プロローグ
「あー……また、負けた」
パチンコ台の前で、白鳥悠斗、二十六歳は吐き捨てるように呟いた。
液晶は無慈悲に「LOSE」を表示し、耳障りな電子音だけが虚しく鳴り続けている。
「はぁ……今日は何敗目だ? もう軍資金も尽きかけだな」
ポケットの中で、小銭が情けない音を立てた。
今残っている金は、せいぜい今晩の夕食代になるかどうか、といったところだ。
――ここで引くか?
――いや、下がるのは男じゃねぇ。
自分に言い聞かせるように、悠斗は最後の千円札をサンドに差し込んだ。
結果は言うまでもない。
数分後、彼はすべてを失っていた。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
笑うしかなかった。
重い足取りでパチンコ店を出ると、夜風がやけに冷たく感じられた。
背中を丸めて歩くその姿は、どう見ても気落ちした負け犬そのものだった。
幸か不幸か、彼はまだ借金には手を出していない。
だが、決して少額ではない金を、パチンコ、競馬、競輪――ありとあらゆるギャンブルにつぎ込んできた。
当然、恋人などいたことはない。
彼女いない歴=年齢。
今となっては珍しくもない話だが、本人にとっては胸を張れる事実ではなかった。
両親は病で亡くなり、兄弟もいない。
仕事は可もなく不可もなく。
休日はゲームとギャンブルで時間を潰す。
要するに――
彼は立派なギャンブル・ゲーム依存症予備軍だった。
さて、自己紹介はこのくらいにしておこう。
悠斗は、負けた後の常で、明日からどうやって生活費をやりくりするか、そんなことばかり考えていた。
そのせいで、目の前の信号が赤に変わっていることに気づかなかった。
――あ。
クラクションとエンジン音で異変に気づいた時には、すでに遅かった。
衝撃。
視界が回転し、体が宙を舞う。
「ぐっ……」
地面に叩きつけられた瞬間、全身に熱が走った。
しかし次の瞬間には、逆に血の気が引いていくような、底知れぬ寒さが押し寄せる。
(熱い……いや、寒い……)
視界が白く滲む。
(俺……ここで死ぬのか?)
そう思ったところで、意識はぷつりと途切れた。
――――――
「あっ、君、死んだよ」
やけに軽い声だった。
「……?」
目を開けると、そこには白とも黒ともつかない空間と、一人の人物が立っていた。
男とも女とも判別しがたい、中性的な容姿。年齢も不詳だ。
戸惑う悠斗をよそに、その人物は続ける。
「天国行きと異世界行き、どっちがいい?」
「……は?」
あまりに唐突で、思考が追いつかない。
「いやだから、天国行きと異世界行き。二択ね」
「あなたは……誰ですか?」
「ああ、自己紹介忘れてた。僕はカエリオン。君たちの言葉で言うなら――神、かな」
軽い調子でそう言って、肩をすくめる。
「もっとも、結構下っ端だけどね」
(……神、だと? 本当に?)
混乱しながらも、不思議と恐怖はなかった。
この状況そのものが、現実感を失っていたからだ。
「こうやって死者の前に現れる神は、その人の信仰してた宗教によるんだ。でも君、特に何も信じてなかったでしょ? だから僕が担当になったってわけ」
なるほど、と妙に納得してしまう自分がいた。
「で、改めて聞くけど……天国行きと異世界行き、どっち?」
悠斗は少し考えた。
生前の記憶が、次々と脳裏をよぎる。
後悔。
未練。
やり直したいこと。
(……天国なんて行って、何がある?)
だったら――
「異世界行きで」
即答だった。
「即決だね。OK」
カエリオンは満足そうに頷いた。
「じゃあ、新しい世界を思う存分楽しんできて。今度こそ、後悔しないようにさ」
その言葉を最後に、視界が再び白く染まる。
「じゃ、バイバイ」
そして――
俺は、生まれ変わった。




