another session1 隠者の知る真実
今回はギルドマスターのエイプリルが中心です。
黒幕?黒幕とは違います。
~~エイプリル視点~~
クロウやフォックスと別れた後、僕はある男の後ろを追った。
「待ってくれ、セイ。君はもうこの世界の事について何か核心を得ているんじゃないのか?」
「……エイプリルか」
彼は僕が尾行している事に気が付いていて、それでもなお自分の工房まで歩いたようだった。中に案内してくれたので、僕は中に入った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
彼の工房の中はちょっと工房とは思えない程、『紙』に埋もれた空間だった。クロウから聞いた彼の工房は多少工具があるだけと聞いた場所だったが、天井に届きそうな紙束は明らかに異質だった。
「狭いが我慢してくれ。戻ったばかりだからまだ整理が出来ていないんだ」
「整理……か、これ?」
そう思いながら僕は紙の束を見た。天井に届きそうなこの紙の束、彼の机の傍に十五ほどある。手を上に上げてジャンプしても届かないこの部屋の天井までの高さを3メートルとすると、床から天井まで到達するのに必要な紙は五万枚|(一枚は0.06mm計算)となる。十五束あると言う事は、合計で七十万枚超の紙が存在している事になる。
出版会社や企業、図書館などと言った大量の紙が存在する空間ならともかくも、このRPGの世界で七十万枚も紙を有する事は不自然極まりない。紙を武器として使う、人間離れな技を持っているとかで無ければこんな事をする理由が無いのだ。
「これは……?」
「この世界のデータだ。厳密にはコンピュータ言語で書かれたこのゲームだが」
「……はぁ?」
僕にその言葉の意味が理解出来るはずがなかった。見るだけ意味不な文字列が並んだだけの紙の束。その文字列がアドレスなどを表しているのだろうが、絵などは一切見えない。
「俺はこれからこの紙の解読作業に移る。その分、外を出歩くような暇は無くなるし、生産の仕事も殆ど取らないだろうな」
「その紙を解読して何になると言うんだ?」
「……グリモワールの在り処。この世界に置ける村や洞窟の位置関係。魔物の詳細な情報などなど。この世界で生き抜くために必要な情報も手に入るだろう。ゲーム攻略の面白みは無くなるが、こちらだってリアルが賭かっているんだからな」
セイの言った事は確かに重要だろう。村や洞窟の位置が分かれば、地図さえあれば迷わず行けるだろうし、魔物の詳細が分かれば戦いやすくもなるだろう。そしてグリモワールの在り処が分かれば他のギルドに先立ってゲームクリアだって出来るだろう。だが、それがどうしたと言うのが今の僕の意見だ。
「そんなモノをどうやって手に入れたかは知らないが、まずは脱出方法を見つけなければならないんだろう?僕にはそんなモノが役に立つとは到底思えない。と言うか巻き込まれた側である筈の君がどうしてそんなモノを?」
「巻き込まれた?俺は違うぞ、エイプリル」
「え?」
「俺は巻き込まれに行ったのさ。お前たちとは違ってな」
目の前の男はさり気無く、トンデモナイ事を言った。被害者ではないと。
「それじゃあ、僕たちが巻き込まれたのは計算の内だったと言うのかい!?」
「いや、ここまで完璧な世界が創造されたのは想定外だったさ。しかも御丁寧に絶望するように地雷のオマケ付きと言うのはね」
「地雷……?」
「この世界からの脱出手段は用意されていても、その脱出手段が間違っているのだから救われようが無いさ。全く、この世界の製作者は根本から腐ってる」
「間違っている?」
もうセイが言っている事は訳が分からない。このまま聞き続けても混乱するだけなので、分かる所から聞いていくことにした。
「それより、その紙はゲームデータと言っていたけど、何時手に入れたんだい?」
「この世界で言うなら『一週間前』かな」
「はぁ?」
一週間前と言うと、クロウとセイが別れた直後だ。巻き込まれて二日目、皆が皆、状況把握に走っていたその日の事だ。手に入れるならばその会社のサーバーにハッキングを仕掛けるしか無いが、パソコンとかの情報端末が無いこの世界でどうやってやったのだろうか。
「よもやまさかと思うけど田子、君は……この世界から一度『脱出』して戻ってきたとでも言うのか!?そしてこの紙を持ってきたとでも言うのか!?」
