前編
相談者は、四十代前半の女性だった。
服装はきちんとしている。
声も落ち着いている。
ただ――話し始めてから、一度も椅子の背に体を預けなかった。
「……子どものことで、相談です」
相棒が、すぐに身を乗り出す。
「学校?」
「はい」
女性は、ゆっくりとうなずいた。
「いじめ、だと思います」
その言葉を聞いた瞬間、
相棒の表情が変わる。
「それは……ひどいですね」
「怪我も、していて」
女性は、鞄から一枚の写真を出した。
腕の内側。
青く残った痣。
「突き止めてほしいんです」
相棒は、即座に言った。
「もちろんです」
「誰がやったのか、調べましょう」
女性の目が、少しだけ潤む。
「ありがとうございます……」
そのやり取りを、
俺は何も言わずに聞いていた。
「相手を特定して」
「学校にも、きちんと――」
相棒の言葉を、途中で止める。
「突き止めて」
「どうする?」
相棒が、こちらを見る。
「どうするって……」
「やめさせるに決まってるじゃない」
「それで、終わるか?」
相棒は、一瞬言葉に詰まった。
女性が、不安そうにこちらを見る。
「……それ以外に、方法があるんですか」
俺は、机に指を置いた。
「母親として」
「一番、怖いのは何だ」
女性は、すぐには答えなかった。
「……このまま」
「心が、壊れてしまうことです」
「だろうな」
相棒が、強くうなずく。
「だからこそ、早く――」
「守ったつもりで」
相棒の言葉を遮る。
「子どもの力を」
「奪ってしまうこともある」
空気が、静まった。
女性の手が、きゅっと握られる。
「……それは」
「今の話じゃない」
「可能性の話だ」
相棒が、食い下がる。
「でも」
「怪我までしてるのよ?」
「知ってる」
「じゃあ、放っておけってこと?」
「違う」
俺は、女性を見る。
「子どもは」
「助けてほしいと言ってるか?」
女性は、はっとした顔になる。
「……はっきりとは」
「学校には?」
「行ってます」
「逃げてはいないな」
女性は、小さくうなずいた。
「……でも」
「何もしなかったら」
「何もしないとは言ってない」
俺は、静かに続ける。
「“誰がやったか”を暴く前に」
「子ども本人が」
「何を感じてるかを、聞く」
相棒が、腕を組む。
「それで、間に合わなかったら?」
「その時は」
「大人の出番だ」
一拍置く。
「順番の話だ」
女性は、しばらく黙っていた。
「……私」
「守らなきゃ、って」
「そればかり考えてました」
「親なら、当然だ」
「でも……」
声が、少し震える。
「守ることが」
「全部、正解じゃないかもしれないって」
「初めて、思いました」
俺は、それ以上何も言わなかった。
相棒も、黙る。
「……一度」
「子ども本人と、話させてください」
女性は、深く頭を下げた。
「お願いします」
ドアが閉まる。
しばらくして、相棒が言う。
「……早く守ってあげないと」
「大怪我したら大変じゃん」
「それはわかる。ただ、本人の気持ちを確認しないとな」
「そんなこと言ってる場合じゃ」
「子供だって一人の人間だ」
相棒は、考え込む。
俺は、窓の外を見る。
守ったつもりで、
子どもの力を奪ってしまうこともある。
それに気づけた時点で――
この話は、もう半分終わっている。




