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アンチューサ  作者: クロス
ifルート
94/95

アンチューサ -if-「ナイフの記憶」

雨が降っていた。


夜の街に紛れる赤いフードの影。

街灯も監視も、その姿を捉えられない。


今宵また、ひとつの事件が“無かったこと”にされる。


 


アスター――かつて優しい少年と呼ばれた狼獣人。

その名は、今や都市の地下記録からも削除され、“いなかった者”として扱われていた。


けれど、現実には確かに存在している。


しかも、犯罪という形で完璧に。


 


「見てろよ、世界……」

「これは俺の“正義”だ」


 


アスターの手にはナイフ。

だがそれは、もはや人を傷つけるための武器ではなかった。


証拠を残さない“記録の切除”の道具。


彼はルピナスの技術を盗み、

監視カメラの死角を完璧に読み、

プロヴィスすら欺いて“裁き”を下す。


 


彼の標的は、権力の陰に隠れた本当の悪。


少女を消した施設。

薬物実験の温床。

データの中にだけ生きていた、“声なき声”。


 


アスターは彼らを処刑し、

証拠も記録も、まるごと削除した。


警察も政府も気づかない。


「事件はなかった」

「誰も死んでいない」


そう報告される世界の裏で、

“正しい死”だけが積み重なっていく。


 


 


──ある夜、ガーベラの元に届いた黒い封筒。


中には一枚の紙と、何かを切り取ったデータコード。


そこにはこう書かれていた。


 


> 「親父へ。

オレはまだ、生きてるよ。

でも、もう“優しい息子”じゃいられなかった。

あんたが信じてる正義じゃ、誰も救えなかったんだ。

ごめんな。

でも、オレはやる。

世界が目を逸らしたものを、全部――切り裂いてやる。


アスター」




 


 


雨の中、ガーベラはその紙を握り締め、空を睨んだ。


「……バカヤロウ。

 そんな道、ひとりで歩くもんじゃねぇんだよ」


 


 


──一方、ユリは知らなかった。


いや、気づいていたけど、目を逸らしていた。


風の中に残る“あの声”

そっと笑うようなナイフの記憶。


「……会いたいよ、アスター……」


彼女は今日も、誰もいない椅子の隣に座っていた。


 


 


そしてその頃。

アスターはまたひとつ、データベースから名前を消していた。


それは、かつてプロヴィスの高官だった男の名前。


消えたとき、誰も悲しまなかった。


だから、それでよかった。


 


ナイフは赤くも、鋭くもなかった。

ただ、淡々と。冷静に。


正義の抜け殻を切り裂き続ける――


 


 


これはもう一つの“アンチューサ”

大切な想い出を守るために、

世界そのものを騙し続けた少年の物語。


 


 


──終わらない。

これは“存在しなかった記録”だから。


けれど確かに、そこに咲いていた。

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#アンチューサ #獣人 #群像劇 #記憶の物語 #友情と再会 #ヒューマンドラマ #近未来SF #静かな感動 #花言葉 #風と光 #感情の再生
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