session19 一人だけの戦場
書くとどうしても卑怯な手になってしまう・・・。
今回、普段の二倍ぐらい長いです。
十六日目の昼過ぎ。遂にその時はやってきた。
俺は一人、草原の中で馬に乗っていた。何時も一緒に居たエトワールも今日はエイプリル率いる本隊の回復役、パーティーに加わったばかりのテンペストもそこに居る。俺とセイ、この二人だけが前線にポツンといた。一人なので寂しいが、邪魔になる以上は仕方のない話だ。
「それにしても、目立つなぁ、このマント」
俺は背中に有る水色をしたマントを見た。青毛の馬に水色のマント。足元だけが緑なこの平原では特に目立つ外見をしている。
このマントはエイプリルが俺に渡してきたモノだ。
「セイは相手主力の引き付け役だから、遠目から見ても分かるよう目立って貰わないとね」
そう言って渡されたのだが、マントは正直自分には似合わない気がした。将軍とかの威圧感のある人物にこそ似合うものであって、一般人が装備するのは恥ずかしすぎると思った。なお、俺の反対側に居るセイは臙脂色のマントを羽織っており、俺の青と対比して非常に良く目立っている。
「でも、囮かぁ……」
エイプリルが引き付けと言った以上、相手の大将をソロで無理やり倒しに行くとか考えなくていいのでまだ気軽ではあるが、気が滅入る役割である事は間違いない。
俺には誰一人として援軍が来ない事が決定している。上級職を囮に相手を極力無力化する作戦であるため、俺がどれだけの敵を引き付けて耐えられるかに勝負が掛かっている。しかも相手人数が多くなるほどより一掃不利になるのも間違いない。戦うのに必要な馬への休息が与えられずに馬がへばった瞬間に負けが確定するのだ。
「セイの奴がどんな切り札を持つか、それに賭けるしかないな」
俺は単なる大駒で本当の切り札はあの男だ。唯一の生産上級職である彼が持つ『交渉カード』がどれほど相手に機能するか、それが運命の分かれ目だ。
現状勝ち目が0%である以上、あの男が唯一の交渉カードとなるのは間違いない。他は臣従以外に売りに出来る手札など無いのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そろそろ開始時刻か」
時計は十三時を刻もうとしていた。昼からの開戦だった事、一番最初に行なわれるギルド間の闘争を見ようと数多くの野次馬が平原の闘争フィールド外に居た。
なお、闘争中は参加を表明している人以外は入れないように結界のようなモノが張られる。そうで無ければ野次馬に紛れて背面奇襲とか簡単に出来てしまうからだ。これもゲームシステムが世界に順応した結果らしいが詳しいことは全く知らない。
「唯一の騎乗兵が弱小ギルドに協力か」
「あの青騎士が居るなら『草原の微風』にもワンチャンスあるんじゃね?」
「でも、上級の居ないギルドがトップ3に勝てるわけ無いって」
「青騎士に本陣強襲、大将撃破で終わりじゃねぇか!十二神将が潰れたらトップ3の威信がボロボロになってより楽しくなりそうだぜ!」
野次馬の声はフィールド内でも良く聞こえる。そして俺に対して無駄に期待する声も良く聞こえる。
「おい、そこの騎乗兵!俺はお前が活躍すると思ってお前たちの勝ちに賭けたんだ!!絶対勝てよ!!!」
「ちょっと待った、そこのお前!俺は十二神将に賭けたんだ、一早く退場してくれ!!」
そして賭け事のために全力で応援する者、罵声を浴びせる者も沢山居た。狩りが終わると暇になる人
は沢山いるので、この闘争を娯楽とせんばかりだ。『1ダースの誓い』に所属するフォックスに聞いた話だと、今回の闘争でどちらが勝つかの賭けをやっているらしく、オッズは2:8で俺たち不利らしい。
