第11話「瞬間跳躍妖術」
「本当に大丈夫かな…。」
取り敢えず稲荷は僕に協力してくれることになった。
僕は簡潔に状況を説明し、とりあえずはここから救出してほしいと懇願した。
方法を考えとくから無線を切るね。バッテリー勿体ないし!思いついたらもう一度連絡するね!
的なことを一方的に言われ、一方的に通話を切られ、
約一時間後、何やら興奮した様子の諏訪から再度連絡がきた。
「救い出す方法を思いついた!これなら完璧にいけるぞ!そこで待ってろ。もう少しの辛抱だ!」
とかなんとか言われた。
それからまたもや時間が飛んで…。
「おそいなぁ…」
既にかれこれ三時間が経過している。
そろそろだろうか…?
僕は生きて帰れるのだろうか?
外に出れたら次は課長を何とかしなければ。
でもどうするのが良いんだろう?
病院…。
いや…行ったところでどうにかなるわけではないだろう。
課長の腹には10㎝程の穴が開いているのだ。
22世紀の医学をもってしても無理だろう…。
知り合いの陰陽師を片っ端からあたって優秀な回復妖術の使い手を探すべきだろうか?
いや…そもそも僕に知り合いなんていない…。
探す時間すらあまりない上、欠損部位を再生させる妖術なんて聞いたことがない。
そもそもこの世界にそんな妖術は存在しないだろう。
存在しているのなら、陰陽師を定年退職した者は皆五体満足のはずだ。
生き残った歴戦の退職者達すら体のどこかを失っているのだから期待するだけ無駄だろう…。
やはり病院に行くべきなのか…。
課長とは幼馴染…。
絶対に死んでほしくない。
もしこのまま戻らなかったら…。
どうなるか分からないが僕はショックで立ち直れないかもしれない。
「…いやそれはないか…」
僕は陰陽師だ。
数日は落ち込むだろうがそれでもまた立ち上がり、何事もなかったかのように妖怪を祓うのだろう。
碓氷課長も分かってくれるに違いない。
数か月に一回は花を手向けに行くのだろう。
半ばあきらめモードになっていたその時。
無線機が電波を受信した。
「よお!調子はどうだ?」
なんだかテンションが高い諏訪。
いや、いつも通りだろうか?
「埃っぽくて苦しいよぉ…」
嘘だ。
僕には最高強度を誇る結界術がある。
僕の周囲を囲うようにして展開されている『虚鍔御剣』の『虚無結界』
『虚無結界』は『虚無空間』で構成されており『虚無空間』内は僕の妖力が許す範囲で何でも収納することができる。
ゆえに、僕は酸欠による窒息死を免れ、落盤による窒息も免れた。
妖力がある限り僕は死なない。
無敵なのさ。
それにしても随分とややこしい説明文だったな…。
「安心しろ!今からお前を救出してやる!」
「本当か!?」
本当に生きてここから出れるのかッ!?
正直諦めていた。
別に稲荷と諏訪を信用していなかったわけではない。
だがここは地下何百メートルも下なのだ。
『地面に埋もれている人間を掘り起こす妖術』とかいうピンポイントに作用する能力があれば話は別だが、そんなに都合良い妖術なんてこの世界にあるはずがない。
だから期待はしていなかった。
それこそ過度に期待しすぎるのは良くないと思った。
期待したけど結局助からず、死ぬ間際に諏訪と稲荷を恨めしく思うなんてことはしたくない。
だから半ばあきらめていた。
だけど…。
助かるのか…?
「いいか紙乃。よく聞け?」
「お、おう」
いつにもまして真剣な諏訪。
そんな態度で言われてしまっては僕も真面目に聞くしかないだろう。
「いまからお前を助ける」
「ありがとうございます!」
「方法は稲荷が思いついた。正直心配だが上手くいくだろう」
「ほう…」
まさかたった数時間で方法を見つけるとは…。
今まで稲荷は自分のことをエリート陰陽師と自称していたが本当のことだったのか…。
今度、疑ってごめんって謝っとこ。
「あのな言いずらいんだが…。今からお前の救出に妖怪を使う」
「妖怪!?」
「そうだ。だから…何か変なことが起こっても…絶対に絶対に絶対に祓うなよ?」
僕もバカじゃない。
確かに僕は妖怪が大嫌いだが、こんな状況にまで陥って自分の意思を貫こうとするほど僕は愚かじゃない。
僕だって人間。
死にたくはないのだ。
「分かった。約束する」
「そうだよなぁ…やっぱりお前は妖怪が嫌いだもんなぁ…。…え?いまなんて?」
僕が素直に了承するとは思ってもいなかったのだろうか?
