表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

滑稽列伝より 西門豹 その二

 ある日、(ぎょう)を治める西門豹(せいもんひょう)はひらめいた。


「おぼろげながら浮かんできました」


 思い立ったが吉日。その日のうちに長老たちを集めた。


「万博を開こうと思う」


 西門豹は鼻息荒く言う。


「万博? なんですかの、それは?」


 長老たちは顔を見合わせる。


「バンコク博覧会だよ。略して万博!」

「その万博とやらはなにをするんですかの?」

「この鄴を全国の人に知ってもらうんだよ。趙とか斉とかの人を呼んでさ、その国の出し物してもらってさ、みんなでお祭りをするんだよ。これは面白くなるぞ!」


 イケイケの西門豹に対し、長老たちの反応は冷ややかである。


「お祭りって、わしらはなにをするんですかの?」

「やっぱさ、ド派手な建造物を作りたいよね。こう国産の木材をたくさん使ってさ」

「うわぁ…」(そうですか…)

「水路とかどうよ? 十二本くらいバアーッと敷いてさ、いっぱい橋かけてさ、舟でさ、水上パレードとかしたら壮観だと思うんだよね」

「いくらかかりますかの?」

「さあ? 鄴の歳入の三十分の一くらいだと思うけど」


 西門豹に押し切られ、さっそく工事が始まる。が、すぐに工事費が高騰し、当初の見積もりから足がでた。


「大丈夫ですかの?」


 老い先短い長老たちは不安である。


「大丈夫、大丈夫。まだ鄴の歳入の二十分の一くらいだから。万博の入場料とかで補えるよ」

「労役や税金を科すだけでなく、入場料もとるんですかの?」

「えっ、当然じゃん。あ、でも鄴の子どもは無料にするから、安心してね」

(いや、子どもは行きたがってないのじゃが)


 不安そうな長老たちを説得しようと西門豹は熱弁をふるう。


「心配いらないって。万博の経済効果は(※日本円に換算して)三兆円だから。十分回収できるよ。それに万博が終わっても、水路から水引いて田んぼ耕したり、有効活用するから。そうだ。橋とか舟とか作るために木を伐った山には建材に適す杉を植えようよ。SDGsだね」

「経済効果ってなんですかの?」

「よく知らないけど、なんかお偉いさんが言ってるよ」


 張り切る西門豹を誰も止められず、たくさんの人員が駆り出された。


「近頃、孫が工事が辛いと言ってますじゃ」

「人はそうして大人になるんだよ」

「ロストジェネレーションですじゃ」


 西門豹は聞かないが、それでも長老は繰り返し諌める。

 毎日シワシワの長老が訪ねてくるので、西門豹はシナシナになった。


「長老ちゃんさあ、いい加減、お祭りに水を差すようなこと言うの止めない? いくら水路掘ってるからってさ。(ブッ」

「そうはいわれても……」

「まあ初めは確かに大変だよ。でも出来上がったら絶対盛り上がるって。長老ちゃんたちは怨むかもしれないけど、百年後、きっと子孫たちは『昔の人はすごかった』って誇りに思うと思うんだよね」


 西門豹は遠い目をする。


「あと、あんまり言うと河の神さまのところに行ってもらうよ」

「ひえっ」

 

 その後、万博は無事に開催され、盛況のうちに終わった。


 それから百年後。万博跡地には青々と茂る田んぼが広がっている。

 十二本の水路から水を引き、稲を育てる。また大雨が来ても水路から水が流れ出るので、洪水が起きない。万博は豊かな恵みをもたらし、人々は河の神に祈りを捧げることもすっかり止めてしまった。


「いやでも、十二本も水路あったら邪魔なんだけど」


 新たに赴任してきた長官は言う。


「この水路が鄴を発展させてきたのですぞ」


 長老はむっとする。


「それはわかるけど、非常時の避難経路に指定されている道にもかかってんだよね。もし橋が壊れたら大変じゃない?」

「では、どうすると言うのです?」

「せめてさ、水路三本をひとつにまとめて、全部で四本とかにしない? それだったら橋も四ヶ所で済むし」


 無神経な長官の言葉に長老はいよいよ腹を立てた。


「あの水路は西門君が作らせたもので、偉大な先人のなさったことを改めてはいけませぬ」


 長老の額には青筋がはしり、老いた体がパンプして膨れ上がる。


「いい体してるね?」

「水路のしゅんせつ工事で鍛えられておりますからの」


 長老に詰め寄られ、長官は後ろに下がる。


「長老の気持ちはわかるよ。でもね、橋が壊れて緊急時に軍隊が通れないとかなったら俺の首が飛ぶんだけど」

「だから我々にまた工事しろと? わしらの先祖は『殺してでも西門君を止めるべきだった』と悔いていたと聞きますじゃ。同じてつを踏まぬようにしなければの」


 長老はごつごつとした拳をボキボキ鳴らす。


「さっき偉大な先人って言ってなかった?」

「わしらの先祖は偉大ですじゃ」

「あっ、そういう感じ?」


 こうして水路は守られ、偉大な公共事業として語り継がれた。

 史記には「子產治鄭,民不能欺;子賤治單父,民不忍欺;西門豹治鄴,民不敢欺。」とある。

 子產や子賤は賢人であり、西門豹はそれに比されているのだ。


「西門豹が鄴を治めると、民は敢えて欺かず」


 つまり西門豹を騙すのは簡単だが、(バレると河に流されるので)誠実な鄴の人々はそうしなかったと、その徳を称えているのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