session21 引き分け
本陣を訪ねてきたのは相手側から来た引き分けを言い渡す使者だった。
満身創痍な本陣にこの事が知れ渡った瞬間、ある者は武器を落としながら倒れ、ある者は驚きの余り腰を抜かし、ある者は嬉しさの余り近くに居たメンバーを叩いて気絶させた。
何時、敵の本陣が此方に攻めてくるか分からない、緊迫した状況の中での出来事だった。
「引き分け……か。あんまり実感が湧かないのだが」
俺は疲労困憊で満足に動けなくなってしまった愛馬の傍らでそう呟いた。最強の職業『騎乗兵』も左翼での戦闘の後、休む間も無く本陣まで全力で駆けさせて敵の本隊を潰走させるまで戦い続けた結果、馬の四本足が震えるようになってしまったのだ。終わったから良かったものの、もしもまだ戦う必要があった時や狩りの時などにこの状態に陥っていたら本当に危なかっただろう。
俺としては数によって相討ちになったと言ってもいい状態だったので、負けたと心の中では思っていた。
「さてと、エイプリルの下へと向かうか」
俺は満足に動けなくなった馬に餌を与えたまま放置して、総大将を務めたエイプリルの下へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「いよう、お疲れ~」
「『いよう』って、お前なぁ」
俺が本陣に行って最初に声を上げたのは引き分けへと持っていった功労者セイだった。余りにも気の抜けた言葉に呆れてしまった。一番の重責を背負わされていた筈なのに、一切疲れなど見せていない。
「安心するがいい、クロウ。この陣営で今元気なのはセイだけだから」
顔には少しばかり笑みのある総大将エイプリルは両手を横に出して、体でも呆れるジェスチャーをした。この場に居た他のメンバーたち、テンペストとヒトミも同じだと言わんばかりの目を此方に向けてきた。
「いやぁ、俺としても予想以上の結果になっていたから、引き分け交渉はかなりあっさり成功したよ。クロウが金剛らを倒したってのは嬉しい誤算だったよ。アイツらが一番戦闘上手だったからな。どういう手を使ったんだ?」
「えっと……単なる不意打ちなのだが」
経緯を説明すると、セイはより一掃大きく笑い始めた。
「ははは、あの人材マニアめ、使い方ミスったな」
「いくら知り合いだからと言ってもそんな陰口は止しておいた方がイイんじゃないのか?」
「関係ねぇさ。アイツはアイツで俺をクソクソと罵っているだろうし……クシュン!噂しやがったなぁ、セイクリッドの奴め!!」
突然、くしゃみをしてなお、先ほどまでの対戦相手だった敵の総大将を罵るセイ。何というか、相手大将とは喧嘩友だちと言うかそんな感じが受けてとれた。
次第に罵声しか言わなくなったセイを俺は相手にしたくなくなったので、別の奴に目を向けた。
「……何か用?」
「いや、別に……。エトワール、お前はもう動けるのか?」
「まだ無理。数百回単位で回復を使った事もあって、魔素が枯渇してる」
隅っこで小さくなっている、回復役を務めたエトワールを訪ねると、彼女もまだ本調子にはほど遠い的な事を言った。唯一と言ってもいい回復役は本陣で最も酷使されたようで、まだ意識をしっかりと保てないのか、体が軽く左右に揺れている。
「でも、まぁよくやったよ、お前も。エイプリルの指示とは言え、戦ってみせたわけだし」
「……もっと褒めて」
「よしよし、よくやったよ、本当に」
珍しく求めてきたので、俺はエトワールの頭を撫でてやった。背の高い彼女の頭を撫でるのは本来難しいのだが、今は壁に背をしゃがみこんでいるので簡単に撫でれた。それを気持ちよさそうにする彼女は何とも言えないほど可愛かった。
「でも、何で俺に求めるの?」
「……義兄さんは褒める事はしてくれない」
「あ、それはわかるかも」
セイの奴は全てが予定調和と言わんばかりに事後報告をつまらなさそうに聞いている。想定外が起きてもそれが計算の内でその過程を面白おかしく聞いているだけだ。俺が上級職三人を倒した事を聞いても、相手を罵るだけだったし。少しぐらいは褒めてくれたっていいじゃないかと思ったが、セイなのでそれが普通なのだと諦めた。
多分、エトワールが甘えに行く事はしても、彼はただそのまま放置しているだけになると言うのは想像が付く話なので、次に親しく甘えさせてくれる俺に褒めてもらうことにしたようだ。
