第10話「信頼とお人好し」
「どうして僕が指名手配犯になるんだッ!意味が分かんねぇよッ!」
発狂することで少しは心を落ち着かせることができた。
クソ。無駄に酸素を使ってしまったではないか…。
「あぁ…この先どうしようかな…」
因みに陰陽師の世界で指名手配されるというのは結構重大な事件を犯した犯罪人として扱われる。
妖術を用いて人を殺す。
当然のこと加害者は死刑だ。
このまま特異事象対策課にのこのこと帰宅すれば間違いなく処刑されるわけで…。
はぁ…これからどうしようか…。
先ほどは勢いに任せて諏訪の無線を切ってしまったが、思い返してみれば結構まずい行動だったかもしれない。
弁明もなしに通話を切断…。
自ら黒ですと自白しているようなものではないか…。
いやね。逆探知されそうだし無線機を使ったことが原因で僕の居場所がバレるのは何としてでも避けたかったのよ。
まぁ敵に不意打ちされたってことは、既に僕たちを嵌めようとしている連中にバレていると思うんだけどね。
「やっぱり、ちゃんと諏訪には説明しないと…」
ついさっき仲間を信用してみようと決心したのではなかったのか?
僕は決して人間不信ではないが、幼いころから一人で過ごす時間が多かったため、他人の助けを借りるという発想にはなかなか至らなかったのだ。
まぁ僕の学生時代、叔父と碓氷以外の人間と交友関係を持つことなんてまずなかったのだから、陰キャになるのは当たり前っちゃ当たり前である。
根は陰キャじゃないんだけどね…。
「もう一度連絡してみよう…。もしかしたら誤解だってことを説明できるかもしれないし…」
取り出した乾電池をもう一度無線機の中に入れ、僕は諏訪に対してもう一度連絡してみる。
数秒後…。
「おい紙乃!どういうことなのか説明しろッ!」
声を荒げるように、諏訪はそんなことを言ってきた。
「お、落ち着けって!僕は課長を殺してない!嵌められたんだ!」
「嵌められた?いったい誰に?お前…誰かの恨みを買うようなことしたのか?」
心当たりはない…はず…。
「うん…多分大丈夫なはず…」
「なんでそんなに自身がないんだよ…まぁお前の性格からして知らない間に恨みを買っていてもおかしくはないけど…」
失礼な野郎だな…。
「なぁ紙乃…。正直に答えてほしいんだが…お前は本当に課長のことを殺していないんだな…?」
「ああ。誓って殺してない!」
数秒間、諏訪は沈黙を貫いていた。
「はぁ…とりあえずはお前を信じるよ。上層部の言っていることはよくわからねぇし…」
「えッ!?僕のことを信じてくれるの…?」
意外だった。
それと同時に少しだけ胸が熱くなった。
ほんの少しだけだが…。
「当たり前だ。お前とは飯を食うよしみ。それになにより友達だろ。よくわからん評議会の連中よりもお前の言っていることを信用するに決まってるだろ。お前があれだけ親しくしていた課長を殺めたとは思えないし…」
「諏訪と僕は友達だったのか!」
友達の定義とは何なのか…。
思春期の人間なら誰もが一度は悩むようなことだが…。
大人になった僕でも未だに不安になる。
「何言ってんだよ。仲間が死んじまって辛いのはわかる…。一応これで課長のことは尊敬してたんだ…辛いことがあったら俺に話せよ」
「あ。課長なら生きてるよ。僕が頑張って延命させてるから」
「はぁッ!?い、生きてるのかッ!?でも確かに殺害されたって…」
「だからそれは嘘なんだって。嵌められたって何回も言ってるだろ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、一回場所を移す。お前にはいろいろと詳しく聞きたい…」
数分後、場所を移した諏訪のから、話を聞かせてくれとお願いされた僕は数時間前に起きた出来事を事細かく説明することにした。
楽勝な任務にオーバースペック過ぎる僕達二人が割り振られたこと。
妖怪を祓い終えたかと思いきや、藤原家の『相伝妖術』を所持する仮面男に不意打ちされ課長の腹部が貫かれたこと…。
