第6話
洞窟の中は想像していたよりずっと歩きやすかった。
太古の昔に作られた物なのだろうが、降りの階段はかろうじて原型を保っている。
傾斜を下るよりかは遥かに楽だろう。
かなり地下深くまで来たので辺りの気温は低い筈だが、湿気た重苦しい空気で息が詰まりそうだった。
「だだっ広い空間に繋がったな…」
僕たちがたどり着いたのは江戸ドームほどの大きさを誇る巨大な空間。
駿府藩の地下にこんな巨大洞窟が眠っていたなんて知りもしなかった。
「あぁ…やっぱり、あそこに祠があるよ」
大空洞の中央には小さな祠があった。
その四方八方を無数の鳥居が囲んでいる。なんとも奇怪な風景だ。
「今更ですけど…これって害のある妖怪なんですよね?一課と揉め事になるのは嫌ですよ…」
「大丈夫。コイツは土地神でここら一体に巨大地震を起こしている迷惑な奴だ」
それを聞いて一安心した。
なっていったって僕には連日のトラウマがあるからな…。
巨大な鍾乳洞窟にポツンと鎮座する祠の前までやってきた。
無数の鍾乳石から垂れ落ちる数々の水滴。
地面に巨大な水溜まりを作っていた。
「で、どうやって妖怪を呼び出すんですか?隠れられていちゃ祓うもなにもできないですよ」
「こうするんだよ紙乃くん」
碓氷課長はそういうと、目の前に佇む小さな祠を蹴り飛ばし…え…?蹴り飛ばした!?
「は??何してんすか?え?壊して良いの?この祠?」
この女…日々の激務が祟って遂に頭がおかしくなったのでは?
「この祠は土地神の力を制限するために置かれたもの。つまりこれが壊れるとどうなる?」
「えーっと。土地神妖怪が暴れ出しますね。ああ、おびき出すには丁度いいのか…」
びっくりしたー。そういうことだったのね。
「まぁ弱体化してる状態で戦ってもよかったけど…正直それじゃ、満足しないでしょ?最近は一課の奴らがうるさいし、私だって事務作業ばっかり…。ストレス発散にピッタリのいいおもちゃじゃないか」
課長は随分とハイテンションだ。
普段は冷静沈着な清楚系だと言われているが、根は血に飢えた戦闘狂だというのを僕だけが知っている。
一応幼馴染だし…。
「妖力が濃くなったな…」
「来るぞ。構えとけ」
碓氷課長がそう言うのと同時に現れる時空の裂け目。
彼女が裂け目に向かって手を伸ばしたかと思いきや、取り出したのは禍々しいオーラを放つ長方形の黒い箱であった。
「それは…。あぁ課長の武器か…」
からくり箱のように開閉する黒い箱。その中には一振りの日本刀が保管されている。
天然ゴム製の絶縁体ケース内に安置されているそれは鎖に呪符という厳重警備だった。
「菴灘?閭??螟ァ閻ク蟆剰?閭?カイ」
刹那、鍾乳洞であったはずの空間が、一瞬にして気味の悪い異空間へと塗り替わる。
四方八方が肉壁に覆われ、僕たちの足元は粘性のある液体で満ち満ちていた。
「呪害の能力みたいだな…。紙乃くんの結界があって助かった」
「これって胃の中か?これ…胃液みたいだし…」
脈打つような暗赤色がゆっくりと蠢く壁。
重く湿り気を含んだ熱が肌にしつこくまとわりつく。
呼吸をするたび、酸と鉄が混ざったような匂いが喉の奥に染みついた
胃の内部に似た何か…。
妖怪の結界術…ざっとそんなところだろう。
僕がそんなこと考えていると、弾力のある地面が突如として激しく揺れ始めた。
胃液のような液体が波打ったかと思いきや、地面から人型の妖怪がゾンビのように這い出てくる。
白骨化した人間の死体…次々に肉の床から這い出てくるソレは、どの個体も同様に日本刀を帯刀していた。
「落ち武者の怨念が集まって妖怪になった…ざっとこんな感じかな。さて。仕事を始めよう」
白骨妖怪の数は数十体、それも現在進行で増え続けている。
これぐらいの数ならば申し分ない。
少しは楽しむことができそうだ。
