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游俠列伝より 郭解

「三年後、貴方は列侯に封じられます。その八年後に将軍あるいは丞相になり、国政を掌握してその尊貴は極まり、他の大臣が及ばないほどの地位に昇ります。しかし、九年が過ぎれば貴方は餓死します」


 許負という老婆の予言どおり、周亜夫は、九年後に酎金に坐して有罪を下され、餓死する。

 郭解はこの許負の外孫である。

 郭解、字は翁伯。父は任俠の徒で、前漢の文帝の代に誅殺された。

 郭解も任俠の徒で、人を殺し、盗み、姦淫し、銭を偽造し、墓を荒らすなどして暮らした。

 その罪状は数え切れない。しかし悪運があり、足がつかなかった。


 郭解は長じるにつれ、その狡知を高め、表面上は節義を重んじ、徳のある風を装った。

 彼がおこなったのが罪を犯した側の保護である。


「人殺しの息子!」


 そういじめられている子があれば手を差し伸べ、


「おお、かわいそうに。君のお父さんは運が悪かっただけだ。まさか盗みに入った家に人が居たなんて。きっと殺したくて殺したわけじゃないだろう。ちょっと力の入りどころが悪かっただけだ。安心なさい。お父さんの代わりにおじさんが生活の面倒をみよう」


 母とふたり引き取って家で面倒をみる。

 

「無法者!」


 罪を償い刑期を終えたのに、そう誹られる者がいれば、


「彼は十分苦しんでいる。これ以上、苦しめてはならないよ」


 と若い衆をやってその身辺を守らせた。

 郭解は加害者を守るためあらゆる手段を講じた。救済だけでなく弁護も積極的にやった。

 すると悪党が「罪を犯しても郭解が守ってくれる」とさらに世を乱すようになった。

 金を盗んで捕まっても、それ以上の報酬を郭解が出すので悪党は心置きなく犯行に及んだ。

 役人は郭解を疎ましく思い、捕まえるが、

 

「世に行き場のない人々の面倒をみてはならないのか?」


 と弁明され、罪状がなく釈放せざるを得なかった。


 あるとき郭解の甥が「俺の叔父はあの郭解だ。生意気な口を利くとどうなるかわかってるだろうな?」とその権勢を笠に着て、相手を侮辱したところ殺されてしまった。


「郭解! 我が子の仇を討ってくれ」


 と姉に泣きつかれた郭解は、その犯人を突き止め事情を聞く。


「ああ、それは甥が悪い。君には迷惑をかけたね」


 郭解は寛容にもその罪を赦し、さらには金までやって逃がした。


「身内にも公明正大な、真の任侠だ!」


 郭解は一躍、正義の任侠として名を馳せた。

 若者はこぞって郭解の真似をする。


「なにが必要悪だ! 郭解は賊である! ただちに処断すべきだ」


 それを疎ましく思った男がそう役所に訴えでた。


「郭解さん。あいつ殺しますか?」


 郭解の部下が聞きつけ、「正義の任侠」である郭解を「賊」など罵る悪漢に義憤を募らせる。


「同じ邑で暮らしているのに敬意を得られないのは、私の徳が修まっていないためだ。彼に何の罪があろうか!」


 しかし郭解は認めず、むしろその男を褒め称え、


「是非、私の不徳を知らしめてくれた彼にお礼がしたい。そうだ。もし彼が兵役や労役を課されたときはそれを免じるよう役人に話をつけてくれ」


 手厚く保護した。

 ひとりだけ兵役や労役が免除されるため、男は次第に人々から後ろ指を指され、「役人に賄賂を渡しているに違いない」「卑怯者」と陰口を叩かれるようになる。

 男はなぜ自分だけ賦役を免れるのか役人に問いただし、真相を知った。


 善意を騙る悪意。無償の悪とでも呼ぼうか。


 男は愕然としながらも勇気を奮い、郭解のもとへ乗り込んだ。


「もうこんな真似はやめてくれ。迷惑だ」

「どうしてだい? 私は君を好いている。力になりたいんだ」

「役人に賄賂など、真っ当な人間のやることではない!」

「君はなにも気にしなくていい。すべて私が勝手にやっていることだ」

「やめろと言っている」

「これは私なりの愛だよ。やめろと言われてやむものではない」


 郭解は頑として譲らず、男は失意のまま引き上げた。

 

「かわいそうに。私のせいで彼を苦しめてしまった。ああ、なんということだ! そもそもあのように善良な男を謗る者が悪いのに」


 そう郭解が嘆き悲しむと、手下たちは自ずから男を悪く言う者を取り締まった。

 それは徹底していて、数日のうちに男が道を歩くと人々は避けるまでになった。

 男と目を合わせる者はない。店を訪ねても、店主は口をつぐみ、ただ品物と金だけをやりとりする。

 ある日、子どもが泣いていたので男が手を差し伸べると「ごめんなさい、ごめんなさい」とその母親が飛んできて、繰り返し頭を下げた。

 孤独。男はどこへいっても腫れ物のように扱われる。

 堪えきれず役所に助けを求めても、


「良かったじゃないですか。貴方を悪く言う人はいなくなったのでしょう?」


 あしらわれる。

 延々と続く村八分に男はとうとう音をあげ、上衣をかたぬぎして郭解のもとを訪ね、謝罪するに至った。


 ちょうどその頃、武帝は富豪を茂陵へ遷し、その権勢に歯止めをかけ、また茂陵を一大産業都市にしようとする政策を発表する。

 若い頃に稼いだ財貨を貯め込む郭解も対象であるが、表向き彼は質素な生活をしていた。

 とはいえ役人も郭解を追い出したく、武帝の詔勅を盾に移住するよう命令する。


「困ったなあ」


 郭解の窮状を知った手下は、ときの大将軍・衛青を頼った。

 衛青は話を聞き、武帝に郭解を除外するよう訴える。


「臣が聞くに郭解はよく人に施すので貧しく、今回の命令の対象外であるはずです」

「無位無官の者が将軍を遣わせて取りなさせる。その家が貧しいはずがない」


 と武帝は訴えを退けた。

 郭解はこうして住処を追われたが、身寄りのない悪党どもが大挙して郭解に従ったので、茂陵に移された富豪たちは震え上がり、郭解に金を献上して、身を守った。

 その額は千余万に上り、一帯でもっとも金のある家になり、その名声はますます高まった。


 権勢を振るう郭解を嫌い、とある儒学者が、


「郭解は専ら姦をもって公法を犯す。どうして賢人と言えようか!」


 そう酒場で愚痴をこぼした。すると次の日、その儒学者は死体となって見つかった。

 ご丁寧に儒学者の舌は切り取られていた。

 当然、郭解に容疑がかけられたが、彼を慕う者の勝手な犯行で、郭解は一切関係がなく、嫌疑不十分で釈放される。

 後にこの一件を知った御史大夫・公孫弘が、


「郭解は無位無官でありながら、任侠で権力を振るい、睚眦(※睨むだけ)で人を殺す。たとえ郭解が知らずともその罪は重く、大逆無道に当たる」


 と帝に上書したことで、郭解は処刑された。

 が、これは前漢の話である。令和ならどうか。

 誰が彼に罰を下せようか?

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