僕は何とか敵を倒すことに成功したが、最後のあがきで天井を崩され、敵もろとも地下に埋もれてしまったこと。
全てを史実通りに説明する。
諏訪は相槌を打ち、時々僕に質問をしてきた。
「…腹を貫かれちまったのか…それじゃあもう碓氷課長は…」
「間違いなく助からないだろうね…。本当に残念だけど…」
課長のことは考えないようにしてきたというのに…。
今この状況で更に気分を落ち込ませるのは得策じゃない。
僕はこれでも陰陽師…。
悲しみのは無事に家へと帰ってから。
そう心に誓ったのだ。
「欠損部位を治癒する妖術なんて聞いたことあるか?」
僕の質問に対し、諏訪は数秒間沈黙したのち…。
「聞いたことないな…」
予想通りの答えが返ってきた。
僕の心のどこかでは諏訪の返答が『yes』であることを期待している自分もいた。
しかし、現実はそううまくいかない…。
「取り敢えずそこから出ることだけを考えようぜ。タイムリミットは…三日だったっけか?」
「そうだね…でも多く見積もって三日だから実際はもっと早く酸素が切れると思う」
「分かった…。地下深くで生き埋めになっているお前を三日の内に掘り起こす…。はぁ…考えるだけで頭が痛くなってくるぜ…」
幸いこの世界には妖術という超常的な力があるのだ。
埋もれている人間を掘り起こすことができる能力なんてこの世に腐るほどあるに違いない。
特務事象対策課の中にも、便利な妖術を持った人間が何人かいるはず…。
あッ…。
そういえば僕…人望ないんだった…。
「なぁ紙乃。信用できる陰陽師は他にいないのか…?」
「残念ながらいないっすね」
「ああ…どうしたもんか…。助けてくれそうな奴なんて他にいないだろうし…そもそも組織の連中は皆お前が犯罪を犯したって勘違いしてやがる…友達が少ないのって弊害だな…」
どうしてこんな時に心を抉ってくるのか…。
「諏訪の妖術で僕のいるところまで来れないかな…?スペースなら無理やり作れるけど…」
少しの間なら結界ごとのしかかってきている瓦礫を押しのけることができる。
ついさっき無線機を取り出したみたいに…。
「バカ言え。俺の妖術をもってしても肝心なお前の埋もれている場所が分からなきゃどうにもできないだろ!クソッ…探知…あるいは索敵能力に長けた陰陽師の知り合いがいればいいんだが…」
僕には友達がいないんだ…。
「頼るにしても他の課の連中はお前の話を信じないだろ…。二課の仲間には顔が利くが…お前は信用されてなさそうだし…」
うぅ…。
「そ、そんなに落ち込むなって!お、俺がついてるぞ!」
いや、落ち込ませているのはお前なんだけどね。
「そ、そうだ!任務でバディを組んだ奴と打ち解けたりしなかったのか…?もしかしたらそいつならお前の話を信じてくれるかもしれないし、手を貸してくれるかも!!」
「僕…任務は全部単独なんだ…」
「そ、そうか…紙乃ってボッチなんだな…」
シネッ!
「あ…。でも最近バディを組んで任務することがあったな…」
「おぉ!本当か!紙乃と親しいかって問われたら話は変わって来るが…助けてくれる可能性はゼロじゃないぞ!」
「さっきから何なんだよお前は!僕のことをさんざんボッチって言いやがって!僕だって交流経験はゼロじゃないんだぞ!今すぐにでも稲荷と天城に連絡を…」
僕がそう言った次の瞬間、無線機越しに諏訪のむせる声が聞こえてきた。
「ゲホゲホッ…。ッ!?稲荷…!?…稲荷ってあの…一課の…?」
「そうだよ。妖怪が大好きなあの一課の稲荷だよ」
「あー…よりにもよってあの一課か…。い、良いんじゃねぇか?異端者同士お似合いだと思うぜ?悪い奴じゃないみたいだし…」
そういやすっかり忘れてたけど、稲荷とエヴァって異端者扱いされてたんだったな…。
かく言う僕も一課の連中に対していろいろ思うことがある。
こんな状況に限って「助けてくれ」と懇願しに行くのは虫が良すぎる気が…。
まぁいっか!
困ったときはお互い様って言うしね!
