第9話「指名手配犯」
どうして突然、昔の思い出が脳内に蘇ってきたのだろう?
幼馴染である碓氷課長と過ごした学生時代の思い出…。
何十年も経過した今になってなぜ?
…。
あぁそういうことか…。これは夢なのか…。
おっかしいなぁ…。普段の僕は夢なんて見ないはずなのに…。
自宅の布団に入った瞬間、一気に疲れが押し寄せ、夢を見る暇もなく僕は熟睡してしまう。
ひょっとして睡眠が浅いのか…?
もしくは、いつもと違う環境で寝ている可能性も…。
あッ…。
数時間前の出来事が一気に蘇ってきた。
任務に駆り出され、地下深くの洞窟内までやってきた僕…。
無事に妖怪を祓い終えた僕達だったが、突然奇襲をかけられ、課長は腹部を貫かれる。
仮面の男を何とか撃退したが…最後のあがきで天井を崩され、僕は生き埋めになった…。
こんな感じだったはずだ…。
僕、生きてたんだな…。
ひょっとしてあの世っていう可能性も…。
恐る恐る目を開ける。
周囲は依然として真っ暗。
しかし、肌で感じる土の感触は確かにあった。
「まだ、あの世には逝けそうにないかな…」
巨大な落石にぶつかりそうになった瞬間、僕は慌てて結界を展開した。
身を守ることには成功したのだが、そのまま何トンもの質量がのしかかり、僕は地面に倒れ頭を強打。
結界のお陰で圧死することはなかったが、今でも体制はうつぶせのままだ。
しかし僕はこうして生き延びた。
それだけでも万々歳ではないか…。
碓氷課長が瀕死の重傷を負っているということを除けばだが…。
虚無空間の中に彼女を隔離するのだって無限にできるわけではない。
この間僕はじりじりと妖力を奪われ、いずれは力尽きてしまう。
残された時間はざっと四日。
自然回復する妖力も含め、多く見積もったとしても数日が限界だ…。
それに加え、現在、自分の身を守っている結界の維持費を考えれば、時間は更に短くなる。
酸素だっていつまでもつか分からないのだ…。
虚無空間内にあらかじめ収納しておいた酸素量はざっと三日程度…。
それが尽きれば僕は間違いなく窒息死するわけだが…それ以前に妖力が尽きてしまえばその時点で結界が崩壊し、僕は間違いなく圧死する。
合理的考えてみよう。
僕の生存率を少しでも上げるには…?
「そうだよね…ここに碓氷課長を置いていくのが最善だ…」
倫理抜きで考えるならこれが一番合理的。
僕が消費する妖力は必要最低限なものにとどまり、活動可能な時間は大幅に増える。
このまま課長を延命したところで、彼女が助かる確率はゼロに等しい…。
いっそのこと楽にしてやった方が…。
…。
なぜだろう?
課長を見捨てようとするほど、体が拒絶するのは?
合理的に物事を判断するこの僕が感情を優先している?
