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カミシデの陰陽師  作者: neluasob


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第4話

 「初めまして紙乃様。私は一課の天城です。今日はよろしくお願いいたします」


 ちょっと待ってくれ。

 彼女の苗字が整合評議会の天城と同じ苗字なのも驚いた。

 だが、目の前の状況と比較すればそんなこと些細な驚きですらない。


 「な、なんで聖女のコスプレをしているんだよ…?」


 どういうことだ?一課は頭がおかしい連中しかいないのか???


 そんななか、天城という聖女は不機嫌そうに顔を顰めた。


 「コスプレではありません。これはれっきとした修道服ですわ」

 「え、でも君…陰陽師なんだよね?一応僕たちは、神道とか仏教の元で仕事をしている身だと思うんだけど…」

 「ウフフ…。安心してください紙乃様。神道では八百万の神と言いますし、この世には様々な神様が存在しているんですよ」

 「は、はぁ…?」

 「私は色んな神様を信じているだけです。母がヨーロッパのカトリック宣教師で父は神道を信仰しております。考え方の違いがあってもお二人とも仲良くやっておりますわ」

 

 母親がヨーロッパ人?

 あー。だからハーフっぽい見た目をしていたんだ…。よく見たらこの人金髪だし、コレ地毛だったんだな…。


 「てことは…。君のフルネームは…?」

 「ああ。天城 アントゥフィエヴァ 真理子 と申します」


 なんかすごいキャラが渋滞している気がする…。


 「因みに整合評議会の天城さんとは…」

 「あれは叔父ですわ」

 「ん?君は本家なんだよね?」

 「…まぁそうなんですけど…父がカトリック教徒の母と結婚したせいで一族から追放されましたね」

 

 う、うん…。

 僕たちの間に気まずい沈黙が流れていたが、先に静寂を破ったのは天城 アントゥフィエヴァ 真理子だった。


 「長話をし過ぎてしまいましたね。そろそろ仕事に取り掛かりましょう」

 「あ、うん。そうだね、天城 アントゥフィエヴァ 真理子さん」

 

 嚙まずに全部言えた僕はなかなかにすごいと思う。


 「私のことはエヴァとお呼びください。フルネームは流石に長すぎます。まぁ噛まずに言えた紙乃様には感心しましたが…」


 天城 エヴァ…。まぁこっちの方が言いやすいし何かと便利だろう。


 「さて、今夜のお仕事ですが、場所はこの高架下であってますか?」

 「うん。あってるよ」


 僕はそういうとスーツの懐に忍ばせておいた資料を広げた。

 

 「数年前この上でちょうど大規模な玉突き事故が発生したらしいね。その時死んだ人間が呪害化したらしいから…保護しろだって…」


 分かりきってはいたが今回もやはり保護なのか…。一体いつまで合同任務を続けなければいけないのやら…。

 

 「不慮の事故で亡くなった方を呪害と称するのは聞き捨てになりませんね!」

 「そういえば君も保護派の人間だったね。殲滅派の叔父とは大違いだ」


 僕はエヴァに向かってそう告げると、フェンスの前までやってきた。

 有刺鉄線は張られていないので侵入は容易だろう。


 金網をよじ登った僕は、背後のエヴァへと手を差し伸べる。彼女は長方形の大きなアタッシュケースを持っていたが、多分僕の腕力でも持ち上げられるだろう。


 「手、貸そうか?」


 純白の修道着を着ている彼女は意外そうな表情をしていた。


 「気が利くんですね。てっきり私のことが嫌いかと思いましたよ」

 「どうしてそう思うんだよ」


 僕はそう言いながらエヴァの華奢な手を掴み、丁寧に引き上げる。

 

 「一課のやり方が気に入っていない様子でしたし…」

 「まぁ、考え方は気に入らないけど…嫌いなわけではないかな」


 一課のやり方には不満を感じるが、いちいち敵対感情を抱いていてはキリがない。

 適度な距離感を保てさえすればそれでいいのだ。まさか合同任務を申し込まれるとは夢にも思わなかったけど。


 「あそこに祠がありますね」


 薄暗い高架下のちょうど中央に、小さな祠がポツンと建てられていた。

 この丁度真上が玉突き衝突の事故現場…。つまりこれは事故死した者たちの魂を鎮める役割を担っていたのだろう。

 

 「この地区は僕の担当じゃないからよくわかんないけど、結構な大事故だったんでしょ?」 

 「そうですね…同時期に別の殺人事件か何かで埋もれてニュースにはなりませんでしたが、それなりに死者を出したはずです」


 木製の小規模な祠の中にはそれなりの体積を誇る石が置いてあった。傍らに落ちているのは鎮魂のお札。


 「なるほど、この鎮魂札が剝がれ落ちちゃったせいで、抑えられていた魂が出てきちゃったってわけか…。へぇ珍しい事例だな」

 「それじゃあこれからどうします?妖怪の気配は少ししますけど…。姿は見えませんし…」

 「まぁ、このお札を張りなおせば解決するんじゃない?」


 鎮魂札を掴んだ僕は、祠に収められている石に張り付ける。

 すると次の瞬間…。


 「逞帙>繧医♀逞帙>繧医♀繧?a縺ヲ縺上l繧医♀」

 