そもそも利用し合うのが陰陽師ってもんだ。
この職についてからそこそこ経つというのにそんなことを気にしているなんて僕の心はまだまだピュアなみたいだ。
「仲が良いのかって聞かれたらそうでもないんだけど…。」
そもそも一課と二課は昔っから仲が悪いし…。
稲荷やエヴァと関わったのもほんの一瞬…。
少し心を通わせたかと思ったが、それは僕の勘違いだって可能性もあるわけで…連絡した瞬間拒絶されるかもしれない…。
そうなったらだいぶ心にきそうだなぁ…。
「と、取り敢えず、諏訪の方で取り次いでくれないかな…?」
「分かった!まずは協力してくれる仲間を増やすところからだよな!今すぐ一課の執務室に行ってくるわ!」
「お、おう…。気をつけろよ。た、助けてくれてありがとう…」
僕が諏訪に対して感謝の言葉を述べるとは…。
世の中何が起こるか分かったもんじゃないな…。
数分後、今度は諏訪の方から連絡がきた。
「おい。連れてきたぞ。今から代わってやるから頑張って説得しろよ」
「おうよ」
次の瞬間、無線機越しに聞き覚えのある人物の声が聞こえてきたではないか。
「えっと…。どちら様ですか…?」
「稲荷だよな?」
「そうですけど…」
「この前一緒に合同任務にあたった二課の紙乃だ!」
「し、紙乃先輩ッ!?エッ…!?指名手配されてませんでした?」
「稲荷さん!?誰と通話しているんですか!?」
「指名手配されてる紙乃先輩からです!!」
えぇ!?という感じに驚いた声が聞こえてきた。
僕は咄嗟に身の潔白を証明しようとする。
「ちょッまってくれ!僕は何もやってない!嵌められたんだ!」
「嵌められた!?べ、別に紙乃先輩を疑ってるわけじゃないんですけど…証拠とかあるんですか…?」
疑心暗鬼…。
そりゃそうだよな。
合同任務で一緒に過ごしたと言えども、たったの数時間。
そんな短期間で信頼関係なんてできるわけがない…。
やっぱり一人で何とかするしかないのか…?
「頼む稲荷さん。紙乃は俺の友達なんだ!こいつはいろいろ問題のあるやつだが、絶対に自分の恩人を殺すような人間なんかじゃねぇ!」
す、諏訪…。
な、なんていい奴なんだ…。
諏訪は僕のことを友達だと言ってくれたのだ…。てっきり知り合い程度としか見られていないのかと思ったが全然そんなことはなかったらしい。
僕はなんて愚かだったのだ…。ためらいもなく僕の肩を持ってくれるなんて…。
「紙乃先輩はそんなことをする人間には見えませんでしたけど…」
「碓氷課長はまだ生きてる!僕が頑張って延命させてるけど、このままじゃ僕達まとめて圧死だ!だから手を貸してほしい!」
「え…?碓氷課長はご存命なんですか?」
「そうだ天城。腹を貫かれて望みはかなり薄くなってるけど、僕が時間を止めてこれ以上悪化はしないようにしてる!本当に嵌められたんだ!!」
必死になって訴えかける。
稲荷と天城は数秒間沈黙を貫いていた。
「先輩…なんで私達を頼るんですか?ほ、ほら私達は部署が違いますし…考え方だって違う…それなのにどうして…?」
「初めて組んだバディなんだ…」
「え?」
「僕…いつも単独任務なんだ。ペアの人とは意見がなかなかそぐわないから…。だから僕には頼れる仲間が少ないんだ…」
「そ、そうでしたか…紙乃さんも苦労していたんですわね…」
天城…。僕に対して憐れんでいるのか…?
