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カミシデの陰陽師  作者: neluasob
第1章 人間期「プライド破壊編」

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13/14

第13話「稲荷耕斗」

 京都についた。

 駿府から京都。

 大体四時間の道のりだ。

 僕が地面から脱出できたのは昨日の夕方。

 そこから車を駐車してある森の外まで行くのに一時間半。

 現在時刻は一時だ。


 そう考えると予定通りに到着できたのだろう。

 伝統的な街並みが果てまで続く京都。

 天皇が暮らす街でもある。


 そして京都は特務事象対策課の本部。

 つまり数々の陰陽師が集まる中心地というわけだ。


 「追手は…いない。尾行はされてなさそうだな…」


 僕は絶賛指名手配中。

 そんな中で陰陽師の巣窟に足を踏み入れるのはかなり愚かな行為であるが背に腹は代えられない…。

 これもすべて課長のため…。

 彼女さえ息を吹き返せばあとの問題はほぼ解決したようなものなのだ。


 「それでどこに行けばいいんだ?」

 「ナビします!」


 というわけで、取り敢えず、稲荷に指示された山奥まで行き、付近の竹藪に車を停めた。 

 人里離れた秘境。ここからは徒歩で行くらしい。


 「こんな竹藪になんかあるのか…?」


 諏訪はあくびをしながらそう言った。

 僕の正面には稲荷。背後には諏訪とシロ太郎。

 こんな感じの布陣で、深夜の竹藪を歩いていた。


 数分後、見えてきたのは立派な邸宅。

 数々の和風建築物が織りなす圧巻の光景であった。


 「こんなところに屋敷があったのか…」

 

 正直驚いた。

 人里離れた竹藪が開き、目の前には趣のある邸宅。


 まさに秘境…。


 ここに欠損部位をも再生できる陰陽師が住んでいるのだろうか…?

 確証はないがなんだか期待できそうだ。


 人里離れた邸宅でひそかに暮らす伝説の陰陽師。

 なんて可能性も全然ある…。

 一体どんな人物が暮らしているのだろうか…。


 期待を胸に抱き、僕は稲荷の後へとついていく。


 邸宅の門前までやってきた。

 門の横にはインターフォンが取り付けてある。

 一応電気は通っているらしい。


 周囲の大自然、しかし目の前には高度なインフラ。

 僕はギャップに違和感を抱く。


 「ポーン」


 稲荷がインターフォンを押した。

 変わったチャイムだ。

 

 「どなたですか…?」 


 インターフォン越しにくぐもった男の声が聞こえてきた。

 こいつが伝説の回復術師なのだろうか…?


 「私だよ」


 稲荷がそういった次の瞬間。


 「……あああがああッ!?」


 インターフォンの向こう側にいる奴が大発狂した。

 あまりの大音量にスピーカーからノイズが散り、不快な不協和音が森の中にこだまする。


 うっさ。

 

 耳イカれるかと思ったわ…。


 「どうしてここにッ!?今すぐ行く!そこで待っていてくださいッ!」

 

 ブチッと回線が切れたかと思いきや、門の向こう側から騒がしい足音が聞こえてきた。

 

 「その…。こんなことは言いたくねぇんだが…大丈夫なのか…?」

 「それはこの家の家主の性格のことを聞いているんですよね?」

 「まぁそうだな…」


 大丈夫だ諏訪。

 それはまっとうな反応だ。

 僕だって不安なのだから。


 「あの人は…シスコンなんです…。でも悪い人じゃないんで仲良くなれると思います」

 「そうか…。ん?シスコン?」


 ってことは…。

 ここって稲荷の実家なのかッ?


