はじめまして、の挨拶前に妻が斬りかかってきた
「結婚することになった」
幼なじみで、辺境騎士団の副団長を務めているウォルターにそう告げる。
驚くだろうと思っていたのに、返ってきたのは薄ら笑いだった。
「そうかそうか、おめでとう。良かったな」
「……ありがとう」
「ありがとうじゃねえよ! 誰が信じると思ってんだ。おまえ、冗談言えるようになったんだな。それともストレスで頭がとうとうイカれたか?」
「は?」
ウォルターを睨みつける。
俺の怒りを感じ取って、辺境伯補佐のコンラートが口を挟んだ。
「ウォルター、口を慎むように。閣下の結婚が決まったことは事実です」
「……はあ!?」
辺境伯執務室のソファーにだらしなく座っていたウォルターが、目を剥いて勢いよく立ち上がった。
「そんな馬鹿な……! おまえ、その凶悪な顔のせいで、ずっと婚約者も決まらなかっただろうが!」
「顔のせいじゃない。立地のせいだ。魔獣が出る辺境に、ご令嬢は嫁ぎたがらない」
「嘘つけ。この間なんかおまえ、森で魔獣に襲われた村娘を助けたのに、顔見て悲鳴上げて逃げられただろうが」
「だから顔のせいじゃない。俺が返り血を浴びていたからだ」
「辺境の平民でもそんななのに、返り血浴びて平然としてる男のとこに嫁いでくれる貴族のご令嬢なんかいるわけねえだろ」
腹が立つが、ウォルターの言うことにも一理ある。
辺境伯という身分の俺が結婚するとなると、ある程度の爵位ある貴族令嬢を娶らなければならない。
魔獣の出る辺境に好き好んで嫁いでくれるご令嬢……。たしかにウォルターの言う通り、まずいないだろう。
まして俺は、つい最近父が魔獣狩りの最中に命を落とし、爵位を継いだばかり。政敵とのいざこざもあり、非常に不安定な状況にある。
──そう。だからこそ、の結婚だ。
「結婚は王命だ。相手方の意思は関係ない」
きっぱりそう告げると、ウォルターはようやく納得したような、物凄く哀れむような、変な顔で黙り込んだ。
かわりにコンラートが口を開き、情報を補足する。
「閣下の結婚相手は、グランディール侯爵家のご令嬢です。先日婚姻に関わる書類を、閣下が記名の上で王都へ送り返しました。書類が受理されれば、閣下は晴れて既婚者となります」
「一度も会わずに結婚か!? 顔も知らない相手と結婚なんて、それはさすがに気の毒すぎるだろうが!」
「顔なら知っている。釣り書が送られてきているからな」
「そういうことじゃねえんだけど……。いや、どんなご令嬢だ。見せてみろ」
ウォルターに求められ、大切にしまい込んでいた釣り書を引き出しから引っ張り出す。もどかしげにそれを受け取ったウォルターは、結婚相手の肖像画を確認するなり大きなため息をついた。
「なんてことだ……。物凄く美人じゃないか。いかにも都会のご令嬢という感じの。可哀想に……!」
「どういう意味だ」
「そのまんまの意味だよ! 不憫すぎるだろうが……! おまえ、嫁さんを大事にしろよ! 絶対に!!」
「言われなくてもそのつもりだ」
ウォルターから釣り書を奪い返し、肖像画に目を落とす。そこには、いかにも王都育ちという印象の華奢な女性が微笑んでいる。
望んでもいない結婚で、この辺境での暮らしを強いるとなると、たしかに苦労をかけるだろう。
だからこそできる限り不自由をさせないよう、精一杯尽力する。
そんな決意を胸に、その時の俺は、妻の輿入れを心待ちにしていた。
────それなのに。
「閣下、大変です! 奥様が、輿入れ中に襲撃されました!!」
「は……!?」
妻が王都を出発して、三日。
あと二、三日もすれば、この辺境に辿り着く予定であった。その矢先。
コンラートの報告は、とても信じ難いものだった。
「……な……。誰が、そんな。いや、妻は……。俺の妻は無事か!?」
コンラートの表情は暗い。
「奥様は護衛から離れ、そのまま行方不明となっております」
「……!!」
絶望で、膝から崩れ落ちそうになった。
しかし妻を思えば。
彼女は条件の悪い結婚を強いられ、それこそ絶望しながらこの辺境を目指し、王都を発った。その最中に襲われたのだ。
妻の恐怖や苦悩を考えれば、今ここで俺が嘆いていてどうするのだ、と思い至って踏ん張った。
「コンラート。妻を捜索する。一刻も早く、全ての力を持って、俺の妻を探し出せ……!」
「仰せのままに」
◇
辺境に隣接する伯爵領にある、小じんまりとした酒場。夜が間近に迫る夕闇の中、いささか大仰なほどの軍勢を引き連れ、速やかに包囲させた。
俺の得た情報によると、酒場はこの伯爵領の自衛団の拠点となっているらしい。が、自衛団などと名乗りながらも実態は賊だ。
何しろ俺の大切な妻を攫い、拘束していることがわかっているのだから。