うーん。わからない…。この人たちが何を考えているのかさっぱりわからん…。
「稲荷と天城しか頼れる人がいないんだ!虫のいい話だけど…僕のことを助けてくれないか…?」
正直、かなりダメ元だった。
そもそも一課と二課は根本的に仲が悪い。
僕だって稲荷の考え方はいまでも甘いと思っている。
そんな様子じゃ断られるのは当たり前だと思っていた。
僕を匿ったのが上層部にバレでもしたら無事じゃすまないのだ。
こいつらにメリットなんて何もない…。
僕が向こうの立場であったら間違いなく断っていただろう。
「か、紙乃さん…。あなたの話を信じたいのはやまやまなんですけど…。ご、ごめんなさい…。私は協力できそうにありません…」
やっぱりそうか…。
それが妥当な判断だよね…。
僕なんかの為にわざわざ危険を冒す必要なんてこれっぽっちもないのだ。
「ありがとう。話を聞いてただけで僕はうれしいよ…稲荷もありがとうな」
「ちょっと待ってください!さっき言ったこともう一度言ってくれませんか?」
「え?僕のことを助けてくれないか?って言ったけど…」
どういう意図なんだ?
困惑している僕を他所に稲荷は恍惚とした声色で…。
「違います!もっと前です!」
「えーっと…頼れるのは稲荷と天城だけなんだ…」
確かこんな感じのことを口走った気がする。
思い返してみれば、かなり痛いセリフだったかもしれないが…まぁ良いだろう。
「そうです!それです!私しか頼れる人がいないんですよね!?」
「う、うん。僕には友達が少ないから…」
「友達が少ないんですか!しょ、しょうがないですねぇ先輩!私が先輩の冤罪を晴らしてあげますよッ!」
は?
一瞬何を言っているのか理解できなかった。
僕の思考がまとまる前に、天城が驚愕した声でこう言った。
「えぇッ!?どうしてですか!?稲荷さん考え直してくださいッ!確かに紙乃さんは悪い人じゃありませんけど、この件はなんだかキナ臭いです…。私達にとって今、紙乃さんと関わるのは危険なんですよ!?」
「で、でも紙乃先輩は頼れる友達が誰一人としていないんですッ!だったらここは私達が助けてあげないと!孤独の辛さは私が一番知っています!」
「そ、そう言えば稲荷さんも友達が多い方とは言えませんでしたね…」
なるほど。稲荷と僕は似たもの同士ということか…。
でもどうして?彼女はかなりフレンドリーで活発な性格だ。
自分で言うのもなんだが、僕は性格が気難しい。それに陰キャだ。
僕とは真逆のタイプであるはずの稲荷に友達がいない…?
「私の体質がちょっと特殊で…。まぁその話は置いておいてですね!困ったときはお互い様なんですよ!紙乃先輩には頼れる友達が誰一人としていないのなら私が友達になりましょう!」
稲荷の発言に対して、諏訪が「いや俺も一応友達…」と呟き、天城は「それって単に友達を増やしたいだけじゃ…」と愚痴っていた。
諏訪の発言が少しうれしかったというのは、墓場まで持っていく秘密だ。
「あ、貴方はお人好し過ぎます!信じてくれって懇願されたらなんでも鵜吞みにしてしまうのですかッ!?」
「うん!私友達少ないし!仲間を増やすにはまずは信じることが大切でしょ!」
即答だった。
「勝手にしてください!私は知りませんわ」
「あ…。大丈夫なのか稲荷さん…?天城って人行っちまったぞ…?」
「大丈夫です。私は紙乃先輩を信じます!冤罪を晴らして碓氷課長を救い出せばみんなからの誤解も解けますって!」
そういえば稲荷ってこういう感じの人間だったな…。
困っている人を見つけたら放っていけない性格。悪く言えば、お人好しという奴だ。
しかし、今の稲荷は僕にとって頼もしく見えた。
困っているのが妖怪であろうが、人間であろうが手を指し伸ばしてくれる存在…。
純粋であることは他の色に染まりやすいということ…。
いつの日か持ち前のお人好しさを利用され、騙されてしまうのではないのか…。
不意にそんなことが心配になってきてしまった。
やはりこのシビアな世界にとって彼女はかなり貴重な存在だ。
「あ、ありがとう稲荷!本当にありがとう!」
「お礼を言うのは早いですよ!紙乃先輩を救い出してからです!」
心の奥はジーンと温かくなった。
なんだこれは…?
まさか…僕は感動しているのかッ!?
「ところで先輩はどこでどうなっているんですか?」
「ああ。駿府の何百メートルも地下で生き埋めになってるんだ」
「えッ…!?そんなの助けられるわけないじゃないですか…」
おっと。
詰んだかもしれない。




