管晏列傳 晏嬰より 越石父
越石父は賢人である。
今日日賢人なる者は珍しいが、昔日にはよく賢人は牢に囚われていた。
ある日、晏嬰という者がこの牢に囚われた越石父を不憫に思い、保釈金を肩代わりしてやった。
そして保釈される越石父のため、自ら馬車を牢の前まで回して出迎えた。
「さあ、越石父。どうぞお乗りなさい」
越石父が姿をみせるなり、晏嬰は馬車を下り、丁重に越石父の手をとって馬車に上げ、自宅まで連れ帰った。
「どうぞ、越石父。しばらくはここを我が家だと思って暮らしてください」
晏嬰は親切であったが、越石父は一言も礼をせず、家の中へ入っていった。
それから数日して越石父は晏嬰の部屋を訪ねて、
「アンタなんかもう知らない。絶交よ!」
と声を荒らげて言った。
「私になにか無礼がありましたでしょうか?」
晏嬰は目を丸くする。
部屋に籠もってでてこない越石父のため、晏嬰は毎日、戸の前まで食事を運んでやった。
またなんぞ牢での鬱屈もあらんと、気晴らしに書を届けてやったりもした。
嫌がる妻になんども頭を下げて、洗濯物をお願いしたこともある。
なのに、どうして絶交などと申すのか、皆目見当がつかなかったのである。
「あんたバカァ?」
越石父は腰に手を当てて訴える。
「いい? あんたはあたしを助けてくれた。これってつまりもうふたりは友達ってことじゃん! だったら友達として接するべきよね」
越石父は人差し指を立てて力説する。が、晏嬰はきょとんとする。
「えっ、どういうこと?」
「だから、友達なのにどうしてそんなによそよそしくするの! 食事はふつう一緒にとるでしょ。書を貸したなら、面白かったかくらい聞きなさいよ! というか洗濯くらい自分でするわよバカ!」
「ご、ごめん!」
「これじゃ、あたしが居候みたいじゃない!」
晏嬰は「いや、それはそうなんだけど」と思いながらも頭を下げた。
「だから、あたまなんか下げなくていいの!」
と言い、越石父は恥ずかしそうにそっぽ向いてもじもじする。
「あんたがあたしを牢から連れ出したんだから、これってそういうことでしょ。責任くらいとりなさいよバカ」
越石父は消え入りそうな声で言う。
「えっ、なんて?」
「バカもう知らない!」
越石父は戸を閉め、また自分の部屋に戻っていった。
残された晏嬰は目をパチパチさせた。
その後、この話は街に広まり、
「晏嬰って奴はまったく知りもしねえ奴の保釈金を払って、自宅に住まわせているらしいぞ」
「ああ。しかも、その保釈した奴はとんでもねえ賢人らしいぜ」
「ひえーっ、とんだお人好しもいたもんだ」
と、晏嬰の徳の高さが称えられた。
司馬遷の父は「いま晏嬰が生きておられるなら、喜んでその御者をしただろう」と書いた。
それこれも越石父のおかげなのである。