 「ここは稲荷さんの実家なのか?」


 さっきから諏訪と僕の考えていることがかぶっている気がする。

 僕の心の内を読むのはやめてほしいものだ。  


 「まぁそういうことになりますね…」


 稲荷は恥ずかしそうにそういうと、頬を右手で掻いた。

 

 「麦姉様!帰ってきてくれたのですかッ!相変わらず麗しいです!」


 勢いよく開閉する門扉。

 バーン!という音とともに蝶番が軋む。

 次の瞬間、重い門扉が僕の足を思いっきり轢いた。


 「痛ってぇぇぇぇッ!?!?」

 

 靴越しだったが門は木製。そしてかなりの重量がある。

 僕の足が無事なはずもなく。

 激痛に見舞われる。


 「し、紙乃先輩!?大丈夫ですかッ!?ちょっと耕斗!なにやってるの!?」

 「ム?誰だこいつは?…………ま、まさか、姉様…結婚報告ですかッ!!!!?」


 次の瞬間、目の前で暴走している耕斗とかいうふざけた男が、つま先をさすっている僕に対して 

殺意の籠った瞳で睨んできた。

 

 「悪いが帰ってくれ。君に姉様はやらん」

 「黙って耕斗!あなたが話すとややこしくなるから!」

 「まったくその通りだ。あんたのせいで僕のつま先が紫色に変色しちまった…」

 「す、すみません先輩…。今すぐ保冷剤かなんかで冷やしましょう!どうぞ上がってください!」


 家の敷居を跨ぐことを許可された。


 「シロ太郎。外で待ってて」

 「「「ワン!」」」


 訝しそうな視線で睨んでくる稲荷の弟を無視し、僕達は門を潜ろうとするが…。


 耕斗に行く手を阻まれた。


 「なにか…?」

 

 無視したい衝動に駆られるが、こいつは稲荷の弟なのだ…。

 一応僕たちは客人だし…無下にすることはできない。 


 「姉様!…こいつ信用できるんですか…?」

 「…耕斗……いい加減にしなさい…」


 え…?怖……。


 「ひ、ひぃ!?」


 もう少し粘ると思っていたのだが、姉に睨まれた耕斗は、蛇に睨まれた蛙のように委縮しまった。

 お姉ちゃんの力恐るべし…。


 そんなお姉ちゃんである麦は、ムスッとした表情で先に行ってしまった。


 涙もろい純粋無垢な女の子。

 稲荷に対する僕の印象はこうだ。

 しかし弟に対するあの怖さ…。

 いったい何を信じればいいのやら…。

 人間は何個も仮面を持っていると聞いたことがあるのだが全くその通りだろう。


 相手によって変化する仮面。どれも偽物ではなく、すべてが自己の一部。

 これも稲荷の一部というわけか。

 あーあ。耕斗、落ち込んじゃったじゃないか…。


 「流石姉様だ…。怒ってる姿も麗しいッ…!!」


 違った。

 こいつもしかして…ダメな人間なのか…?


 地面で四つん這いになり姉への賛美を垂れ流している耕斗に対して諏訪は引いていた。


 「どうしたんだ諏訪?」

 「いや…なんかデジャブを覚えてな…」

 「デジャブ…?」

 「似てるんだよ。こいつと俺の兄が…」


 なるほど同じタイプなのか…。

 

 「まぁそんなことはどうでもいい。稲荷さんを見失う前に俺たちも行こうぜ」

 「僕も稲荷だぞッ…!」

 「麦さんについていこう」

 「姉様を気安くしたの名前で呼ぶなッ!」

 「じゃあなんて呼べばいいんだよ!」


 諏訪が発狂した。

 珍しいことだ。


 苦手な兄とタイプが似ているのか、調子を崩された諏訪は不機嫌そうであった。


 「なんだよ、そんなこともわからないのかッ!?お前たち!これからは姉様のことを『貴女様』と呼べ!」

 「耕斗ッ!!」

 「ひ、ひぃぃ!?」


 いつの間にか稲荷が戻ってきていた。

 僕たちが長話をしすぎたのだろう。

 

