session23 遠足
この世界に来てから今日で二十日目。この狩りを主体とした生活にも大分慣れてきたものだ。
俺は二人の少女と一緒に北の森へと来ていた。目的は狩りではなく踏破。その先にある街へ行くためにこれから移動するのだ。
「これなら歩くよりも数倍速い上で、酔う心配もないわね」
「一応、警邏スキルで魔物を避けつつ移動しているからな。結構蛇行しているから、直線距離で歩いたのとほぼ同じぐらいの速度になるぞ」
俺の持つ突撃騎兵の警邏スキル、これまでは狩りの対象となる魔物を探すために使ってきたが、本来の使い方は危険を察知するためのスキルだ。今回のような移動には持って来いのスキルだろう。ただ、魔物を避けるためにかなり蛇行しているので馬で無ければ一日では着けないような移動をしている。
「エトワール、方角はどうだ?どれぐらい最短路からズレただろうか?」
「……西側に500m。ここから1.5度ほど東に進路を変えれば大丈夫」
「1.5度って……どれぐらいだよ」
エトワールは読図の心得があると言っていたので、コンパスとセイから貰った地図を彼女に預けて、大まかな方向指示をしてもらっているのだ。1.5度と言われても、普通に歩くだけでは誤差でしかないので、思い切って30度ぐらい斜めに進路を取って、目的地の最短路に戻ったらもう一度報告してもらうことにした。どうせ、またすぐに蛇行するだろうし。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……クロウ、お腹減った。弁当」
「分かったよ」
馬に乗って移動すること三時間。何度か休憩を挟みつつも、酔いそうな様子はないエトワールが空腹を訴えた。もうすぐ十一時なので、ちょっと早いが丁度いい時間ではあると思う。今の所魔物の姿も見えないなら持って来いだと思い、俺は彼女の提案をのむことにした。
警邏スキルで近くに魔物が居ない事を確認したあと、馬を木に繋いで地面に簡易シートを敷き、その上にアイテム欄の中に入れていた早朝に頑張って作った弁当を出した。念の為に言っておくが、俺は料理が特別得意と言う訳ではない。ごく普通の腕前しか持たない高校生だ。戦闘においては戦況を一変させるような騎乗兵であるが、一般生活においてはごく普通の学生でしかない。それは一緒にいる二人の少女たちにも言える話で。
「御免ね、クロウ。わざわざ弁当なんて作らせちゃって」
「構わないさ、保存食だとエトワールは文句を言うし、俺もあんまり保存食は好きじゃないからな。それに……」
「悪かったわね!料理が出来なくて!!」
こう言う遠くへ行くときは無駄な荷物を減らすために、あまり体積を取らない固形食料が良いとされている。しかもいつ襲われるか分からない以上は加熱処理をする食事よりは瞬時に摂取出来る保存食系統が推奨される。だが、そんな軍隊みたいな事はやりたくなかったので、弁当を選んだと言うわけだ。
そして俺が作った理由は他でもない、女二人が料理と言う行為を理解していないからだ。昔、テンペストに包丁を持たせたらジャガイモを滅多割きをして粉末にしてしまった逸話がある。エトワールはお嬢様で本当に作った事が無く、やらせる方が怖いので仕方なく俺が作ったと言うわけだ。
「頂きます」
「いただきます」
「……合掌」
三者三様、俺たちはシートを敷いて弁当を開いて食べ始めた。弁当の中身は御握り三つに野菜炒め、卵焼きに鶏の唐揚げだ。量は少し控えめにしてある。極力戦闘を回避しているのもあって、あまりエネルギー補給をする意味も無いが、万が一同乗して戦闘した場合に吐かれるのも困るからだ。
「セイの料理と比べたらいけないけど十分美味しいよ、クロウ」
「……義兄さんと比べたらいけない」
「化け物と比べないでくれ。俺は平凡なんだから」
御握りを手で取って食べるテンペストに箸で器用に御握りを掴んで食べるエトワール。銀髪白人のエトワールを見ると使えるのかと疑問に思うが、日本語も非常に上手で箸使いも下手な日本人よりも上手だ。……と言うか、箸で豆掴みもやっていた。言っておくが俺は出来る自信はない。
弁当の方はその二人からの評判は悪くないようで、何よりだった。
食事中に食べ物の臭いに釣られてくるような魔物も居らず、無事に食事を終えた俺たちは再び騎乗して目的地を目指すのであった。
1.5度の角度誤差で横幅500mになる直角三角形の高さ≒15.5km。
15.5kmが約半分だと道のりは片道は約30kmとなります。
人の歩きは時速3~6キロほどですが、結構蛇行している上に戦闘も行うので、実質移動速度は時速1.5キロ出ていれば良い方です。登山をすると良く分かると思います。無駄に傾斜がきつくて、迂回を強いられるとか良くある事ですし、直線距離で言えば時速1キロも出ないのはよくあることです。
クロウは馬と警邏スキルによるエンカウント回避があるので、その倍以上の速度で移動出来ている事から一日で移動出来ると言うわけです。