「そうでなければこの紙は説明出来まい。皆をこの世界に召喚する原因となった『次元転移術式』、俺はその完成系を持っている。そうで無ければ『巻き込まれ』には行くまい。まぁ、『俺だけ』では直径1メートルの円を作るだけで精一杯だったが」
「………………」
僕は驚愕の余り、声を失った。帰る手段が存在する事よりも目の前の異常を直視出来なくなったからだ。
「俺は既にこの世界からの脱出方法は確立済みだが、『全員』を脱出させるまでの出力は到底無茶な話なんだ」
「……それは君がその紙を持っている事からも分かる。多分その紙の在り方からも二人運ぶのが現状では精々なのだろう?」
「ああそうだ。だから俺は不足分の魔素をこの世界で補って、全員転移の術式を完成しようと思う。そのためには……」
「なるほど、魔術書か」
この男が紙を持って帰った理由がようやく分かった。力が足りないならこの世界の『アイテム』を使えばいい。このゲームの中で一番力を持つ存在は何かと言えば、それは奇跡を起こすと言われるクリア条件とも言うべきアイテム『魔術書』だ。
それの在処を知るにはゲームデータ解析が一番速いのだろう。要はゲーム攻略の支援が最善手と言う訳だ。
現実でも魔術は研究されてはいるが、それは不便だとは言え致死性能を持つ魔術を『封印』のための研究しているのであり、『次元転移術式』とか言う別次元の研究をする研究者など現在は居なくなっている筈だ。そもそも、そんな術式など存在すると聞いた事すら無い。
存在したらしたで世界が崩壊しそうな術式だ。実際、唐突に使われて僕たちは混乱しているのだから。
「帰る手段が判明したため、俺はグリモワールを集めてくれる信頼出来る『ギルド』を探している」
「だから『草原の微風』に手を貸すと言うわけかい?」
「ああ。直接手を貸すのは今回の闘争がラストになるだろうけどな」
直接手を貸すと言うのは十二神将とのギルド間闘争にも参加してくれると言う事だ。裏方に徹するこの男が直接手を貸すとなると本当に珍しい事なのだが、それだけ状況は窮地にあるのだ。
「情報では上級職を七人抱えていると言う十二神将相手に対して、君、クロウとエトワールの三人が居てもどうしようも無い。チート職業である騎乗兵のクロウも上級職三人当てて確実に倒しに来るだろう。僧侶のエトワールは僕たちのフォローに回るだろうけど、それでも二人が限度だ。これをどう引っ繰り返せと言うんだ?」
「俺が正面突破して、何とかするよ」
「なっ!!セイ、君は生産職だろう!君まで無茶をする意味が何処にある!」
僕は上位の噂に関してはギルドマスターになった時に一日で暗記した。上位ギルドの基本構成、上級職のメンバーの人数・名前、その他ギルドの長や噂になったプレイヤーなど。ギルドマスターとして完璧を求められた以上は完璧であるべきだと思い、僕は一日で完璧にした。
最高レベルを有するプレイヤーであるセイ。最強が知り合いなのは良いことだが、その使い方を間違える訳には行かない。
「『生産職』ねぇ……。そんな理由で戦線に出ないで済む程、今は甘い戦況ではないだろう?」
「それは……そうだが」
否定出来ないあたり、本当に辛いのだ。後方支援役を前線に送らないといけないほど、今の実力差は埋めようが無いのだ。
「後方職だからって、最低限の仕事さえしてくれれば良いと言う考えも悪くはないが俺は最強だ。堅実な考えも悪くはないが、今回の闘争はそう簡単に行くはずも無いだろう?」
「………………」
「トップランカーが何故トップランカ-として噂されるのか?俺が何か情報を秘匿しているとは思っていないのか?」
「……それは確かに」
そうだ、この男はしっかりと問い質せば返答をしてくれるが、正確に問わなければ絶対に口にしない。鍛冶師について教えてくださいとか質問すれば『鍛冶をする職業』としか答えない程、気のきかない剛直な面を持つ男なのだ。
「クロウも間違いなく魔術系一人含む上級職三人当てられたら足止めされると思う。残りの上級職は四人。その四人を相手して確実に勝つ事が出来るのかい、君は?」
「勝つ事はしない。勝って十二神将が崩壊すると俺の目論見が音を立てて崩れるからな。トップスリーは残す。これは俺の中の決定事項だ」
「はぁ?」