 「なかなか来ないと思って帰ってきたら…。ごめんなさい先輩…うちの弟が迷惑を…」 

 「いやいや大丈夫ですよ貴女様!お宅の弟さんはとてもユーモアがあって面白いですし」


 稲荷姉弟に睨まれた。


 僕は慌てて口を噤む。


 「はぁ…入り口で立ち話をするのもなんですし、中に来てください。お茶でも淹れます」

 「「ありがとうございます」」

 「フンッ!姉様が許可してくれたんだ!さっさと歩け!」

 「あなたのせいでここから動けなかったんだけど…?」


 稲荷は呆れていたがこれ以上言及しようとはしなかった。

 疲れてしまったのだろう。

 僕には兄弟というものがいないため気持ちを理解することは難しそうが、耕斗の言動を見ている限り確かに疲れそうだ。


 「紙乃先輩。諏訪先輩。こちらが我が家です」


 美しい庭園のその向こう。

 一軒の母屋があった。


 日本の伝統的な造りである母屋。

 実家のような安心感だ。


 こんな豪勢な家を山奥に建てられるのは、彼らが整合評議会の一族であるからだろう。

 

 「奥の客間で寛いでください。私は保冷剤とお茶をとってきます」

 「僕も手伝おうか?」


 助けてくれた上お茶まで淹れてくれるのだ。

 なんだか申し訳ない。

 客間で胡座をかいて待つほど、僕の神経は太くないのだ。


 「お前はそこでじっとしてろ!姉様と一緒になりたい魂胆が見え見えだぞッ!」

 「えぇ…?」

 「やめて耕斗!先輩困ってるからッ!」

 「僕が姉様と一緒に行こう!…いやしかしコイツらから目を離すのは…」


 逡巡している耕斗であったが僕と目が合った瞬間、意を決したようだった。

 一世一代の決断をしたかの様な、覚悟の決まったあの表情。

 いまこの瞬間にそんな悩むような要素はあったのだろうか?


 「クッ…。仕方がない…。僕はコイツらを監視しておく。せっかく姉様が帰ってきてくれたっていうのに…どうしてむさくるしい男二人を監視しなきゃならないんだ…」

 「むさくるしい!?諏訪はともかく僕は別だろ!どっちかと言うと好青年だろッ!」

 「紙乃…」


 諏訪は呆れたような視線を向け、耕斗はまたもや発狂しだす。

 まさにカオスだ。


 「自分で言う奴がいるかよッ!いいか?姉様に群がる男は全員むさくるしいんだよッ!みんな僕の敵なんだッ!」

 「耕斗!先輩達に失礼ですよ!…すみません紙乃先輩。むさくるしいとか言って…。この子、根はいい人なんです。ちょっと初対面の人に当たりがキツイでけで…」


 稲荷の言葉に対して「俺はむさくるしいのかよ…」と小声で呟く諏訪。

 安心しろ、お前は清潔感溢れる漢だ。と心の中でフォローしつつ、僕は会話を続ける。


 「う、うん。お姉ちゃん思いの素晴らしい人だと思うよ(棒)」

 「私がお茶を淹れてくるまだの間。うちの弟の話し相手になってくれませんか?」

 「よ、喜んで…」

 「おいお前。嫌な顔すんなよ」

 「耕斗!紙乃先輩は十傑第十位ですよ!」

 「それがどうしたって言うんですかッ!相手が誰だろうが僕は姉様の為に戦うぞッ!」


 いや僕は戦うつもりなんてこれっぽっちも…。


 しかしこの漢。物凄い覚悟だ。

 不屈のメンタルとはまさにこのことを指すのだろう。


 「それじゃあキッチンに行ってきます。耕斗。くれぐれも粗相がないようにしなさいね?」

 「はーい姉様!」


 耕斗が快活な返事をし、稲荷はキッチンへと向かった。

 今に残るは僕と諏訪、そして稲荷耕斗。


 「…」


 気まずい沈黙が場を包んでいた。


 「それで…?何の用だ?どうしてこの家にやってきた?」


 先に沈黙を破ったのは耕斗だ。

 何とも太々しい態度で頰を突き、品定めをするかのような視線で僕たちを睨んでいた。


 僕は碓氷課長のことを説明する。

 任務の終わり、正体不明の男に突然襲撃されたこと。

 僕を庇った碓氷が腹を貫かれたこと。

 回復術師を探していること。


 この家にやってきた理由を詳しく話す。


 僕が特課に指名手配されている理由は伏せておいた。


 僕の言葉を聞いた耕斗は驚き、目を見開いていた。


 「じゃ、じゃあ姉様が話したのか…!?お前達は秘密を聞いたのかッ!?」

 「秘密…?」


 どう言うことだ?

