session10 女狐商人
九日目、俺とエトワールは街中を歩いていた。
騒ぎが落ち着いたとは言っても、俺たちを追っかけて来る人はまだまだ居た。リードさんを筆頭に沢山の人が排除されたと言うのに『俺は特別だ』と言って俺たちに接触する奴が後を絶たなかった。
結果的に俺たちはいつもNPCの店などに滞在して、NPCに身を守ってもらうのが日課となってしまっていた。部屋にいると言うなら、二人っきりなので俺の理性が危険範囲に到達してしまう。なので、俺たちは毎日外出は続けた。
午前中の街はあまり活気があるわけではなかった。ギルド所属者など、比較的真面目なプレイヤーたちは皆出払っており、街には外部からの助けを待つと言う選択をしたプレイヤーたちが溢れていた。おそらくは初日に死ぬ恐怖に遭遇して立ち上がれないのだろう。その殆どが麻の服を着ており、ちゃんとした衣服を着ている俺たち二人を睨み付けるかのごとく見ていた。
流石にエトワールは、メイド服は目立つので黒と青が主体のワンピースに着替えさせたのだが、それでもやっぱり周囲から注目を浴びてしまっていた。
このまま歩いているのも嫌だったので、今回は試しにプレイヤー運営の店舗へと入る事にしてみた。
店の名前は『1ダースの誓い』。
そこは生産系ギルドの売店だったようで、様々な物がNPCよりも安価に取り扱われていた。カウンターには一人の女性が退屈そうに座っていた。
「いらっしゃいませー。もう服を買っているプレイヤーがこんな時間に来るなんて珍しいわね」
「……彼女にストーカーが居るから、安全のために今日は出ていないんだ」
「なるほどねー。店に入ったのはその身を守るためって訳ね?」
「そう思ってもらえれば良い。だからしばらくはここに居てもいいかな?」
「商品1ダースを買ってくれるならね。こちらだって商売なので、冷やかしは勘弁願いたいね」
そう言われたのでここに居座るために店内の物色を始めた。冒険に必要な傷薬や毒消しなどもあれば、緊急時に必要な保存食などもあったし、包帯やアルコール消毒液と言った回復魔術があるのにごく普通の道具も売ってあった。だけどその一品一品が高かった。
その一挙一動をずっと凝視してくる女商人。これは何も買わずに逃げたら殺されそうな気がした。
商人は文字通り売買をする職業だ。レベル上げ方法は明瞭で売買を繰り返すだけ、それだけでレベルが上がる。そのため、レベル上げ手段が一番確立しており、テストプレイヤーたちの中でも無駄にレベルの高いプレイヤーが存在する事でも知られている職業である。
「店番お疲れー、交代だよー」
「もうそんな時間?ちっ、折角人が来たのになー」
「人が?珍しいね、この時間帯に買い物出来るような人が来るなんて」
そう愚痴を漏らしながら、最初に店番をしていた女性は奥に戻って、入れ替わりでもう一人の女性が入ってきた。
ちょっと小さめだが、強気な表情が見て取れる人だ。俺はその顔に惹かれていった気がした、次の瞬間、同時に口を開いた。
「いらっしゃい~……って、もしかしてセンドーに久保ぉっ!?」
「最上ぃっ!?」
「……(コクリ)」
他でもない、俺たちの仲間の一人にして、田子に勧誘されてやり始めた最上晶だった。彼女は俺たちの参謀役にあたる人物で、オンラインゲームには商業を学びたいと言っていたので商人ギルドに入ったようだ。
「いやー、そっちも無事で良かったよ」
「そっちこそ!……えっと登録名は?」
「アタシはフォックスだよ。そっちは?」
「俺がクロウ、エトワールはそのままエトワールだ」
「了解。まぁ、こんなゲームにフランス人とのハーフが本名プレイしているなんて思わないだろうしねぇ~」
「それには同感だ」
うんうんと二人で頷く。最上は相手が誰であろうと態度を変えない女傑なので、本音で話しやすい相手なのだ。そして知識も豊富なので腹の底から話し合える。でもズル賢い事から女狐など呼ばれる女でもある。
「そういえば、他のメンバーの所在は知らないかい?特にリーダーとか……」
「出資者とリーダーの二人は会ったよ。リーダーは『草原の微風』って言うギルドのギルドマスターしてる」
「マジ!?あ~あ、こんな商人ギルド入らずにリーダーについて行きたかったなぁ……」
と嘆くフォックス。彼女はエイプリルの現実での恋人である。今は商業を実践してみたいと言う理由で商人ギルドに所属している彼女はちょっと後悔したような言い方をしていた。
何はともあれ、再会出来た仲間を相手にのんびりとこの店の事について話す事にした。