昨日の話、闘争が正式に決まった事を確認した『1ダース』のギルドマスターのトレイン氏が『これは面白い事になる』と言いながらギルドメンバー総勢による徹夜作業で賭けの売り札を作ったそうだ。
何とも呆れんばかりの商人根性だろうかと俺は心の中で呟いた。
「そこに居る騎乗兵、動くなぁっ!!」
「もう敵が来たのか」
ちょっと考え事をしていた間に何人か、俺に走ってきているのが見えた。動いてくる塊は合計三つ。それぞれの大きさから言うと俺に向かってくる左翼が一番大きく、一番小さいのがセイに向かう右翼だった。
その戦力比からも騎乗兵と言う存在が相手も怖いと言うのが分かる。
「戦士興覇一番乗り!騎乗兵よ、勝負してもらうぞ!」
「……良いだろう。『突撃騎兵』クロウ。暫くの間、俺と遊んで貰うぞ!」
一人無駄に突出した戦士を、馬の突進で勢いを付けた槍で薙ぎ払う。だが、その男は倒されずに立ち上がる。
「うぐぉっ!?」
「――これが根性か。……面倒な」
勢いそのままを食らった戦士は立ち上がった後、すぐ後ろから来ていた軍団に飲み込まれた。恐らく回収されて僧侶に回復してもらっているのだろう。トドメを刺す事が出来なかったのは勿体無いが、俺とて無茶は出来ない。
「興覇が一撃で敗れただと!?」
「ちっ、戦士が前に出ろ!魔術師で集中砲火にする!!」
そう言って、軍団に分かりやすい陣形が出来た。横三列に並ぶ盾を持った戦士たちとそこに少し間を開けて立つ魔術師たち。突撃騎兵は攻撃に特化した職業であるのもあって、魔術には弱い側面を持つ。が、ここまで露骨に陣形を組まれると逆に『呆れた』気分になってしまう。
「なぁ、お前ら。どうして馬に乗った騎乗兵が強いかって理由を知っているか?」
「え?」
「うおりゃぁぁぁっ!!」
直後、俺は前衛の戦士たちを何人か突進で吹き飛ばして、そのまま敵陣のど真ん中へと駆け抜ける。三列横隊も突進の前ではすぐに弾き飛ばされるだけの壁に過ぎなかった。
「しまったっ!!」
「中央突破されたぞ!」
「ま、魔術師たちを守れ!」
「遅いっ!!」
騎乗兵が強い理由……それは攻撃に置ける『機動力』の高さが大きな一因となっている。人が100メートル走をやる勢いで走っても世界記録で時速37キロほど。それに対して馬の最高速は時速90キロに迫るほどだ。
かつて長篠の戦いで織田信長が使用した戦術『三段撃ち』も防護柵では無く肉壁である以上、先ほどの興覇くんのように吹き飛ばして道を空ける事が容易に出来た。
そして魔術の射程は大体50メートルぐらいが限界なので横隊からは30メートルほど……、馬ならば1秒で行ける距離を人がそれより速く移動出来るはずも無い。
「定石に従って三列横隊を取ったのがお前たちの敗因だ。」
「「「うわぁぁぁっ!!」」」
無駄に横参列に並んでしまったがために残された両翼は呆然としたまま、中央で魔術を発動させるために呪文を唱えていた魔術師が蹂躙される様子を見ていた。『根性』がある戦士とは違い、魔術師は紙装甲も同然。狩りでも不意打ちをされれば魔術師はすぐにやられてしまう。
「ま、魔術師がやられたぞっ!」
「こ、こんなのに俺たちが勝てるのかよ!?」
「む、無理だろ!?もう、上級職様しか敵わないだろ、コレ!」
「もう中央戦線に行け、雑魚共。ここは俺たちに任せろ」
「こ、金剛様!?それにクロト様とナーシェン様も!?は、はい、中央戦線に合流します!!」
そう言って大量に居た戦士たちは大半が離脱して中央の大部隊への合流を始めた。俺の方に残ったのは偉そうな――十中八九上級職だろう――三人組と遥か後方、百メートル近い距離を取った所に居る後方部隊とその護衛だけとなった。