 この家に回復のエキスパートが暮らしているのではないのか…?

 まさかこの弟が…?


 「いや、その様子じゃまだ聞いてないんだな?」

 「うん。」

 「ふぅ。焦ったー。」


 は?

 焦った?

 どう言うことなんだ??


 「姉様はコイツらのことを信用するのか…?いやしかし…僕が反対したら姉様を否定することになってしまう…くそッ。どうすればッ…」


 何やらぶつぶつと呟いているが、僕は聞かないことにする。

 余計な詮索は命取り。

 だから深く突っ込むつもりはない。

 碓氷課長が再び目を覚ますのなら何でも良いのだ。


 「おい。お前…紙乃とか言ったな…?確か…妖怪嫌いのニ課だったはず…」

 「よく知ってるね」

 「フン。当たり前だ。お前は色々と話題になってるからな。」


 きっと良い噂ではないのだろう。


 「他の課テリトリーを無断で荒らす危険人物。要するに大馬鹿野郎って奴だな」


 耳が痛い…。


 「まぁお前の経歴なんて僕にとってはどうでもいい。そんなことより一つ約束しろ」

 「約束?」



 訝しそうに眉を顰める諏訪。

 僕も同じ表情をしているのだろうか?


 「あぁそうだ。これから姉様は途轍もない秘密をお前達に明かすことだろう。それを聞いても嫌悪しない。失望しない。害さない。そして秘密は誰にも漏らさない。…約束しろ」


 …


 正直意味がわからない。

 しかしこの弟が姉のことを思い遣っているのはしつこいほど分かった。


 こいつと揉めない為にも、稲荷の為にも、ここは約束するべきだろう。


 「分かった!」

 「じゃあ握手しろ」


 言われるがまま、僕は耕斗に手を差し出す。

 すると…。


 『誓約違反が確認された場合、以下の制裁が下される。【一週間掛けてお前の細胞は崩壊し、苦しみながら死を迎える】』


 次の瞬間、耕斗が言い終わるのと同時に、彼の手のひらから莫大な妖力が流れ込んできた。


 「はぁッ!?」


 慌てて手を引っ込めるがもう遅い。

 耕斗の妖力ば僕の全身を流れ、徐々に浸透していく。

 そんな感覚がした。


 「おいお前!紙乃に何しやがった?」


 諏訪が勢いよく立ち上がり、耕斗の胸ぐらに掴みかかる。

 しかし、耕斗は怯えるような素振りすら見せることなく、ただ平然としていた。


 「これは契約だ」

 「契約?」

 「そう。僕との約束を破った場合、紙乃は死ぬ。ただそれだけだ」 

 「何勝手にやってるんだよ!ペナルティが重すぎるだろッ」

 「バカか?約束を破らなければいい話だろう?今から姉様が話すことはそれほど重要なんだよ。分かったらさっさと手を離せ」

 「…」


 温厚な諏訪がブチギレるのは珍しいことだ。

 僕を心配してくれている?


 「どうする紙乃?」

 「離してやれよ。コイツの言う通り約束を破らなければいい話だろう」

 「………。お前がそう言うなら文句は言わねえ」


 諏訪は渋々手を離すが、相変わらず耕斗を睨んでいる。

 「ウチの紙乃に手を出したら承知しねえぞ!」そう言ってるのだろうか?