「やっぱり高いなぁ……。包帯三十メートルが二千ジルとか高すぎでしょ、リアルだと」
「うん、そうだね。でも今はまだ技術を持った職人とかも非常に少ないからどうしても数が少なくて、割高になっちゃうんだよね。プレイには関係ない日用品は万単位だし」
「あるのか!」
言われたので、探してみるとあった。綿棒一本に一万ジルの値札がついている。普通に販売されるような一箱ではなく一本だ。俺は唖然としてしまった。
冒険でも需要のあるコップとかの食器や懐中電灯などは安物だと千ジル未満で売られているのに、歯ブラシや耳かき、鉛筆などの道具が全部一万ジル以上で売られているのだ。
「服もNPCが売っている奴はそう高くはないけど、オーダーメイドとなると今はまだ十万ジルは下らないね。上位陣でも服を持っている人はいるけど、今のところオーダーメイドの注文をしているのは顔となる五大ギルドのギルドマスターだけだね」
「なるほど……」
俺はフォックスとたわいもない世間話をしていく。セイの情報も凄いのは凄いのだが、攻略において必要な事しか言ってくれないのでこのような世情のような情報を教えてくれるフォックスは結構ありがたかった。
「世情なら答えられる範囲で答えるわ。どうせ生真面目な攻略組は一番安全な今の時間帯は絶対に来ないし、ギルドの幹部連中も無駄働きになりやすい午前中は寝ているし。あ~あ、損な役回りだな、下っ端って」
彼女はカウンターで頬杖を付きながら独り言を言っていた。彼女一人で店番をやっている事からも、この時間帯は本当に人が来ないため、ギルドの上位層もここには居ないのだろう。どうやら、魔物たちも朝が一番弱くなる時間帯らしく、一週間にして大半の人がその時間に狩りを行なうようになったらしい。そんな彼女のためにも何か買おうな、と思って周囲を見渡すとエトワールが居ない。
「エトワールはあそこでアクアリウムを見てるよ」
「本当だ。と言うかよくこんな所にあんなインテリアがあるなぁ」
「あれはギルドマスタートレインさんのオーダーメイドだよ。あんな風なインテリアも無いと貧乏っぽく見られるから、だってさ」
「へぇー」
俺は感心しながら店のモノを見回す。貧相なコンクリートの壁の中、一つだけ幻想的な風景を描き出すアクアリウムはそれこそ癒しとも言えよう。
「でも、クロウ。見る専門は許し難いなー。少しはアタシのためになるような事をやってもらわないとなー、物を買うとか。それとも冷かしに来たの?」
「……どちらかと言うと冷かしだろうな。勧誘を避けるためにここに来た訳だし」
「何か買っていきなさいよ。幾ら持ってるの?」
「まだ金は残していたから……200万ジルぐらい」
「へ?」
買い物を即したフォックスは俺の言葉に凍り付いた。そして、余りに大量の金を持っていた俺に頭を下げた。
「……なら、アタシのレベル上げ、手伝って」
「え??」
「アイテムの売買よ。クロウは10万ジルほど無駄に使うけど、いいかな?」
「ま、まぁ……問題は無いかな」
商人のレベル上げ手段、それは売買を行う事だったらしい。元手が十万ジルあれば、利率の低い安価なアイテムで売買を繰り返すと最終的には数百万ジルクラスの金が動くため、トンデモナイ経験値になるそうだ。フォックスは服を持っているこの俺なら金に余裕があると思って持ち掛けてきたのだ。
数十万ジルをポンと出せる仲間が居れば簡単にレベル上げが出来る、それが商人なのだ。
結局、俺は彼女に協力する事にした。店側の利益になってしまうので序盤の一プレイヤーが協力出来る事ではないのだが、傷薬を買って売ると言う作業を彼女のために彼女の勤務時間が終わるまで延々繰り返させられたのだった。
「ありがと、クロウ。これでギルド上位も驚くほどのレベルまで上げれたよ。……こんなに簡単に上がってもいいのかねぇ?」
「俺が知った話か。それよりも飯食いに行こうぜ。エトワールも空腹なのか、黙り込んでいるし」
「………………」
「あはは、そうだね!それじゃ行こうか。エイプリル・セイとも一緒出来ないかってメッセージ送っといてよ」
「了解した」
俺はフレンドリストにあるエイプリルとセイの名前を選択して、彼らに遅めの昼食一緒にしないかとメッセージを送って、店を後にしたのだった。
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Player name:フォックス
Job:商人
Level:3⇒36
skill:『算術』『看破』『調査』『洞察』
Rank:ランキング外⇒57
7/31 修正




