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カミシデの陰陽師  作者: neluasob


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第3話

 「ざるそば三つ…お願いします」


 神妙な顔持ちで麦茶を美味そうに啜る巨漢。

 目の前の巨体が店員に向かって無茶苦茶なことを言っているが、僕にとっては当たり前の日常である。


 「じゃあ僕は…天ぷらうどんが良いかな」


 なんだかうどんが食べたい気分だったんだよね…。

 店員に向かって注文を告げた次の瞬間、周囲の温度が数度下がったような気がした。


 「は…?…お前舐めてんな?」

 「え?」


 こちら側に身を乗り出してくる巨体の持ち主に僕は戸惑いを隠せない。

 彼の瞳には有無を言わさぬ鋭い眼光が宿っていた。

 

 「深大寺に来たんだぞ?だったら『天ぷらうどん』なんか食ってねぇで『深大寺蕎麦』を食え!!」

 「別に何を食おうが僕の勝手だろ…」

 「いいや、この俺が許さねぇ。お釈迦様に失礼だ。おい店員!コイツにもそばを頼む」


 勝手に僕の注文内容を書き換えてきたのは、二課の仕事仲間である諏訪だ。

 体長おおよそ2mはあるであろう巨体の持ち主である。流石は元力士なだけある。


 「なんで僕がお前のお使いなんかに付き合ってまでこんな目に合わなきゃいけないんだよ!…」

 「安心しろ!礼と言ってはなんだが…昼は俺がごちそうしてやっからよ」

 

 ついさっき僕の注文した内容を勝手に書き換えたこと忘れてないからな…。


 恨みがましい僕の視線に気が付かない同僚の諏訪。

 マゲという、今時珍しい髪型のせいで周囲からかなり目立っており、時折客の視線が僕達へと集結していた。


 「それで?初の合同任務はどうだったんだ?たしか…一課の稲荷っていう評議会一族の女とバディを組んだんだろ?偉い疲労っぷりだったじゃないか」

 「ハハ…いろいろ疲れたんだよ…祓っちゃダメって言われたから、ひたすら逃げ回るしかなかったんだよね…」

 

 合同任務はもう二日も前の出来事であるが、今でも鮮明な記憶として残り続けている。

 稲荷に振り回され、妖怪からは逃げ惑う長い長い一日であった。


 「は?逃げ回っていただけ?…じゃあどうやって祓ったんだよ?」

 「言っただろ。一課との合同任務中は余程のことがない限り妖怪を祓っちゃダメなんだって。全く苦労したもんだよ…稲荷って後輩、妖怪と心を通わせようとしてたんだぜ?まぁ結果的に保護できたからよかったんだろうけど、祓った方が何倍も楽だったね」


 僕の言っていることが理解できなかったのか、体と同様にデカい口をあんぐりあけていた。

 

 「妖怪と心を通わした??クハッ!お前にしては面白いコト言うじゃねぇか!」

 「冗談じゃねぇって。一課は妖怪を保護したい。異端者だってのは有名だろ?」


 妖怪と仲良くしたい連中の考えていることはよくわからない…。

 妖怪が僕の家族にした仕打ち――

 その言葉だけで、胸の奥がざらつく。


 いや…よそう。こんなこといくら考えても無意味なのだ。


 「まぁ確かにそうだな…」

 

 保護した妖怪の後処理だっていろいろと面倒である。

 凶暴なものは封印、比較的安全で利用価値のある妖怪は組織によって徹底管理されていた。

 お世話する費用を考えたらとっとと祓ってこの世から消し去るのが賢明なのだ。


 「整合評議会の連中も何を考えているのやら…」

 

