session9 服選び
そう、俺にはどうしようもない事があった。
俺は男だ。
当然だが、女性の服選びなんてそんなセンスは皆無。俺の服ならばエイプリルにも相談する必要もなかった。だが俺以上に問題があるのはエトワールの服だった。対人恐怖症の上に自分の事には基本無頓着な彼女は遠目から見ても美人で麻の服にしているのが可哀想だと思えるほどの少女だった。
俺にはどうしようもないのでギルドに所属しているエイプリルに女性プレイヤーを紹介してくれるようお願いしたのだ。ナンパにも聞こえなくはないその言い分をエイプリルは聞き入れてくれて、女性を一人呼び寄せてくれたようだ。
「来たわよ、エイプリル。何の用かしら?」
「呼び出しに応じてありがとうございます、ヒトミさん。実は僕の友人の事でお願いしたい事がありまして」
エイプリルの呼び出しに応じてくれたのはヒトミと言う名前のプレイヤーだった。エトワールより背が高い訳ではないが割と大柄な女性で彼女も美女と言うのが相応しいような女性だった。ただ、近くに居る比較対象となる女性が白人銀髪の申し分ない美女であるエトワールである事と麻の服で台無しだった。
「初めまして、エイプリルの現実友人のクロウと申します。そして彼女がエトワールです」
「………………」
「ヒトミよ。へぇ、リーダーがこんな可愛い子たちと知り合いだなんて。羨ましいわね~」
自己紹介をしたが、エトワールは完全に警戒しており、彼女の目はまるで天敵を見るかのような目をしていた。仲間内で無ければ警戒心丸出し彼女はこの場に俺かエイプリルが居なければ、手に持った杖でヒトミさんに撲り掛かっていた所だろう。
「ヒトミさん。いきなりですけど、貴女に一つお願い事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「何かしら?」
「彼女、エトワールの服を選ぶのに協力してもらえないでしょうか」
そう言って敵意を表に出しているエトワールの両肩を掴んで強引にヒトミさんの前へと差し出した。エトワールは非常に嫌そうな顔をして俺を睨み付ける。
「なるほど、リーダーにクロウ君。二人は女性の服に対するファッションセンスに関しては非常に疎そうだもんね。分かったわ、私でいいなら喜んで協力してあげるわ、こんなに綺麗な子が麻の服は流石に可哀想だし」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、早速行きましょっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
そう言われて連れて行かれたのはNPCが経営する服屋だった。グリモワールオンラインはキャラクターの外見をカスタマイズするためにも服屋が多数存在しており、交流時には服を着させる習慣があった。ここで売られている服は高価な割に余り戦闘向きで無いモノが多いが、たまにスキル付与や耐性アップなどの特殊な効果を持つ服もある。
セイにお願いすれば、防具は作れるだろうが、彼に無茶を押し付ける訳にもいかないだろう。
「キャー、可愛い~!」
「ねぇ、これはどう?これもどう?」
「これ、絶対似合うよ!ねぇ、着てみてよ!」
ヒトミさんはまるで何人にも分身しているかの如く数多なる服を手に取ってエトワールに服を着させていた。エトワールはヒトミさんになすがままにされている着せ替え人形の如く来ている服を変えていた。なお、着替えについては単純にアイテムを使うのと同じ要領で使えば着られるので俺の目が届く場所で彼女たちは着せ替えを行なっている。
目の届く位置に居ないと、エトワールは間違いなくヒトミさんを殴ろうとするからだ。
「ああ~、これもいいなぁ~。これもいいなぁ~。選ぶと言っても迷っちゃうなぁ~」
「あの、ヒトミさん。複数選んでも構わないです、お金にはちょっと余裕があるので。十着ぐらい選んで貰えると助かったり……」
「え?ホント?」
より目を光らせるヒトミさんにまるで小動物のように目を潤ませて俺を見るエトワール。エトワールは早くこの御人形さん状態から脱出したいらしいが、それは俺が許さない。
ヒトミさんは更に三十着ぐらいを取って、エトワールに着させ始めた。着るのに一秒と掛からないため、二十分ぐらいで三十着の服の試着も滞りなく終わる。
