第12話「そうだ、京都行こう」
「この度は私めを助けてくださりまことにありがとうございました…このご恩は忘れません。一生かけて報いようと思います末…なにぞとよろしくお願いいたします」
かしこまって頭を下げた。
僕を嵌めた得体のしれない敵に目を付けられ、巻き添えになる可能性だってあるのだ。
それを考慮した上でも二人と一匹は僕の為に力を貸してくれた。
どうして僕は今まで誰も頼ろうとはしなかったんだろうか…?
思い返せばバカなことだ。
一人で生きていけるわけがないのに…。
「え、えへへ。そ、そんなにかしこまらなくていいよ…先輩、無事でよかったです!」
「えへへ…」
ちょっとまて。
諏訪が「えへへ」というのは流石に違和感がある。
なんかキモい。
でも恩人に対してそんなこと口が裂けてもいけなかった。
僕も空気が読めるようになったのだ。
「それで…これからどうするんだ…?」
そう。
これから僕はどうすれば良いんだろう?
辺りは深い森の中であり、周囲に人の気配は一切ない。
ここで一度話し合いをするべきだろう。
「先輩。取り敢えず状況を整理しませんか?」
「そうだな。何があったか詳しく話すよ」
稲荷も詳しい状況を理解できていないのだろう。
だったらここは懇切丁寧に説明する必要がありそうだ。
彼女は恩人だしね。
そこから僕は、今までことをもう一度整理することにした。
僕と碓氷課長が名指しで任務に指名。
現場に赴いたが妖怪は大したことなく、違和感を抱いた。
碓氷は二課の課長なのだ。
それ相応の実力を誇るし、僕だって特務事象対策課の十傑だ。
かなりオーバースペックとみていいだろう。
そして違和感は見事に的中した。
任務を終えて帰ろうとした瞬間。
不意に刺客が現れた。
奴は整合評議会の一族である藤原家の『相伝妖術』を使い、碓氷課長を殺害しようとした。
その結果彼女は腹部に大きな穴をあけ、死の淵をさまようこととなる。
今は僕が『虚無空間』内に隔離し時間の進行を止めていることで生命維持を図っているが、無限にできるわけじゃない。
妖力には限りがあるし、いずれ限界は来るのだ。
「だいたいこんな状況だな…」
今一番したいのは碓氷課長の蘇生だ。
僕の大切な幼馴染が復活するだけでなく、僕が課長を殺していないことも証明することができる。冤罪も晴らすことができる。
つまりは一石二鳥なのだ。
だけど…。
「僕は課長を治療したい…。でも…」
「まぁ無理だろうな……」
諏訪ははっきりとそう言い切った。
そんなこと僕にもわかっている。
腹に穴が開いているんだぞ…?
そもそも欠損部位まで再生させる妖術なんて聞いたことすらない。
妖術とはいわば呪いの力だ。
人を害する力に莫大な聖のエネルギーなんて出力できるはずがない。
できるのはせいぜい掠り傷を治す程度。
これじゃあ碓氷課長を治すことすらできない。
ここで詰みだ。
僕は碓氷課長を治療することができず、いずれか僕は妖力切れを起こす。
そうなれば彼女は『虚無空間』からはじき出され死を迎える。
僕は自分の冤罪を晴らすことが一層困難になる。
そして何より大切な幼馴染を失ってしまう。
クソ…一体どうすれば…。
「先輩…優秀な治癒妖術の使い手…心当たりがあります…」
「え…?」
意を決したような稲荷の視線。
落ち込む僕をとらえていた。
「それ本当かッ!?」
思わず稲荷を揺さぶってしまった。
治癒妖術を扱える陰陽師に心当たりがあるのか!?
僕は咄嗟に諏訪のほうへと視線を送る。
諏訪は首を横に振った。
「俺にはわからない」そう言っている。
しかし、僕や諏訪にコネがなくとも、稲荷にはあるらしい。
感謝してもしきれない…。
「だけど…欠損部位まで治療できる陰陽師なんて聞いたことがないぜ…?そんな奴がいたら真っ先に国が保護するんじゃねぇか…?」
諏訪の言う通りである。
治癒の力を持つ妖術はかなり希少だが、それでも一応この世界には存在する。
しかし、欠損部位まで再生するのは不可能だ。
やってることは神の奇跡に等しい超技術。
そんな稀有な人材が存在するなら国が野放しにするはずもなく…。
国家総出で保護するはずだ。
我が国、日本連邦の最終兵器として扱われてもおかしくない力だ。
あくまでも存在すれば…の話だが…。
「行くのか紙乃?」
諏訪は半信半疑だが僕の心はすでに決まっていた。
稲荷は僕を信じてくれたのだ。
ならば僕も彼女の言葉を信じる。
それが筋というもの。
「当たり前だろ諏訪。頼りにしてるぜ稲荷!」
僕の言葉を聞いた稲荷は、嬉しそうな、それでいて少し複雑そうな表情をしていたのだった…。
「ところでどこに行けばいいんだ?」
「京都です!」
「京都かよ!ここ駿府のド田舎だぜ?」
「そういえば諏訪たちはどうやってここに来たんだ?」
「組織の車借りてきた」
なるほど。新幹線で来たわけじゃないのか…。
「じゃあその車使って京都まで行こうぜ。新幹線は監視されてそうだし高速使ったほうが安全だと思う」
別行動とかしたほうがいいのだろうか?
