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アンチューサ  作者: クロス
第7章:傷跡に、火を灯して
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第九話「記憶の果て、心の始まり」

静寂。


電脳空間に作られた“精神層”の最深部。

そこにアスターは一人で立っていた。


目の前には、鏡のように自分の姿を映した「何か」がいた。


 


──赤いフード、血のように深い瞳。

──けれど、そこには一切の感情がなかった。


 


> 「俺……?」




 


「それは、“お前から奪われた感情”が形成した存在だ」


通信機越しに、ルピナスの声が響く。


「名前は《アスト=ゼロ》。

 レクイエムが“最も効率的な感情制御の象徴”として構築した、もう一人のアスター」


 


アスト=ゼロは動かない。

ただ、アスターを見据えている。


 


「お前……俺のフリして、何になりたいんだよ」


 


──意味はない。

──生存のために、無駄な感情は排除されるべき。

──お前が持っていた“痛み”“怒り”“優しさ”は、矛盾だ。


 


「……矛盾でも、俺が持ってた“大事なもの”だ!」


 


アスターがナイフを構えると、ゼロも同じ動きをした。

だが、それは“完璧な模倣”であり、意志がない。


 


「お前には、“守りたいもの”がない。

 だから、絶対に俺には勝てない」


 


アスターは前へ踏み出す。

記憶の奥底から、断片が浮かんだ――


 


──“ユリの笑顔”

──“ガーベラの手”

──“バコバの背中”

──“ガルビネアの焼きたてのパン”

──“ライラックの花”

──“ルピナスの冷たい優しさ”

──そして、“自分が泣いた夜”


 


「俺は全部、覚えてる……!

 それがあったから今がある!

 その全部が、俺を“俺に”してくれるんだ!!」


 


アスターが叫び、ゼロに突進する。

その瞬間、ゼロの動きに乱れが生じた。


 


──誤差発生。感情因子、干渉。

──処理不能――


 


「お前に足りないのは、痛みだ。

 人を好きになって、裏切られて、それでも信じたいって思う……

 そんな“めちゃくちゃな感情”を、俺は信じてんだよ!」


 


刃と刃がぶつかる。

だが、ゼロの手からナイフがこぼれ落ちた。


 


──理解不能。

──なぜ、痛みを望む――


 


アスターは最後の一撃を突き出した。

それは、敵を“殺す”のではなく、自分を認めさせる一撃だった。


 


「お前は、俺の一部だ。

 だから、戻ってこい……“俺の中”へ!」


 


光が弾け、ゼロの姿がアスターの胸へと吸い込まれていく。


 


静かになった空間の中で、アスターは独り言のように呟いた。


 


「これで……俺は、もう一度、自分になれたのか?」


 


 


 


***


 


現実世界。


アスターの脳波が安定したことを確認したルピナスは、小さく頷いた。


「帰ってきたよ、君自身が。

 ……おかえり、アスター」


 


扉が開き、ユリがアスターの手を握る。


「……アスター、おかえり」


「ただいま、ユリ」


 


彼は静かに笑った。


 


 


その微笑みは、あの夜に“奪われなかった”たった一つの灯火――

そして今、確かに取り戻された“感情の光”だった。

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#アンチューサ #獣人 #群像劇 #記憶の物語 #友情と再会 #ヒューマンドラマ #近未来SF #静かな感動 #花言葉 #風と光 #感情の再生
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