「……やはりやりすぎではありませんか、閣下。いくら何でも田舎のゴロツキ相手に、辺境騎士団の一団を動かすなんて……。後々伯爵家との揉め事に発展しないとも限りませんよ」
「それを黙らせるのがコンラート、おまえの仕事だ」
「そうだぞ、コンラート! 大体なんでついてきたんだよ。おまえ普段、戦場には出向かないだろ。俺とエドガーに任せとけば、自衛団なんて一瞬でぶっ潰してやるからよ」
「だから! 私以外に、お二人を止める人間がいないからでしょう……!!」
「「止めるな」」
俺とウォルターの言葉が重なって、コンラートは半ば諦めたように額に手を当てる。
そんな彼の背中を笑いながら軽く叩いて、ウォルターは窺うように俺を見た。
「さて。中の奴らも、包囲されてることにはもう気づいているだろうに。仕掛けるか? それとも、交渉?」
「話をする価値もない。妻を奪還する」
「よしきた」
今も妻は、あの酒場の中で怯えているのかもしれない。震えながら助けを待っているのだろうと思うと、気持ちがはやる。
──どうか怪我ひとつなく、無事で。
そう願いながら、酒場の入口を睨みつけた、その時だった。
酒場の扉が、内側から勢いよく蹴破られた。
「!」
一瞬で緊張が走り、身構える。
自衛団の連中が、一斉に襲いかかってくる──と、思ったが。
現れたのは、たった一人。
小柄な体で、片手には長剣を握りしめている。
自衛団を代表して顔を出したにしては、ずいぶんと頼りない。かと言って、交渉や降伏を申し出るようには到底見えない。
「…………。囮か?」
隣で、ウォルターが眉をひそめる。
「気を抜くな」
そう、声をかけた瞬間。
その人物が酒樽を思い切り蹴り上げた。酒樽は構える騎士たちの中央に転がって、隊列が乱れる。
「……っ!」
まるで風が吹き抜けたようだった。
小柄な人物はほんの一瞬の隙を見逃さず、まっすぐに俺のもとへ駆け、剣を振り下ろしたのだ。
不意打ちに、自らの剣を引き抜く暇もなかった。
咄嗟に鞘で剣先を受け、弾き飛ばす。
小柄な見た目通り、相手の軽い体はその反動で後ろに吹っ飛んだ。
しかし、すぐに体勢を立て直そうとする。力の差は明らかなのに、相当血の気が多いと見える。
姿を見せるなり突然斬りかかってきたことから考えても、この自衛団は好戦的すぎる。
妻の身の危険を感じ、ますます気が焦る。乗っていた馬から飛び降り、剣を引き抜いた。
威嚇するつもりで絞り出した声が、低く震える。
「逆賊め……! 俺の妻の輿入れ中に襲撃し、一体何が目的だ!?」
俺の問いかけに、目の前の人物は答えない。
「今すぐ、妻を引き渡せ。華やかな王都から我が領のため、王命の犠牲となり嫁いでくれた妻だ。怪我ひとつでも負わせていようものなら容赦はしない。……万一、最悪の事態であれば、貴様ら全員命はないものと思え!!」
怒り任せに叫びながら、けれど目の端に酒場の入口をとらえる。
自衛団の連中が、武器片手に飛び出してくるのが見えた。そっちがその気なら、こちらだって全力で応戦し、妻を取り返すだけだ。
目の前の人物へ、自身の大剣を振り下ろす。
相手は咄嗟に体をひねり、避けきれない剣先を長剣で薙ぎ払った。
──そこへ、もう一撃。
真上から二度目の攻撃を仕掛ける。
俺の剣は、重い。
この体ならば、とても受け止めることは難しいだろう。
──けれど、その予想は見事に外れた。
金属同士の激しい衝突音が響いた。
俺の剣は、真正面から受け止められたのだ。
小柄な体で剣を受け、必死で耐えている。手を震わせ、交差する剣の先で、闘志に口元が緩んでいる。
相手は押されながらも、この状況を楽しんでいるようだ。闘争心が旺盛すぎるが、騎士団を率いている身としては、果敢な者は好ましい。
──しかも、よく見てみれば。
「小柄だとは思っていたが、女か。よく俺の剣を受け止めたな」
思わずそんな言葉が口をついて出て、至近距離で目が合った。
薄暗がりの中でようやく伺い見れたその顔は、あまりに見覚えがあって──。
「…………その、顔」
まさか、と思いながらも剣を引かずにはいられなかった。
そして懐から慌てて紙を取り出す。何度も何度も見た、妻の釣り書だ。
釣り書の中で微笑む美しいご令嬢と、自衛団の服をまとう目の前の人物の女性の顔は、瓜二つ。
なぜ、という思いと、無事でいてくれた安堵が一緒くたになって押し寄せる。
「……あなたはもしかして……アイリス・グランディール侯爵令嬢だろうか」
俺の震える情けない声に、妻らしき人物は釣り書と同じ美しい笑みを見せた。
「姓がかわりまして、今はアイリス・ヴァルハルト。はじめまして、あなたの妻です」
──本当に、妻だった──。
◇