冷静になるんだ。
僕はエリート陰陽師。
どんなに親しい仲間でも、任務遂行のためならばいかなる状況下においても切り捨てなければならない。
仲間意識など邪魔なだけ、そこにあるのは、淡々と任務を行う冷酷な心のみ…。
違う…。
僕にとって碓氷課長は大切な存在…やっぱりそんなことできるわけがない…。
孤独だった小学生時代、ボッチの僕に話しかけてくれ、友達になってくれた碓氷課長…。
僕を孤独から救ってくれた彼女のことを、見捨てることなんてできるはずもなかった。
「クソッ…。僕は一体どうすれば…」
体をよじり、瓦礫の下から何とか這い出ようとするも、結界越しに体が挟まれ、思うように動けない。
手足も出ない状況下、僕にできることはと言えば、妖術を駆使し、自分の命を延命すること以外何もなかった。
「駄目だ…こんな状況で『虚鍔御剣』なんて使えるわけないじゃないか…」
僕の『紙垂妖術』をもってすれば岩盤など簡単に切り裂くことができる。
しかし切り裂いたところで物体の体積は変わらないのだ。
岩をいくら細かく砕いたとしても、結果としてそれは砂になる。
僕が妖術の力を利用して頭上にのしかかっている岩盤を破壊しようと、細かい砂となった岩が僕に再びのしかかるだけ…。
現状ハッキリと分かっているのは、僕の力でこの場を脱出するのは不可能だということ。
どうすることもできないまま、ただ時間だけが過ぎていった…。
元凶はあの仮面をつけた男のせいだ…。
突然襲い掛かってきた男の正体は不明なままであるし、結局あいつは何がしたかったのか、瓦礫の下で星になった今では見当がつかない。
なぜ僕と課長を殺そうとしたのか…。
考えるだけで頭が痛くなってくる。
「そもそもどうして僕と碓氷はこんな簡単な任務に駆り出される羽目になったんだ?」
考えてみればおかしな点がある。
僕と碓氷課長は特別封印妖具という、核兵器に以上に危険な武器を代償なしで扱うことのできるエリート陰陽師だ。
そんな二人がペアを組み、わざわざ新幹線に乗ってまで遠出をするのだ。
それなりの強敵が待ち受けているのかと思いきや全くそんなことはなかった…。
考えれば考えるほど違和感はますます増大していく…。
そもそも妖怪と初めて対面するその時まで敵の正体はなんなのか知らされていなかった…。
普通に考えてみれば異常事態であるが、ベテランな僕たちにとってみれば前情報がなくても余裕。それもあってか、今この時まで違和感すら抱かなかった…。
まさか…。評議会の連中にハメられたのか…?
通常、僕たちに任務を割り振るのは評議会の連中だ。
決定権は彼らが握っているわけで、僕たちを人里離れた洞窟内へとおびき出し、敵もろとも自爆で全てを生き埋めにする…。
ありえない話ではない…。
実際、突然現れた藤原家の『相伝妖術』を持つ陰陽師に碓氷課長は瀕死の重傷を負わされたのだから…。
でも…評議会の連中が僕たちを殺して良いことなんてあるのか…?メリットなんて何一つ思い浮かばないぞ…?
考えれば考えるほど頭が混乱してくる…。
やっぱり僕の勘違いなのだろうか…?
ただ単に僕たちは狂気的な殺人鬼に偶然遭遇してしまい、悲しくも不幸な目に合ってしまった哀れな被害者…。
どうしよう、こっちの方が非現実的な話だ…。
そもそも人里離れた洞窟の中で殺人鬼と偶然遭遇するわけがない。
奴はほぼ確実に僕たちを狙い。明確な殺意をもって攻撃してきた。
これは間違いないだろう…。
「問題は誰があの男を刺客として送ったか…なんだよなぁ…」
僕…狙われるようなことをしたつもりなんてさらさらないし…。
どうしたもんかなぁ…。
その後、僕はありとあらゆる方面から思考を張り巡らせ、思案し続けていたが、結局それらしき結論を出すことはできず…ただただ時間だけが過ぎていった…。
このまま僕は死ぬのだろうか…?
思い返せばなんの面白味もない人生だった気がする。
大した目標もなく、叔父に言われるがまま陰陽師となり、妖怪を憎み…。
僕の趣味っていったい何なんだろうか…?妖怪を憎むこと…?
いや…そんなのが趣味な訳ない。そんな人生なんて可哀そうすぎやしないか…?