 「お前…思いの外利口だな。姉様に群がる男は全員バカだと思ってたが…当てが外れたらしい…」


 うん。

 言葉遣いさえ改善できれば姉思いの良いやつになるんだろうけどなぁ…。

 人間性に難あり。って感じか…。


 「よし。次はお前だ。」


 耕斗は諏訪を指差した。


 「は?俺もやるのか?」

 「当たり前だ。全員契約しないと意味ねえよ。良いからさっさと契約しろ!」

 

 諏訪は僕に目配せしてくる。

 大丈夫なのか?

 そう言っているみたいだ。


 「大丈夫なんじゃね?子供じゃあるまいしうっかり口を滑らせたりなんかしないだろ」

 「それもそうだが…。おい耕斗。一つ聞いていいか?」

 「なんだよ?」


 耕斗は面倒くさそうに返事をするが、一応聞く気はあるらしい。


 「お前の契約って…妖術の効力だよな…?」

 「ああそうだ」

 「『相伝妖術』か?」

 

 諏訪の質問に対し、耕斗は嫌そうな顔をする。


 『相伝妖術』それは代々伝わる遺伝的な妖術であり、術の質は他のものと一線を画す。

 なにせ遺伝するのだ。

 先祖が『相伝妖術』で新たな能力を引き出せば、それはそのまま遺伝として子に受け継がれる。

 言わば妖術の進化。


 故に『相伝妖術』は一族の歴史が長いほど強力な力を誇るようになるのだが…。

 

 問題は稲荷耕斗の妖術だ。

 ご存知の通り、稲荷家は古来から存在する名家。

 つまり、相手の妖術が『相伝妖術』だった場合、彼の言う『契約』はかなりの効果を発揮するだろう。


 「それ言わなきゃいけないのか?」


 陰陽師にとって妖術は生命線。

 能力を教えるということは自分の手札を曝け出す行為に等しいのだ。

 耕斗が嫌がるのも無理はない。


 「よく分からん妖術に命をかけるほど俺はバカじゃない。なぁ、これはちょっと不公平じゃないか?」


 確かにそうだけど…。

 頑固そうな耕斗が許可するだろうか…?


 「チッ…。仕方ねえな…」


 あれ?

 思いの外素直…?


 「『誓約妖術』は稲荷家の男に発現する『相伝妖術』だ。つまりお前の見立ては正しい。契約は強力で、違反しようものなら即制裁が下される。」


 うん。逃れられそうにないね…。


 「別に嫌なら強制はしないぞ。お前だけ席を外してもらうだけだからな」

 「いや…。俺も契約する。」


 諏訪はもう迷わなかった。

 稲荷達を信じることにしたのだ。


 だけどね…?


 心の準備をする間もなく契約させられた僕の身にもなってほしい。

 せめて契約する前に確認して欲しかった。


 「じゃあ俺と握手しろ」


 諏訪は耕斗に手を差し出す。

 その後、僕と同じような儀式を行ったのち、諏訪の体が淡く光った。

 なるほど、先ほど諏訪の目には僕が発光しているように見えたのか…。


 「これでお前達二人は稲荷家の秘密を聞く資格を得た。だが勘違いするなよ?認められたわけじゃない」

 「いちいち刺々しい奴だな…」

 「なぁ耕斗。」

 「なんだ?」


 おお。てっきり気安く名前で呼ぶなとブチギレられるのかと思っていたのだが、そんなことはないらしい。

 姉に関することに関してだけ過敏であり、他のことは割とどうでも良い。

 そんな感じの人間なのか…。


 「いな…、き、貴女様ってどうしてあんなに協力してくれるんだ?お人好し過ぎて心配になるんだけど…」

 「対価を求めてないと思ってるのか?」

 「え?」

 「自分にメリットがないのにわざわざそれほど仲良くもない人間を助かるわけがないだろ」


 確かにそうだよな…。

 自分を危険に晒してまで僕たちを助ける義理はないのだ。

 いくら純粋な稲荷であっても、彼女は仏じゃない。

 これから稲荷には何かしらの対価を要求されるのだろうか? 