僕が諏訪たちと一緒にいてはいろいろとまずい気がする。
正体不明の刺客に狙われる可能性だってあるのだし、僕と同様に冤罪を着せられる可能性だってある…。
本当にこれでいいのか…?
「なに悩んでんのか大体予想はつくが大丈夫だ!その覚悟でお前を助けるつもりだったからな!友達だし!」
「そうですよ先輩!任務をともにした仲じゃないですか!」
「お、お前ら…」
ジーンとした。
すっごく心があったかくなった。
「そもそも組織の奴らに見つからなきゃいい話だもんな。隠密に行こうぜ」
「そうですね!」
かくして僕は信用に値する仲間を手に入れた。
目指すは京都だ!
「ワン!」
いつの間にか僕の隣に巨大な犬が鎮座していた。
あの時助けた犬の妖怪…。
そして今日、今度は僕が助けられた。
「お礼してほしいんじゃないか?」
「そうだな!ありがとう!」
妖怪に対して感謝の気持ちを述べるのは、今回が最初で最後になることだろう。
僕は妖怪が嫌いで憎い。
それは今でも変わらない。
でも、この犬は別だ。
僕のことを助けてくれた。
誰も傷つけていない。
良い奴なのだ。
こいつは良い妖怪なのだ。
以前の僕だったら決して信じなかっただろう。
しかし、実際に自分の目で幾度も見てきた。
僕だって馬鹿じゃない。
目の前の事実を受け入れないほど愚かではない。
こいつだけは祓わないと心に決めた。
他の二課の連中が襲おうとしても僕は身を挺して守るつもりだ。
僕は恩を仇で返したりなんかしないのさ。
「「「「「ワン!」」」」」
数々の犬の魂が融合し一つの狼となった妖怪。
うれしそうな吠え声が幾つも聞こえてきた。
「こいつらに名前ってあるのか?」
「ないですよ?名前付けたいんですか?」
「助けてくれたワンちゃんに毎回『こいつ』って言うのもなんか嫌だしなぁ…」
「そうですね!名前があったほうがいいですよね!」
僕の提案に稲荷は嬉しそうにしていた。
「先輩が決めていいですよ!」
どうしよう。
ここは僕のセンスが問われる場面だ…。
「太郎ってのはどうだ?いや…こいつは白いから…シロ…?うーんなんかしっくりこないんだよなぁ」
太郎…。シロ…。シロ…。太郎…。
次の瞬間、僕は全身が雷に打たれたかのような衝撃を味わった。
天啓ッ!
閃いた…閃いてしまった…!
「シロ太郎!シロ太郎にしよう!!」
…
え?
コイツ正気か?っていう視線を向けられている気がするんだけど気のせいだよね…?
「いいじゃねぇか!カッコイイ名前だ!」
どうやら諏訪のセンスも僕と同レベルらしい。
「まぁよくよく考えてみたら可愛いですし…良いんじゃないですか?シロ太郎…しっくり来ますね!」
よし。稲荷も許可してくれた。
「今日からお前はシロ太郎だ!」
僕がそう言った次の瞬間。
「「「「ワン!」」」」
シロ太郎が僕に襲い掛かってきた!
スライムのような白い粘液が僕の全身を包み、僕はシロ太郎の体内に取り込まれる。
普段の僕なら焦るだろうが今は違う。
これはじゃれているのだ。一種の愛情表現なのだ!
現に、シロ太郎の感情が僕の脳内に流れ込んできているが、悪感情一つない綺麗な感情だった。
無邪気な犬が何十匹も戯れているだけなのだ。
シロ太郎は普通の犬と何ら変わりないただの犬なのだ!