「その妖怪とやらが僕を助けてくれるんだろ?祓おうとするなんて恩知らずも甚だしいじゃないか」
「そ、そうか…。お前変わったんだな…。少しは融通が利くようになったっていうか…」
僕は変わってしまったのだろうか…?
いや…僕は今までもこれからも妖怪が憎い。
それは間違いないけど…。
「僕に利益をもたらしてくれる妖怪なら大歓迎さ」
少なくとも、少しは柔軟な思考ができるようになったのかもしれないな…。
と言っても無条件に救いの手を差し伸べる稲荷のようには振舞えない。
あくまでも利益。
それだけの話だ。
「先輩!それじゃあ始めますよ!」
「おう。…ところで、僕はどうすれば良い?」
「そこでじっとしていてください!見つけ出します」
「なるほど。僕を見つけたら諏訪が僕のところに瞬間移動して救い出してくれる…って算段か」
「まぁそうだな。あと少しの辛抱だ」
そう言われてしまったらここで大人しく待つほかない。
手持ち無沙汰だなぁ…。
…
…
…
「なぁ大丈夫か…?」
数十分が経過した。
「ちょっと待ってろ。まだ30秒しか経過してないぞ。」
かと思いきやまだ30秒しか経っていなかった。
やはり暗闇と孤独は時間感覚を狂わせるのだろうか…?
僕が暗闇恐怖症と閉所恐怖症であったら間違いなく発狂していたことだろう。
そろそろ全身が痛くなってきた。
圧死しないよう無理な体勢で数時間も耐えているのだ。
ヤバい…攣りそう…。
「ぐぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?」
「だ、大丈夫ですかッ!?先輩ッ!?」
「おい紙乃!?耐えられないのか!?」
ふくらはぎ攣ったんだけどッ…。
い、痛い…。けど伸びができないし体もほぐせない…。
足攣っただけでこんな激痛が走るものなのか…?
体勢を変えられないせいで痛みがなかなか緩和しない…。
それどころか…。強くなってる…?
「がぁぁぁァァッ!?」
「お、押しつぶされそうなんだなッ!?今にも死にそうなんだなッ!?駄目だ紙乃!もう少しの辛抱なんだ!耐えてくれッ!!」
「せ、先輩!こんなところで死んじゃダメです!冤罪だって晴らせてないんですし、まだ死なないでくださいッ!」
焦る諏訪に涙声の稲荷。
今の僕には返答する余裕すらなかった。
おかしいッ…陰陽師であるこの僕が足を攣るという痛みだけでこんなに悶えるのかッ…!?
痛覚を無効化する方法…妖力を用いて感覚神経を麻痺させる…集中しろ紙乃…。
「駄目…だ…。痛すぎ…る…し…ぬ…」
う、嘘だろ…。僕、こんなところでくたばっちまうのか…?
「か、紙乃ぉぉッ!駄目だッ!死ぬなッ!お前は俺の命の恩人なんだッ!あの時助けてくれなきゃ今の俺はない!お礼だってしてないのに…紙乃ッ!もう少しなんだ!頼む頑張ってくれ!お前だけが唯一の友達なんだよッ!」
「し、死なないでください…そんなの嫌です…」
諏訪は叫び稲荷は大号泣していた。
正直言ってまさかこんなに泣かれるとは思ってもいなかった。
今更足を攣って発狂していただけです…なんて言えるはずもない…。
ていうかあっけにとられていたら足も治ってしまった。
まだ少し痛いが…。
僕は良い仲間を持ったのかもしれないな…。
なんだか、目頭が熱くなる。
これは涙じゃない。ただの汗だ。
断じて泣いているわけではないのだ。
目を瞑り流れ出てきた目の汗を僕は引っ込めようとする。
それにしても稲荷たちはどうやって僕を見つけるつもりなのだろうか…?