≪と言うか、今メイド服とか軍服とかセーラー服とか色々着せただろ≫
セーラー服は全く似合わなかったが、メイド服のような黒と白を主体とした飾り物が多い服装は彼女によく似合っていた。特に彼女は周囲から浮いてしまう程、特徴的で美しい銀に染まった長髪を持っている。その銀髪にはやはり黒色を主体とした服が良く似合った。
「それにしても綺麗な髪の毛ね。これは地毛なのかしら?」
「……義兄さんが一部染めてくれてるけど、地毛の色は変わらない」
「そうなのね。金色にしてもいいけど、金髪よりは銀髪の方が似合うだろうしこれでいいわね」
エトワールの髪は元々の色も銀色だったらしいのだが、精神ショック(後に対人恐怖症を発症するほど強いモノ)を受けた際に髪の一部の色素が抜け落ちて、銀色をした長髪の一部分だけに白髪が混じった混色状態になってしまったため、義兄がしっかりと染めて髪を元の色に戻したと言う事らしい。
「まぁ、こんな所かな~。素肌も綺麗だけど、これだけいい肉付きなら表に出さずとも服の上からでも分かるだろうから、服に装飾が多いモノを中心に選んでみたわ~」
「あ、ありがとうございます……」
服の料金は合計八十万ジルほどだった。防具も兼ねた服も幾つか選んだのもあって恐ろしく高額が付いたモノもあったが、先週にやった狩りだけで300万ジルほど手にしていたので、払えなくは無かった。武器防具は既にセイが用意してくれた物があるので、今すぐに必要だと言えるような物は無いのでこのような無駄使いも悪くはないだろう。
「結構買ったわね~」
「………………」
人形ごっこに満足したご様子のヒトミさんにすっかり気が滅入ってしまった感じのエトワールが並び立つ。エトワールはヒトミさんイチオシのメイド服を装備していた。エトワールは黙って俺の後ろに付いてくるので、正しく主とメイドのような状態だ。念の為に言っておくが、関係としてはエトワールが雇い主側になるので彼女が主で俺が執事になる。
「残るお金はまだまだあるなぁ……」
アイテム欄を見るとまだ金貨二枚は残っている。武器防具も現状の装備=即ちトップランカーのセイが作ったモノが最強装備であり、整える必要も無い。それにヒトミさんにはエトワールの服を選んでもらった恩があるので一つ提案をしてみる事にした。
「そうだ、ヒトミさんも何着か買いますか?」
「いいの!?」
「俺ではどうしようもない事を助けて貰ったので、そのお礼と言う形にはなりますけど」
「も~し~か~し~て~、エトワールちゃんみたいな美少女だけじゃ物足りずに、この私にも手を出そうと言うの?」
「ええっ!?」
「ジョーダンよ冗談。その好意に甘えさせてもらうわ、ありがとね」
俺はヒトミさんに報酬として銀貨百枚を渡した。エトワールの八分の一だが、十分高額で普通に数十着は買えるお金だ。何故エトワールの方がかなり高いかと言えば、メイド服とか姫様衣装とか非常に高額なモノが混じっていたからだ。
「それじゃ、私はここで。クロウ君に女性の服選びに付き合う根性なんて無いでしょう?」
「……そうですね」
そして俺は、ヒトミさんを見送った後に自分用の黒い洋服を数着ほど買った(四万ジルほど)。しいて言えば、淡い水色のオーバーコートに見えなくも無いマントを買ったぐらいだった。時間にして十分。
その間、エトワールは店内にある椅子に腰掛けさせて休ませたためか、店を出る時は少し元気になっていた。
服を買った俺たちは周囲から非常に浮いた形となった。しかも俺の後ろに付いてくるエトワールがメイド服なモノだからより目立つ。
≪うわ、凄い美人だ!≫
≪だけど、男ありかよ、しかもあの騎乗兵だと!≫
≪羨ましい、リア充爆発しろ≫
もの凄い罵声が俺たちに降りかかったのは言うまでも無かった。結局その後は周囲の声が余り聞かないでもいいようにNPCの飲食店へと逃げ込む羽目になったのだった。
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Player name:ヒトミ
Job:戦士
Level:3
skill:『剣術』『盾術』『闘志』『根性』
エイプリルのギルドの一員。ほぼモブ扱いですが、将来的にエイプリルのギルド『草原の微風』のエースとなる人物。
7/31 修正