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「先輩って十傑の人なんですか?」
助手席に座る稲荷はそういった。
現在僕たちは京都を目指し、深夜の高速道路でミニバンを走らせていた。
後部座席を占領しているのは諏訪。
ハムスターほどの大きさに収縮しているシロ太郎は、ダッシュボードの上で丸くなっていた。
運転はもちろんこの僕だ。
「そうだよ。僕は十位なんだ」
十傑。
それはこの世界に存在する陰陽師、上位十名に対して与えられる称号。
十傑第十位『カミシデの陰陽師』。
それが僕の名前だ。
「そうだったんですね…十傑の人と会うことができるなんて…」
稲荷は感激しているようだった。
僕としても悪い気分はしない。
「って言っても、僕は十傑の中じゃ一番弱いんだけどね」
「それでもすごいですよッ!この世界で十番目に強い陰陽師なんですから!十傑ってどうやったらなれるんですか?」
「…稲荷は十傑になりたいのか?」
「単純に疑問に思っただけです」
十傑になる方法か…。
「十傑の人を倒したらそいつの位を奪うことができるよ」
「そ、それじゃあ先輩は倒したんですか?十傑を!?」
「うん。僕の叔父が第十位だったんだ。僕が二代目『カミシデの陰陽師』の称号を譲り受けたってわけ」
「ふぅん…すごい話ですね…」
僕が十傑のメンバーと戦ったのは叔父との一戦だけである。
他のメンバーを顔合わせをする機会は皆無に等しい上、僕らは何かと忙しい。
戦う機会がそもそもないのだ。
だから僕も彼らの戦力を詳しくは知らない。
しかし僕が戦っても少しは良い勝負ができるのではないか…。
ひそかにそう思っていた。
「紙乃先輩って剣を何本も使って戦うスタイルなんですよね?」
「そうだよ」
「それってどんな流派ですか?」
知りたがりな奴だな…。
陰陽師の世界において余計な詮索は命とりだと知らないのだろうか?
いや彼女は純粋すぎるのだ。きっと知らないのだろう。
「あんまそういうの聞かないほうがいいよ」
「あッ…ご、ごめんなさい…」
あッ。しょんぼりしちゃった…。
不味い。純粋無垢な少女を僕は落ち込ませてしまったのだ…。
これはよくない。
非常によくない。
「僕の流派はちょっと特殊なんだ」
「話してくれるんですか…?」
「稲荷ならほかの人に言いふらしたりはしないだろうし。僕は信用してるから」
「し、信用…!!」
稲荷は始終ニヤニヤしていた。
なんか面白いな…。
「僕が扱う剣術は七本の刀を同時に扱うものなんだ。その名も『神使神楽七刀流』」
「聞いたことない流派ですね…」
「そもそも、この剣術を扱える人間が少ないからね」
腕が七本ある化け物、もしくは僕のような『紙垂妖術』の使い手でもない限り『神使神楽七刀流』を使いこなすことはできない。
だって剣を七本同時に扱うんだぜ?
マイナーな流派であるのは当たり前のことなのだ。
「主な戦い方としては、投擲かな」
「投擲…?投げちゃうんですか…?」
「うん。剣術にしてはかなり異質な流派だよね。一応斬る型もあるけど、基本は剣を投げるんだ」
口で説明するのも限界がある。
僕たちの剣術はかなり奇抜なため実際に見てもらわない限り理解することはできないだろう。
「今度時間があったら見せてあげるよ。舞を踊ってるみたいだって評判なんだ」
「ぜひお願いします!楽しみです!」
なるほど。これが異性との会話というものなのか…。
不満があるわけじゃないが、この短い人生の中で話したことのある異性は碓氷しかいない。
稲荷と話すというのは僕にとって非常に貴重な経験であった。
「そろそろ寝たほうがいいんじゃないか?」
「えぇ…でも先輩に申し訳ないですし…」
「何言ってんだ。こんだけ協力してもらってるんだし、稲荷も少しは威張っていいんだよ?」
「威張る?」
「そう。お前に協力してやってんだから肩を揉め!とか言ってくれても構わないし」
「そ、そんなこと言いませんよ!困ったときはお互い様です!」
「お前って滅茶苦茶いいやつだよね…」
なんだろう…。
正直言って僕にはまぶしすぎる存在だ。
「え、えへへぇ…そうですかぁ?」
照れてる。
僕の誉め言葉に照れているのか。
ちょっとからかってやろ。
「本当に稲荷って良い後輩だよね!思いやりの心があるし、美人だし、スタイルいいし!」
しまった。
流石に気持ち悪いだろうか…?知り合ったばかりの異性に「美人ですね、スタイルいいですね!」と言われて素直にうれしくなる女はいないはずだ。
第一に「なんだこいつ気持ちワルッ!」とドン引きすることだろう。
クソッ…。
会話経験が少ないせいで僕の会話デッキがクソ雑魚いという弊害が出てしまったではないか…。
大丈夫かな…?
気持ち悪いって思われてないかな…?
一瞬、不安になる僕であったが…。
「い、いい加減にしてください!そんなに褒めても何も出てきませんよ!」
うん。
大丈夫そうだ。
純粋無垢な稲荷はただ単に恥ずかしがっているだけだった。
「お言葉に甘えて私は寝ます!運転気を付けてくださいよ!」
「安心しろ。僕は晩年ゴールド免許だ」
なぜ僕がゴールド免許なのか。
それは車を運転する機会が一切ないからなのだ。
つまり、僕はペーパードライバーなのだ。
久しぶりの運転、普通に事故りそうで怖かったが我慢した。
これだけ助けてもらって運転しないわけにはいかないじゃないか…。
後部座席でぐーすか寝るわけにはいかないじゃないか…。
だから僕は京都まで運転しなければならない。
大丈夫…。気を付けていれば事故なんかには合わないはずだ…。
多分…。