 

 「勘違いするなよ…」


 耕斗は小さい声でそう呟いた。

 危うく聞き逃しそうになる。


 「え?」

 「姉様の欲しい対価は『金』とか『力』とかそんなくだらないものなんかじゃねえって言ってるんだ」

 

 金でも無ければ力でもない? 

 名声と言った類には興味がないのか…?

 だったら稲荷は何が欲しいのだろう?


 「愚かな人間とは別の次元に存在する崇高なる姉様様が欲するものはただ一つ!」


 ゴクリ…。

 僕と諏訪は同時に息を呑んだ。


 「それは…心の許せる友だ!」

 「…つまり友達ってことか…?」

 「そうだ。姉様はお前達を助ける見返りとしてお前ら二人と友達になりたいと思っているんだ!」

 「な、なるほど…」


 思ったような見返りではなく、僕は唖然としていた。

 確かに望むものは人それぞれなのだが…。


 「しかし本当にコイツらで良いのだろうか…?僕が姉様の大親友になりたいところだが、生憎僕は弟という称号を持っている…。友達の上位互換的な存在だからな…。クソッ…不甲斐ないぜ…」


 なにやらボソボソとおかしなことをくちばしっているが僕は気にしないようにする。


 しかしなぁ…。


 「もう既に、稲荷とは友達になれたと思ってたんだけど…違ったのかなぁ…」


 絶体絶命のところを救い出してくれて、周りの声を気にせず僕の必死の訴えを信じてくれた稲荷。

 てっきり友達だと思っていたのだが…稲荷にとっては違ったのか…?


 うーん。やっぱり友達の定義って難しいな…。

 何をもって友達と呼べば良いのか…。

 稲荷にとって僕と諏訪は友達なのか…?

 よくわからない…。


 「おい、紙乃。そんなに深く考えなくて良いんだぞ。俺とお前は初めて一緒に飯を食った時から友達だぜ」

 「確かに友達の定義は人それぞれだ。僕が姉様の崇高なる判断に口を出すつもりはないが…。これぐらいなら許してくれるはず…」

 「お、おい何をする気だ…?」

 

 再び耕斗に対して警戒し出す諏訪。

 調子を崩してくるタイプが苦手なのか、諏訪は身構えていた。

 

 「お前達が姉様の友となるに当たって相応しい人物なのか確かめてやる!僕の質問に答えられたなら特別に許してやろう!」


 質問だとッ?


 「お、おい、まだやるって一言も…」

 「第一問!」

 

 聞く耳すら持たず、耕斗は諏訪を押し退け喋りだす。

 短い付き合いだが耕斗の性格が段々と分かってきた気がする。

 コイツは一度暴走したら気が済むまで止まらないのだ。


 「姉様の大好物はなんだ?」

 「えーっと…。焼肉とかか?」

 「違えよバカか?姉様は最近体重を気にしてるんだッ!そんなカロリーの多いものなんて食えるわけがないだろうッ!」


 焼肉って…。

 それは諏訪の好物だろ…。


 諏訪は答えを外し、次は僕の番となった。


 「答えろ。姉様の好物はなんだ?」


 稲荷の好物…?

 

 嗜好は人それぞれ。しかも稲荷とは最近知り合ったばかり。


 分かるわけがなかった。


 えぇい!こうなったらダメ元で答えてやる。


 「桜餅…とか?」


 違う、これは僕の好物だ。

 間違えて僕が好きな食べ物を答えてしまったではないか…。


 「違えよバカか?」


 でしょうね。


 「姉様はなぁ、幼い頃餅を喉につっかえて救急搬送されたんだ!トラウマのある食べ物が好物なわけないだろッ!」

 「いや、桜餅ってどっちかと言うとあんこのほうが多いから喉は詰まらないと思うけど…」

 「黙れッ!名前から連想しちゃうだろうがッ!それにな、姉様は体重を気にしてると言っただろうッ!見るからな太りそうな和菓子が好物なわけないだろうがッ!」

  

 ガッシャーン!!


 ん?

