第二話「過去を埋める花束」
朝霧が薄く広がる小道を、七つの足音が踏みしめる。
先頭を歩くのはアスター。
彼はもう、以前のように怯えた目をしていなかった。
後ろには車いすに座るユリ。
ガーベラが静かに車輪を押し、その後ろからバコバ、ルピナス、ガルビネア、ライラックが続いていた。
「ねぇ、これって旅っていうより……墓参り?」
ユリが冗談めかして笑う。
「……そうだな。
でも、俺たち自身に対する“墓参り”かもしれねぇ」
バコバが肩をすくめて言った。
目的地は、今はもう使われていない“旧第七保護区”――
かつてアスターが逃げ出し、ユリが眠っていた、あの研究棟の跡地だ。
廃墟となった施設の入り口には、すでに草が生い茂り、
扉は風に軋みながら開いた。
「……ここで、全部始まったんだよね」
ユリが呟いた。
「いや。違うな」
アスターが答える。
「全部始まったのは、“もっと前”。
俺たちが、“出会った日”からだよ」
静かな空気の中、ライラックが足を止め、手に抱えていた小さな花束を取り出した。
それは、七色の花。
それぞれが、七人を象徴するように色と香りを持っていた。
「この花は……“アンチューサ”じゃないんだ。
でもね、これは“今の私たちの記憶”なの。
過去に咲いたものじゃなく、今、ここに咲いているもの」
ライラックは花束を、廃墟の入り口にそっと置いた。
「“想い出”って、悲しいことじゃない。
……今を生きてる私たちにとって、大切な礎だから」
誰も言葉を返さなかった。
ただ、それぞれが静かに花束に手を伸ばし――
自分の花を、一輪ずつ、土に植えていった。
アスターは、赤い花を。
ユリは、白い花を。
ガーベラは、深い灰色の花を。
バコバは、土色の、強くたくましい花を。
ルピナスは、紫色の思慮深い花を。
ガルビネアは、陽だまりのような黄色の花を。
ライラックは、自身の名の通り、薄紫の花を。
「……終わったな」
ガーベラが呟いた。
「違うよ。終わってなんかない。
これは、始まりだよ」
アスターがそう言った。
「俺たちが、また生きていく物語の――ちゃんとした“第一歩”」
ユリが微笑む。
「だったらさ。
この場所に、もう一つ名前をつけようよ」
「……名前?」
「“アンチューサの丘”って、どうかな」
誰かがくすっと笑った。
それが誰だったかは、もう覚えていない。
でも、その笑い声は、どこまでも優しくて、どこまでも暖かかった。
風が吹いた。
七輪の花が、揺れながらも根を張るように、その場所にしっかりと立っていた。
これは、7人の物語。
これは、“大切な想い出”が、“今”を生きる理由になる物語。
そしてこれから、彼らは“未来”を選びに行く。