 整合評議会というのは組織の全体の方針を取り決める7人の最高権力者のことである。

 現在『特異事象対策課』には7つの課が存在しており、その上に立つのが7人の整合評議会員というわけだ。


 「今まで優勢だった殲滅派が、藤原家の当主交代で一気に傾いたからな…。総会議で保護派が勝っちまったのもそのせいだ」


 総会議とは2年に一度開かれ、組織取り決めを行う会議のこと。

 各課からは1票、整合評議会員は一人に付き2票を投じることができ、選挙のようなやり方でこの組織の方針は決まっていく。

 因みに藤原家というのは整合評議会で代々議員を務めてきた陰陽師の名家だ。

 7人の議員を務めるのは陰陽師の世界を支配してきた7つの名家。これは永遠不変のルールであり、今までで一度も整合評議会に足を踏み入れた部外者はいない。


 「藤原の爺は妖怪の殲滅大賛成だったのに、まさか実権を握った息子が保護派だったとはねぇ…」

 「一人の人間の意見が変わっただけで今までの体制が崩壊するもんなのか?」


 上層部の仕組みをあまり理解できていないので、こういうことに関して、僕はかなり疎い。

 諏訪は何かと詳しいので、僕は時たま、上層部の時事問題を小耳に挟むことができていた。


 「それがなぁ、いろいろ複雑なんだよ」

 「分かりやすく解説してくれよ」

 

 少しぬるくなったほうじ茶で僕は喉を潤した。

 これだけ長話をしていると口腔内が乾燥してくるのだ。


 「まぁざっくり言うとだな、総会議は一見公平そうに見えても実はそうじゃねぇんだ」


 諏訪はあたりを注意深く見渡すと、警戒した面持ちで僕に囁いた。

 そんなに聞かれたら不味いような内容なのだろうか?

 これ聞いても大丈夫なヤツだよな…?

 余計な詮索は命取りって言うし、そこまで知りたいわけじゃないんだけど…。


 「7つの名家で一番権力を持っているのが藤原家だ。そんな藤原家に借りがあってうだつの上がらない一族が整合評議会内に幾つかいる。奴らは藤原家の言われるがまま。現に当主交代で殲滅派から保護派になったとき、つられるようにして、藤原と主張をそろえた奴らが何人かいただろ?」

 「いたような…いなかったような…」


 総会議の時、碓氷課長の後ろで居眠りしていたなんて死んでも言えないじゃないか…。


 「今の組織がこんな感じになったのは、そういう経緯だ。お前も色々と大変だよな…」


 店員が料理を持ってきたので僕たちは会話を中断し、蕎麦を啜ることに専念した。

 滑らかな喉越しの麺に舌鼓を打ちながら、僕たちは至福のひと時を過ごした。

 今日はうどんの気分であったが、蕎麦も意外に悪くない。また今度行くとしよう。


 僕が料理を平らげる頃、諏訪はざるそば3品を全てを攻略していた。

 しかも追加でおしるこを注文しているではないか。

 周りの客がドン引きしているのが僕の目にはよく映った。


 「お前が頼まれたお使いってなんだっけ?」

 「ああ、天城さんから厄除け元三大師の角大師護符を買ってこいって言われてな。江戸支部から一番近い深大寺を選んだってわけよ。あとここの蕎麦は上手いからな」


 なるほど、深大寺に来た理由は間違いなく後者だろう。

 元三大師のお札は妖術で何かと重宝されるからな…在庫補充は定期的にやっておかなければ。


 「ざっと数千枚ってところかな」

 「神主の泣き顔が容易に想像できるよ…」

 「あ、元三大師っておみくじの神様としても有名らしいぞ?これ食い終わったら明日の合同任務の吉凶を占ってみようぜ」


 でも深大寺のおみくじって凶の割合が多いってことで有名だったような…。

 

 「所詮は確率論だろ」

 「おいおい、陰陽師が言う言葉じゃないだろ…。こういうのは大体当たるんだぜ」

 「そうなのか?僕は日ごろから良い行いをしているから流石に凶は出ないだろ!」


 この後、見事に大凶を引き当てるとは思ってもいなかった。

 人間関係に気をつけろ。

 その言葉を聞いて翌日の合同任務が一瞬不安なる。そんなこと目の前で大吉を引いている諏訪に言えるはずがなかった。

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