そういえば、僕には人生の楽しみというものがない気がする。
映画だって見ないし、テレビゲームなんてこの短い人生の中で一度もしたことがない。
妖怪を祓い、飯を食い、そして寝るだけ…。
僕にとってはこれが当たり前の日常だったのだが…他の仕事仲間はもっと充実した生活を送っていた気がする…。
僕も今度、趣味ってものを見つけてみようかな…。
まぁここから出れたらの話だけど…。
やっぱり僕ってあまり他人と交流してこなかったから世俗に疎い部分があるんだよなぁ…。
それは間違いなく欠点に部類されるだろうし、このまま直さなければこの先間違いなく後悔するだろう…。
死に際に瀕して、今まで見えてこなかったモノが次々と見えてくるようになる。
しかし、もう遅い。
クソ…コミュ症になんてならずに、もっと周りに対して助けを求めていたら今とは全く違った状況になっていたのかもしれないのに…。
後悔後先立たず…。
「いや…今からでも遅くないのでは…?」
ふと、そんな発想に至った。
僕一人の力ではこの状況をどうすることもできない…。
今こそ陰陽師の仲間たちに助けを求めるべきではないのだろうか…?
でもどうやって…?
いや冷静になって考えるのだ…。
僕の腰のポーチには22世紀の技術が導入された高性能な無線機が入っているはず…。
警察官が無線機を持っているように、陰陽師同士の連携も取りやすくするため、僕たちの装備に無線機は必須だったのだ。
まぁ陰陽師に就職して以来、この無線機なんて一度も使ったことなかったから、今の今まで存在を忘れていたんだけどね…。
僕は腰のポーチへと手を伸ばそうとする…。
しかし、結界越しで岩に挟まれている僕は、身動き一つとることができなかった。
「まだだ!結界を無理やりにでも広げて可動域を増やせばなんとかなる!」
でもどうしよう…。
これをやることによって僕の妖力は大幅に減少してしまう…。
凄まじい圧力がかかっている上で結界ごと崩落した地盤を押し上げようとしているのだ。
凄まじい妖力を消耗するのは当たり前のコト…。
こんなことをして大丈夫なのか…?
数々の不安が脳裏に浮かぶが、僕はすべてを振り払う。
少しは周りを頼ってみなくては…。
全てを僕一人の力で解決しようとするなんて無理に決まっている。
信頼できる仲間がきっと助けてくれるはずだ!
無理やり結界を広げ、僕は手足を動かせる程度の可動域を確保する。
体中を駆け巡る僕の妖力が、ごっそりと持っていかれる様子が鮮明に思い浮かんだ。
しかしこの無線機さえあれば助けを呼べるのは確実だ。
たとえ周囲が地面に埋もれようとも、特殊な電波を発生させる22世紀製の無線機をもってすれば助けなんてすぐに呼べる。
まさか、僕がこの無線機を使って助けを求める日が来るなんて思ってもみなかったが…背に腹は代えられない…。
僕は無線機のダイヤルを回し、比較的交友関係にあった二課の『諏訪』に連絡をとってみる…。
すると…。
「諏訪だが…お前は誰だ?悪いけど今忙しくて…」
「おい諏訪!僕だよ、紙乃だ!」
「し、紙乃!?」
無線機越しに諏訪が驚愕している声が聞こえてきた。
僕から無線がかかって来るとは思ってもみなかったのだろうか…?
「細かい話は後だ!今すぐ助けてほしい!諏訪、お前は今どこに…」
と、僕がそこまで言いかけたタイミングで、興奮している諏訪に話をさえぎられた。
「おい紙乃!お前大丈夫か!」
「え?大丈夫ではないけど…何とか生きてるよ?」
「ちげぇよそうじゃねぇ!」
「え?」
次の瞬間、困惑する僕に対し、思わず自分の耳を疑ってしまうような発言が飛び込んできたではないか。
「お前、碓氷課長を殺したってのは本当かッ!?」
「は、はぁッ!?」
「ついさっき上層部から連絡があった!お前は妖術を使って殺人を犯し!指名手配犯として登録されたんだ!」
意味わかんね。
僕は無線の電池を抜いた。
諏訪が何かを言いかけていたが、これ以上アイツの聞いていたら頭がおかしくなりそうだった。
無線機を木っ端みじんに破壊してやりたい衝動に駆られたが、僕は何とか踏みとどまる。
「殺人の容疑で指名手配…?ふざけんな。完全にハメられたじゃねぇか!」
こんなことなら家で大人しくしてればよかった…。
この先僕はどうなってしまうのだろうか…。