「俺は十二神将の金剛だ。こっちがクロトとナーシェン。俺とクロトが鎧武者でナーシェンが賢者だ」
相手は御丁寧に名乗ってきた。どうやら一騎打ち……と言う訳ではないが三対一を提案したい様子のようだ。
「俺はクロウ。職業は突撃騎兵だ。今は盟友のエイプリルに加担している」
俺の方も馬の足を止めて、名乗り返した。
「無所属で北の森で暴れまわっている無法者だと聞いていたが、最低限の礼儀を返すぐらいではあるのだな」
「まぁ、今エイプリルに加担しているのも個人的な義理だしな」
「個人的な義理……か。最初に接触を成功したのが草原の微風のギルドマスターだった事から、お前たちは現実でも交友があったのか?」
「そうだね。現実でも親友だよ。親友の危機を聞いて駆け付けた、それの何処がおかしいのかい?」
「ははは、素晴らしい友情だな。それでこの闘争に勝ったらそれは本当に主人公だよ!」
敵を前に無防備にも大笑いをする金剛。この隙を攻めたら多分、彼を囮に魔術師の上級職『賢者』のナーシェンが金剛ごと焼き払ってこの俺を倒すのだろう。今、金剛が堂々と話しているのもその後ろの賢者のナーシェンの魔術から気を逸らすためなのだろう。
なら、無駄話を最大限に利用させてもらうだけだ。
「そんなモノ、物語の中だけだよ。そんな大した事、出来る訳も無いし、期待されたくもないよ」
「謙遜なさらんでも結構だ。一人桁違いな人物こそ英雄と呼ばれるのだから。馬を持った騎乗兵は正しくそれだよ」
無駄に煽ててくる金剛は隙を伺わんと言わんばかりに俺『だけ』を注視してくる。俺一人が左翼に居るのを向こうが分かっていて他を警戒する気など全く無い様子だ。
「だけど、馬が居なければ単なる雑魚でしか無いのはそっちも知っているだろう?それに二日に一度しか動けない事も大体知っているんじゃないかな?」
「そうだな。馬の購入費、維持費、使用効率などは大体調べた……があれはギルドで飼い慣らせる戦力ではないだろうな」
「そうだね。俺がソロで居る理由も正にそれだよ。ギルドメンバーの育成なんてどうして俺がやる必要があるんだ、って思っているし」
赤の他人に協力する旨みが何処にあるのか、それは紛れも無い事実だった。それに対して現実での知り合い……しかも学校が同じであれば否応無しに現実へ戻れれば会う事になる。育成と言う『貸し』をしっかり返せるような関係にあるのなら、俺は喜んで力を貸す。
「なるほど。現実の友達だったらそりゃ貸しを返して貰えるだろうな」
「そんな所だよ、金剛将軍」
まぁ、正確には仲間たちにこれまで『大きな借り』があるから、それを返す絶好の機会であるためなのだが。そんな裏事情など彼に教える意味など無いし、教えなくても十分な時間稼ぎは出来るだろう。
もう本隊もセイも交戦しているようで、爆発音や悲鳴、奇声や鼓舞など色々の音が交じり合っている。そんな中、のんびりと話している俺と金剛を見た野次馬共の罵声も聞こえ始めた。
「おい、金剛!!速くソイツ倒せよ!!」
「お前等速く始めろよ!」
「何してんだよ、騎乗兵!お前が頑張らないと草原の微風の勝ち目は無いだろ!?」
「金剛、そのまま騎乗兵を足止めしろよ!」
野次馬共は俺と金剛の心の内の考えまで代弁してくるので、流石に金剛も耐えられなくなってきたのか、俺に疑問を投げかけてきた。
「――クロウ、お前何で俺と話し続けているんだ?かれこれもう三分は経つぞ……?」
無駄話の中へ唐突に突き出された、彼の疑問。野次馬の野次を飛ばされても一向に攻め込もうとしない俺を不気味に思ったのか、彼はストレートに質問を投げかけた。多分、三分ほど俺の足止めをする、あわよくば倒す事が彼の与えられた『役割』だったのだろう。
「三分か、もうそんなに経っていたのか……」