しないって言われても。僕は彼の言葉を聞いてより一掃不安になった。勝算の無い戦いに殉ずるほど馬鹿でも無いはずの男だが、何を目的としているのかイマイチわからない。
「ただ、俺はエイプリルたちが『魔術書』を連取するのに最適な環境を作るためにも強豪は固まってもらわないとね」
「セイ。君はこの僕に何をさせようと言うんだ?」
「『完封試合』だ」
「言い方が悪かった。君は何故全員を戻したいと思ったんだい?僕の知っている君は重要な人物以外は全て切り捨てるような冷血漢な筈だが?」
「単純にこのゲームの作者への逆恨み、かな。こんな下らない事にそんな馬鹿げた術式を使う論外は心の奥底から潰れて貰わんとな。そのために全員を帰してその作者を徹底的に叩き潰す」
珍しく強い意思が篭った彼の言葉に冷や汗が流れた。簡単に言えば作者が腹立ったから心の奥底からへし折る、そんな感じだ。どうやらこの世界を作り出した事が彼の逆鱗に触れたらしく、彼の自信作を叩き潰して精神崩壊させる、それぐらいなノリだ。僕は彼が本気で怒っているのを見たことが無いので、それが怖くもあるが、面白そうでもある。
「それで、完封試合と言ったけど、君は僕たち……いや、この僕に何をやらせようと言うのかい?」
「俺の変わりとなる道化だな。他ギルドを抑えながらゲームのクリア条件である『魔術書』を集めてもらいたい。数はそうだな、後四冊ぐらいあれば何とかなるだろう」
そう言ってセイはおもむろに本を左手に取り出した。五芒星が表紙に書かれた本。
「それは……まさか、グリモワール!?一週間の間に一人で取ってきたと言うのか!?」
「ああ。グリモワール一冊がどれほどの効力を持つかを確かめるためにな。現実転移ぐらいなら一瞬で終わっていたが、一日以上空けることになったのはこれを取りに行ったからに他ならない」
「……だとするとセイの言った脱出方法はもう、仮説じゃないんだね?」
「ああ。俺の術式もそれで強化出来る事も実証済みだ。後は数あれば良い。その数に関しては正式な量は分からんが、五冊だと推測している」
この世界にそのグリモワールが何冊あるのかは知らないが、五冊程度あれば帰れると言う事みたいだ。
「だが、どうして他ギルドには頼まないんだい……?」
「それはギルドマスターが他でもない我が盟友、四月一日足一だからだよ。君は他者に求められれば、それを演じる道化になれるからだよ。今朝、上位ギルド周りをしたのは『完封試合』が出来るギルドかどうかを見るためだったんだが、思った通りの期待外れだったよ」
道化を演じろと言われてもその求められる道化は余りにも難しいようだ。
「帰還手段の有無を隠したまま、ギルドメンバーを従えて他ギルドにグリモワールを取らせないようにしながら全部回収しろ。俺が求める最高のギルドマスターがそれだよ」
「無茶を言ってくれるね、全く」
無茶を言う依頼主に、ギルドメンバーたちも真っ先の帰還を強く望む者ばかりだ。大半の人たちはこの世界に不安を覚えていて帰りたいと望んでいる。その意思は一番簡単に言うのであれば『囚人のジレンマ』だろう。
皆が協力すれば1年で帰れるが、一人ずつ帰すのであれば数百年単位掛かる人も出てくるぐらいな――そんな時に彼等は皆と協力する選択肢を選ぶかと言えばそうはならないのが世の中の道理である。
セイは僕にその囚人たちを協力するよう導けと言うのだ。
「久しぶりにそんな無茶な命令を聞いたよ。良いよ、やろうか」
「それでこそエイプリルだ。情報開示などは此方で上手く調整するよ」
セイは顔に笑みを持ちながら言った。
「そのためにはどんな手段を使ってでも五日後のギルド間闘争には勝たないとな。大船に乗ったつもりで居てくれ」
「期待、させてもらうよ」
そして僕はセイの工房から離れた。
8/1 修正
ようやく、帰る手段の公開です。
セイは殆どの事を理解出来ているけどあくまでお助けキャラです。この作品に置ける『黒幕』ではありません。
グリモワールオンラインに対してキレている理由は、自分『しか』知らないはずの時魔術の次元転移を起こされた事にもの凄い怒りを覚えているだけです。全員を帰す事に真面目な理由は作者に対する復讐手段としてこのゲームをクリアして製作者の野望を『失敗』させる事を目的にしているからです。
だけど、チートである自らが直接手を下す事もそれは面白くないとして、エイプリルやクロウたちを代理に立てて遂行させようと企んでいます。