諏訪は妖怪に手伝ってもらうって言っていたな…?
それにしてもどうやって…?
まぁ良い…。
こいつらは僕の為に涙を流してくれたのだ。
それならば僕も彼らのことを信用しなければならない。
それが仁義っていうもんだろう。
やれやれ…僕もついにボッチを卒業したってわけなんだな…。
去らばだ孤独な紙乃よ。
これからは何でも一人で片付けようとはせず人に頼って生きてくのだ!
そう思いつつ僕は徐に目を開けた。
犬の顔があった。
「は…?…え?」
い、犬…?
暗くてよく見えないが確かに犬だ…。
天上から犬の顔が生えてきている。
え…なんで…?
次の瞬間、四方八方の壁から犬が愛くるしい動作で生えてきたではないか!
西洋犬から日本犬まで様々な種類の犬が顔をのぞかせ、僕の周りを囲んでいる。
なんだこれは…天国なのか…?
いやおかしいだろ!こんなのが天国であってたまるか!
舌を垂らし「ハッハッ」と息をしている犬。
この光景どこかで見たことがあるような…。
あ…。思い出した…。
こいつら、稲荷が保護したあの時の妖怪じゃないか!!
「ワン!」
無線機から犬の鳴き声が聞こえてきたと同時に…。
「諏訪さん!合図です!あの子たちが紙乃さんを見つけたみたいです!」
「よしッ、場所がわかったぞ!紙乃!聞こえるか?少しの間二人分の空間を作れるか?」
「だ、大丈夫だ…」
今にも死にそうな声で返答してみた。
「い、生きてるんだな…よかった…今すぐそっちにいくぜ」
「な、何とか広げたぜ…頼む苦しいんだ…た、すけ…て…」
「か、紙乃ッ!」
「紙乃先輩ッ!」
「おい犬の妖怪さんよ!紙乃の場所を教えてくれ!」
「ワン!」
そんな会話が聞こえてきたかと思いきや…。
次の瞬間、奴は突然現れた。
力士のような体格にマゲという髪型の男。
彼の名前は諏訪 太助。
整合評議会の評議員として陰陽師界を支配する諏訪家の跡取りであり、相伝妖術『瞬間跳躍妖術』の使い手にして僕の同僚。
そしてなによりも大切なのは、彼は頼れる友達だということ。
コイツが誰であろうと、僕の友達であるならば、他の肩書なんてどうでも良いのだ。
「助けに来たぜ紙乃!」
「せ、狭い…」
「なんだよ、文句か?」
「いや…マジでありがとう。助かった…」
コイツがいなかったら僕はこのまま化石と化していただろう。
稲荷にも感謝している。
感謝してもしきれないほどに…。
諏訪が僕を信じてくれなければ僕は一生このままだった。
稲荷が困っている人間に手を差し伸べる性格ではなかったら僕は脱出できなかった。
「命の恩人…。」
「なに言ってんだ。これで終わったわけじゃないんだぞ。次はお前の冤罪を晴らさないとだな!」
諏訪は素っ気ない口ぶりであったが、なんだか嬉しそうだった。
僕もうれしかった。
諏訪は僕の襟を掴むとそのまま妖術を発動し…。
次の瞬間、僕はパイプの中に吸い込まれるような感覚に襲われた。
奴の能力は瞬間移動。
自信の妖力を付与した場所にテレポートすることができる能力。
恐らくこの犬の幽霊たちが諏訪の妖力を僕の埋まっている元へと運んできたのだろう。
どうやって地面にもぐりこんだんだ…?
と思ったがすぐに答えは見つかった。
こいつらはドロドロの白い液体に溶けることができるんだった。
まさに自由自在の犬妖怪。
分子レベルにまで細かくなることも可能なのだろう。
でなきゃ地下深くまで潜れないだろうし…。
などと考えていると、僕は芝生の上に寝ころんでいた。
肺一杯一杯に新鮮な空気を吸い込む。
僕は帰って来たのだ。
愛しい地上の世界へと…。