「紙乃くん。久しぶりに君の戦い方を見てみたくなったよ。どれくらい成長したんだ?」
「そんなに気になります?」
「ま、まぁ一応私は上司だし…君の数少ない幼馴染でもあるし…」
そう言われてしまった以上、僕も真剣に戦わなくては。
しかし久しぶりの全力戦闘だ。
最近は一課の言いなりで思うままに戦えなかった。
ここはストレス発散の一環として思う存分に戦うとしよう。
一斉になって襲い掛かって来る数十匹の白骨妖怪。
日本刀を大きく振りかざし、僕目掛けて鋭い一閃が放たれたかと思いきや…。
「残念」
突如として出現した黒き刃によって、妖怪の攻撃は徹底的に防がれた。
一対多数の戦闘でも圧倒する僕の妖術。
紙垂を激しく揺らし、フルオートで白骨妖怪を斬り殺していくソレは、特殊封印妖具 『虚鍔御剣』である。
結界術のエラーによって偶然発見された異空間。
そんな世界にポツンと突き刺さっていた七振りの御剣。
絶大な力を誇る特別封印妖具である。
おっと。一体の白骨妖怪が虚鍔御剣の合間を縫って僕の元へとやってきてしまったようだ。
「近接戦闘は苦手…みんなからはそう誤解されているけど…」
一振りの虚鍔御剣に手を翳す。
すると、瞬きする間もなく一瞬にして僕の手元へやってきた。
流れるような滑らかな動作。
無駄のない最小限の動きで妖怪の一閃をパリィ。
束の間の硬直に当てられた妖怪に対して、僕はカウンターを放つ。
完膚なきまで叩きつぶすのが僕の戦闘スタイルなのだ。
「実は僕、近接戦闘が専門なんだよね」
僕の一族相伝の妖術は戦闘向きとは言えない。
『紙垂妖術』。それは紙垂を張り付けた無生物物体を意のままに操ることができるという能力だ。
『紙垂妖術』によって操作される物体は物理法則の影響をほとんど受けず、最低でも抵抗を三分の一にまで抑えることが可能になる。
重力を受けなければ、外部からの破壊ダメージも極限まで抑えることができる。
聞いている限りかなり万能な妖術だと思うが、万能なだけであって、それ単体だけでは全く火力が出ない。
だから僕たちの一族は、幼いころから得物の扱い方を学ぶのだ。
僕が陰陽師の中でもかなりの実力を誇ることができたのは他でもない虚鍔御剣のお陰だろう。
『紙垂妖術』に対する才能、刃物の扱い。どれもが兄弟の中で一番秀でてた。
さらに、使用すれば取り返しのつかない代償を、身体的にも肉体的にも負うとされている特別封印妖具だが、『紙垂妖術』を利用し間接的に操ることで、被害をゼロに抑えることができる。
僕に虚鍔御剣の使用権利が与えられたのは必然的だったのだ。
「飽きてきましたね。いい加減、剣を振るうのも疲れましたし、そろそろ終わりにしません?」
僕は後方で大暴れしている課長に声をかけた。
彼女からは疲弊している様子が一切うかがえない。
それどころか幾分か興奮しているように見えた。
「まぁそうだよね…。帰りの新幹線もあるし、切り上げないとだよね…どうやってここから脱出しようか?」
「この肉壁を切り裂いてみたらどうですか?」
そういうのと同時に、僕は虚鍔御剣すべてに、肉壁を切り刻むよう命令を下した。
『紙垂妖術』の影響を受けている物体は物理法則をかなり無視することができる。
つまり、慣性の法則、空気抵抗、摩擦…。
ありとあらゆる障壁をある程度無視することができるわけで…。
結果、秒間に十回、下手したら何百回にも及ぶ回数の斬撃を飛ばすことが可能となっている。
まさにぶっ壊れ性能だ。
「ぎぃぃやぁぁぁアァァあああぁぁぁ!?」
どこからともなく聞こえてくる断末魔の叫び。
黒板を爪でひっかいたかのような、実に不快な不協和音が僕たちの鼓膜を刺激した。
「本体に攻撃が利いてるみたいだね。再生速度の方が上回るかと思ったけど、流石にその速度で攻撃したら…我慢できないよね…痛そうだなぁ…」
