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【常世の君の物語No.7】力 ~鎌倉時代、相模の国を舞台に繰り広げられるこぶとりじいさん物語~  作者: 百字八重のブログ


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第四話:明記

この日、悪名高い隣国の領主、明記は朝から刀を研いでいた。

「見ておれ、今宵俺は、鬼の首をとるぞ」

そう近臣の者に言ってまわっていた。

そして夕刻になると、意気揚々と隣国との境にある山へと出向いて行ったのであった。


果たして、今宵はまんまるの満月であった。

明記は、噂に聞く一等大きな木のうろの中へ身を隠し、その時を待った。

やがて満月が大きく頭の上へとあがってくる頃、山の奥深くから鬼たちが列をなして現れた。

なるほど、噂に聞くように、人の何倍もあるでかい図体をしていた。

明記は近臣の者と共にうろの中で音もたてずに様子を見ていた。

鬼たちは、うろの前の開けた場所に車座になると、一人、また一人とひょうたんに口をつけだした。

無論、ひょうたんの中は酒である。

顔の赤くなった鬼たちは、いよいよ陽気になり、ある者は笛を吹き、またある者は踊りを踊りだした。

いよいよ、である。

明記は立ち上がり、刀を手に鬼たちの前に躍り出た。

「やあやあ、我こそは隣国の名手、橘明記である。今宵は面白い舞を披露したく馳せ参じましてござりまする」

口上を述べると、明記は危なげなく刀を振り回し、鬼たちの前で踊りだした。

急に現れ出た男を前に、鬼たちは驚き、また口々に「あの爺ではないのか」とこぼしたが、皆ほろ酔いで咎める者などいない。

明記はその言葉を聞きながら、刀を振り、鬼の首を取るために、じりじりと鬼の親玉の元へと近づいて行った。

明記の舞は、お世辞にも上手なものとは言えなかった。

そのため鬼たちは白けだし、笛の調子は狂い、踊っていた鬼たちも舞をやめてしまう程であった。

やがて空気が思わしくないと悟った明記は、今とばかりに親玉の首に飛び掛かった。

明記の研いだ刃は虚しく空を切った。

そして明記はすぐさま傍らに控えていた鬼の子分に捕らえられてしまったのであった。

「おのれ、明記と名乗るそこな男――。お前のせいで宴が台無しじゃ」

首を取られそうになった鬼の親玉の怒りは相当なものであった。

明記は、取り押さえられながら、己の命運がここで尽きるのかと顔面蒼白になった。

しかし親玉は、明記の命を取りはしなかった。

代わりに、「よいものをくれてやる」と言い、明記の肩に手をやった。

その場に居た者全員が、親玉の手元に赤子の霊を見た。

それは間違いなく、銘信の肩より取りだした赤子の霊であった。

月明かりの下、木々のざわめきの中に、赤子の泣き声が響いた。

「おぬしは一生それをぶら下げて生きるのじゃ」

不思議なことに、鬼が手を離しても、赤子の霊の姿は消えることなくその場で形をとどめていた。

「待ってくれ、これでは俺はどこへも行けぬ。町を歩けぬではないか――」

明記は必死の形相で鬼にすがった。

しかし鬼は振り返ることもなく、「達者に暮らせ」とだけ言い置いて、皆その場を去ってしまったのであった。

明記はその場にぐったりと座り込んでしまった。

「こんなものを肩に乗っけて、この先どう生きていけばよいというのか」

明記は、うろから這い出てきた近臣に抱えられながら、ほうほうの体で自邸へと戻った。

空にはぽっかりと、まんまるい月だけが、そ知らぬ顔で浮かんでいた。


さて、誰が漏らしたのか、明記の失態の噂は隣国にまで及んだ。

噂を耳にした力は、その場で膝を打った。

「これは、面白い」

これには熊鶴丸も頬をほころばせながら次のようなことを言った。

「かの明記めが弱まったあかつきには、いっそ紛争地だけでなく隣国を丸ごといただいてしまいましょう」

「うむ」

主従二人してかっかと笑っているところへ、今度は銘信がついと進み出て言った。

「この銘信、祝いの舞をひとつ舞ってみせましょう」

にわかに宴が始まった。

家臣の一人、また一人と、銘信の見事な舞に引き寄せられある者は足を止め、またある者は宴の話を聞きつけやってきた。

この日、力の家では今までにないほどの酒宴が催されたのであった。

ひとしきり舞を舞った銘信は、自室へ戻るとふぅと息をついた。

疲れたのである。

歳も歳、少々体に無理をさせすぎた。

しかし、力様の明るい未来を祝うためならば、老体に鞭打ってでも舞ったかいはあったというもの。

銘信はこの夜、心から満足して瞳を閉じた。

そして二度と、そのまぶたを開くことはなかったのであった。


やがて年が明け、あたりに春風が吹き出した頃、明記はかねてからの不調がたたり政務をとれなくなり、その責で地頭の任を降りざるを得なくなった。

明記が退いた後の地頭におさまったのは、それを見越して根回しをしていた力一派であった。

力の母は大層喜んだ。

その宴の席には、かつてのような熟練の舞手はいなかったが、それでも大いに場は湧いた。

相模の国の山奥では、満月になると鬼たちが宴を繰り広げるという。

名もなき占い師が現れ、銘信という舞手を得た力が明記の後釜におさまったというこの話は人々の口にのぼり、遠く最果ての国にまで及んだという。


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