俺は自分でも拍子抜けしそうな言葉を言った。口ではそう言っても、彼等への警戒は一切怠らない。俺はただ時間を稼ぐだけ……あの男が俺も知らない『何か』を仕掛けるまでは。
「良いのか、そんなに呑気な事を言っても?その間に本陣が落ちても知らんぞ?」
金剛は自分が与えられた役割が余りにもあっさりと達成したためか、無駄話ついでに俺からその深層を聞きたくなったようだ。
「まぁ、落ちないんじゃないかな?一応はエイプリルだからしっかりと防戦指揮をして、上級職二人を中心に多少は切り返すだろうし」
「上級職二人……だと!?」
無駄話をしていた金剛が初めて驚愕の表情を見せた。
「加担している上級職は『錬金術師』、そして上級職になれる可能性を秘めている『騎乗兵』の二人だけだったはず!四人だと?……ぐはぁっ!?」
「――金剛将軍、アンタもゲームの常識に囚われてしまっていたか、残念だよ」
驚愕の表情を見せた瞬間、彼の後ろに居たクロト・ナーシェンの両者が怯んだのが見えたので俺は馬を動かして金剛に突進を仕掛けた。余り加速はしていなかったのでダメージも出ず、彼は耐えきったが他メンバーの動揺は隠せない。
「うおぉぉぉっ!」
「ナーシェン、逃げろ!!」
「そう言われても無理!畜生、間に合えっ!!」
その一瞬を突いた俺は金剛の横を抜けて、後ろに居る魔術師系上級職に迫る。
「ファイアボォ……ぐぁっ!!」
金剛が見せた動揺、それがそのまま魔術師系上級職の隙に繋がった。詠唱しきる前に、クロトが盾になる前に馬で駆けて、彼を吹き飛ばした。上級職とは言え、魔術師職。紙装甲である事には変わりなく、彼は一撃で死亡して消えた。
消えた……と言うよりは復活場に転送されたと言う方が正しいだろうが。
「ナーシェン!?くそぉ……、このクソ野郎がぁぁぁっ!!」
金剛は戦友を討ち取られた怒りと、この不意打ちを気付ききれなかった自分の不甲斐無さが混じった怒号で俺に迫ったが、HPが削れた今になっては根性も発動しない鈍重な堅い的でしかない。
「うおぉぉぉっ!!」
「ぐぬぉぉぉっ!!」
俺の勢いを付けた一閃を手に持った盾で耐える。だが、一撃の重さは騎馬の勢い・重量からも俺が上なのは明瞭だった。
「ぐおっ!」
敗者は金剛だった。盾と一緒に大きく吹き飛ばされ、その勢いを維持した俺は倒れて無防備になっていた金剛に追い討ちをかけた。
「して、やられた……ぜ、クロウ」
そう言って彼は復活場へと転送されたのだった。
「ナーシェンだけでなく、金剛も……!こいつぅぅぅっ!!」
最後の一人となったクロトも騎馬の一撃に耐え切れず、結果俺は上級職と対峙して五分で上級職三人を倒す事に何とか成功したのだった。
「三人一斉に攻めかかられたら、俺の負けだったな……。セイの奴が上手くやっていればいいが」
俺は残る後方の回復役とその護衛を威嚇だけで潰走させた後、エイプリル率いる本隊の援護へと向かうのであった。
クロウの役割は「相手上級職3人の足止め」。
金剛の役割は「騎乗兵の足止め(3分)」。
お互いが時間稼ぎだったために真正面からぶつかることに失敗して無駄話をする事に。
お互い同じ任務を任せられていた両者ですが、制限時間があった金剛側が自滅する結果に。
馬の速度に関してはちょっと過剰気味です。現実的に競馬を走るサラブレットでも時速60~70キロほどです。最高速度なら時速90キロにも到達する事はあるようです。人間でずっと走り続けることを考えたらマラソン世界記録から逆算して時速20.5キロほどなので、馬と人の速度差が3:1である事に関しては変わりないと思います。
時速37キロは100m走の世界記録クラスです。時速36キロ=100m10秒です。




