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管晏列伝より 管仲 その一

 管仲(かんちゅう)(字は夷吾(いご))は潁上(えいじょう)の人である。

 同郷の友人である鮑叔(ほうしゅく)の推薦を受け、斉の桓公に仕えた。


「それで管仲。これからどうすればいい?」


 殿中。桓公は管仲に問う。

 管仲が口を開けてぼんやりしていると、


「管仲。管仲」


 鮑叔が管仲の後ろに回って耳打ちする。


「富国強兵。そのために徴兵制の整備と税の調整」

「富国強兵のため、徴兵制を整備し税を調整します!」


 管仲は鮑叔の助言をそのまま復唱する。


「具体的には?」


「五つの家からひとつに兵役を課し、塩を専売制にします。そのため塩田を国営にします」

「五つにひとつの家から徴兵して、塩は独占販売します。そのため製塩場を国有します」


 桓公は白い目でふたりを見るが、


「よし、さっそくやってくれ」


 一旦は見逃すことにした。


 管仲と鮑叔は事業にとりかかる。

 これにより斉の軍事力は増大し、塩に至っては税収を百倍にした。(※管仲談)


「よくやったぞ管仲」

「ははっ」

「して、次はどうする?」

()と戦うための準備をします」

「おお、ついにか」


 桓公が斉の君の座に着いたころ、魯はその兄・公子(きゅう)を担いで軍を派遣し、その座を奪おうとした。

 桓公は戦いに勝利したが、いまだにそのことを根に持っていた。

 また管仲も、そのとき魯に殺されかけた恨みがある。


「それで準備とは?」

「まずは(たん)を攻めます」

「郯?」


 郯は魯の周辺国である。


「郯を攻め、魯攻めへの橋頭堡にするのです」

「おお、そうか」


 桓公と管仲はふたりして「フッフッフ」と悪い顔をする。


 郯は小国である。

 斉は難なくこれを攻め滅ぼした。


「圧倒的じゃないか、我が軍は」


 桓公はご満悦である。


「この勢いで魯も滅ぼしてくれよう」


 桓公と管仲は肩を組んで勝利の美酒をあおるが、鮑叔が「ダメ」と指でバッテンする。


「なぜだ!」


 桓公が声を荒げると、鮑叔はすすっと管仲の背に回り、


「魯は大国です。一度遠征すれば十年の蓄えが()きるでしょう。また一度戦えば累代の功績も尽きます。戦は国を貧しくし、勝てるとは限らず、勝っても犠牲が多く、勝っても獲得した領土を守らなければなりません。いまはまだその時ではないのです」


 と管仲に言わせる。


「しょうがないな」


 桓公はションボリして軍を収めた。

 斉はそれから三年間、国力増強に努め、準備した。


「よし。魯を討つぞ」


 満を持して、桓公は大々的に軍を発す。

 対する魯の荘公は将軍・曹沬(そうかい)に軍を預け、向かわせた。

 結果、三度戦って斉軍は三度勝った。


「がっはっは。荘公の首に手がかかったぞ」


 桓公は上機嫌である。

 と、曹沬が使者として訪ねてきた。


遂邑(すいゆう)を献上しますので、どうか軍を退いていただけないでしょうか」


 汗びっしょりの曹沬は深々と頭を下げる。頭から垂れた汗が鼻から滴り落ちた。


「断る。このまま曲阜(※魯の首府)を攻め取ってくれるわ!」


 桓公は突っぱねようとするが、


「ダメです。ここは和議を結びましょう」


 管仲(鮑叔)がバッテンする。


「勝ち戦だぞ。いけるところまでいくべきではないか!」


 嫌がる桓公に、すすっと管仲(鮑叔)が、


「あまりやりすぎると周辺諸国が我が国を恐れるようになります。特に楚は黙っていないでしょう」


 と耳打ちする。


「楚がなんぼのもんじゃい!」

「覇者、になるためいまは我慢すべきです」

「むむっ」


 桓公と管仲と鮑叔。三人が一列になって謀議するのを曹沬が冷ややかな目でみている。

 しばらくヒソヒソしてから桓公は、


「よしっ、分かった。その申し出を受けよう」


 遂邑を貰い受ける代わりに軍を退く、という誓約書にサインしようと席を立った。

 と、曹沬は汗を撒き散らして、


「やはり納得いかぬ!」


 桓公に襲いかかり、隠し持った匕首を突きつけた。


「なにをする!」

「このままでは私は敗戦の責任をとらされて処刑される。ひとりで死ねるか!」

「そんなん知るか。ひとりで去ね」

「そんなこと言うなよ。これからあの世まで長い付き合いになるんだぞ」

「まて、早まるな」


 びちゃびちゃの曹沬に頬ずりされながら、桓公は管仲と鮑叔に目で助けを求めるが、ふたりはオロオロするばかり。


「わかった。軍を退く。遂邑はいらぬ」

「遂邑だけではない。いままで奪った領地も返せ」

「はっ、ふざけるな。正々堂々戦って得た領土だぞ」

「ああ、お母ちゃん。先立つ不孝をお許しください」


 そう言うと曹沬は涙を流し、鼻水を垂らした。

 そのなにともわからぬ液体が桓公にふりかかる。


「ひやぁ、助けて」


 匕首が首すじに迫り、とうとう桓公は音を上げた。


「わかった! いままでの分も返す。これでいいか?」

「おお、それは助かる。ではこちらの誓約書にサインを」


 と曹沬は懐からパッと書を取り出し、桓公に筆を執らせる。

 桓公はしぶしぶサインした。


「どうも。ありがとうございます」


 曹沬は契約書をとると匕首を捨て、何食わぬ顔で席に戻った。


「野郎ぶっ殺してやる」


 澄まし顔の曹沬に対し、びちゃびちゃの桓公は怒り心頭である。

 いまにも掴みかかりそうだが、管仲(鮑叔)が止めた。


「なりませぬ。約束を破っては諸侯の信用を失います」

「強要されたのだぞ!」

「それでも約束を守ったとなれば、それは評価されます」

「舐められるだけだろう!」

「魯なぞいつでも叩き潰せます。ここは堪えて」


 ふたりが頑として譲らないので、桓公はしぶしぶ軍を退いた。

 この話が広まり、桓公は「約束を守る男」として名声を高め、周辺諸国の信頼を勝ち取った。

 そして斉の君に就いて七年目。桓公は(けん)に諸侯を集め、会盟を開いて覇者を名乗る。

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