肉壁は大きく崩れ落ち、向こう側の鍾乳洞が良く見えた。
「お!巨大な目が現れたぞ」
僕の視線の先に現れたのは、真っ赤に充血しとめどなく涙を流している巨大な眼球。
視線は僕達へとまっすぐ注がれてる。
「あれが本体なのかな?」
「わかんないけど…とりあえず潰せばわかる気がする」
碓氷課長の発言を聞いて流石に僕はドン引きする。
陰陽師として妖怪と戦っている以上、不可思議な場面やグロい敵には幾つも遭遇してきた。
そのたびに状況を即座に判断し、適切な処理を行う。場合によっては経験や勘だよりに動くパターンも少なくはない。
しかし、巨大な眼球が現れた瞬間に「潰そう」という発想に至るのは流石にサイコパス過ぎると思う。
そんな碓氷課長だ。
聞く耳なんて持つはずもなく…。
「紙乃くんの戦いっぷりを見て、私も少し本気を出そうと思っちゃったんだよな!悪く思うなよ呪害!成仏するんだな!」
この人ハイになってやがる…。
剣先を巨大な眼球へ向けたかと思いきや…。
次の瞬間、剣先から眼球までをつなぐ一筋の氷柱が生成された。
「アハハ!寒いよね!直ぐに楽にしてあげるからさ!」
日々の雑務から解放され、久しぶりの戦闘によってハイになっている彼女は、少しだけ妖艶な雰囲気であった。
碓氷課長のおはこである『霜烈降術』は、僕の一族が代々受け継ぐ『相伝妖術』とは異なり、鍛錬を積めば誰でも使いこなせる『修得妖術』に分類される。
『相伝妖術』と『修得妖術』
比べるまでもなく妖術としての格は長年の血筋によって培われてきた『相伝妖術』の方が上。
しかし、碓氷課長からしたら話は変わってくる。
彼女は陰陽師の才女として生まれてきた。
一般家系出の課長にとって妖術は恵まれなかったかもしれない。
しかし、比類なき陰陽師へのセンスと、莫大な妖力を持ち合わせていれば…。
『修得妖術』であろうとも、課長が扱うことによって妖術に対する解釈を何十倍にも広げることができるのだ。
一瞬にしてすべてが凍り、時間までもが停止したこの空間で、動くのが許されたのは僕と課長の二人だけであった。
周囲の白骨化したすべての人型妖怪は機能を停止し、主導権はまつ毛の凍った碓氷課長が握っている。
彼女が剣を引いた途端、氷の柱は儚く崩れ去っていった。
奥に見える巨大な眼球は依然として凍結しており、瞬き一つしない。
碓氷課長は妖刀『雷切丸』を両手で持ち替えたかと思いきや…。
思いっきり地面に突き刺した!
凍った胃液が割れ、弾力性のある肉の床が切り裂かれ、妖刀『雷切丸』が深々と刺さる。
碓氷課長に使用権が与えられた特別封印妖具 妖刀『雷切丸』
それは稲妻を切り裂くことができる、伝説の日本刀。
その能力は妖力を電気へと変換し、外部へと放電する一見シンプルなもの。
しかし、その恐ろしさは、高度なエネルギー変換効率と圧倒的な出力にあった。
妖力の持った赤ん坊が、柄を少し握るだけで半径1㎞に巨大なクレーターが生成されるのだ。
緻密な妖力操作の技術がなければ自分と周囲を巻き込む大惨事となる。
碓氷課長には緻密な妖力操作の技術もあれば、高精度な『凍結妖術』もあった…。
「この肉壁は妖力を含んだ特殊な粘液で覆われているから、『雷切丸』でもなかなか電気を通しづらい。だから絶対零度になるまで冷やすことにしたんだ。極低温に冷やされた物質。電気抵抗は………ゼロになる」
彼女の一言と共に、『雷切丸』から莫大なエネルギーが放たれた。
極限まで冷却された空間内、阻むものは何もなく、荒れ狂う妖刀の雷によってすべてが焼き焦がされ、崩壊していく。
次々と崩れ落ちていく肉壁。
完全に崩壊する直前、最後に見えた巨大な眼球の瞳孔は、大きく見開かれ、見るも無残に焼き焦げていた。