 乾燥した真冬の地面が急に湿り始めたかと思いきや、数十人もの異形な呪害が地面から湧き出てきたではないか。


 「これじゃあ刺激しただけじゃないですか!!」

 

 四方を囲まれ、逃げ場がなくなった僕たちの元に、数十体もの呪害が一斉に迫ってきていた。

 

 「よし祓おう!」


 七刀の剣を展開した僕は戦闘態勢に入ろうとしていた。

 純白の紙垂を風になびかせながら、僕の命令を今か今かと待ちわびる黒き刃。

 全部祓うのに必要な時間は一秒にも満たない。僕にはそれで十分だった。


 「ちょ、ちょっとまってください!!私の許可なしに祓おうとしないでください!」


 そうだよね。一課の人間が許すはずないよね。お人好しの陰陽師なんて聞いたことがないぞ。


 「なんだよ、他にいい案でもあるっていうのか?」


 こんなところで死にたくはないぞ。


 「ええ!ありますとも!私が何の策もなしにこの任務に臨むように見えますか?準備は入念に!それが聖女の務めです!」


 入念な準備をすることと聖女に何の関連性が?

 思わず指摘しそうになるが、寸前で踏みとどまる。


 僕がそんなことを考えていると、エヴァは長方形のアタッシュケースのロックを解除した。

 僕が先ほどから気になっていたヤツだ。


 「それはなに?」


 幅2mほどあるアタッシュケースから取り出されたのは…。巨大な十字架の剣であった。

 滅茶苦茶、切れ味が悪そうな剣だ。

 なんで退魔の札が一面を覆うようにして張り付けられているんだ?


 いろいろ突っ込みたいところであるが、既に僕たちの目の前まで呪害が迫っていた。

 

 華奢な体で大剣を扱えるのだろうか?呪害に対して札が一面に張り付いた切れ味ゼロの豆鉄砲で大丈夫なのだろうか?

 

 しかし当の本人は気にも留めることなく、巨大な十字架を軽々と持ち上げたかと思いきや…。


 迫りくる呪害に向かって一太刀を浴びせた!


 「ちょッ!?…え?保護するんじゃなかったの!?」

 

 まさか攻撃するとは思わなかった。

 剣の使い道と言ったら攻撃以外ないと思うけど、エヴァは一課の人間だ。なんか企みでもあるのかなと思ったが普通に攻撃しやがった。


 混乱している僕に対して、呆れた表情をするエヴァ。「よく見てください」と、彼女は大剣で叩き潰したはずの呪害を指さす。


 目の前の光景を目にした僕は、思わず自分の目を疑った。


 「え?なんか大人しくなってない?」


 祓われていない。それどころか、落ち着いているではないか。


 「この武器は呪いの力を弱体化させることができるんです。祓わなくていい道なんていくらでもこの世界にはあるんですよ」


 ドヤ顔で十字架の大剣を振り回す聖女というわけが分からない構図に僕は唖然としていた。

 そもそも西洋宗教の大剣に日本連邦のお札を張り付けるっていう行為自体おかしいんだけどね…。


 切れ味ゼロの大剣によってぶん殴られた呪害たちは、皆戦意が喪失したかのようにピクリとも動かなくなっていた。

 しかし、僕は油断することなく妖術を発動し続けている。

 エヴァは自信満々だが、こんなものいつ動き出したっておかしくないのだ。


 エヴァが大剣を振り回し始めてから数十分が経過しただろう。

 依然として呪害の数は多く、彼女からは疲労の色が見え始めていた。


 「し、紙乃様…。ちょっと交代していただけませんかね?」

 

 要するに、そこで突っ立ってないで少しは手伝ってくれ。ということだろう。

 文字通り僕は何もしていなかったので、彼女が苛立つもの無理はない。


 「祓うこと以外は専門外なんだけど…。まぁやれるだけやってみます…」


 息を切らしているエヴァから僕は十字架の大剣を受け取った。

 見た目通り剣は重く、ずっしりとした重量が両腕にかかる。

 華奢なエヴァがこれほどの大剣を数十分間もぶん回していたのか…。

 妖怪一体に対して無力化するには平均して数回の太刀を浴びせないといけないらしい。

 そう考えると、彼女の戦闘力はそれなりに高いのかもしれない。


 「大剣の扱い方はわかりますか?」

 「大丈夫、剣の訓練なら小さい時からやってるし」


 僕の一族は武器ありきの妖術なので、幼いころから剣術は徹底的に叩き込まれてきた。

 三才から刃の扱い方を学びはじめ、青春時代を謳歌することなく剣を極めた。家族全員が死んだ次の日ですら線香を握ることなく、代わりに剣を握っていた。


 これくらいの武器など僕にとっては大したことないのだ。


 「縺斐a繧薙?縲ゅ#繧√s縺ェ縺輔>縲ゅ☆縺セ縺ェ縺」

 

 カタツムリのようにじりじりと迫って来るゾンビのような人型呪害に対して、僕は大剣を振りかざす。

 重量をものともしない美しい一閃。

 

 敵の脳天へと直撃した次の瞬間…。


 「うわああッ!?」


 凄まじいほどの負の感情が僕の脳内になだれ込んできた。


 なんだこれは!?気持ちが悪い…見たくもないのに…次々と僕じゃない誰かの記憶が流れ込んでくる…。


 最初に見えたのは激しい閃光。

 フロントガラス越しに見える運転手の顔。

 なんで?


