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トリトニアの伝説 外伝4 スイーツ即興曲

作者: 由美忽子

この作品は「トリトニアの伝説」の外伝です。

青科の副科で守人の配偶者となる修業に励むパールの苦手は料理。

そのお手並みはいかがなものでしょうか。

時系列は第五部「トリトニア交響曲」のどこか、です。


これまでのあらすじ

地上で生まれた海人との混血児一平は人魚のパールを故郷に帰すべく二人で旅を続け、ようやくトリトニアに辿り着いた。

旅の間に深い絆で結ばれた二人は、パールの父であるトリトニアの王オスカーの後押しを得て互いの気持ちを確かめ合い、結婚に向けて邁進しつつあった。

一平は武道の道を極めつつ、トリトニアの三大柱である青の剣の守人を目指し、パールは医術を学ぶと同時に守人の妻としての心構えや実技の修業に勤しむ毎日だった。

王宮の一角に居室を与えられた一平と王女のパールの逢瀬の場所は大抵は王宮内の三の庭と呼ばれる庭園だった。


「あーあ、やっぱり見つかっちゃった」

 パールが残念そうな声で嘆く。

「そりゃあわかるさ。何のために日々鍛錬してると思ってる?」

「そうなんだけどさぁ…」

 三の庭で待つ一平を驚かそうと、パールは忍び足で一平に近寄っていたのだった。

 武の頂点を目指して修行中の武人にパールごときがそっと近寄れるわけがない。それでもそうしたい理由が今日のパールにはあった。

「何か隠してるな?」

「へへえ…わかる?」

わからいでか、と一平は思う。

 両の手を後ろに回し、不自然な歩き方をしているのだ。一平でなくとも一目瞭然であった。

「はい、これ。お誕生日おめでとう!」

 はちきれんばかりの笑顔でそう言って、パールは小さな器を差し出した。

「…忘れてたよ、誕生日なんか。ってか、今日なのか?」

「そうだよ。パールちゃんと数えてたもん」

 トリトニアと日本の暦はまるで違う。旅をしている間に、一平にはもういつがいつなのかわからなくなっていた。

 でも、パールはちゃんと理解していたのだ。

 旅の途中はあやふやなことを言っていたが、トリトニアへ戻ってリセットされたというか、感覚がはっきりしたらしい。

「開けてみて。パールが作ったの」

「へえ…」

 中身はスイーツだった。

 パールは料理が苦手だ。刃物を使わなければならないからだ。パールは刃物が怖い。

 日本のスイーツだったら、ケーキやアイスなどナイフを使わないで作れるものがいっぱいある。だが、今一平の前にあるものは色とりどりの海藻を切って飾ったり、魚の身を加工したりして作られている。料理刀が必須であったはずである。ちなみに甘くはない。

「大変だったろう⁉︎…うれしいよ。ありがとう」

 出来はともかく、愛しい娘が己のために精魂込めて用意してくれたものだ。一平にはその気持ちだけで嬉しい。

「うん、うまい」

 うまいと言ってもらえてパールはご満悦だ。やたらニコニコしているが、手を後ろに組んだままその場を動かない。

 スイーツを齧りながら、一平は何気なしにパールを見やり、どこか不自然なことに引っかかる。

(まだ何か隠している⁉︎)

 一平はいたずら心を起こしてパールに近寄った。

 普通ならパールは一平から逃げることなどしない。

 なのに、パールは後退った。

 一平はパールの手を掴む。

「あっ…」

 パールがやばい、と言う顔をして腕を引き寄せようとする。

 させるか、と一平はより力を入れてパールの手先を見た。

「…怪我をしてるじゃないか。こんなにいっぱい…」

 パールの指先は切り傷だらけだった。料理と格闘すると度々こうなることを一平は知っていた。

「へへへ…」

 苦笑いしてごまかすパールの手を一平は持ち上げた。顔を寄せ、傷口を啄んでいゆく。

「……」

 パールは頬を染めた。

「な…何してんのよお…」

 どこか気まずくてパールは小さく抗議する。

「おまえがそれを訊くか?おまじないに決まってるだろうが」

「……」

 傷口に唇をつけておまじないをするのはパールの専売特許だった。かつては度々されてドギマギさせられていたのは一平の方だったのだ。

「自分の事は治せないんだからもっと気をつけろ。おまえが怪我をするくらいなら、うまいものなんか作らなくていい」

「いやだよ…」

 不服そうに口を尖らすパールに一平は渋面を向ける。

「約束したでしょ。うんとおいしいもの作ってあげるって。一平ちゃんに食べさせてあげるって。待っててくれるって、言ったじゃん」

「……」

 確かにそう言った。一平は覚えている。パールが一平に恋心を抱いているなどとは思っていなかった頃のことだ。

「パール、頑張ったのに…」

 せっかく美味しくできたのに怒られた、とパールは憤懣やる方ない。

「……」

 これは失言だったかと、一平も思い至る。

 仕方がない。

「ほら」一平はパールの口元に件の菓子を差し出した。「おまえも食え」

 齧りかけを差し出され、パールは機嫌を直す。

 パクっと食べて嬉しそうに言った。

「間接キッスだね」

 そんなつもりはさらさらなかった一平である。頬を歪め、素っ気ない素振りで残りの菓子をさっさと平らげる。

 一平が食べてくれているのをニコニコと見上げるパールに言った。

「今日は、間接でいいのか?」

 返事など期待していない。

 つい意地悪いことを言ってしまったが、自分の方がそれでは満足できないのだ。パールの返事を待たず、彼は毎日の約束を果たそうと身を屈めた。

 手作り菓子などなくても、これさえあれば充分だ。

 一平は本心でそう思っていた。


  (トリトニアの伝説 外伝4 スイーツ即興曲 完)


二人のあいびきは微笑ましいです。

そして料理をした結果の切り傷に対して一平の反応は大袈裟すぎですよね。

自分は過保護過ぎたと反省したはずなのですが‥。


トリトニアに砂糖はありません。

従ってスイーツと言えども故意に味をつけたものではなく、甘味ではありません。素材そのものの持つ旨みや甘みを生かしただけのものでデザートとして食されます。

今回は食後ではないのでスイーツと表現した次第です。


次回より第六部「王宮円舞曲」を投稿します。

思うところがあり推敲を重ねているため、12月中旬の開始を目指しております。

またお会いできますように。


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