの部屋。一応は適当な金があると言うのにあそこに泊まるのも申し訳ない。
「もしかして……野宿するつもりか?」
「……(フルフル)」
エトワールは首を横に振った。どうやらそのつもりも無いらしい。
≪と言う事は俺に提供しろと言う事なのだろうな≫
俺は心の中で呆れながら宿舎街へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃいませ、お客様。御二人様でよろしいでしょうか?」
「ああ、シングルをふた……」
一人部屋を二つ頼もうとした所で後ろから引っ張られた。後ろを振り向くとエトワールが非常に嫌そうな顔をしていた。
「えっと……一人は嫌だと?」
「……(コクン)」
黙って頷くエトワール。仲間だとは言っても、親友だとは言っても家族でも恋人でも無いわけで。
「……あの、エトワールさん、わかっていますか?俺、一応は赤の他人ですよ?多少仲が良いとは言ってもそれとこれとは話が別で。男女が同じ部屋に止まるって意味、分かっているの?ねぇ?」
「……(カキカキ)」
そんな事、どうでもいいと言わんばかりに俺からペンを奪い取り、部屋を指定して鍵まで受け取りやがった。当然金は俺持ちである。一週間で二万ジル。
結構高い部屋だったようだが、金にはまだ余裕があったので部屋の価格自体は問題はないかなと思って払った。そして鍵は俺に渡してきた。簡単に言えば案内しろとの事だ。お前はお嬢様かと言いたくなった。
身長178cmの大柄な彼女は、非常に綺麗で腰辺りまで伸びている銀髪、背は低くなっても出るところは出たままのグラマーなボディが印象的で、ゲームの初期装備である麻の服でなければ外見は本物のお嬢様と言ってもいい風貌だ。性格は大人しいが、対人恐怖症のせいで暴力行為にも出る事があるのが玉に瑕だ。そんな彼女に麻の服と言うのは確かに虚しいモノがある。明日の狩りの後、まずは彼女に服でも買ってあげようか。そう誓って部屋に入った時に俺は声を失った。
「………………え?」
部屋に入るとベッドが一つしかない。一人で寝るには大きいベットが一つだけ。二つではない。
「おい!これはどういう事だぁ!」
俺は隣に居る少女を怒鳴りつけるような形相で見た。
「……一人だと寝られないから」
俺が怒鳴っても平然と彼女は答えた。
「はぁ?一人で寝られない?」
「……(コクリ)」
相変わらずの無表情で首を縦に振る。
「………………」
呆れて声も出なかった。この世界で再会した時も俺に撲り掛かろうとした彼女だ。怖いものなどそれこそ義兄の説教だけとか言う彼女が一人で寝られないとかそれこそ笑い話だよ、ハハハ。
「本気?」
「……シャワー先に使わせてもらう」
「あ、ああ……」
そう言って、彼女は真っ直ぐ部屋に付いていた風呂場へと消えていった。ここに来てから終始彼女のペースに乱されている。取り敢えず素数を数えて落ち着くんだ。
「1、2、3、5、8、13、21、34……」
って、これはフィボナッチ数列だ!ええい、落ち着け!落ち着け!
俺は慌てて自らの道具を見返した。
こういう時に本でもあれば落ち着けるのだが……何か自分の趣味の道具でも買えばよかったと後悔した。アイテム欄を見るとそこには馬の餌が大量にあって、傷薬や気付け草と言ったアイテムは手の指で数えられる程しか入っていない。
回復役のエトワールが居る事、馬の餌が予想以上に高くかつ必要量が多かったためだ。
俺は虚しくなったので馬の餌を具現化させて手に取ってみる。
「何でこんなモノ、こんなに買ったんだろう……」
手に持った藁を睨みながら、溜息を付いた。そこに丁度、風呂場のドアが開く音が聞こえた。
「……何しているの、クロウ?」
俺の後ろにはシャワーを浴びて、浴衣に着替えたエトワールが居た。だが、帯を手で添えているだけで浴衣は手を離すとはだけてしまうだろう。手で抑えているだけで胸元は多少はだけており、普通あるべき下着を着ていない事も見て分かった。そしてその長く美しい銀髪はシャワーをそのまま浴びただけと言わんばかりに水に濡らしただけで先端から雫がポタポタと落ちていた。
「お、帯締めろよ。か、髪の毛、ドライヤーで乾かせよ。あ、後……、し、下着着ろよ」
「……止め方が分からない。髪の毛は魔術による蒸発乾燥をするから大丈夫。私は下着は寝るときには着ない主義」
何だその最高な……ゲフン、傍迷惑な主義は。多少は貞操の危機管理とか自分でやってくださいと言いたくなるような言い分だ。しかも水気が嫌に鼻に付く。
そしてフランス人とのハーフである彼女は浴衣自体、着慣れていないのもあって帯の締め方もわからないようだ。安心しろ、俺も分からない。だけど、そのままなのは目に毒なので、とにかく考えてみる。
「あ、あれなら何とかなるかな?」
俺は咄嗟に思いついた柔道の帯の締め方を思い出す。帯を腰周りに二周させて締めてやった。柔道は学校教育の一貫で必修だったのもあって、締め方は知っている。俺は当然白帯だが。
「良し、これでオーケーっと。きつくないか?」
「……大丈夫」
「そうか。なら大丈夫だな。俺もシャワー浴びてくるから大人しくしていてくれよ?」
「……(コクン)」
俺はいち早く逃げたかったので、風呂場へと逃げ込んだ。彼女と居る事は別に嫌ではないが、気が休まる所が殆ど無い。シャワーを浴びながら、取り敢えずこれからの事を考える事にした。
異世界に召喚されたのは分かった。召喚されたのであれば帰る手段はあるはずだが、これはセイが調べて見つけ出してくれるだろう。ならば俺は力を付けるだけだ、手段を考えるのはその方向が得意な奴にやらせればいい。今日、偶然とは言え、トンデモナイレベルまで上がったんだ。それにいきなり馬がある。これだけで相当違いが出るに違いない。俺はそう確信した。明日、馬を使った力を確認しよう。
その後は浴室で事前に自慰行為をして、彼女に対して万が一の行為に及ばないよう万全にしておいた。
俺は浴衣を着て、部屋に戻ると椅子に座ったまま何もしないエトワールの姿があった。
「ずっとそこで座っていたのか?」
「……(コクリ)」
彼女は頷いた。髪の毛から雫が落ちなくなっている所を見ると、髪の毛を乾かしていたようだ。よく見ると、瞼が少し降りてきて、体も若干揺れている。
「眠いのか?」
「……(コクン)」
「俺も眠いから……寝るか?」
「……うん」
そう言って俺は彼女をベッドの中に招き入れた。その顔や姿を見れば彼女を襲ってしまいそうなので、俺は彼女に背を向ける形で寝ることにした。
ゴソゴソ、ピタ。
≪せ、背中に密着して来た!こ、これ以上の事はしないでくれよ!!それ以上は俺の理性が持たなくなる!!≫
「すーすーすーすー」
俺の心配を他所に、彼女は俺の背中に密着した状態ですぐに眠ってしまった。余程心労が溜まっていただろう。その寝息は非常に可愛らしいが、それを見たら俺の理性は何処かへ飛んでいきそうだったので、振り向かずに目を瞑った。
……そして気が付いた時には朝になっていた。
クロウとエトワールはどちらかと言うと兄妹的な仲です。
一応設定の誕生日で言えば二日ほどエトワールの方が速いですが。