 この時、記憶の主は激しく困惑していたらしい。


 どうして目の前の運転手と真正面で顔が合うんだ?


 そう思った次の瞬間、記憶が真っ黒に染まった。僕の脳内はクリアになった。


 「な、なんだよこれ…」


 声が震えているのは自分でもわかる。こんな感覚初めてかもしれない…。

 

 「これが、退魔の札を一面に貼った大剣の力なんです」


 エヴァの一言でにより、僕は両手で握っている十字架の大剣を見つめる。

 刃を覆いつくすかのように貼られている数々のお札には、『犠牲慰霊』の一文字が大きく刻まれていた。


 「生き物が死ぬ際、生に対する渇望や深い怨念、後悔などがエネルギー源となり、魂が呪い化。これが妖怪の生まれる仕組みです」


 エヴァの口から飛び出てきたのは陰陽師なら誰もが知っている妖怪の基本知識。 

 僕ですら何度も耳にした内容であるが、初めて耳にしたような衝撃が僕の脳天を貫いていた。


 「どうやらその大剣の真髄を理解したようですね。紙乃様」

 「大剣を媒体として負の感情を請け負い、苦しみから呪害を解放する…。大体こんな感じだろ?」

 「ご名答でございます」


 つまり、エヴァは不慮の事故で亡くなった数々の人間から苦しみを取り除き、自分を身代わりとして負の感情を発散させていたということか…。

 並みの精神力じゃないとこんなの耐えられないぞ…。

 

 「苦しいなら交代しましょうか?迷える魂から苦しみを取り除くのはかなり精神を摩耗しますしね」


 なんだかエヴァに見下されているような気がした。

 こんなの僕のやり方じゃない…。どんなに不遇な死に方をした人間でも、ひとたび呪害になってしまえばそれは祓う対象だ。

 こんな同情紛いの儀式で苦しみから救う…?


 「苦しんで死んだ後、更に地獄のような苦しみが待っているなんてあまりにも可哀そうじゃないですか…」 

 「それが現実だろ。いずれにしろ、僕たちはロクでもない死に方しかしないだろうし」


 陰陽師という職業はいつ死んでもおかしくない。

 遺体が残れば万々歳だ。


 「そうですね…私達は楽に死ねませんよね…。でも、他の人たちが安らかに眠れるお手伝いはできます。一課はただそれをしているだけです。それで、どうしますか?交代しましょうか?」

 「いや…。大丈夫…」


 別にエヴァの言葉に心を動かされたわけじゃない。

 一人前の陰陽師として彼女に見下されたままなのが気に食わなかっただけなのだ。

 プライドだってある。

 僕から強さを取り上げたら、そこにはもう何も残らないじゃないか…。


 ながれるような動作で大剣を横に薙ぎ払う。

 一気に何匹もの呪害に攻撃が命中し、数相応の記憶が僕の脳内に流れ込んできた。


 判断を誤ったことによる後悔…。

 家族に対する懺悔…。

 即死しきれず、じっくりと焼け死んだ苦しみ…。


 まさに生き地獄。しかし、そんなもの僕は毎日経験してきたのだ。

 

 他人の苦しみぐらい陰陽師が受け止めきれなくてどうする。心を殺してやってきた毎日は一体なんだったというのだ!


 徐々に苦しみが和らいでいき…それと同時に目の前の呪害も無害化されていく…。


 一息つこうも、呪害はまだまだ残っていた。


 「はぁ…間違いなく今日は悪夢でうなされるだろうな…白髪が増えるよこんなの…」


 そこから僕は淡々と作業をこなしていった。

 かなり実力のある陰陽師だと自負しているが、それでも死に際の苦しみを何度も味わうというのは精神的にも来るものがある。

 無心になって大剣を振り回し、ついには最後の一体を浄化し終えた僕は今にも倒れそうな状況であった。


 「お疲れ様でした紙乃様。これで少しは一課の考えが理解できましたか?」

 「勘違いしないでくれ…。今回は上司の命令があったから協力しただけだ。次は絶対にこんな回り道なんてしないで祓ってやる…」


 僕の心が荒んでいたのは、先の経験が精神にかなりの悪影響を及ぼしたからなのだろう。

 目の前の修道着を着た陰陽師はそんな素振りすら見せなかった。


 数々の苦しみを代わりに請け負い、迷える魂に安らぎを与える…。

 彼女が聖女と称されている理由がよく分かった。

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