「本来であれば、私が閣下をお止めすべき立場でありながら……。閣下が奥様に斬りかかり、その御身を危険に晒してしまったことは、私の落ち度です。大変申し訳ありませんでした! どうかどうか、怒りは私めに全てぶつけていただき、閣下をお許しくださいますよう……!!」
コンラートが、床に額を擦りつけんばかりの勢いで謝り倒している。
騎士団の団員の多くはとても入り切らないので外へ残し、俺たちは酒場の中へと招き入れられた。
そこで、判明した事実。
妻はたしかに、輿入れ中に襲撃を受けた。
しかし応戦中に川へ転落。そこをこの自衛団の団長に助けられ、今まで世話になっていたそうだ。
──つまり、勘違い。
妻からしてみれば、命からがら助かり、なんとか日々の暮らしを営むに至った頃。恩人たちとの夕飯時に突然騎士団に包囲されたのだ。
さぞ恐ろしかっただろう。話し合いを放棄した自分を殴りたい。
──そう。そもそも、謝るべきなのはコンラートではない。
「悪いのは俺だ。あなたを守るつもりが、一歩間違えたらこの手で傷つけていた。本当に、申し訳なかった」
「いや、先に手を出したのは私だ。こちらこそ申し訳ない」
寛容な妻は謝罪を口にし、そして笑顔を見せた。
「見事な剣だった。あなたほどの方と剣を交えることができて、楽しかった」
控えめに言って、俺の妻が可愛すぎる。
衝撃のあまり返す言葉も見つからずに硬直した俺の肩を、ウォルターが小突いた。
「良かったな、エドガー。どうやら都会の深窓のご令嬢、ってわけじゃなさそうで。きっと辺境にもすぐに慣れて、うまくやっていけるだろうよ」
「……そうだと、いいが」
妻は気遣わしげに壁際に視線を向けている。
そこには自衛団の団員たちが、顔を青くしながらも直立不動で並んでいる。
あくまで自主的に、だ。俺は彼らに何も言っていない。
妻はとても名残惜しそうにしながらも、彼らに声をかけた。
「今まで本当にお世話になりました。この通り、夫が迎えに来てくれたので、私は辺境に行きます」
妻の言葉に、自衛団員の一人が、「……本当に、辺境伯夫人……」と呟いた。
彼らは皆、俺たちを恐れながらも、妻との別れを非常に残念そうにしている。
そんな中でたった一人、俺たちから少し離れた場所に座る、自衛団長と思われる一際体格のいい男性が口を開いた。
「お嬢……いや、辺境伯夫人、か。元気でな。もし近くまで来ることがあったら、また顔を見せてくれ」
「ありがとう、必ず。ローガンさんも、みんなも、元気で」
しんみりと別れを惜しむ妻たちを見て、若干の疎外感と焦燥感さえ感じる。
まるで妻を連れ去る俺が悪者のような……。
「俺の妻が、世話になった」
彼らにそう礼を言いながらも、うっかり目つきが鋭くなっていたらしい。団員たちから、ひっ、という悲鳴が上がった。
「こら、エドガー。顔!」
「閣下、殺気が漏れすぎです。彼らに非はありません」
「わかっている……!」
ウォルターとコンラートに窘められ、思い直す。
そうだ。元はと言えば、諸悪の根源は妻を襲った襲撃犯に他ならない。
奴らさえ余計なことをしなければ、俺は妻を穏やかに出迎え、花でも贈り、今頃ゆっくり信頼を築いていたはずなのだ。
……絶対に、許さない。
「コンラート。妻を襲った襲撃犯を調べ直せ。潰す。徹底的に、完膚なきまでに叩きのめす」
「承知いたしました。迅速に」
「だな! 見つかり次第、ぶっ倒してやろう! もちろん、俺にも出撃命令をくださいますよね、閣下?」
ウォルターがわざとらしくよそ行きの口調で確認する。
頼もしく思って頷いた、その時だった。
「私も行く」
まさかの妻の発言だった。
「え……いや、それは。…………。あなたが?」
「妻として、協力しよう。何より襲われたのは私だ。やり返す権利はあるはずだ」
「……だ……駄目だ! そんな危険なこと」
「あなたの剣より危険なものを、私は知らない」
「…………」
自衛団の面々が、声を上げて笑った。
ウォルターが諦めろ、と言わんばかりに俺の背中を叩いて、コンラートは頭を抱えている。
微笑む妻の言葉の裏には、俺の剣への確かな信頼が窺い知れる。
はじめましての挨拶をした直後で、俺たちは互いをまだよく知らない。
だからこそ、妻からの信頼には全力で応えなければならない……と、思う。
「わかった。あなたのことは、俺が守る」
「では、私があなたを守ろう」
頼もしすぎる妻を得てしまった……。
どうにも思い描いていた妻と目の前の女性とは、全く異なる。
けれども剣を携え、男物の粗末な服を着て笑う彼女は、酷く魅力的で……。
やっぱり妻を絶対に大切にしよう──。そう、決意を新たにした。
妻視点のお話はこちらです。
はじめまして、あなたの妻です
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