「……だからもっと撫でて」
「はいはい、分かりましたよ、お嬢様」
人見知りをして、その能力の高さから近付きがたい美少女であるエトワールも気に入った人に褒めてもらいたいと言う純粋な心は持っているのだな、と思いながら俺は彼女の頭を更に撫でるのであった。銀髪の白人美女で世間知らずな所は正しくお嬢様である事には変わりないのだから。
「それにしても今回は良く頑張ったわね、エトワールは」
「テンペストか」
彼女の頭を撫でていると、テンペストが俺の方に来た。
「この子の回復が無ければ、クロウが来る前に前線が崩壊していた可能性があったわ。ルールは大将倒されたら負けだったし、戦線崩壊は即刻負けに繋がったと思う」
「そうだな」
テンペストもエトワールを口では褒めるが、手は出さない。人嫌いの気があるエトワールは直接触れれるのはまだ田子と俺ぐらいで、テンペストは触れる事が出来ない。
「むむ?テンペストちゃんがエトワールちゃんを褒めてる??てっきり一人の男を争う醜くなりそうな女の戦いのような関係だと思っていたんだけど」
「何言っているんですか、ヒトミさん……」
テンペストがエトワールを口で褒めているのをヒトミが意外に思ったのか、口を挟んできた。
「別に私はエトワールの事を認めていないわけでは無いです。ただ、無秩序な振る舞いが許せないだけなので」
「無秩序って、あんまりそうは思わないけど?」
「それはクロウが一緒に居るからです。セイかクロウらが居なかったら誰彼構わず攻撃しますよ」
「そ、そうなのね」
うんうんと頷く俺とテンペストを見たヒトミは少し信じられないようだった。このゲームの世界ではずっと彼女の『抑え役』俺の傍に居るようセイから命令されているのもあって、大人しくしている。
「最初はクロウ君とエトワールちゃんがカップルかそれに近い関係かな~と思っていたけど、さっきのテンペストちゃんを見ると、クロウ君とテンペストちゃんが夫婦でその娘って感じがするわね」
「「ふ、夫婦っ!?」」
「い、いや、智代とはそんな関係ではなくてぇ……」
「セ、センドーとは……そう、師弟関係だ!そうだ、師弟関係にあるからな、ははは」
思いがけない言葉を言われて、俺とテンペストは声を揃えて驚いてしまう。その後の言い訳でお互いが『本名』を呼び合っている事からも動揺しているのが丸分かりで、ヒトミはいい笑顔で俺たちを見守っていた。でも、エトワールの事に関しては手間の掛かる子供のように思っているのはあながち間違ってはいない認識は俺にもあった。
「……?」
一人、疑問符を出して様子を見るエトワールだけが俺たちの話を理解出来ていなかった。
「と言うか、エトワールを褒めてただけでどうしてこんな話になったんだろうか……」
俺は呆れて別の場所へと移動する事にしたのだった。
~~~別サイド~~~~~~~~~~~
「ふざけるなぁ、セイクリッドめぇぇぇっ!!」
地面には沢山の半券があった。いずれも『1ダース』が発行した今回の闘争の賭け札だ。その半券は全てが草原の微風の敗北に賭けられてあった。その半券は引き分けと言う事でただの紙切れに帰した訳ではないのだが、地面に叩き付けられた後、踏みにじられていた。
「折角、アイツらがボコボコにされるのを見たかったのに、助長させやがって!!」
一人怒り狂っていたのは相当ひ弱にしか見えない外見とそれに全く似合わぬ鎧をしている少年だった。他でも無い、クロウらをこのゲームに勧誘した『大分仁志』だった。彼はクロウらを見下すためだけに勧誘し、今もトップギルドのエースプレイヤーとして名を馳せている。
だが、今の情勢はどうだ。十二神将が引き分けになった地点で彼等に取っては勝ちと同義だ。今一番勢いを持つのは上位ギルドじゃない。彼らだ。
「もう俺は誰にも頼らない、俺自身の手で一人脱出して、アイツらを現実世界で嘲笑ってやる!!」
一人でも戦う、そんな意思を決意した大分であったが、それが一番の悪手であった事は彼自身も最後まで気が付かなかったのであった。
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本名:大分仁志(おおいたひとし)
Player name:ゴッド
Job:剣豪
Level:29
Rank:2