 ガラスでも割れたのだろうか…?


 僕達は音の下方へと一斉に視線を送る。

 すると…。


 「うわああああああッ!やめて耕斗!これ以上喋らないでよッ!」

 「ね、姉様!?いつからそこに!?」


 涙目で顔を恥ずかしそうに赤らめた稲荷が乱入してきた!

 いや、恥ずかしいから赤らめているのだろうか…?それとも激昂している…?


 「さっきの騒音は…?」

 「お茶を淹れた陶器でも割ったんだろ」


 激昂している稲荷をよそに、諏訪が耳打ちしてくる。

 なるほどそういうことだったのか。


 「あんたが『第一問!』とか言い始めたタイミングだよッ!恥ずかしくて入る機会逃しちゃったじゃん!」


 つまり全部聞いていたと…。


 あーっと、耕斗くん。顔が青ざめています。

 これは面白い。

 やはり耕斗は姉に弱い。

 逆らえない主従関係がそこにあるのだ。


 「ぶっ殺してやる!」

 「姉様!部外者の前ではしたないです!」

 「誰のせいだと思ってるのよぉぉぉぉぉ!」


 なんだこれ。

 僕達はコントを見せつけられているのか…?


 そうこうしている間に碓氷は…。


 ま、いっか。

 面白いしもうちょっと見てよ。


 稲荷が耕斗を蹴り飛ばし、耕斗は満更でもなさそうな顔で受け身を取り、それを見た稲荷がさらに激昂する。


 エンドレス。


 稲荷の意外な一面を見れた気がする。

 これも友達になる第一歩というわけか…。


 しかし、喧嘩しすぎじゃないのか…?

 見た感じ耕斗は頑丈そうだが人間には耐久力ってものがある。


 そろそろ止めたほうが…。


 「な、なぁ稲荷!結局、稲荷の好きな食べ物ってなんだったんだ…?」

 

 我ながらナイスフォローだと思う。

 先ほどの話題から逸れ過ぎず、それでいて稲荷の逆鱗に触れないような話題。

 これこそ僕の導き出したベストアンサー!完璧だ。


 「お、おいッ!姉様は今僕を蹴ることに夢中なんだよ!邪魔すんなッ!」

 「お前は黙って!」


 耕斗を一括し、黙らせる稲荷。

 彼女は少しばかり困惑していたが、少しだけ溜飲が下がったみたいだ。

 

 「す、好きな食べ物ですか…?突然ですけど…どうして?」

 「ほ、ほら。仲を深める為にはお互いの嗜好を知っておくべきかなって思って…」

 「そうなんですね!」


 僕の提案を聞いた稲荷は嬉しそうにしていた。

 やはり彼女は純粋だ。


 「油揚げです!油揚げが大好きです!」

 「え…油揚げ…?」

 「ど、どうしたんですか?なんで困惑しているんですか…?」

 「だって油揚げって脂質の塊だから太r…」

 「うわああああああああッ!!!なんでそんなこと言うんですかぁぁぁぁぁッ!!」

 「ちょ、ごめんごめんごめんごめん!!痛いから殴らないでッ!耕斗が悪いんだ!耕斗が『姉様はカロリーを気にしてる!』とか散々言ってたからてっきりヘルシーな野菜とかが好みかと思ってたのよ!ホントに悪気はなかったんだッ!」

 「うわあああああああん!だから私は太ってないッ!お前らマジで全員ぶっ殺してやる!」

 「耕斗ッ!なんとかしろ耕斗ッ!紙乃が胸倉をつかまれてるッ!」

 「なんでだよッ!あそこにいるべき人間は紙乃じゃない!この僕なのにッ!」

 

 あ。や、やばい…。

 稲荷が手を振り上げた…!?


 あの稲荷が!?健気で純粋無垢なあの稲荷がッ!?


 あ、死んだ…。


 パァン!


 激高した稲荷に僕は思いっきりビンタされる。


 次の瞬間、僕は後方へと吹き飛んでいたのだった。

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